World Joker

96話 捧ぐ愛。奪う愛。



 

 

 
「オニキス、オニキスって・・・何なのよっ!」

ヒスイは走る・・・とバテてしまうので、若干早足で教会本部に向かっていた。

総帥セレナイトに報告するためだ。

このまま放っておけば国を揺るがす大問題になりかねない。

しかも事の発端は、自分・・・と言えなくもなく。

ヒスイは脇目も振らず教会に突入・・・すると。

 

「オニキス!?」「ヒスイか」

 

オニキスはセレナイトと少し話をした後、とにかく自分で確かめると言って、司令室を出たところだった。

そこに、情報を持ったヒスイが現れたのだ。

「話したいことがあるのっ!」と、出会い頭ヒスイに迫られ、応じるオニキス。

二人は玄関ホールの太い柱の影で立ち話に至った。

 

「学校でオニキスを探してるって子達に会って・・・それでね・・・」

 

何十年という時間をかけて、噂はほぼ真実として広まっていた。

モルダバイトはヴァンパイアにとって特別な国、と、他でもないヴァンパイア達が思い焦がれるようになっていたのだ。

現在、ジストとスピネルが体育館に残り、説得にあたっているという。

「・・・・・・」(もっと気を配っておくべきだったか・・・)

世の流れとして、あり得ないことではない。

口にこそ出さないが、オニキスは悔やみ・・・その時。

「また王様に戻るの、嫌でしょ?」と、不意にヒスイが言った。

「・・・なぜ、そう思う?」

後で驚かせようと思い、ヒスイには秘密にしていたのだが・・・つい最近、天文学の専門機関を立ち上げ、まさにこれからというところだった。

王政から離れ、やっと好きなことを仕事にできるようになった矢先、だ。

(見抜かれた・・・のか?)

「え?何となくだけど?」

「・・・・・・」

“何となく”で、こうも言い当てられてしまうとは。

(やはり・・・鈍いだけの女ではない・・・か)

オニキスは苦笑いを浮かべた。

「なんか、めんどくさいことになっちゃって・・・ごめん」と、ヒスイ。

「いや、お前が謝る必要はない」そこで苦笑いを深くするオニキス。

「え?そう?」

不思議そうな顔で瞬きするヒスイを、心底愛おしいと思いながら、オニキスは言った。

 

 

「すべて・・・オレが望んだことだ」

 

 

ヒスイに命を捧げたこと。ヒスイの眷属でいること。

それらはすべて自身の意志だ、と。

「あ・・・えっと、じゃあ、ありがと」

ヒスイは唐突に礼を述べ。

「・・・何だ、急に」

言われた方が驚く。

「うん、何となく・・・他に浮かばなかったから。“ごめん”じゃなかったら、“ありがとう”かな、って」

軽く首を傾げながら、ヒスイはオニキスを見上げた。

「・・・そうか」

身を屈め、漆黒の瞳を伏せるオニキス・・・ヒスイの頬に唇を寄せ、ゆっくりとキスをした。

「・・・何よ、急に」

「・・・何となく、だ」

平穏な生活が崩れるかもしれない・・・そんな予感がしたから。とは言わなかった。

「・・・・・・」

(命をかけて愛した女が、たまたまヴァンパイアだった)

それだけのことなのに。

(まさか・・・こんなことになるとはな)

モルダバイト前王としての責務から逃れるつもりはない。

国を守るため・・・再び王の顔に戻る。

「オニ・・・キス?」

オニキスはそっとヒスイの頬に触れ。

「・・・心配するな。オレも学校へ向かう」

「ん!私もっ!セレのとこ行ってくるっ!!」

 

 

そこから・・・ヒスイにとって思いがけない局面へと展開してゆく。

 

 

 

エクソシスト教会、司令部。

 

「セレ!あの学校のことだけど・・・っ!」

「御苦労だったね、ヒスイ」

総帥セレナイトはヒスイを歓迎した。

「早速話を聞こう」と、向かいのソファーにヒスイを着席させる。

「この暑さだ。喉が渇いただろう」

そう言って、まずは林檎ジュースを一杯。コハク並にヒスイの機嫌取りが上手い。

ヒスイは任務に忠実に、コッパー率いる応援団の存在を明かした。

「名簿はどうなっているかね?」と、セレ。

「あ、今ジストとスピネルが・・・」と、ヒスイ。

するとセレは微笑し、言った。

「それなら問題はない。君はよくやってくれた。コハクを抑えるのも限界なのでね。そろそろ家へお帰り」

「え?でも・・・」

中途半端もいいところだ。さすがのヒスイも気にかかる。

「この件に関してはもう教会で手を打ってある」

「それ・・・どういうこと」

まるで始めからわかっていたかのような口ぶりだ。

「・・・・・・え?」

セレの答え。
それを耳にしたヒスイは教会を飛び出し、理事長室へ向かった。
今度は、走って。

 

 

 

 

「トパーズっ・・・!!」

ノックもせず、部屋に飛び込むヒスイ。

「モルダバイトを離れるってホントなの!?」

トパーズは毅然とした態度で、煙草の煙を吐いた。

「それがどうした?」

「そ・・・それって・・・あの・・・ひっこし・・・する・・・って・・・こと?」

言葉が途切れ途切れ、ヒスイの口から出る。

走ってきたせいなのか・・・それとも別の理由なのか・・・今はそんなことを考えている余裕もなかった。

「そうだ」

静かにそう答え、灰皿で煙草の火を消すトパーズ。

それから席を立ち。

 

 

 

「お前も一緒に来い」

 

 

 

「な・・・なに言って・・・そんなの無理に決まって・・・」

ヒスイは美しい顔を引き攣らせ・・・明らかに動揺している、が。

「私なんか連れてったって・・・何の役にも立たないよ?」

その割に、もっともな事を言った。

家事全般ダメダメで・・・女として役に立つのは夜だけのヒスイ。

「何年一緒に暮らしたと思ってる」

そんなことはわかっている、と、トパーズは鼻で笑い。

「お前は、夜だけ役に立てばいい」

「夜だけ???え?それって・・・あ・・・」

思い当って、赤くなる。

「お兄ちゃん・・・と一緒じゃ・・・だめ?」

ヒスイが言うと。

「クク・・・3Pか?」

意地悪な冗談で答えるトパーズ。

「そういうんじゃなくてっ!!私、お兄ちゃんがいないと・・・」

「・・・・・・」

ヒスイの“お兄ちゃん”発言は、毎回火に油だ。

「!!ちょっ・・・トパーズ!?」

「来い」と、トパーズはヒスイの手首をいつも以上に強く掴んで引っ張った。

 

 

「お前は、一からオレが飼い慣らす」

 

 

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