World Joker

135話 ダークホース






場面は少し遡り――

トパーズとコハクの会話。

「君から掛けてきてくれて良かったよ」と、コハク。
「ヒスイの様子が気になって、あちこち電話したんだけど、誰も繋がらなくて」
電話口で苦笑いだ。
「・・・・・・」
この展開で。
コハクから電話が掛かってくるとは、誰も思わないだろう。
「で?ヒスイはどうしてる?」
「・・・・・・」
トパーズが黙っていると。
「ヒスイのこと、もっと周りにお願いしておけば良かったな、って。弱気になってる訳じゃないけど、先のことも含めてね」
「笑わせる。何を言うかと思えば、それか」
「笑ってもいいよ」
小馬鹿にされても、コハクが怒る様子はなく。
その口調はいつにも増して穏やかだった。
「男としては勿論のこと、ヒスイの育ての親でもあるからね。僕には責任がある」


自分に何かあった時のことも考えておく。


「――それも愛だよ。今なら君もわかるはずだ」
「・・・・・・」
「・・・で?ヒスイは?」
「預かってる」
「・・・誰が?」
ククッ・・・そこでトパーズの口から笑いが漏れる。
コハクの反応を楽しむように、こう言った。

「タヌキオヤジだ」



――現在、セレの住居では。

ベッドで、ヒスイが眠っている。
その傍らに、父メノウと新生仮パートナーセレの姿があった。
「俺がもうちょい早く追いついてればなー・・・ま、傷は全回復したけどさ」
と、愛娘を見つめるメノウ。
かつて傷を負った箇所に、包帯こそ巻いてはいるものの、傷痕も、当然痛みもない。
今はただ、眠っているだけだ。
「・・・・・・」
ヒスイは、メノウが登場してもなお、クラスターと戦おうとしていた。
慣れない出血のショックから、気を失いかけるも、すんでのところで堪え。

『殺すことになっても、この場で決着をつける』

決意と敵意に満ちた悪魔の瞳で、クラスターを見据え、そう口にした。
ヒスイの、その様子はあまりに痛ましく。
肉体の治療と、精神の鎮静のため、メノウが魔法で眠らせようとしたのだが・・・
天才の血を引くヒスイに、抗う意志があったため、魔法の効果が顕れにくく、非常に手こずったのだ。
結果、クラスターには逃げられてしまった。
更に少し遅れてセレが合流し。
ヒスイの怪我が一族に知られないよう、ひとまずこの場に匿ったという訳だ。
「それにしてもさ、お前よくヒスイの居場所わかったな」
「“白”を着せたからね」
目立つのを嫌ったヒスイが、人気のないエリアに向かうのは想定していたと語るセレ。
旧市街地が、教会本部から最も近い閑散地なのだ。
「へぇ、やるじゃん」メノウはニヤリ。それからこう続けた。
「ところでさ、ヒスイと合流する前、“何か”見なかった?」
メノウの問いにセレは頷き。
「あれは、私の見間違いではなかったようだね」


正に――二人がヒスイの危機に間に合わなかった理由はそこにあった。


クラスターを追っていた、猫メノウ。
ヒスイを追っていた、セレナイト。

道中、二人が目にしたのは、もうひとりのクラスターらしき人物だった。
「迷ったんだけどさぁ、俺は銃持ってる方、選んだ」
「私も迷ったがね、ヒスイを優先することにしたのだよ」
その迷いが、二人の到着を僅かずつ遅らせたのだ。
「“クラスター”は、一人じゃないのかもな」と、メノウ。

神守りの一族、クラスター。

「・・・・・・」(“一族”って聞いた時点で気付くべきだった)
柄にもなく黙すメノウ。
「それにしても」と、代わりにセレが口を開き。
「どうするかね、これは」
眠るヒスイに視線を落とした。
小さな熾天使の羽根。その根本が黒く染まっている。
「堕天の兆候とでもいうのかね」
「あー・・・ソレ、マズイよなぁ」
メノウは腕を組み、溜息混じりに言った。
「“憎しみ”の感情が、体に反映されてんだよ」


良くも悪くも、鈍感で。能天気で。前向きで。
誰かを、何かを、憎むことに慣れていない。


「心が受けつけないから、体に現れる。早いとこ立て直さないと、全部黒く染まる」
「それも似合うと思うがね」
セレの言葉に。メノウは頭を振った。




「んなの、コハクが許す訳ないじゃん」




TO BE CONTINUED・・・

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