World Joker

69話 ちゅっ。



 

 

 
ソファーで寝ていたところをトパーズに叩き起こされ、お風呂に放り込まれ、出てすぐ就寝。

そして迎えた、社宅の朝。

ヒスイはひとり部屋のベッドで眠りの淵を彷徨っていた・・・のだが。

 

ちゅっ。

 

「!?」

突然、頬に受けたキスは、コハクのものではないとすぐにわかった。

ぱちっ!ヒスイが両目を開ける。

「お・・・おとう・・・さ?今・・・」

「うん。キスしてみた」

「なんで??」

ヒスイがあまりに驚いた顔をしたのがおかしくて、メノウは爽快に笑った。

「そりゃ娘だからさ。いつだってキスしたいくらい可愛いに決まってんじゃん」

「かっ・・・可愛いとか、そういう歳じゃないんだけど!」と、赤くなるヒスイ。

 

二人は今、同じベッドの中にいた。

 

「な〜、驚くこと他にない?」と、メノウは悪戯な笑みを浮かべ。

「他に?あれ??」

メノウを見て、自分を見る・・・

「なんか二人とも裸だね〜・・・って、裸っ!?」

「ちょっと人肌恋しくなっちゃってさぁ」

ベッドから抜け出し、服を着るメノウ。

ヒスイは口をパクパクさせている。

「ま、娘だからいっか、って」

 

 

 

「借りたよ、お前の体温」

 

 

 

「え?体・・・温?」

「そ」

おかげでよく眠れた、と、メノウは言った。

「んでも、コハクがいたらさすがにコレは殺されてるな。あいつ俺にも容赦ないし」

コハクがいないからしたことだが。

手櫛で髪を整えながら、メノウはまた笑って。

「・・・・・・」

ベッドの中から、そんなメノウを見て、思う。

(人肌恋しいって・・・)

「お父さんは、えっと・・・再婚とかしないの?」

「再婚?して欲しい?」

「・・・・・・」

自分で言っておいて何だが、正直イメージが沸かない。

「しないけどな」

ヒスイがあれこれ考え出す前にメノウはきっぱり否定した。

「俺さぁ、自分で言うのも何だけど、サンゴのことすっげ〜引きずってんの。も〜未練タラタラ」

「お父さん・・・」

「って事で、お母さんはサンゴひとり。オッケー?」

父メノウの言葉にヒスイは深く頷いた。

「うんっ!」

 

と、そこに。

 

「ジジイ、出来たぞ」

トパーズが弁当を持って現れた。

どうやらそれはメノウのために作られたものらしかったが、トパーズが何の見返りもなく朝から弁当を作るはずがない。

そう・・・またもやヒスイの私物が取引に使われたのだ。

真夜中のことなので、ヒスイ本人は何も知らない。

「ホラ、さっさと会社行け」と、メノウの頭に弁当をのせるトパーズ。

「お、サンキュー」

弁当を受け取ったメノウは、素直に出口へと向かった。が、その前に一言。

 

 

「愛妻弁当持って会社行く、これぞサラリーマンだよな!」

 

 

「ボケたジジイの愛妻になった覚えはないぞ」

トパーズは冷たくそう吐き捨て。場が一気に寒くなる。

「トパーズは孫だよ、お父さん。だから、孫弁当でしょ?」と、真顔のヒスイが更に状況を悪化させた。

「あ〜あ、折角その気になってたのにさぁ〜」

冗談が滑り、メノウは肩を竦めて苦笑いだ。

「あ、そだ、ヒスイ」

「んっ?」

「コハクに会いたきゃ会ってもいいよ」

「えっ!?いいのっ!?」

ヒスイの表情が格段に明るくなる。

「その代わりっちゃ何だけど、明日からカルセドニーの仕事手伝ってやってくんない?」

「うん、いいよ」

目の前の餌に釣られ、ヒスイはあっさり承諾。笑顔でメノウを見送った。

するとすぐ。

「わっ・・・!?」

背後からトパーズに捕獲抱擁され。

 

 

ちゅっ。

 

 

丸出しの肩にキスを受ける。

「トパーズ?」

「・・・ジジイからアレを受け取ったろう?」

「アレ??」

とぼけるな、と、耳を噛まれ。

 

「頭に叩き込んどけ。いいか、本番でヘマしたら・・・犯すぞ」

 

そう言い残し、トパーズも出勤。

「え?アレって何だっけ??あっ!私もお兄ちゃんにお弁当つくろ!」

答えを導き出す前に、ヒスイの思考は他へと移ってしまった。

慌てて服を着て、キッチンへと駆け込む。

「急がなきゃっ!!」

 

 

 

 

コハクもオニキスも引き続きアンデット商会に勤務すると聞いていた。

弁当を渡すにはグロッシュラー支店まで出向くしかなく。

ヒスイは、弁当の入った大きなバッグを肩から斜めに掛けて、その入口に立った。

 

AM11:30、アンデット商会、グロッシュラー支店。

 

「うわ・・・おっきなビル」

6階建ての巨大ビル、モルダバイトでは見かけない建造物だ。

(知らないヒトばっかりだし・・・)

外から社内の様子を覗き込んで・・・怯む。いつもの人見知りだ。

(でもお兄ちゃんにコレ渡さなきゃ・・・っ!!)

コハクの喜ぶ顔が見たい一心で、ヒスイが一歩踏み出した、その時。

 

 

「何をしておるのだ?」

 

 

聞いたことがあるような、ないような声がして。

振り向くと、知り合いのような、そうでないような男が立っていた。

黒いスーツを着ている。アンデット商会のダメ社員、テルルだ。

パシリ業務、買い出しから帰ってきたところだった。

「あ・・・」(特(魔)だわ)

「ぬ・・・」(アマデウスか)

一応面識のある二人、陰の国スフェーンでの記憶が蘇る。

(でも“昨日の敵は今日の友”って言うし)

ヒスイは単純に案内を頼もうと考えた。

一方テルルは・・・人間界ではいまいちパッとしない頭で計算を始めた。

(“将を射んと欲すればまず馬を射よ”というではないか)

この場合、将=ジスト、馬=ヒスイだ。

「そうだ“女”ではない!“馬”だ!馬と思えば良い!!」

結論を大声で叫ぶ、特(魔)テルル。

「え?馬??」

結構な言われようだが、ヒスイは気にも留めず。

テルルに案内を頼むと、二つ返事でOKされた。

 

テルルの後について、受付をやりすごし。

オフィス2Fの資材調達部。

「ホレ、あそこにおるぞ」

コハクはその容姿から何をしていても目立つ。

ちょうど打ち合わせを終え、相手と別れたところだった。

テルルはあまり近付きたくないようで、かなり遠くからコハクを指差した。

「ありがと!」ヒスイが礼を述べると。

「礼には及ばぬ、アマデウスよ」

テルルはやたらと偉そうに両腕を組み、言った。

 

 

お主がジストの母親であるかぎり、我はお主の味方じゃ。

 

 

 

 

「お兄ちゃん・・・っ!!」

「ヒスイ!どうしてここに・・・」

理由はどうであれ、嬉しいに決まっている。

ヒスイが話し出す前に抱きしめ、キス。社内であろうがお構いなしだ。

 

ちゅ。一回して。

ちゅっ。またして。

ちゅっ。ちゅっ。キスが止まらない。

 

「ぷは・・・っ」

ヒスイに息継ぎさせて、また、キス。

「・・・会いたかったよ、ヒスイ」

「おにいちゃ・・・わたしも・・・っ!」

一晩離れていただけだというのに、再会に感極まる二人。

それからコハクは、ギャラリーとして集まった社員に「僕の妻です」と、ヒスイを紹介した。

 

そして。

 

「これ・・・ね、作ってみたんだけど・・・」

もじもじと、ヒスイが弁当を差し出す。

「!!」(こっ・・・これはっ!!)

感動の波にのまれるコハク。

宝箱を開けたのと同様、まばゆい光が差して。※いるような気がするだけ。

(ああ・・・っ!!ありがとう!!ヒスイぃぃぃ!!)

定番の日の丸弁当、進化ヴァージョン。

日の丸がハート型へ。更にはスキの文字が。もちろん、全部梅干しだ。

土台となる白飯は進化し過ぎて、ご飯というか、おこげというか、灰になっているが、ヒスイにしてはよくできた方で。

芸術的なコントラストを醸し出す、記念すべき愛妻弁当だ。

踊り出しそうなくらい、浮かれる。が。

 

 

「あとこれ、オニキスに渡してくれる?」

 

 

ヒスイはそう言って、もうひとつ弁当を出した。

「え?オニキスの分も・・・あるの?」喜び半減だ。

「うん。ついでだから」と、ヒスイ。他意はないらしい。

「・・・・・・」

(まさかとは思うけど・・・ハートにスキは僕だけだよね?)

中身が、気になる。

もういっそ弁当箱を振り回し、中身をごちゃ混ぜにしてやろうかと思う。

(まあ、それはそれで)

コハクはすぐに気を取り直し。

「ヒスイ、今夜会える?」と、ヒスイを夜のデートに誘った。

「うんっ!!」

嬉しそうにヒスイが頷くと、耳元で待ち合わせの時間と場所を告げ。

ちゅっ。最後にまたキスをして、別れる。

デートの約束をしているので、コハクもヒスイも笑顔だ。

「あ」(明日から私もアンデット商会で働くんだけど)

言うのを忘れてしまった。

「ま、いっか」

 

 

 

昼食時、社員食堂にて。

 

コハクとオニキス、それぞれ愛妻弁当を広げる。

コハクは先程のハート&スキ弁当。

オニキスは灰と梅干しのごちゃ混ぜ弁当・・・だが、こうなった理由を察し、黙って食べた。

「・・・・・・」「・・・・・・」

口の中が物凄くスッパイ事になっているが、それを言ったら負けな気がして、互いに堪える。

「竜の死骸って言われてもね〜・・・」

酸っぱさを紛らわすかのようにコハクが話し出した。

午後の業務は資材の調達。

しかし、竜の死骸は四神の細胞と同様、人間が入手できる代物ではないのだ。

無論人間ではないからこそ任された仕事ではあるが。

「メノウ殿はグロッシュラーにどれほどの戦力を与えるつもりなのか・・・」

「モルダバイトは竜を所有する国ですからね。向こうも竜を使ってくるつもりでしょう。あれ?でも割と余裕ですね」

「モルダバイトは軍隊を持たない国だが、万が一の備えはある。そうやすやすとグロッシュラーの進軍を許しはしない」

「ま、そうでしょうね」

カポッ、弁当の蓋を閉めるコハク。もちろん、完食だ。

続けてオニキスが完食したのを見届けると、席を立ち。

「それじゃ、行きますか」

 

 

竜の墓場へ。

 

 


 
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