World Joker

134話 ウサギと狩人



エクソシスト正員寮――


「・・・邪魔が入ったか」


自室にて、トパーズが呟く。
コハク(仮)に愛の蹂躙を受けているはずの、ヒスイの姿がない。
幻術を破られた時点で気付いたが、総帥セレナイトの仕業だ。
「・・・・・・」
ヒスイを本気で軟禁するつもりなら、四方を神魔法で完全に塞いでしまえばいい。
そうしなかったのは、この部屋の“鍵”を、交渉材料にするためだった。


コハクを、連れ戻すための。


「・・・・・・」(アイツも下手に動けないはずだ)
エンジェルキラー相手では、無茶をしたくてもできない状況・・・
「・・・・・・」(そもそも、アイツが決着をつける必要はない)
コハクの身を案じている訳ではない。
とはいえ、コハクが欠ければ、一族のバランスが大きく崩れることになる。
ヒスイに至っては、正気を保っていられるのかさえ、あやしい。
「・・・・・・」
合理的に考えれば。
この件は、コハク以外の者――ある程度、エンジェルキラーに耐性がある者が対処すべきだ。
つまり、自分やメノウのことである。
そうコハクを説得すればいいのだが・・・そんな柄でもないため、ヒスイを人質に『今回は大人しくしていろ』と、脅迫する手筈だった。
セレにより、予定が狂ってしまったが。
「・・・・・・」
今頃ヒスイはセレに保護されているはずだ。
「・・・・・・」(タヌキオヤジのことだ。ヘマはしないだろうが・・・)


「それでも、あの女は手に余るぞ」


見物だな、と、鼻で笑うトパーズ。
とにかく今は、コハクを押さえることが先決だ。
そうしなければ、ヒスイが鎮まらず。ヒスイが鎮まらなければ、子供達のざわつきも収まらない。
「・・・・・・」
トパーズはポケットから携帯を取り出し、コハクの番号を呼び出した。
繋がる筈もないと思いながら。ところが。


「―――はい」





一方で。

総帥セレナイトと一級エクソシストヒスイによる、臨時コンビが誕生していた。
「じゃあ、行くわよ!」
「まあ、待ちたまえ」
「?何よ」
「コンビ名を決めておかないかね?」
「コンビ名?」
セレに任せる、と、ヒスイ。
「では、“千載一遇”でどうかね?」
千載一遇とは・・・
またとない機会。千年に一度の好機。そういった意味を秘めている。
「・・・ちょっと大袈裟な気もするけど」
「私にとって、それだけ価値のあるものだということだよ」
「・・・まあ、いいわ」
正直今は、それどころではない。
「とにかくクラスターを見つけ・・・」
――コンコン!
ヒスイの言葉を遮るように、部屋の扉が叩かれた。
「総帥、すみません」
マーキュリーの声だ。
「母が、そちらにお邪魔していませんか?」
「!!」(まーくん!?)
いないって言って!!小声でセレにそう念を押し。
ヒスイは慌てて机の下に身を隠した。
司令室にあるものと同じデザインだが、セレがプライベートで使用している机だ。
(まーくん、なんでわかったの!?)←ヒスイ心の声。
恐るべき嗅覚だ。
マーキュリーに見つからないよう、息を潜めるヒスイ。そこで・・・
「・・・ん?」(床下扉?)
ヒスイがそっと引き上げてみる、と。
「え?」(もしかして、非常階段?)
セレとマーキュリーがやりとりしている中、ヒスイはこっそり階段を下りていった。
なにせ最上階からだ。相応の時間は掛かったが。
「はぁ・・・はぁ・・・なんとか脱出できたわ」(セレ置いてきちゃったけど・・・ま、いっか)


その頃、セレは。

マーキュリーを他へ向かわせ。
「出ておいで」
ヒスイに声を掛けた。しかし返事はない。
机の下を覗くと、もぬけの殻で。
「おやおや」と、セレ。肩を竦め、苦笑いだ。


「どうやら、逃げられてしまったようだ」





そしてこちら、ヒスイ。


「それにしても・・・目立つわね」
ただでさえ目を惹く外見だというのに。エクソシスト白制服ver.は極めて珍しく。
城下でクラスターの捜索をするつもりだったが、一旦諦め。
ヒスイは旧市街地へと向かった。
老朽化が進み、現在、建物のすべてが廃墟となっているため、人気はない。
観光名所として残すか取り壊すか協議中で、立ち入り禁止区域となっていた。
「案外、こういうところに潜んでいたりするのよね」
廃墟のひとつにヒスイが足を踏み入れた、その時だった。
奥で何者かが動く気配がして。
目を凝らすと、見覚えのある顔・・・


「!!」(クラスター!!)


逃げるクラスターを追いかけるヒスイ。
「待って・・・っ!!」(なんで逃げるの?)
ヒスイのことは、神の妻であると認識しているはずなのだ。
できることなら、その流れでクラスターを油断させ、エンジェルキラーを奪いたい。
そう思っていたのだが。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
階段を駆け上るクラスターを追い、二階、三階、と上がっていく・・・
この建物は集合住宅だったらしく、階段が続いていた。
五階に差し掛かる踊り場で足を止めるクラスター。
ヒスイを一瞥し、そこから飛び降りた。
「!!」(逃がさない・・・っ!!)
迷わずヒスイも飛び降りたが・・・
「わ・・・ちょっ・・・」
思った以上に高さがあり。
「ん・・・ッ!!」
着地の衝撃を和らげるため、反射的にヒスイは羽根を出した。
黄金色に輝く、熾天使の羽根を。
その姿を目にした途端、クラスターは引き返し。
「お前、何者だ?」
ヒスイに銃口を向けた。
「何者って・・・会ったことあるじゃない。忘れちゃったの?」
壁際に追い込まれるヒスイ。
バンッ!!足元に威嚇射撃を受ける。
「次は撃つ。お前、熾天使か?」
「・・・・・・」
初めて会ったあの時は、敵意など微塵も感じなかった。
あくまで第一印象ではあるが、控え目で落ち着きがあり、このような強行に及ぶタイプにも思えない。
何かが、おかしい。
黙り込むヒスイに。
「質問を変える」と、クラスター。
「お前は、熾天使と繋がりがある者、だな?」
「あなたの質問には答えない」
そう言って、ヒスイが睨み付けた、次の瞬間。
パンッ!!二度目の銃声が響いた。
「―――!!!!」
放たれた弾丸は、ヒスイの左太腿を貫通し。
「っ・・・」(私の方が油断してた・・・)
話し合いどころではない。戦わなければいけない相手だ。
(とにかく止血しなきゃ・・・)
セレに贈られたリボンを解き、撃たれた脚をきつく結ぶ。が、当然すぐには立ち上がれない。
「・・・・・・」(お兄ちゃんのところには行かせない。絶対に)
凝縮する魔力。ヒスイの瞳が悪魔的な銀色に変わる・・・


その時。


亜麻色の猫が目の前に飛び出した。
「――え?」(猫???)
ヒスイの視線が注がれる中、それは少年の姿へ。
「!?おとう・・・さん?」


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