World Joker

129話 イケメンと恋する仔猫


猫の姿で悠々と廊下を歩くメノウ。
すぐに、あることに気付いた。
バルコニーの大窓然り、各部屋のドアが少しずつ開いているのだ。
ちょうど、猫一匹が通れる幅で。

「・・・まさか、なぁ」メノウが呟いた、次の瞬間。
「♪♪♪」

近くのランドリールームから、少女の鼻歌が聞こえてきた。
この場合、少女といっても、人間ではない。
その軽快なリズムを辿り、メノウはランドリールームへ。
するとそこには、予想通りの生き物がいた。

「あー・・・やっぱ猫か」

成長真っ只中の、長毛種の雌猫。
ファンタジー世界の猫らしく、その毛並みは、ふわふわのミルキーピンクだ。
鏡の前で、熱心に毛繕いをしているところだった。

「!!」雌猫は、侵入者メノウを目にした途端、身構え。幼い牙を剥き、威嚇した。
「あなた、なに?」
「何って、見ての通り猫だけど?」

危害を加える気はない、と、猫語で説明するメノウ。
雌猫の警戒はすぐに解けた。
同じ“猫”であること。また、変化したメノウが、猫視点でも見目麗しい・・・イケメンだったためである。

「君の名前は?」メノウが問うと。
「わたしのなまえは、ネロリ。クラスターがつけてくれたのよ」

ネロリは尻尾を揺らし、得意気に語った。
クラスターがこのマンションに入居して間もなく保護した野良猫。
それがネロリであるらしかった。

「クラスターは、わたしの恩人で、恋人なの。彼のためなら、わたし、なんでもするわ」と、ネロリ。
「へー・・・そうなんだ」と、メノウ。心の中でこう考える。
(悪知恵の働くタイプじゃなさそうだ)

人間に例えるならば・・・
恋に全力で挑み、意中の相手に少しでも自分を可愛く見せたいと思うような、普通の女の子だ。

「クラスター、早く帰ってこないかしら?せっかく綺麗に毛繕いできたのに」
「出掛けたの?」
「ええ、なんだか怖い顔をしていたわ」

ネロリの話では・・・
必死に“何かを探している様子”だったとのこと。

「・・・そういや、さっき、クラスター以外に誰かいなかった?」
「人間?みたいなのが、二人居たわ。わたしが見つかるとまずいから、って、クラスターは慌ててわたしを隠したけど」
「見つかるとまずい?あー・・・、そっか、それでか」

このマンションは、トパーズの意向により、ペット禁止なのだ。
何気なく目を通したパンフレットに、そう記載されていたのを思い出す。

「そりゃ、慌てるよなぁ」と、メノウは笑った。
疑問はひとつ解決したが・・・
(それだけじゃない筈なんだよな)
メノウは再びネロリに尋ねた。

「“何かを探している”って言ったよな?」
「ええ」
ネロリは頷き。少し考えてから。
「ついてきて」と、メノウを寝室へと案内し。ベッドの下を指した。
「あそこに箱があるでしょう?」
「箱?あー・・・これね」

それは、小型のジュラルミンケース。どうやら、その中は空のようだ。
「何が入ってたの?」と、メノウ。
ネロリは「わからない」と答えた。
「わからないけど・・・クラスターにとって大切なものなら、わたしも探すのを手伝いたいの」
「・・・・・・」
クラスターが隠したかったのは、子猫のネロリ。
そして、クラスターは今、別の何かを探している。
「・・・・・・」(あいつが本当に隠したかったのは・・・)
ネロリだけではない気がする。
(ま、なんにせよ、この中身を見つけないとな)
メノウは肉球でジュラルミンケースを叩き、ネロリに言った。
「んじゃ、俺が見つけてきてやるよ」



――時は再び、現在。
三階建ての家では、トパーズによる説明が一通り終わったところだった。
そこで改めて、被害者であるシトリンとサルファーが当時の状況を話すこととなった。
シトリンについては、これまで描かれてきた通りであるが。
サルファーについては、こうだ。

「あれは――徹夜で原稿を仕上げた朝のことですわ」と、タンジェ。
久しぶりに外でコーヒーを飲もうという話になり、エクソシストの寮を出た。
すると間もなく、二人の前に一人の男が立ち塞がった。
その男は銃を構え。

「お前が“熾天使”か?」

と、尋ねてきたという。
熾天使の血に誇りを持っているサルファーの答えは当然、YESだ。
返答と同時に発砲され――

「避けたつもりだった」と、サルファー。傍らのシトリンも強く頷く。
神の子ジストの治療を受けたサルファーは、ほぼ全快というまでに回復していた。
タンジェから話を引き継ぎ、次のように続けた。
「僕が避けたつもりだった、その弾は、追跡型だったんだ」

それに気付いた瞬間、弾丸を素手で掴み、ギリギリのところで止めたが。
その推進力は凄まじく。防ぎきれなかった。
結果、被弾したのだが、“握る”ことで、勢いをいくらか殺したため、シトリンに比べ、浅い傷で済んだのだ。

「サルファー・・・お前、頭いいな」←モロに撃たれたシトリン。
「当たり前だ。僕は父さんの、“熾天使”の息子なんだから」

サルファーは自身が撃たれたことよりも、敬愛するコハクを狙う存在が許せないらしく。
「父さんを殺そうとする奴は――僕が殺す」と、息巻いている。

一方で、スピネルがメモを取りながら言った。
「その弾は、“熾天使”の遺伝子にも反応して追ってくる、ってことだよね」

まさに、エンジェルキラーの名に相応しい特性だ。

「“金”か“銀”かで、ダメージに個体差はあると思うけど、ここにいる大多数が該当してる。皆、気をつけて」
「あ!そうだ!これ見てくれ!」と、そこで、アイボリーが一枚の写真を出した。

それは――ヒスイの元へ、セレが持ってきたもので。
テーブルの上に置きっ放しになっていたのだ。
何か関係があるかと思い、拝借してきた。

「もしかして、犯人コイツとかじゃね?」
アイボリーがその写真を被害者二人に見せる・・・と。
両名、声を揃えて言った。

「「こいつに間違いない」」



同じ頃――赤い屋根の屋敷、夫婦の部屋では。
ベッドの上、オニキスの手に包まれたヒスイの手。
ぴくっ、と、その指が動き。

「ヒスイ?気が付いたか」と、オニキス。
「・・・・・・」ヒスイは黙って起き上がり。小声で呟くように言った。
「喉・・・乾いた」
「・・・血か?」

オニキスがそう聞き返すと、ヒスイは首を横に振り。

「お水、飲みたい」
「わかった、今、用意する」

ヒスイの要求に応えるべく、オニキスは一階へ――ところが。

「――ヒスイ?」

ミネラルウォーターの入ったグラスを手に、オニキスが戻った時にはもう、ヒスイの姿はなかった。

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