―外伝―
願わくば、世界の終わり。[5]
「驚いたね、こりゃ」
棺桶の蓋を開けたカーネリアンの第一声はそれだった。
棺桶に入る前は夜だったのに、棺桶から出たら昼。
まるで別世界にでもきてしまったようだ。
村人の姿はなく、静かな墓場・・・だが、昨晩オニキス達が受けたであろう攻撃の跡がしっかりと残っていた。
木の杭や折れた矢が、そこらじゅうに落ちているのだ。
土には油が滲み込んで。
「・・・どうやらここは、アタシ等吸血鬼を良く思ってないらしいね」
カーネリアンは墓場を一周し、呟いた。すると。
「そうみたいだね」
相槌とともにカーネリアンの隣に立ったのはスピネルだ。
「スピネル!?アンタなんで・・・」
スピネルはその質問には答えず。
「それにしても酷いね」
改めて、墓場の有り様を見て言った。
「吸血鬼がこんなに敵視されるなんて・・・」
「なぁに、珍しいことじゃないさ。アタシ等、闇に属する者達が普通に暮らしてるなんざ、モルダバイトぐらいだよ」
カーネリアンはスピネルの頭に手をのせ。
「オニキスが・・・アンタの父親がそういう国にしてくれたんだ」
「うん・・・そうだね」
オニキスもヒスイも、もうこの村にいないことは確かだ。
「アタシ等もここにいたら危ない」と、カーネリアン。
「うん。どこか・・・この村以外に集落がないか探してみよう」と、スピネル。
「集落?」カーネリアンが聞き返すと。
「こんな感じの村とか、町とか・・・」スピネルは続けて理由を説明した。
「これだけ攻撃を受けたら、服とかボロボロになるでしょ?」
そういったものを調達するために、オニキス達も別の集落を目指すのではないか、と。
「アンタ、頭いいねぇ・・・」
カーネリアンに褒められるも、スピネルは微笑で謙遜した。
「そんなことないよ」
オニキスとヒスイを追って、スピネルとカーネリアンも村を離れた。
「オニキスが一緒だから大丈夫だとは思うけどねぇ」
歩きながら、カーネリアンが言った。
「心配だよ。あのコ箱入り娘だから、こういうの慣れてないだろうしね・・・ほらさ、コハクが真綿に包むようにして大事に育ててきただろ」
愛されることにしか慣れていないヒスイ。迫害など、受けた試しがない。
「だからアタシはあのコのこと、皮肉たっぷりに“ヴァンパイアプリンセス”なんて呼んでさ。あ、昔の話だよ?」
ずいぶん羨ましいと思ったものだと、遠い目で語った。
「でもさ・・・」
恵まれた環境に産まれたことを、責めるのもおかしいだろ?
「自分がそうじゃなかったからって言ってさ」
今はヒスイが可愛くて仕方がないと笑うカーネリアン。
「・・・うん、そうだね」
スピネルは深く頷き。
「あなたのそういうところ・・・」
「ん?何だい?」
「ううん、何でもない」
同じ頃。
「ヒスイ・・・!!」
ドサッ!胸に銀の弾丸を撃ち込まれ、倒れたヒスイ。
「イヤァァァァ!!」
ヒスイを撃った少女はその場に銃を落とし、逃げていった。
「ヒスイ!!」
オニキスはヒスイを抱き起こした。
(オレがまだ生きているということは、ヒスイは死んでいない。だが・・・)
弾丸は貫通しておらず、ヒスイの体内に残ったままの状態・・・ところが。
(そんな馬鹿な・・・)
ヒスイの胸元に銃創がない。
(あの時、確かに撃たれたはずだ・・・一体何が起こった・・・?)
オニキスは不審に思いながらもヒスイの名を呼び続け。間もなく・・・
「・・・あれ?」オニキスの腕の中でヒスイは意識を取り戻し。
「撃たれたと思ったけどなんか平気みたい」と、立ち上がる。
「本当に・・・何ともないのか?」
「うん、全然・・・」と、その時。
カクンとヒスイが膝をつき、苦しそうに呻き始めた。
「う・・・ぅん・・・」
「ヒスイ!?」
オニキスが再びヒスイを腕に抱く・・・すると。
「んぅっ・・・!!」
プチン、何かが弾ける音がして。
ゆとりのあったワンピースがギチギチに詰まる・・・ヒスイの体が大きくなったのだ。
手足が伸び、胸は豊満に。
少女のようだったヒスイは、オニキスの腕の中でたちまち大人の女へと変貌を遂げた。
「は・・・ぁ」
「ヒスイ、大丈夫か」
苦しくはないか?オニキスが尋ねると。
「な・・・んか・・・内側から体が熱くなって・・・」
苦しくはないが変な感じ、と、ヒスイは答えた。
しかもヒスイ曰く、疲労感が抜け、気持ちも高揚しているとのこと。
「・・・・・・」
(これは・・・銀の吸血鬼の特性なのか?銀が溶けて、吸収されたとでも?)
銀の弾丸に成長を促す作用があるのか、強力な滋養強壮効果があるのか、はっきりとはわからないが、ヒスイの体にはプラスに働いたようだ。
ひとまず安堵するオニキスだったが・・・
「どうしたの?眉間に皺寄ってるよ?」
と、ヒスイ。
「いや・・・何でもない。立てるか」
「あ、うん」
ヒスイはオニキスの手を取って立ち上がった。
「・・・・・・」(連れて歩くのは無理か)
ヒスイ自身は気付いていないようだが、その美しさは妖しく。
いっそう人間離れして。どこへ行くにも目立ってしまう。
「・・・・・・」
どこか、ヒスイを留めておける安全な場所はないか考える。
(近くに大きな町でもあれば・・・)
雑踏に紛れ、宿に身を隠すこともできる。
オニキスは、昨晩川を渡った時、遠方に無数の灯りが見えたのを思い出した。
「・・・少し遠いかもしれんが」
「ん!いいよ!行ってみよ!」
「それにしても、これ・・・」
歩くと胸元が揺れる。その感覚にヒスイは浮かれて。
「ね、見て見て」
オニキスの前で飛び跳ねる。たぷんたぷんと胸も上下する。
「・・・・・・」
ブラジャーはさっき弾け飛んでしまったので、ノーブラ状態なのだ。
見ろと言われても困る。
「私じゃないみたいでしょ?」
ヒスイは笑って、自分の胸をツンツンしてみたり。
「あ、柔らかいよ。オニキスも触ってみる?」と、アホ発言。
「いや・・・」(無防備にも程があるだろう・・・)
愛おしいが、無性に腹立しい。
ヒスイを苛めたくなるトパーズの気持ちもわかる気がする。
「はぁ・・・」
オニキスが深い溜息をついた、その時。
「オニキス!」
スピネルの声がした。カーネリアンもいる。
オニキスとヒスイ、スピネルとカーネリアン、二組はこの場で合流を果たし。
半日かけて到着した町は思っていた以上の大都市だった。
四人は混雑に紛れ移動し、無事宿をとることに成功した。
早くも日は暮れかかり、「夜は宿から出ない方がいい」というオニキスの意見に、残りの三人も同意した。
男同士、女同士の部屋割りで解散。そこは古くも小綺麗な宿で。
一部屋につきベッドが二つ。シャワーも自由に使うことができた。
そして・・・深夜。宿泊客のほとんどが寝静まった時間。
「・・・・・・」
ベッドの中、眉間に皺を寄せたまま、一日の出来事を振り返るオニキス。
ヒスイが撃たれたあの瞬間が頭から離れない。
(オレの不注意だ)
ヒスイを・・・守れなかった。
銀の銃だったから良かったものの・・・
(普通の銃なら死んでいた)
そう考えると不注意では済まされない。
オニキスは自責の念に駆られ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
どれくらい時間が経ったのか。
眠っているのかいないのか、それすらわからない暗闇で。
(ヒスイ・・・か?)
ベッドの中、自分に身を寄せているヒスイの存在に気付く。
(そうか・・・夢か・・・)
ヒスイとは部屋が違う。ここにヒスイがいるはずがないのだ。
「・・・・・・」
今夜に限らず、度々ヒスイと交わる夢を見る。
これはその夢の入り口で、別段珍しいことではないと、オニキスはマウントポジションを確保すべく体を動かした。
ギシッ・・・ベッドが軋む音がする。
暗闇の中、ヒスイの銀の髪と白い肌がぼうっと浮き出して見えた。
昼間の大人びた姿で・・・なぜかバスローブを着ている。
「・・・・・・」
美しいな・・・と、思う。
(美しいから愛しているという訳でもないのだが・・・)
上からしばらくヒスイの寝顔を眺め、それから首筋に口づける。
そのまま、バスローブの腰紐をほどき、タオル地の合わせ目を左右に開いた。
ヒスイは眠ったままだったが、夢ならば・・・と、両脚の間に腰を入れ。
ふくよかな乳房を直に揉み込む・・・その先端を舌で舐め転がしてから、たっぷりと口に含み。
ヒスイの温もり、手触り、匂い、息づかいに煽られ、勃起するペニス。
オニキスはヒスイの股間に手を伸ばした。
ふっくらとした恥丘を撫で、挿入口に至る・・・が。
「・・・・・・」
それほど濡れていない。というより、全くといっていいほどだ。
(ちょっと待て)と、ここで自制し、動きを止めるオニキス。
(おかしい・・・)そう、いつもと違う反応だ。
夢の中のヒスイなら、この段階でもう愛液を滴らせているのだ。
「・・・・・・」
猛烈に嫌な予感がする・・・
現実のヒスイは、コハクの愛撫でないと濡れない。それは知っている。
「だとすれば・・・これは・・・」
(夢では・・・ないのか・・・?)