World Joker

83話 伝わる涙


 

 

 

「あ〜・・・やべ。ちょっと鼻にツーンときた」と、メノウ。

「世の中の男がさ、隠れてどんだけ泣いてるか知らないけど、俺は結構泣いた方だと思うな」

静かに相槌を打つコハク。

「ヒスイが泣き虫なのは、メノウ様の遺伝ですね」

うん。泣き顔もそっくりだ。と、コハクが言ったので、メノウはぷっと笑って。

「正直さ、ヒスイは誰と一緒になっても幸せになれると思う」

「何ですか、いきなり・・・まあ、そうかもしれませんけど」

コハクは複雑な面持ちだ。するとメノウが・・・

 

 

「でも、俺はやっぱりお前と一緒になってくれて良かったって思うよ」

 

 

「・・・メノウ様、僕のこと泣かせようとしてます?」

「うん、わかる?」

メノウは、悪戯な眼差しをコハクに向けた。

「ええ、まあ・・・っと、僕も鼻にツーンときました」

と、コハクが鼻を摘む仕草を見せる。

「ま、わさびでも食ったことにしとけよ」

「そうですね。わさびわさび」

「そ。わさびわさび」

 

 

 

こちら、ヒスイ。

 

吸血鬼の端くれなので、夜目が利く。

月明かりがなくても、カルセドニーを見つけるのは容易かった。

 

「あ・・・」

ヒスイが呼び止めるまでもなく、カルセドニーは足を止め。進んでヒスイとの会話に臨んだ。

「驚きました。まさかこんな事になるなんて・・・信用ガタ落ちです。グロッシュラー支店は引き払うしかありません」

「モルダバイトは魔力に頼った国じゃないから」と、ヒスイ。

トパーズがグロッシュラーの敗因を述べたのに対し、モルダバイトの勝因を述べ。

「魔法兵団だって、ヒトと違う力を持ったコたちの居場所を作るために創設しただけで、戦争に使うためじゃないんだよ」

かつて王妃の座に就いていただけあって、オニキスの思想も国の内情も理解している。

続けてヒスイは、メノウが『魔葬』を使った理由を説明した。

「魔力を封印したのも結局魔力だから、反則といえば反則だけど・・・」

モルダバイトとグロッシュラーから等しく魔力を奪い、その結果をカルセドニーに示した。

「魔力のあるなしで勝敗が決まる訳じゃないって、言いたかったんだと思う。お父さん」

「・・・・・・」

主観の違いに沈黙するカルセドニー。

魔力を持つ者に負けたくない・・・負けてはいないことを、他の誰でもない、母親に見せたかったのだが、予定していたシナリオとは全く違うものになってしまった。

「ここに母がいなくて良かった」と、苦笑いする。

「お母さん・・・は?」

「亡くなりました」

「あ・・・」(魔女の・・・)

その死が例の遺言によるものと、ヒスイでもすぐにわかった。

「ご愁傷さま・・・」

母親を失ったカルセドニーに何と声をかけて良いものかわからなかったので、冠婚葬祭の常識本の内容に則って、そう言ってみる。

するとカルセドニーは。

「人間らしく生きて欲しいと、母は言い残しましたが・・・世界にはまだまだ知りたいことがたくさんあります。人間の寿命ではとても足りない」

「外見どおり、エルフだったら、人間の何倍も生きられたはずなのに」と、最後に言い足した。

 

産まれた時から人間の姿をしていたら。

こんなに迷うことはなかったかもしれない。

なまじエルフの姿をしているから、焦がれてしまうのだ。

 

「・・・・・・」カルセドニーの話についていけないヒスイ。

(10才で、生きるとか死ぬとか・・・暗いわね・・・。私が10才の時なんて・・・)

食う、寝る、遊ぶ。

(だけだった気がする・・・)

自分が何者かなど、考えもしない。

「・・・老いるのも死ぬのも怖いと話しました。母に」

しばらくの沈黙の後、カルセドニーが言って。

それから、母親の回答をそのまま口にした。

 

 

 

『怖い?そうね・・・だから親が先に逝ってみせるのよ。老いるのもそう。親が見本になるの。こういうものなんだって知れば、怖さも和らぐものよ』

 

 

 

「子供より先に老いて死ぬのが、親のプライドだと言って・・・母は・・・不老不死の研究に反対していました」

「・・・・・・」(子供より先に老いて死ぬのが・・・親の・・・プライド・・・)

魔女の言葉が棘のようにチクリと刺さり、ヒスイも黙る。

「仲違いをしたまま、私は家を出て・・・母の体調が優れないことを知っていたのに、仕事の忙しさにかまけて、会いにも行きませんでした。だからって・・・」

 

 

「黙って逝くなんて。酷いと・・・思いませんか?」

 

 

次の瞬間。ボロボロと、カルセドニーの目から涙が落ちた。

体格こそ大人だが、その表情は子供のもので。

(ど・・・どうしよ・・・泣いちゃった)ビビるヒスイ。

泣く子をあやすのは苦手なのだ。
子供が泣くと、すぐコハクにバトンタッチしていた。
しかし、ここにコハクはいない。

「・・・飴、食べる?」

苦肉の策で。ヒスイはトートバックから例のドロップ缶を取り出した。

ジストに食べさせた後、そのまま持っていたのだ。

「甘いもの食べると、元気出るよ。はい、一粒あげる」

「ぐすっ・・・甘いです」

橙色の飴をひとつ口に含むと、カルセドニーは少し落ち着きを取り戻した。

ヒスイもホッとして、早速・・・

「それね、お兄ちゃんの手作りなの!」と、お兄ちゃん自慢が始まる。

 

その時だった。

 

「てんめぇ〜・・・何社長泣かしてんだ!!」

 

烈火の如く怒鳴り込むは、腹心のウィゼだ。

「クソアマ!!裏切りやがって!!」

沈黙する魔剣ハニーサックルを構え、ヒスイを睨みつける。

「やめてください、ウィゼ。飴を貰っただけです」

「社長の野望の邪魔はさせねぇ・・・」

カルセドニーに制止され、攻撃こそ思いとどまったものの、『魔葬』現場に居合わせただけに、ヒスイへの敵意は消えなかった。

「リベンジしてやっからなぁ?あぁん?首洗って待ってろ!クソが」

相変わらず、どうしようもなく、口が悪い。

「行きましょうぜ!社長!!」

次はどこに支店出しましょうかね?と、今回の敗北などなんのその。
全然懲りていないウィゼ。一方カルセドニーは・・・ぽかんとしていた。

その姿が可笑しくて。ヒスイが笑う。

「お母さんは死んじゃったけど、ひとりぼっちになった訳じゃないもんね。
 アンデット商会も、その社員も、あなた自身の力で手に入れたものでしょ?」

魔力を持っていないからこそ、手に入れることができたもの。

ないものを、カルセドニーなりに補おうとした結果だ。

「・・・なるほど」

濡れた睫毛を瞬かせるカルセドニー。

好奇心に満ちた目で、手を叩く。

 

 

「そういう考え方もありますね」

 

 

 

 

いつかまた会いましょう。と、再会を約束する言葉でカルセドニーと別れ。

小走りするヒスイ。目的地はもちろんコハクのいる場所だ、が。

「お父さん・・・」

そこにはメノウもいて。コハクと談笑しているところだった。

「よっ!」

よくやった!さすが俺の娘!と、今日も親バカぶりを発揮するメノウ。

愛娘の一度や二度の失敗には目をつぶる。

「あ・・・うん」

褒められれば嬉しいに決まっているが、いささか心苦しい。ヒスイは話題を変えた。

「カルセドニーに会ってきたよ」

「お、どうだった?あいつ」

親子の会話が始まると、コハクは二人から離れ、近くの木の下へ移動した。

腕組みしたまま、軽く幹に寄り掛かり、黙って二人の話に耳を傾ける。

と、そこにオニキスが現れ。

「ヒスイは・・・無事のようだな。メノウ殿も健在で何よりだ」

ヒスイの身を案じてここまで来たことは、言うまでもない。

「ヒスイは、答えを見つけてきたと思います」と、コハク。

「メノウ様を眷属に加えるか否か」

「そうか・・・ならば、ここで待とう」

 

 

 

そして、こちら。

 

「カルセドニー、泣いてたよ」と、ヒスイ。

「そっか。ちょっと安心した」と、メノウ。

「いくら大人を気取っててもさ、親が死んだ時ぐらい泣いたっていいじゃん?」

“親が死んだ時〜”というセリフにぴくり、ヒスイが反応する。

言うなら今だ。と、思ったのだ。

「お父さん・・・あの・・・」

「んっ?」

「もし・・・」

 

 

もし良かったら、眷属に・・・

 

 

と、言いかけて、やめる。

「・・・・・・」

(眷属は不老不死とは違うと思うけど・・・)

先程のカルセドニーの話を思い出し、言葉が喉に詰まった。

 

意地とプライド。

 

人間として産まれたからには、人間として生き、人間として死ぬ。

そんな“人間の意地”は理解できなくても。

子供より先に老いて、子供より先に死ぬ。

そんな“親のプライド”なら。

なんとなくではあるが、わかる。ヒスイも一応、子を持つ親だ。

すぐそこまで出かかった言葉を、深呼吸で喉の奥に押し込み。

「・・・ううんっ!何でもない!」

「・・・そっか」

ニッと笑うメノウ。ヒスイが何を言おうとしていたか、見当はつく。

「ありがとな」(言わないでくれて)と、ヒスイの頭を撫で。

「お父さん?」

「ヒスイ」

「うん?」

 

 

 

「俺は先にいくよ」

 

 

 

そう言って、んじゃな!と明るく手を振る。

「うん」

下手な作り笑いで。

同じようにヒスイも手を振り、メノウを見送った。

それからくるっと向きを変える。

その先には、コハクとオニキスが並んで立っていた。

ヒスイは二人の間まで歩き、そこで俯いた。

右手でコハクを。左手でオニキスを掴み。鼻声で、呟く。

 

 

「これで・・・いいんだよね?」

 

 

「・・・・・・」「・・・・・・」

コハクもオニキスも黙ったまま。

腕を交差させるようにして、ヒスイの肩を抱いた。

 

 

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