World Joker

―外伝―

願わくば、世界の終わり。[4]



 

 

 
オニキスとヒスイは顔を見合わせた。

共通する知識・・・ある書物で得たものだが、二人とも作り話と思っていた。

 

 

吸血鬼の力を増幅させる土地。

“ホーンブレンド”

 

 

どうやらそれが実在するらしい。

一言に力と言っても、魔力だったり、腕力だったり・・・吸血鬼の能力全般に及ぶもので、髪が伸びるという現象も吸血鬼の細胞が活性化することで起こったものだ。
それに・・・

「・・・・・・」「・・・・・・」

お互い口には出さないが、渇きを感じていた。

食事を済ませたばかりだというのに、だ。

つまり、力の増幅に伴いエネルギーの摂取も必要となってくる・・・それだけ血を欲するということだ。

食糧とされる人間にしてみれば、厄災以外の何物でもない。

この地に住む人間が吸血鬼を恐れる理由など、言葉にするまでもなく。

「・・・・・・」思案するオニキス。

(あの村でまだ被害者が出続けているとしたら・・・)

同じ吸血鬼として、その所業を放ってはおけない。

モルダバイトへ帰る手立てを探しに村へ戻るつもりでいたが、どうもそれだけでは済みそうになかった。

そんな中。緊張感なく、ヒスイが言った。

 

 

「切ってあげる、その髪」

 

 

地につきそうなほど伸びている自分の髪には無頓着で、なぜかオニキスの髪にこだわるヒスイ。

「・・・・・・」

オニキスは口を噤んだまま、少しの間考えた。

ヒスイが不器用なのは知っているし、ヒスイに任せたらどんな髪型にされるかも想像がつく。

オニキスはヒスイと目を合わせないようにして言った。

「・・・いや、束ねれば済む」

「そう?」ヒスイは残念そうに。

諦めきれないのか、チラチラとオニキスの髪を見ている。

「・・・そんなに切りたいか」

「うん!」

 

こればかりは惚れた弱味で。

オニキスが承諾すると、ヒスイは魔法のステッキを使いハサミを出した。

どこで覚えてくるのか・・・ヒスイは時々変わった魔術を使う。

そして・・・数十分後。

「・・・・・・」

なるべくしてこうなったのだが。

オニキスの毛先はバラバラで。

全体的にかなり短い。=もとの髪型には程遠い。

「あ・・・えっと・・・」

今度はヒスイが目を逸らす。

「気が済んだか」

覚悟していたことなので、オニキスはいつも通り落ち着いていた。

「あ、うん・・・結構カッコイイよ。流行の先をいってるっていうか・・・」

その褒め言葉は、明らかに苦し紛れだが。

オニキスは大人の対応で。

 

「・・・そういうことにしておこう」

 

 

 

そうこうしているうちに、日もだいぶ高くなった。

 

この時間、一般的な吸血鬼は動けない。

逆にオニキス達が行動を起こすには都合が良かった。

「お前はここに残っ・・・」

ヒスイに対し、そう言いかけて、やめる。

ヒスイをひとりにするとロクなことにならないのは、これまでの経験から嫌というほどわかっていた。
従って今回は。

「・・・一緒にこい」

「ん!」

手を繋いで河原を歩く。

川を前に、オニキスがヒスイを抱え上げようとした時だった。

「あ!」ポンッ!とヒスイが手を叩いた。

「何だ?」

「ここがホーンブレンドだとすると、コウモリになれるんじゃない!?」

吸血鬼はコウモリに変身できる。
例の本にそんなことが書いてあったと、ヒスイは期待に満ちた目でオニキスを見た。

「誰がだ・・・」

「オニキスが」きっぱりと言い切る。

「・・・・・・」オニキスは無言ののち、溜息をひとつ。

「無茶言うな。それは始祖だけだろう」

「え?そうなの?」と、ヒスイ。

オニキスがコウモリに変身できると本気で思っていたようだ。

「あ、そうそう」めげないヒスイの吸血鬼論が続く。

「吸血鬼は鏡に映らないっていうけど・・・」

ヒスイもオニキスも、普通の鏡には普通に映る。

「やっぱりハーフだからかな???」

 

 

銀の吸血鬼はあらゆる面で他の吸血鬼と異なる。

ヒスイ自身も知らない、銀の特性。

 

 

それが・・・じき明らかになる・・・・

 

 

 

 

場面は変わり。赤い屋根の屋敷、裏庭。

 

そこには、棺桶がひとつ置いてあった。

スピネルの報告を受けたコハクが購入したのだ。

そうは言っても、コハクがバザールに駆け付けた時は、売却済みで。

購入者を探し当て、買い上げ、今は夜中の0時だ。

「どう?パパ」

「うん、たぶんこれは・・・対象を吸血鬼に絞った魔法陣だね」

その証拠に、コハクが棺桶に入っても何も起こらない。

「・・・・・・」

対象は吸血鬼。
自分で言ったことだが、悔しくて仕方がない。

熾天使の身では、ヒスイを追いかけたくても、追いかけられないのだ。

「・・・・・・」

(オニキス・・・)

 

 

 

今回ばかりは・・・あなたに任せるしかなさそうだ。

 

 

 

(・・・なんて言うもんか!!)

「そんでアタシの出番って訳かい?」

裏庭で一緒に棺桶を覗き込んでいたカーネリアンが言った。

コハクが呼んだのだ。

カーネリアンも吸血鬼でヒスイと同じハーフだ。

コハクの考えが正しければ、底面の魔法陣が発動し、オニキスとヒスイの後を追うことができる。

「ご協力、感謝します」

コハクはそう述べてから、知らない土地へ飛ばされる危険性を説明した。

「あいつらの為ならひと肌脱ぐよ」と、カーネリアン。

「それではこれを」

発信機の役割を果たすという宝玉をコハクから受け取ると、カーネリアンは意気揚々と棺桶へ。

蓋が閉まり、開いた時にはもう姿を消していた。

「パパ」

「ん?」

「ボクも行っていい?」

1/4吸血鬼のスピネル。魔法陣に認識されるかどうかは賭けだが。

「もちろん、行っておいで」と、コハク。

スピネルの頭に手をのせ、おまじないのように言った。

「君の・・・」

 

 

大切なひとを守れますように。

 

 

 

ホーンブレンドにて。オニキスとヒスイ。

 

川を渡り、濡れた体を乾かすため、二人はシロツメクサの丘陵に立ち寄った。

昨晩、休憩場所としていたところで一旦腰を落ち着ける。

「ヒスイ」

「ん?」

「喉が渇いているだろう。オレの血を飲むといい」

「このままでは体がもたんぞ」と、オニキスはヒスイに吸血を勧めた。

「オニキスだってそうでしょ」と、ヒスイが言葉を返す。

「・・・・・・」「・・・・・・」

お互い薄々感じていた。これは、避けては通れない問題なのだと。

吸血後の欲情具合が心配ではあるが、とにかく喉が渇くのだ。

渇きのあまり見境いなく人間を襲うようなことになっては困る。

村に入る前に、二人とも渇きを満たしておく必要があった。

 

(大丈夫・・・だよね。お兄ちゃんの血じゃないから、そんなにエッチしたくなったりしないよね・・・)

我慢できる。自分にそう言い聞かせるヒスイ。

恐る恐る口にして・・・すぐ後悔することになる。

「や・・・だめ・・・」

オニキスの首筋から何口か飲んだだけで、ヒスイの体に欲情の兆しが現れた。

恐れたヒスイはすぐにオニキスから離れようとしたが、オニキスはヒスイを離すどころか、逆に強く抱き締め、いつもの場所からヒスイの血を吸い出した。

「あっ・・・オニ・・・」

「・・・構わん」

 

 

「恥ずかしいのはお互い様だ」

 

 

と。そのまま、吸血に耽る。

「・・・お前はコハクのことを考えていればいい」

(オレは・・・お前のことを考える)

たとえヒスイがコハクのことを考えていても、腕に抱いていたい。

欲情する様を包み隠さず晒し、オニキスは熱く荒い息を吐いた。

 

「ん・・・っ・・・はぁ・・・あ」

「っ・・・は・・・」

 

お互いに欲情していても、交わる相手にはなり得ない。

 

濡れているのはわかっているのに。

勃っているのはわかっているのに。

 

ただ抱き合って、興奮が冷めるのを待つだけだ。

 

 

 

そうして、吸血の副作用をやり過し。

 

「・・・あ、もう平気っ!」と、慌ててヒスイが離れた。

「・・・そうか」オニキスも冷静さを取り戻していた・・・が。

「・・・・・・」「・・・・・・」

非常に、気まずい。

お互い違う方向に視線を流し・・・するとヒスイが。

「あ!あの子!」

昨晩出会ったそばかすの少女を発見した。

少女の方もヒスイに気付き・・・

「ヒッ・・・!!」

悲鳴を上げて逃げ出した。

「待って・・・っ!」

村のことを聞くのに丁度いいと思い、少女を追いかけるヒスイ。

「私っ!あなたの血を吸ったりしない!だから話を・・・」

「イヤァ!!こないで!!」

「・・・え?」

恐怖で錯乱した少女が振り向き、両手で構えたのは・・・銀の拳銃。

退魔に使われるもので、銀の弾丸が詰められている。

銃口がヒスイの胸の真ん中あたりに向けられ、次の瞬間・・・

 

 

バンッ!!

 

 

「ヒスイ!!!!」

 

 
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