World Joker

101話 そっと。ぎゅっと。



 

 

 
赤い屋根の屋敷。コハク。

 

「―夜明けだ」

オニキス達と別れ、屋敷に戻ってきたコハクだったが、ヒスイがいない夜は長く。

チアガールの衣装は仕上がり、ふわふわのポンポンが出来上がっていた。無論、一睡もしていない。

「さて、っと。そろそろヒスイを迎えに行こうかな」

コハクは伸びをしながら立ち上がり、用意しておいた竹刀を手に取った。

島の場所は聞いている。トパーズがヒスイを手放そうとしないなら、力尽くで奪い返すつもりで。

 

 

「一晩待った。これが僕の限界だ」

 

 

これから第二のモルダバイトとして発展してゆくこの島の名は“コスモクロア”という。

実のところ、モルダバイトからはかなり離れた海上に位置している。

「ここか」

竹刀を軽く肩に担ぎ、見回す。水晶玉を通して見た景色と同じだ。

コハクは真っ先に3階建ての家へ向かったが・・・ヒスイもトパーズもそこにはおらず。

「留守か・・・」

状況が、イマイチ掴めない。

「こうなったら・・・」

一刻も早くヒスイを見つけるため、分身の術を使い、捜索にあたる人数を増やすことにした。

外見も思考もコハクそのものの分身が4人。自分を含めて5人となる。

コハクAが本体で、以下B・C・D・E。島に散って、ヒスイを探し始めた。

 

 

 

そしてこちら、プテラノドンとヒスイ。

 

「あっ・・・!!」

ヒスイの足から片方靴が脱げ落ち、森に吸いこまれていく・・・改めてその高さを認識する。

「・・・・・・」

(今、離されて落ちたら・・・死ぬかも)

無駄な抵抗をやめ、ヒスイが息を飲んだ、その時。

プテラノドンの頭上・・・“空”に直径1mほどの穴が開いた。

空間を切り開き、そこからジストが落ちてくる。

「おわ・・・っ!!?」

神の能力を使い、ヒスイの元へ移動してきたのだ。

とはいえ、成功率は100%ではない。散々失敗した後の到着だった。

しかもヒスイは飛行中・・・ジストは恐竜の首に跨る羽目になった。

「プテラノドン!?なんでこんなトコに・・・あっ!!ヒスイっ!!」

「ジストぉっ!?」

今にも落ちそうなヒスイが見上げる。

「ヒスイっ!待ってて!今助けるからっ!!」

ジストはプテラノドンの首を撫で、言い聞かせた。

「その子は食べちゃだめだっ。ゆっくり地上に戻って」

すると、ジストの言葉に従い、プテラノドンは高度を落としていった。

「・・・・・・」(なんで???)

ヒスイの言うことは全く聞かなかったというのに。

ジストには懐いているようにさえ見える。

神の言語は、万物に通じるのだ。ただし、ジスト自身は気付いておらず。

「オレ、昔から動物には好かれるしっ!こいつとも仲良くなれそう!」などと言っている。

無事着陸すると・・・

「ありがとなっ!」

ジストはポケットからビスケットを出し、プテラノドンに与えた。

コハクの真似だが、ヒスイを餌付けするためにいつもお菓子を持ち歩いているのだ。

プテラノドンは一声鳴いて、空へと帰っていった。

「・・・・・・」(助かったわ)

ジストのお陰で、思いの外あっさり助かった。

どっと疲れが出て、草むらに座り込むヒスイ。

「ヒスイっ!怪我ないっ!?」

心配そうな顔でジストが覗き込む。

「ん・・・平気」

ヒスイがそう返事をすると、ひとまず安心し。

「靴片方じゃ困るよなっ!ちょっと待ってて!」

 

ジストはヒスイの靴を拾いに行き、すぐに見つけて戻ってきた。

(なんか・・・シンデレラみたいっ)ジスト脳内。

今手にしている靴は、当然ヒスイにピッタリだ。

(んで、オレのお嫁さんに・・・)と、顔が弛む。

妄想劇の一幕ではあるが、ヒスイの“王子様”になれるのが嬉しくてしょうがない。

ジストは、ほっこりとした気分でヒスイに靴を履かせた。

「立てる?」

「うん」

ジストの言葉に頷き、立ち上がったものの、ヒスイは立ちくらみを起こして。

「わ・・・ヒスイ!?」

ふらつくヒスイの体を受け止めるジスト。

ヒスイの甘い匂いが鼻先を擽り、かぁぁっ、赤くなる。

高鳴る鼓動がヒスイに聞こえてやしないかと、緊張しながらも。

「だ、大丈夫?ヒスイ」

どさくさに紛れ、そっと、ヒスイの体に腕を回す。

すっぽり腕に収まってしまうヒスイはやっぱり小さくて。

ジストの目には、とてもいたいけに映るのだ。

(う・・・ヒスイ可愛い・・・っ)

胸がきゅんとする、確かな恋心。と、その時。

「大丈夫。ちょっと寝不足なだけ」

ジストの胸元に額を押し当て、ヒスイが言った。

 

 

「早く・・・お兄ちゃんのとこ帰りたい」

 

 

「あ・・・」

浮ついた気持ちが一気に萎む。代わりに失望感が膨らんで。

一瞬、声が出せなくなった。

ヒスイの頭の中には、コハクのことしかない。これが、現実なのだ。

「・・・そうだよなっ!今、父ちゃんのとこ連れて・・・」

そこまで声を搾り出し、黙る。

「・・・・・・」

(オレだって・・・ヒスイが欲しいけど・・・)

どうすればいいか、わからない。

見るとヒスイは大欠伸。

「立ったままでも眠れそう」と、ジストに体を預けてきた。

ジストは両腕で深くヒスイを抱き込み・・・

「・・・・・・」

男の腕に慣れているヒスイは、どんなに強く抱きしめても、怖がらない。

恋愛感情を持った息子が相手でも、だ。

(ひとつだけ・・・わかった。兄ちゃんが、なんでヒスイを攫ったか。たぶんオレも今、同じ気持ち)

ジストは自分の体からヒスイを離し、言った。

「ヒスイ、兄ちゃんと・・・キスした?」

「え?あ、うん」ジストを見上げ、瞬きするヒスイ。

見たこともない表情をしたジストに頬を触られ、驚く。

「ジスト?」

「オレにも・・・」瞳を伏せるジスト。

ヒスイの耳の後ろまで手を入れ、ぐいっと顔を引き寄せ。

 

 

「もう一回だけ・・・キス、させて?」

 

 

と、唇を近付ける。

ヒスイは目を見開き、口をぱくぱくさせた後・・・一言。

「だ・・・だめ」

「・・・だよなっ!」

唇を離し、ジストが笑う。笑いながら、「ダメに決まってる」と呟いた。

(ここでヒスイにキスしたら・・・)

父ちゃんに殴られて。

兄ちゃんに蹴られて。

サルファーにぶっ飛ばされる。

(それでもいいと思ったけど)

ヒスイが泣きそうな顔をしたから、やめた。

「オレ、ヒスイといると時々変になるんだ。だからその・・・ごめんっ!今の忘れてっ!!」

明るい調子で、ヒスイに両手を合わせる。

「う・・・うん??」

ヒスイはまだびっくり顔だったが・・・

 

 

「ヒスイ、見つけた」

 

 

その声に、振り向く。ジストも然りだ。

「お兄ちゃん!!」「父ちゃん!!」

ヒスイは全速力でコハクの腕に飛び込んだ。が。

(あれっ?)同時に違和感。

「父ちゃんと一緒ならもう安心だねっ!!」と、ジスト。

「あ・・・うん」(お兄ちゃんだけど・・・お兄ちゃんじゃないような・・・)

コハクの“分身”なのだと、ヒスイは気付いたが、ジストは気付かず。

「オレっ・・・兄ちゃんと話したいことあるから行くねっ!!」

「うん、またね」ヒスイが言うと。

「・・・うんっ!またっ!」ジストは笑顔で手を振った。

それから、ジャングルの道なき道を滑走路のようにして走り、叫ぶ。

「兄ちゃんトコ・・・っ!!とべ・・・っ!!!」

 

 

ドサッ!

 

 

「・・・・・・」

空から落ちてきたジストに、トパーズの冷たい視線が注がれる。

ジストはすぐ立ち上がり。

「いてて・・・あっ!兄ちゃんっ!!ヒスイなら大丈夫だよっ!今父ちゃんが・・・」

「・・・・・・」

それを聞いて、益々クールになるトパーズ。

凍てつきそうな目つきだ。が、ジストは気にも留めず。

「オレもセレのおっちゃんトコ行ったんだ。んでっ、話聞いて・・・」

「それがどうした」

「オレも一緒にここ住むよっ!!兄ちゃんの仕事手伝うっ!!」

トパーズのシャツを掴み、ジストはそう申し出た。

一方トパーズはツンとして。完全無視だ。

「家のことだって覚えるしっ!兄ちゃんのパンツもオレが洗うからっ!!!」と、ジストがさらに迫る。

「オレ達、兄弟だけど・・・っ!!」

 

 

「兄弟だけど・・・親子だもん」

 

 

「オレ、兄ちゃんがいなくなるの嫌だ。寂しい」

そう言って、ぎゅっと抱きつく。

「・・・離れろ。鬱陶しい」

「嫌だっ!!兄ちゃんがいいって言うまで離れるもんか!!」

「離れないなら、殴る」

「殴られたって離れるもんかっ!!」

ボカッ!!そこで本当に殴るのが、トパーズだ。

「っ〜・・・!!!」

痛みを堪えながら、抱きつく腕に力を込めるジスト。

「兄ちゃんを・・・ひとりになんかしない・・・っ!!」

「同情なら間に合ってる」

「違うっ!!同情なんかじゃない!!」そこで声を荒げ。

「オレも今、ヒスイにフラれてきたんだ」と、打ち明ける。

「・・・・・・」

「ねぇ、兄ちゃん・・・」

ジストは、額をトパーズの肩に乗せ。

「ヒスイは父ちゃんのものだ・・・きっと、他の誰のものにもならない」

「・・・・・・」

「オレを飼ってよ。犬だと思って」

「・・・犬は犬でも、負け犬だ。お前は」

「うん・・・わかってる」

 

 

「・・・朝メシはお前が作れ」

「!!うんっ!!任してっ!!」

 

 

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