World Joker

122話 Pandora’s box


モルダバイト城、離宮三階――バルコニーには、疲れた様子のジンの姿があった。
例の怪我を公にしないため、シトリンは本殿ではなく、離宮で療養している。
ジンに対し、シトリンは多くを語ろうとしないが、どうやら“人違い”で今回の事件が起きたらしい。
誰に間違われたかは、聞かずともわかるが・・・

「・・・・・・」(そもそもオレが、人型でいてくれなんて言ったから・・・)

シトリンが撃たれたのだ、と、後悔ばかりが先に立つ。
無意識のうちに洩らした溜息は数知れない。
そんな折――バルコニーに降り立つ天使がひとり。

「やあ、久しぶりだね」
「!!コ・・・コハクさん!?」
「少し遅くなったけど、コレを届けにきたんだ」

コハクの言う“コレ”とは・・・
あの日、ジンが両手にぶら下げていた土産物のひとつだった。
シトリンの手当てを済ませた後、回収しに戻ったが、ひとつ足りないことに気付かなかった。
動揺していて、それどころではなかったのだ。

「シトリンはどうしてる?」と、コハク。

いつもと変わらず美しく、物腰も柔らかいが、圧力が凄い。
善人の嘘など通用しない、そんな雰囲気だ。

「あの・・・今はちょっと・・・」

ジンが言葉を探している間にも、コハクは横を抜け。

「失礼するよ」微笑みながら、強引に入室していった。
「・・・・・・」(コハクさんはどこまで知って・・・)

手渡された土産袋を見つつ。
コハクほどの男が、何も勘付かない筈がない、と思う。

「はぁ・・・」更に深まる、溜息。
(後でシトリンに怒られるな。だけど、本来は――)
「王よりも、コハクさんに打ち明けるべき問題なんじゃないか?」

こちら、室内。シトリンサイド。

「な・・・な・・・なんの用だ!?」

予想もしていなかったコハクの来訪に、飛び起きるシトリン。※包帯姿※

「っ!!」痛んだ傷口を押さえ。
「あー・・・これはだなー・・・訓練中の事故というかー・・・」

語尾を伸ばしつつ、そう説明した。
シトリンの下手な言い訳を、コハクは苦笑いで聞いていたが・・・

「隠さなくてもいいよ。銃創、でしょ?」
「!!何故それを・・・」
「森の入り口で銃声がしたから。まさか、命中していたとは思わなかったけど」
「少々油断しただけだ!この件は私が――」

カタを付ける――シトリンが、そう言いかけたところで。

「ごめんね、僕が父親で」
「???なんだ、それは」シトリンは軽く首を傾げたが・・・
「僕と間違えられたんでしょ?」
「うぬぅ・・・」

次々と図星を指され。
コハク相手に、嘘をつき通すのは難しいと悟る。
一方、コハクはしばらく黙り。何かを考えている様だった。
あまり見ない表情に、シトリンは慌てて。

「お・・・おい・・・あまり野蛮な真似はするなよ?母上が引くぞ」
「わかってる」

シトリンの注意喚起に、コハクは笑顔で答えたが、相変わらず整いすぎていて、感情が読み取れない。
そこでシトリンが、こう切り出した。

「まあ、なんと言うか、だな・・・」照れ隠しの咳払いを交え。
「なにせ、間違えられるほど、そっくりだからな!母上のウケがいいんだ!この顔は!私も嫌いじゃない。だから、今更お前が気にすることでは――」

シトリンは一旦話を切り。ほんの少し声のトーンを落として。

「・・・なまじ母上に姿形が似ていたら、オニキス殿を諦められなかったかもしれんしな」
ジンには内緒だぞ、と、笑う。

「だから今は本当に、この姿で――お前に似ていて良かったと思う」
「・・・ありがとう。本当に君は優しい子だね」

育ての親であるオニキスに感謝しなきゃなぁ、と。
コハクはすっかりいつもの調子に戻り。

「まあ、この件は僕が――」

そう言いかけたところで。今度はシトリンが遮る。

「いや、私がやる。そもそも、奴は何者なんだ?」



コスモクロア、三階建ての家。

「トパーズ?いないの?」

ヒスイが順番に部屋を覗き込む。
セレに見せられた、あの写真がどうも気になって。
ぼんやり、ではあるが、トパーズと関係があることのように思えたのだ。
しかし、トパーズは不在・・・と、そこで。

「ママ?」
「あ、スピネル。トパーズ知らない?」
「兄貴?いないの?」
「うん」
「ボクは書類を置きにきただけだから、いいんだけど・・・大事な用?」

スピネルの問いにヒスイは頷き。

「何日か前、理事長室でトパーズに会ったんだけど・・・その時のことがよく思い出せないの」

何があったか、トパーズに直接訊くつもりで来たのだと、ヒスイは言った。

「・・・ママ」
「ん?」
「神魔法で、記憶を封じられてるみたいだよ」

神の子ジストから力を分け与えられたスピネル。
当然、感知能力にも優れている。

「そうなの???」
「うん」
「じゃあ解いて」
「・・・・・・」(兄貴がわざわさ封じるくらいだから・・・)

ヒスイにとって、良い内容とは思えない。
スピネルがそう話すも。
構わない、と、ヒスイは即答した。

「ちょっと嫌な予感がするの」

ヒスイの、この手の予感は意外と当たるのだ。

「ママがそう言うんなら」

厄災の詰まった、パンドラの箱を開けるような気分で。
スピネルは、ヒスイにかけられた神魔法を解いた。
すると・・・

「――あ!思い出した!!」と、ヒスイ。
理事長室で出会い。写真でも目にした。
(あのヒトの名前は・・・)

『クラスター』

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