World Joker

106話 Re:不純


 

 

 

月の眩しい夜だった。

「ん・・・」

ベッドに横たわるヒスイの体に月光が降り注ぐ・・・

「やっぱり失神・・・しちゃった・・・」

うっすら目を開け呟くヒスイ。

本当に気持ちが良かった。最中の記憶があやふやになるほど。

まだ、足に力が入らない。ヒスイは寝返りを打ち・・・

「あれ?おにいちゃん?」

隣にコハクがいないことに気付く。

両手をついて上体を起こし、姿勢を高くして部屋中を見回すが、どこにもいない。

「おにいちゃん?どこ〜???」

もう一度、今度は大きな声で呼んでみる・・・返事の代わりに、流水音がヒスイの耳に入った。

「?」

ベッドから立ち上がり、その音を辿って歩く。すると、洗面所で。

「わ・・・なに!?」

湯気で鏡が曇っている。水道の蛇口から温水が出しっ放しになっていた。

そして、洗面台の下には・・・

「おにいちゃんっ!!?」

右手にタオルを握ったまま、コハクが絶命・・・はしていないが、それに近い状態で倒れていた。

傷口は塞がっても、体内の血液量はすぐには回復しない。失血し過ぎたのだ。

「な・・・にこれ・・・」

洗面台脇のダストボックスには、血だらけの服が捨ててあり、それを見たヒスイは益々動揺した。

「おにいちゃん、怪我・・・してたの?」

血の匂いはしていたはずなのに、セックスに夢中になるあまり、そこまで気が回らなかった。吸血鬼失格だ。

 

 

「もぉぉぉっ!!!お兄ちゃんはぁっ!!!」

 

 

靴も履かずに家を飛び出すヒスイ。

回復魔法の使えるトパーズを探しに出たのだ。

「いつもいつもどうしてこうなの!?えっちしてる場合じゃないでしょ・・・っ!!!」

走って息を切らしながら・・・それでも言わないと気が済まない。

「なによっ!!“官能に罪はない〜”とか言っちゃって」

激しく腰を振っていた。その時コハクがどんな顔をしていたか・・・わからない。

(もしかしてお兄ちゃん、青い顔してたのかな)

ペニスの方にばかり気を取られ、コハクの顔をまるで見ていなかったように思う。

「・・・・・・」

少なからず、反省、だ。

「トパーズ、あの家に戻ってるかな」

3階建ての家を目指し、猛ダッシュ。膣口から精液が戻り出ても構ってなどいられない。

 

 

そんなヒスイとは対照的に。

 

 

無人の街をのんびり歩く男がひとり。

「ここで暮らすことになるんだ、オレ」

移住を決めたジストだ。見学を兼ねて、コスモクロア内をブラついていた。その時。

「!!」「!!」

建物の間から飛び出してきたヒスイとぶつかり。両者よろめく。

「ヒスイっ!?」「ジスト!!」

ジストも回復魔法が使える。これ幸いと、ヒスイはジストに詰め寄り。

「助けて!」

 

 

「お兄ちゃんが・・・エッチで死にそうなの!!!」

 

 

「へっ?父ちゃんがエッチで・・・死にそう???」

一体どんなプレイをしたのか・・・首を傾げるジストと二人で家に戻り、協力してコハクをベッドまで運ぶ。

「父ちゃん・・・」(ホント死にそうだ・・・)

顔色は青いというより白い。意識も相当深く落ちている。冗談ヌキの瀕死だ。

(それでもヒスイとエッチするなんて・・・やっぱ父ちゃん、すげぇ・・・)

いのち<えっち。徹底したヒスイ至上主義のコハクを尊敬せずにはいられない。

「お兄ちゃん、出血多量みたいなんだけど・・・元気になる?」

ジストの腕を掴み、ヒスイが不安そうに見上げた。

「大丈夫っ!!オレに任して!!」

ジストは、コハクの体に両手を翳し、血液を増量させる施術を行い・・・次第にコハクの容態は落ち着いてきた。

回復術に関しては、メノウ・トパーズの次に並ぶほどジストも腕を上げていた。

もう命の心配はない。ヒスイはホッとして。

「なんか最近助けてもらってばっかりだね。ありがと」

「そんなことっ・・・」

ヒスイに笑顔を向けられ、ジストの顔が赤くなる。

「あっ・・・あのさっ・・・」と、慌てて話し出す。

「ん?なに?」

 

 

ジストはヒスイを夜の散歩に誘った。

 

 

親子二人で、無人の街に繰り出す。大通りからは月だけでなく星もよく見えた。

街路樹の並ぶ歩道を歩きながら・・・ジストが。

「オレさっ!兄ちゃんと一緒にここ住むことにしたんだ!」

努めて明るく、そう打ち明ける。

「・・・え?ジスト・・・も?」

足を止め、ヒスイが聞き返す。

ジストは月を見上げ「うん」と、答えた。

「なん・・・むぐっ・・・」

理由を聞こうとして、口を押さえるヒスイ。

トパーズ同様、引き止めてはいけないと思ったのだ。理由がどうであれ。

とはいえ、ジストとは一緒に過ごした時間が長いだけに、別れを受け入れ難く。

急に突き放された気がして、正直寂しい。

ヒスイは、「そっか」と言うのが精一杯だった。

「ヒスイ」

「うん?」

「告白、していい?」

「告白?なに、いきなり・・・」

「最近オレ、ヒスイに変なことばっかしてるから・・・やっぱちゃんと言っとこうと思って」と、ジスト。

指輪をしているからといって、気持ちが変わる訳ではないのだ。もう誤魔化しきれない。

「ヒスイが好きなんだ。エッチなことしたいっていう意味で」

「へぇ〜・・・そうなんだ」ヒスイは軽く聞き流し。

(あれっ?)と、思う。(今、なんて・・・んんっ!?)

「エ・・・エッチなことしたいの!?」遅れて驚く。

「うん」ジストは包み隠さず頷いた。

「・・・・・・」

さすがにそこまで言われれば、ヒスイでもわかる。

「ん〜と・・・」言葉を選び。「それは困る」と、言った。

「うん、わかってる」ジストは再び頷き。

「今の関係に不満がある訳じゃないんだっ!」

度重なる挙動不審の言い訳をしたかっただけ、と、いつもの口調で語った。

「大丈夫っ!!オレはずっとヒスイの息子で・・・」

 

 

 

それ以上になりたいなんて、言わないから。

 

 

 

「だから・・・嫌いにならないでくれる?」

しゅんとしたような、らしくない表情でヒスイを見つめるジスト。

「あたりまえでしょっ!!親子・・・なんだから」

ヒスイはそう答えるしかなかった。

「ジスト、しゃがんで」

「んっ?こう???」ジストが膝を曲げる。

「そうそう」と、ヒスイ。

年々、身長の差が開き、こうして貰わないと、ジストの頭のてっぺんに手が届かないのだ。

ヒスイは、ジストの銀髪を両手でくしゃくしゃにして。

きゅっ、抱きしめた。すると・・・

「・・・大きくなって、ごめんね」ジストが言って。

「謝ることないでしょ」ヒスイがそれを否定する。続けて・・・

「嫌いになんてなるわけない。今も昔もジストはジストなんだから」

「・・・うん」ジストは小さな声で返事をした。

「・・・・・・」(ちんちん痛てー・・・)

ヒスイの抱擁で、ペニスが不本意に育ってしまい、ズボンを突き破りそうだ。

(こんな時に・・・オレ最悪・・・)

情けなくなってくる。ヒスイの純粋な愛情に、不純な愛情しか返せない。

だからこそ、移住という決断は間違っていないと思う。

(ごめん、ヒスイ・・・)

ジストは瞳を閉じ、心の中で謝罪。そして。

「手、つなごっ!」久しぶりに自分からそう言った。

「オレ達、親子だもんなっ!」と、右手を差し出す。

今できることと言えば、“親子”という言葉でヒスイを安心させるくらいで。

「うん、親子だもんね」と、ヒスイもジストの手を取った。

「親子、親子」「うん、親子、親子」

壊れかかった関係を修繕するかのように、その言葉を繰り返し。

繋いだ手を大きく揺らしながら歩き出す二人・・・

 

 

 

・・・その様子をコハクが窓辺から見ていた。

「・・・・・・」

(こうして見る分には、仲のいい親子なんだけどね)

内情はちぐはぐしていることを知っている。

「同族を愛する習性・・・か」

銀の吸血鬼一族は、血縁を異性として愛することに抵抗がない。

(息子で銀髪なら・・・ヒスイに対する恋愛確率はほぼ100%・・・か)

思うことは色々あるが。

「・・・まぁ、ここは温かく見守ろう。今日、僕、いいとこないし」

4人の自分と張り合って、ムキになってセックスをして。

散々エロいセリフを吐いて、ヒスイを失神させて。

「その挙句、ぶっ倒れるなんて・・・カッコ悪いなぁ・・・」

ヒスイが戻ったら、間違いなく怒られる。

「怒った顔も好きだからいいけど」苦笑いで肩を竦めるコハク。

「とにかく今は・・・」

 

ゆっくりお散歩しておいで。

 

 

 

 

それから1週間が経ち。巣立ちの日がやってきた。

 

赤い屋根の屋敷、門前。

コハク・ヒスイ・メノウ・それから、トパーズとジスト。だが・・・

トパーズは別れを惜しむ様子もなく、さっさと行ってしまった。

コハクが予言した通り、メノウも一緒に。

しばらくは、孫達と共に暮らすという。

門前に残るは、コハクとジスト・・・

「あれっ?ヒスイは???」と、ジスト。

見送りの場にヒスイの姿がない。

ジストにとっては、最後に一番見たかった顔で。不在ではがっかりだ。

と、その時。

「よいしょ、よいしょ」と、言いながら、ヒスイが前進してきた。

両手で特大のクッションを抱えている。

よく昼寝に使っていた、若草色のクッション。

かなりの年代物で、ヒスイのお気に入りだ。ジストもずいぶんお世話になった。

ヒスイはジストの前で足を止め、「これ、あげる」と、クッションを突き出した。

「え・・・でもっ・・・」

「いいの。持ってって」ぐいぐい、ジストにクッションを押し付けるヒスイ。

「・・・っ!!ありがとっ!!」ジストはそれを両手で受け取った。

顔を埋めればヒスイの匂い。一緒に暮らした思い出がぎっしり詰まったクッション。

どんな餞別より嬉しかった。

(やばい・・・オレ泣きそうっ・・・)

大きく鼻を啜るジスト。ヒスイも少し鼻声で。

「寝る前はちゃんと歯磨くんだよ?」

「うん」

「毎朝寝坊しないようにね?」

「うん」

「トパーズの真似して煙草吸っちゃだめだよ?」

「うん」

この時ばかりはヒスイも母親の顔をして。あれやこれやと口を出す。

「それから、夏休みの宿題は早目に・・・」

「宿題はもうないよ、ヒスイ」

ヒスイの肩に手を置き、コハクが諭すと。

「あ、そっか」

ヒスイが笑って。ジストも笑った。

 

 

「ん〜と・・・元気でね」

「うんっ!ヒスイもっ!!」

 

 

 

 

 

こちら、コハク。

 

(てっきり泣くと思ったけど・・・)

ヒスイは泣かなかった。泣かずに、最後は笑顔でジストを見送った。

その横顔は、意外なほど晴れやで。コハクを驚かせた。

「ヒスイ、大丈夫?」

コハクが声をかけると、ヒスイはコハクの手を握り。

「お兄ちゃん」

「ん?」

 

 

「新しいクッション、買いにいこ」

 

 

「・・・うん、そうだね」

コハクは目を細めて笑い、強くその手を握り返した。

「じゃあ、今からいこうか」

「うんっ!いくっ!!」

 

 
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