63話 密室
シュガーランド。お菓子の家から3分ほど歩いたところで。
「どうぞ」と、カルセドニー。
「ありがと」と、ヒスイ。
例の秘薬を受け取ったヒスイは、早速それを虫歯へ塗り込んだ。
するとすぐ、痛みも腫れも引き、楽になった。
アクアが人質になっていることを知ったヒスイは、自ら望んでカルセドニーと共に来たのだ。
ただし、少し離れた場所でコハクとアクアが見守っていることは知らない。
「あなたとは二度目になりますね」カルセドニーが言った。
「うん」
「あれからずっとあなたのことを考えていました」
まるで口説き文句のような滑り出し・・・
「もう一度、聞いてみたかったのですよ」
「何を?」
「何故私が10歳とわかったのですか」
ウィゼをはじめ、社員の誰一人、この真実に気付かなかったという。
確かに、見た目も立ち振る舞いも、10歳の子供とはかけ離れている。
『あなた、まだ子供でしょ?』
遺跡で出会ったあの時、一目で見抜いたその理由を聞きたい、とカルセドニーは申し出た。
「“なんとなく”って言った気がするけど」と、ヒスイ。
「“なんとなく”にも理由があるはずです」と、理詰めにするカルセドニー。
「・・・・・・」
話下手のヒスイは困ってしまった。
(早くお兄ちゃんのところに帰りたいのに・・・)
何とかカルセドニーを納得させなくてはと過去の記憶を辿る。
「えっと・・・遺跡で会った時、対応は落ち着いてたけど・・・すごく、わくわくするような目で私達のこと見てたし。その好奇心に満ちた目が、子供みたいって思っただけ」
「好奇心!なるほど素晴らしい!」
ヒスイの答えに納得したのか、カルセドニーは手を叩いて喜び、そして言った。
「ヒスイさん、私のところへきませんか。社長秘書として」
「はぁっ?」
一方こちら。
ホワイトチョコレート製の木が並ぶ、白い森に到着したジスト。
「あれっ?あいつ・・・」
少し先にヒスイと、もうひとり・・・
見覚えがある。遺跡で出会った人物であることはすぐに思い出した。
「アンデット商会のいちばん偉いヒトだよな?ヒスイと何話してんだろ」
距離を詰め、二人の会話に耳を傾けた途端。
「ますますあなたに興味が沸きました」
カルセドニーの声が聞こえて。
社員としてのスカウトなのだが、口説かれているものと勘違い。そして・・・
「だめだっ!」
ジストは二人の前に勢いよく飛び出した。
「ジスト!?」
「ヒスイっ!こっちっ!!」
「え?ちょ・・・」
ヒスイの手を掴んで走る。白い森を抜け、走って、走って。
「はっ!はっ!はぁ!はぁ・・・っ!!」
ヒスイはすっかり息が上がり、声を出すことさえままならない。
ガチャン!何かが閉まる音がして、ジストはやっと我にかえった。
「あれっ?」
そこはなんと、観覧車のゴンドラの中。
ヒスイを連れ、飛び乗ってしまったのだ。
(オレ・・・っ!!何やっちゃってんの!?遠くから見るだけのつもりだったのにっ!!)
どさくさ紛れにヒスイを攫ってしまった。
しかも、理性が希薄なこの時期に、狭い密室で二人きり。まさに自爆行為だ。
二人の乗ったゴンドラはもうだいぶ地面から離れていた。
「こんなに大きな観覧車珍しいもんね。乗ってみたかったんでしょ?」と、ヒスイ。
「だからって、こんなに走ることないのに」息を切らして、笑う。
「ジスト?顔色悪いよ?」
ビクッ!ヒスイの声で、ジストの体が強張る。
何かしてしまいそうで怖いのだ。
「へ、平気!平気!」
自身の本能に怯えながらも、明るく振る舞うジスト。
ヒスイの向かいに座り、それから深く頭を下げた。
「ごめんっ!なんかオレっ・・・急にヒスイの顔見たくなって・・・」
「うん」きょとんとした顔をしているヒスイ。
怒ってもいなければ、怖がってもいない様子で。
「園内が見渡せる高さになったよ」などと言って、窓に張り付く。
「・・・・・・」
(なんかオレばっか意識してて・・・恥ずかしい・・・かも)
熱心に窓の外をみているヒスイを直視できず、ジストは俯いた。
「あ!あそこにお兄ちゃんがいる!!」
ヒスイが動く度、ふわり、ふわり、いい匂いがする。
(う・・・やば・・・)
その恋しい匂いに負けないように、下を向いたまま鼻をつまんでみる・・・が。
いらぬ誤解を招く結果となった。
「私、くさい???」くんくん、自分の匂いを嗅ぐヒスイ。
「そうじゃなくてっ!!すげぇいい匂いだから・・・」
口を押さえ、赤面するジスト。自分で言ったことに照れているのだ。
呼吸までおかしくなってきた。思うように息ができない。
(オレ、酸欠でひっくり返りそう・・・)
けれどもそれが、理性を保っている証拠でもあった。
「・・・・・・」
動く密室で、二人きりの時間。
早く過ぎて欲しいような。
もっと続いて欲しいような。
(苦しいのに、幸せ・・・って、変かな)
「ジストはこれからどうするの?」
一周して地上に戻り、ヒスイが言った。
「一緒にくる?」
「あ、オレ、屋敷に戻んないと・・・」
去勢がまだ済んでいないのだ。これ以上一緒にいたら、危ない。
「そう、じゃあ私はお兄ちゃんのところに戻るね」
またね!ヒスイが手を振る。
「・・・・・・」
(好きって・・・言いたいな)
ヒスイに手を振りながら、ふとそんな想いに駆られて。
「ヒスイっ!」ジストは、ヒスイを呼び止めた。
「ん?」ヒスイが振り向く。
「あのっ!オレっ・・・!!」
ヒスイのことが、好きなんだ。
ただ・・・好きで。
ただ・・・そばにいたい。
(・・・なんて言ったって、ヒスイを困らせるだけだ)
“去勢をする前に本当の気持ちを伝えておきたい”
そう思って、ヒスイを呼び止めた。けれど。
(ヒスイのこと、ホントに大切にしたいなら、言うべきことはそれじゃなくて・・・)
「・・・オレっ!ヒスイの息子で良かった!」
「あ・・・うん」
ヒスイは少し驚いた顔で。それでも嬉しそうに頬を染めて笑った。
「ジスト、また一緒にお昼寝しよ」
「うんっ!」
「・・・・・・」
白い森から二人の別れを見ていたトパーズ。
“許されない恋なんてあってたまるか”
その気持ちだけでここまで来たが、ジストに会ってどうするつもりだったのかは、自分でもわからない。
ヒスイを好きになるな、とも。
ヒスイを好きでいろ、とも。
言ってやれないのだ。
「あっ!兄ちゃんっ!?」
帰りがけのジストと出会うべくして出会い。
「・・・・・・」
「兄ちゃん・・・もしかして・・・見てた?」
バツの悪そうな上目遣いで、トパーズを見上げるジスト。
「わっ!?兄ちゃん!?何すん・・・」
トパーズはジストの頭を掴み、遙かな上から目線で。
「特別に褒めてやるぞ」
「?」
「・・・よく言った」
「・・・だって、ホントのことだしっ!」
そう答えたと同時に、ジストの瞳から涙がこぼれた。
「っ・・・!!なんで涙なんかでるんだよっ・・・」
ゴシゴシ、乱暴に腕で拭う。
「オレ・・・嘘なんか言ってないしっ・・・」
「・・・・・・」
悲しい時、悔しい時、嬉しい時・・・涙は、あらゆる場面で流されるものだが。
心に反した時にも、涙は出る。
「ホントに・・・ヒスイの息子で良かったって・・・思って・・・」
「・・・・・・」
ジストの涙はなかなか止まらず。だが、その時。
「お、役者が揃ってんじゃん」
濡れた睫毛を瞬かせ、ジストは声のする方を見た。
「じい・・・ちゃん・・・」