World Joker

95話 囮


 

 

 

「う〜ん・・・」

夕焼けの空を見上げるヒスイ。

「私だって1級のエクソシストなんだから※ほぼコネ。サルファーみたいに脅せばいいんじゃ・・・」

 

 

『まとめて本国に送り返してやったっていいんだぜ?』

 

 

先程のサルファーのセリフとポーズを真似てみる、が。

「・・・・・・」

いまいち迫力に欠ける。

なにせ向こうは多勢だ。押さえ込まれる前に勝負したい。

どのみち正体はバレかかっているのだ。

(開き直って、ぶつかっていくしかないわね)

放課後。意気込んで、生徒会室に乗り込むヒスイ。ところが。

「・・・いないわね」

各部室を覗いて回ったが、コッパー一味は見つからず。

「・・・ま、いっか。明日で」という結論に達する。

コハクに話せば、すぐに取り返して貰えるだろうが・・・

(サルファーに馬鹿にされそうだし。ここは自分で何とか・・・)

と、その時。

 

 

「ヒスイっ!一緒に帰ろっ!!」

 

 

ヒスイを誘うのは、勿論ジストだ。

今はすっかり落ち着ている。ちゃんと息子の顔で、ヒスイの前に立っていた。

「さっきはごめんっ!」

ジストはまず、自分だけ先に体育倉庫を離れたことを謝罪した。

「なんかその・・・」理由を述べるため、頭をフルに働かせ・・・

 

 

「急にトイレ行きたくなっちゃって・・・っ!!」

 

 

「なぁんだ。それならそうと言ってくれればいいのに」

微妙な言い訳だが、ヒスイは疑いもせず。

「う○こじゃ、しょうがないよね」と、綺麗な顔で言い放った。

「あっ!うん!そうそう!すっげー腹痛くなっちゃってっ!!」

行き過ぎた解釈をされてしまったが、丸く収まり、ホッとするジスト。

その手には、コハクから託された買い物メモを握っている。チアガールの材料だ。

「帰り寄りたいとこあってさっ!部活早めに上がらしてもらったんだ」

確かに、いつもより1時間早い。

「じゃあ、付き合うよ」と、笑顔のヒスイ。

校門までの道を2人並んで歩く。

「あ!あそこにいるのスピネルだ!!」

ジストは、少し先を歩いているスピネルの背中に気付いた。

「スピネルっ!!」

大きな声で呼び止め、手を振って、合流。

ヒスイを真ん中にして、3人で歩き始めた。

「スピネルが定時で上がるの、めずらしいね」と、ジスト。

「うん、今日はちょっと・・・約束があって」

「なになに!?デートっ!?」ジストは勝手に盛り上がり。

「そうだったらいいんだけど」スピネルは苦笑いだ。すると・・・

 

「ジスト君」

 

今度はジストが後ろから呼び止められた。

陸上部のマネージャだ。

「待ってるから、行っておいでよ」と、スピネル。

一旦離脱し、ジストはすぐに戻ってきた。

ペコペコと頭を下げて。今回も、お断り、だ。

「ジストって、好きな子いないの?」

無情にもヒスイにそう尋ねられ。

「えっ・・・うん」答えに困るジスト。

(好きな子はいるけど・・・)

意中のヒスイを見つめたところで・・・無駄だということはよくわかっている。

「どんなタイプの子だっけ?ジストが好きなのは」

くすくす、スピネルが笑いながら言った。

ヒスイも興味津々という顔でジストを見上げている。

「ん〜と・・・ちっちゃくて、髪が長くて、本を読むのと昼寝が好きで・・・」

昔から、好きなタイプは変わらない。

「へぇ〜。なんかその辺にいそうだね」と、ヒスイ。

その辺・・・というか、ここにいる。自分の特徴だということに全く気付いていなかった。

不憫に思ったのか、そこでスピネルが。

「ママみたいだよね」

「スピネルっ!?」焦ったのはジストだ。慌ててフォローする。

「そっ・・・そうそうっ!!ヒスイみたいな子がいいなって!!」

「私???」きょとんとするヒスイの横で。

「そんな子に出会えるといいね」スピネルの声が優しく響いた。

「・・・うん」

(ヒスイみたい・・・じゃダメなんだ。ヒスイじゃなきゃ・・・)

そう思っても。ここは頷くしかない。

「・・・・・・」

(なんかオレ、嘘ばっか言ってる)

こうして、小さな嘘を重ねて。

(いつか・・・大嘘つきになっちゃうのかな。でも・・・)

 

 

嘘をつかなきゃ、ヒスイの傍にはいられない。

 

 

(早く上手に嘘がつけるようになんないと・・・)

「ジスト?どうしたの?急に黙って。あ、またお腹痛いとか?我慢しないで早くトイレに・・・」

ヒスイは快調にボケている。

「ううん!大丈夫っ!ところでさ、ヒスイなんで体育倉庫にいたの?」

「あ、うん・・・目が覚めたら・・・」

体育倉庫での出来事を、ヒスイは包み隠さず話した。

「・・・えっ!?じゃあ、服脱がされて、写真撮られちゃったのっ!!?」

ジストが声を張り上げる。スピネルも目を丸くしていた。

「うん。まぁ・・・そういうことになるんだけど・・・」

しかも、何の手も打たずに帰ってきたのだ。

「ママ・・・それはちょっとまずいんじゃないかな・・・楽観的すぎるよ」と、スピネル。

額に手をあてて呆れる姿は、オニキスそっくりだ。

「絶対ダメに決まってるよっ!!オレっ!取り返してくるっ!!!」

ムキになって、ジストが駆け出す。

「あっ・・・ちょっ・・・ジストっ!?」

「ママ、ボク等も行くよ」

 

 

 

一方こちら・・・オニキス。場所は、エクソシスト教会司令部。

つまり、対峙する相手は総帥セレナイトだ。

久しぶり・・・などと互いに社交辞令で始まり。

「貴方もどうやら、コハクに巻き込まれたクチかな」

「まあそうだが・・・あいつも身を粉にして働いている」と、珍しくコハクの肩を持つオニキス。

「彼は実に要領の良い男だからね、どんな無理難題を突き付けても、すぐに片付けてしまう。こちらも苦労しているよ」と、セレが笑う。

「時間を稼いで・・・どうする」

大人の男同士。静かに腹の探り合い。

「ヒスイとジストに何をさせるつもりだ」

「・・・コハクに知れたら大事なのでね。内密にして貰えるのなら」

「・・・いいだろう」

「一言で言ってしまえば、ヒスイは“囮”なのだよ」

「囮・・・だと?」

「あの子は・・・見るからに人間のそれとは違う美しさだ」

言い方を変えれば、人間には見えないということ。

「校内に潜む悪魔達は、種族ごとに徒党を組んでいて、仲間を増やそうと躍起になっている。そこに、“いかにも”な、ヒスイが現れれば、仲間に引き入れようとするだろう。探すまでもなく、向こうから出てきてくれる訳だ」

「・・・・・・」

「ヒスイ本人には、ジストの手伝いと言ってある。危険はないと話した」

しかし実際は、危険がないとは言い切れない任務だ。

「・・・・・・」

させるものかと、オニキスが身を翻す。が、そこで。

「心配はいらない。学校にはヒスイの子供達がいる」と、セレが引き止めた。

「なぜモルダバイトに悪魔達が集まっているか・・・真の理由を知りたくはないかね?前王オニキス」

「・・・モルダバイトは、異種族との共存を目指している。他国に比べれば、悪魔にとっても住み良いところだ。移住してくる者もいるだろう」

オニキスはセレに背を向けたまま、そう語り。対するセレは。

「これまでは、そうだったかもしれないがね。今は別の理由がある」と、意味深な笑みを浮かべた。そして・・・

 

 

「悪魔達の狙いは・・・貴方だ」

 

 

 

 

再びこちら・・・学校では。

 

「応援団は全員半吸血鬼・・・サルファーがそう言ったんだね?」と、スピネルはヒスイに確認した。

「うん」

「ボク思うんだけど・・・密入学でどんどん生徒の数が増えているのに、誰が増えたのか誰もわからない・・・それって幻術が使われているからだよね」

「「うん」」ジストもヒスイもそれには気付いていた。

「学校全体を対象としているとなると・・・」

メノウレベルの魔道士ならともかく、半吸血鬼のひとりやふたりの魔力でどうにかできるものではない。

“仲間を増やしたい”というコッパーの発言からも、すでにある程度集団化していることが予想できた。

「大人数で幻術結界を張っているとしか思えない」

学校の敷地一体に結界を張り、その内部でのみ幻術を有効化するという方法だ。

「うん、そうかもね」ヒスイが頷いた。スピネルは続けて・・・

「生徒会主催の集会が月1回、体育館で行われているんだ」

学校をより良くするため、生徒間で話し合う・・・ということで、教師達は立ち入れないという。

「今日がその日なんだ」

「行ってみよっ!!」ジストが早々と動き出す。

3人は走りながら、作戦会議をし。

 

そして・・・体育館前。

 

扉はどこもぴっちり締められ、中の様子はわからない。

見張りの人物が数名、体育館周辺を巡回していた。

学ランを着ている・・・応援団のメンバーだ。

スピネル、ヒスイ、ジスト。3人は正面に立ち。

「生徒会長に用があるんだけど」と、ヒスイ。

その途端、学ラン数名がヒスイに襲いかかった・・・が。

「ヒスイっ!下がってて!!」

ジストが次々と背負い投げを決め。スピネルも前に出て応戦した。

「・・・・・・」

ヒスイは息子達の戦いっぷりに見とれ。

「・・・あっ!!」(ボケッとしてる場合じゃない!私も・・・)

ハッとしたヒスイが魔法のステッキを構えた時には・・・標的ゼロ。

「ママ、もう済んだから。それしまって」スピネルに笑われる。

「え?そう?早いね・・・」

「うん、ジストと2人だから」

あっさり包囲網を破り、3人は体育館に突入した。

スピネルが推理した通り、幻術結界継続の儀式の最中で。

「おチビちゃん、来てくれたんだね」と、コッパー。

「写真、返して」ヒスイが詰め寄る。

「これのこと?」

これ見よがしに、コッパーがカメラを掲げた、その時。

 

グシャッ!

 

瞬間移動的スピードでジストが突っ込み、片手でカメラを握り潰した。

「ヒスイっ!もう大丈夫だよっ!!って、ヒスイ???」

「あ・・・なんか、すごいね」

ジストのめざましい成長と活躍に驚いていたのだ。

まだまだ子供だと思っていたのに。

(知らない男の子みたい・・・)

「ママ、しっかり」スピネルに声を掛けられるも。

「えーっと・・・何だっけ」

作戦会議の内容をド忘れ。ヒスイひとり、ダメっぷりが際立つ。

「1級エクソシストの・・・」スピネルに耳打ちされ、やっと。

「私も半吸血鬼だけど、エクソシストやってるの。これでも一応1級なんだけど・・・」

そう言って、コッパーに十字架を見せた。サルファーと同じデザインのものだ。

「おチビちゃんが!?」

「悪魔でも、エクソシストになれる・・・ここはそういう国。知ってて来たんでしょ?モルダバイトから追い出すようなことはしないから、教会に登録して」

「登録?監視されろってこと?」

コッパーは反抗的な目をヒスイに向けた。

「監視じゃないわ。保護よ。自由を奪う訳じゃないし」と、ヒスイ。

するとスピネルが。

「“共存”のためのルールなんだ。モルダバイトで暮らす気なら、最低限のマナーは守って」と、珍しく厳しい口調で言った。

それから目配せで、ヒスイと交代し。

「学校で仲間を集めてる理由は何?よかったら教えてくれる?」

「・・・おチビちゃんは、モルダバイトの前王を知ってる?」

「うん、まぁ・・・」

知っているも何も、かつての夫で。その息子もここにいる。

ヒスイが頷くと、コッパーはこう言った。

 

 

「ヴァンパイアだったんじゃないか、って、もっぱらの噂」

 

 

「は・・・?」←オニキスを吸血鬼にした張本人。

「・・・・・・」「・・・・・・」

余計なことを言ってはまずいと思ったのか、ジストもスピネルも閉口している。

モルダバイトの不老不死伝説が裏付けとなり、“前王はヴァンパイア”という説が、各国のヴァンパイア達の間に流布しているのだという。

ヴァンパイアのオニキスを再び王とし、モルダバイトをヴァンパイアの国とすべく集まってきているのだと。

「力を蓄え、いずれはヴァンパイアの王にお仕えする。ここにいるのは同族であり、同志でもある」と、コッパー。

「な・・・」

ヒスイは口をぱくぱく・・・何をどう言えばいいのか・・・言葉が出ない。

(この子達みんな・・・オニキス狙い!!?)

 

 

 
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