51話 うら若き雄
決闘前日、金曜日。夕方。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!庭で木刀を振るのは・・・ジストだ。
(モヤモヤとかムラムラとかしちゃったトキは修業が一番だよなっ!)
学校から帰宅してすぐ木刀を手に庭に出た。
邪念を払い、精神統一。本人はそのつもりらしい。
現在、赤い屋根の屋敷には、ヒスイ、ジスト、アクアの3名しかいない。
明日に控えたジンの決闘の件等々で、大人の男達はモルダバイト城に集まることになっていたのだ。
「・・・・・・」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ジストは無心で素振りを続けていた。そこに。
「喉、渇かない?」
ヒスイがアイスティーを持ってきた。
リビングではアクアがファッション雑誌片手に同じものを飲んでいる。
合間にレーズンサンドをパクリ・・・どうやら少し遅いおやつの時間のようだ。
「ヒスイっ!?」
いきなり声をかけられ、ビビるジスト。
「?」
ヒスイは珍しくロングスカートだった。綿100%の花柄だ。
上は濃茶のタンクトップで、髪や首や腕に変わったアクセサリーをたくさんつけていた。
スタイリストはアクア。従ってこれはアクアの趣味だ。
ヒスイは娘のオシャレ遊びに付き合わされていたのだった。
(わ・・・民族衣装みたいで可愛いっ!)
払ったはずの邪念が即復活。
ドキドキしたままアイスティーの入ったグラスを受け取ろうとして・・・
「うわっ!!」
ちょっと手が触れただけだというのに、過剰反応してしまい、その結果。
「・・・・・・」
「わあっ!ごめんっ!!」
グラスを落とし割ったうえに、ヒスイのスカートまでビショビショに汚してしまった。
「ちょっと待っててっ!」
ホウキ、チリトリ、タオル、それらを取ってくると言って、ジストは駆け出した。
「あ、ついでに2階から着替え取ってきて」と、ヒスイ。
「わかったっ!!」
2階、夫婦の部屋。
「えっと、ヒスイの着替えは・・・」
ヒスイの衣服はあらゆる場所に収納されている。
ジストは寝室のクローゼットに向かったが、思春期の性か、視線がベッドに囚われ・・・
(ヒスイ、昨日もここでえっちしたのかな)と、考えたのが運の尽きだった。
タイミング悪く、無意識の発作が起こってしまう。
「・・・・・・」
ジストは虚ろな表情で夫婦のベッドに潜り込んだ。
くんっ・・・シーツの匂いを嗅ぐ。
きちんと整えられてはいるが、そこにはヒスイの匂いがしっかりと残っていて。
うら若き雄の発情。すぐさまジストの肉体にその症状が現れた。
「はっ・・・はぁ、はぁ」
頬が薔薇色に染まり、自然と股間に手が伸びる。
ジストはジーンズのチャックを開け、そこからごそごそと取り出したモノをしごきだした。
「ふっ・・・ぅ・・・ヒス・・・」
シーツの匂いがヒスイの夜の姿を彷彿とさせる。
深く吸い込めば吸い込むほどヒスイを近くに感じて、興奮が増してゆく。
「っ・・・はぁ・・・」
ヒスイを拝借しての自慰は初めてという訳ではなかったが、まだ慣れない手つきで。
一心にヒスイを想いながら、自らを掴んで擦る。
「はっ、あ・・・っ」
理性はもとより喪失しており、本来あるべき罪悪感もない。
若さゆえに敏感で繊細なペニスと空想のヒスイを絡ませ。
「あ・・・」
ぶるっ。射精感に震える。
「うっ・・・ぅ・・・」
たまらず、シーツを噛んで。
「・・・っ!!ヒスイぃ・・・」
「何?」
「・・・・・・・・・」
現実のヒスイの声で一気に理性を取り戻すジスト。
(何してたんだ!?)も何も。
男性器がジーンズの外に出たままだ。
この状況は誰が見ても明らかで。
(オレ・・・やっちゃった?)
ジストはベッドの上で呆然としていた。
「なかなか戻ってこないから、どうしたのかなって思って」と、ヒスイ。
「ごめんっ!!オレ、ヒスイのこと考えてて・・・」
告白めいたことを口走るジストだったが・・・
「家にはアクアと私しかいないんだからしょうがないわよ」
「へっ???」
ヒスイは自分が性の対象とされたことを全く気にしていない様子で。
逆にジストが仰天だ。
「立って」ヒスイが言った。
「あ、うん」ジストは慌ててペニスをしまって、ベッドから立ち上がった。
「ちゃんとチャック閉めた?」
ジストの下半身が元の状態に戻ったことをチェックすると、ヒスイはお財布を持ってきて。
「はい」
「え?なに??」
いきなり紙幣を渡された意味がわからず、ジストが目をぱちくりしていると。
「これでエッチな本買いなさい」
ヒスイなりに年頃の息子を思っての対応・・・しかし。
「いらないよ・・・っ!!」
ジストはお金をつき返し。
「エロ本いっぱい持ってるし!!」
大声でそう言って、部屋を飛び出していった。
「そ・・・うなの??」
残されたヒスイはポカンとして。
「もしかして・・・反抗期???」
そして・・・こちらジスト。
(エッチな本とかそういうんじゃなくてっ!!)
かなり遅れてツッコミを入れる。
“年頃だから”で済まされてしまうのが、なぜだかとても悔しかった。
「誰でもいいってわけじゃなくて、ヒスイだから・・・」
(ヒスイ・・・だから?)
「・・・・・・」
そこまで考えて、やっと気付く。
近頃やたらとぼんやりしている、その理由を。
「だめだ・・・なんとかしないと・・・」
(このままじゃ・・・いつかオレ、ヒスイに兄ちゃんと同じことする)
その夜・・・モルダバイト城、離宮。
大人達の集い解散後。バルコニーでひとり佇むブルーな王様、ジン。
狂戦士との決闘を明日に控えればそれも仕方のないこと・・・
(これで本当に勝てるのか?)
“改造”されたあの夜、トパーズから巾着袋いっぱいの種を受け取った。
ジンも知っている、ごく普通の植物の種だ。
「これで戦えって言われても・・・」
どうすればいいかわからない、と、ボヤく。その時。
「ジン」
「シト・・・リン?」
振り向くとそこにシトリンが立っていた。
夜も猫の姿でいることが多いシトリンにしては珍しく人型に化け、大きく胸の開いたナイトドレスを着ている。
それから、どういう風の吹き回しか、シトリンの方から身を寄せてきた。
「スッキリしていけ、ジン」と、シトリン。
「こうして男を送り出すのもまた女の役目」
もしかしたら誰かの入れ知恵なのかもしれないが、シトリンはそんなことを言い出して。
ジンのシャツのボタンを外すとすぐ、乳首に吸いついた。
ペロペロ・・・日頃猫をしているからか絶妙な舌使いだ。
「んっ・・・」
乳輪まで濡らされ、ジンの口から思わず声が漏れる。
シトリンは舌を使う傍ら、もう一方を指先で摘んで引っ張り、上目遣いでジンを見た。
「は・・・シト・・・リン・・・」
その色気たっぷりな表情にのぼせるジン。
快感に溺れながら、頭の片隅で考える。
(絶対に勝てるってトパーズは言ったけど・・・)
無事に帰ってこられる保証はない。
心残りのないように。
(シトリンと・・・やっぱりしておきたい)
ジンの心は決まった。
ペニスを惜しみなく勃たせ、シトリンを待つ。
次々とボタンを外し、降下するシトリンの唇。
それはいずれペニスへと到達し、本格的に愛し合う夜が始まる・・・
・・・はずだったが。
シトリンは気付いてしまった。
ジンの臍を中心として描かれた謎めく紋様に。
「・・・おい、これはなんだ?」
「それは・・・トパーズに改造されて・・・」
シトリンに話すつもりはなかったのに、ジンはつい口を滑らせてしまった。
「改造だと?そんな話は聞いていないぞ」
ムード一転。急にシトリンの顔が険しくなる。
「シトリン!?」
シトリンはパッと猫の姿に戻り。
「兄上のところに行ってくる!」
シトリンが帰らぬまま夜が明け・・・土曜日。
その気になったところで放置され、むしろ体に毒な夜だった。
デュエリスト、ジンのコンディションは・・・最悪だ。
けれども、容赦なく決闘の時刻が近付いていた。
グロッシュラーの第1王子ファーデンに指定された場所へ向かうため、第5王子ジルに案内を頼み、モルダバイト王ジンカイトは出発した。
一方、上空には熾天使コハクの姿が。
ジンを尾行しているのだ。
(敵領内に王単身で乗り込むなんて自殺行為に等しいからね)
ジン本人には知らされていないことだが、万が一に備え、影の護衛が一名つくことになった・・・それがコハクというわけだ。
AM11:00。グロッシュラー領にて。
決闘の場は廃墟となった闘技場だった。
もう二百年以上も前の建造物だ。
巨大な円型のコロシアム。中央のフィールドを囲む何千もの客席はすべて無人で。
深い静寂の中、向き合うのは。
モルダバイト王ジンカイトとグロッシュラー第1王子ファーデンだ。
「よくきたな。モルダバイトの王よ」