World Joker

117話 スタートライン


「やっと帰ってきたな!ジン!」
「そうだな、シトリン」

王ジンカイトと、王妃シトリンが、モルダバイトの地に立つ。
外交でしばらく国外にいた。
そして本日、帰還したのだ。

「ジン様、シトリン様、長旅お疲れ様でした」

二人に付き添っていたメイド長ジョールが公務の終わりを告げ。

「城から迎えが来ております」

と、王室の馬車へ案内する。
これに乗り込めば、一路、モルダバイト城だが。

「いや、すまんが歩いて帰る。寄りたいところがあるのでな」

さあ行くぞ!ジン!と、声高らかに。
颯爽と歩き出すシトリン・・・

「シトリン!ちょっと待ってくれ!」

歩きながら、猫へ戻ろうとするシトリンを呼び止めるジン。

「?なんだ?」
「もう少しだけ、その姿でいてくれないか」

両手に土産袋を大量にぶら下げ、懇願する。

「?なんでだ?」

シトリンが首を傾げる。

「猫のシトリンも綺麗だけど・・・その・・・今のシトリンも綺麗だし」

猫に戻ったら、当面、人型は拝めそうにない。
だからこそ、今のうちに堪能したい。それが本音だ。

「でしたら・・・」

と、ジョールが気を利かせ。
正体がバレないようにと、シトリンに上掛けを渡した。
ジョール曰く、王と王妃の帰国日ということで、いつもより城下がざわついているとのこと。

「お忍びで、ごゆっくりどうぞ」

こうして・・・シトリンは人型続行。
かつてモルダバイト王妃であったヒスイがそうしていたように。
上掛けを羽織り、フードを被って再出発した。
ちなみに、ジンも一応、眼鏡を掛けるという変装をしているが、そのままでも正体がバレることはまずない。

「早く母上と弟達の顔が見たい!」

と、シトリン。
最初の目的地を、赤い屋根の屋敷に定める。

「オニキス殿と、兄上のところへも行かねばな!おお、そうだ、タンジェを忘れていた!いかん!いかん!」

身軽なシトリンの足が速くなる一方で、荷物いっぱいのジンの足が遅くなる。

「はぁはぁ・・・シトリン・・・もう少しゆっくり歩いてくれ〜・・・」
「何をバテている!私は先に行くぞ!」



メノウによる結界の少し手前・・・人気のない森の入口で。

「ふぅ、暑苦しくて敵わん」

フードを外すシトリン。
長い金の髪が解放された――その時。

「・・・誰だ」

背後に何者かの気配を察し、シトリンは厳しい口調で尋ねた。
ジンでは、ない。一般人でも、ない。感じるのは、敵意だ。
木陰に身を隠しているらしく、その出で立ちはわからない。
シトリンは振り向かず、視線だけを後ろに流し、相手の出方を窺った。
すると・・・

「お前が“熾天使”か?」

男の声で、逆に問われた。

「・・・・・・」
(あいつと間違えているのか?)

同じ顔をした、あいつ=コハクと混同されるのは、よくあることなので、すぐにそう思ったが。
わざわざ屋敷にトラブルを持ち込むこともないと考えた。

(あいつに何かあれば、母上が悲しむからな。ここはひとつ、あいつに成り済まし、私がこの場で成敗してやろう!)

密かに戦闘モードへと切り替え。
そして・・・

「そうだ。私が“熾天使”だ」

と、シトリンが返事をし、向きを変えた瞬間。

パンッ!!

発砲される。
木々で羽根を休めていた鳥達が一斉に飛び立った。

「!!!!」
(な・・・んだと・・・ばかな・・・)

シトリンが膝をつく。
避けたつもりだった・・・が、弾は脇腹を貫通していた。

「く・・・」

みるみる血が滲み、言い表せない痛みに襲われる。
男の気配が遠ざかり・・・

「シトリン!?」

追いついたジンが、シトリンに駆け寄る。

「ジン・・・か・・・」

傷口を押さえ、シトリンが気丈に声を絞り出す。

「何があったんだ!?どうしてこんな・・・とにかく手当てを!!」
「いいか・・・ジン。このことは・・・誰にも知らせるな・・・わかった・・・な?」
「今はそれどころじゃないだろ!?」
「ジン!!」

そこでシトリンが声を張り上げる。
傷口に障るほどの。

「・・・頼む。約束してくれ。なに・・・この程度の傷・・・致命傷にはならん。このまま城へ連れ帰ってくれ」

聞き入れなければ、手当ては受けない。
そうシトリンが脅すので、ジンは仕方なく頷いた。

「・・・わかった」

安心したかのようにシトリンは淡い笑みを浮かべ。
その場に崩れ落ちた。

「!!シトリン!!しっかりしろ!!シトリン・・・っ!!」



――こちら、赤い屋根の屋敷。
夫婦の部屋。

「体、綺麗にしなくちゃね」

まだ意識が混濁したままのヒスイを、愛おしげに抱き上げるコハク。
バスルームに向かう途中でふと足を止め、窓の外に目を遣った。

「・・・・・・」
(銃弾の音がしたな・・・森の入口の方か・・・)

念のため、あとで見に行ってみよう。



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