World Joker

―外伝―

願わくば、世界の終わり。[7]



 

 

 

「・・・え?」

 

その質問に、ヒスイはゆっくりと瞬きをして聞き返した。

明らかに、困惑している。

「・・・・・・」

オニキスは質問を繰り返すことはせず。

「・・・冗談だ」

しばらく沈黙した後、瞳を伏せて言った。

「お前に貰った命だ。いつでもお前に返す」

(オレは・・・何を期待していたのだろうな)

ヒスイを困らせるつもりはなかったのだ。

「体は・・・大丈夫か?」

「あ・・・うん。おかげでなんとか」

先刻の乱れ具合を思い出したのか、ヒスイは少し顔を赤くして。

「ごめん、私、お兄ちゃんのこと考えてて・・・」

とにかくありがと。そう、ヒスイが礼を述べると。

「礼には及ばん。オレは・・・」

 

 

好きでもない女に、あんなことはしない。

 

 

「・・・オレがしたくてしたことだ」

つまり、好きだと伝えているのだが。

「あ〜・・・うん」

いまいちピンときていない、ヒスイのとぼけた返答もいつものことだ。その時。

「ヒスイ!何やってんだい!」

カーネリアンがヒスイを追って宿から出てきた。

「ほらほら!そんな格好で出歩くんじゃないよ!」

そんな格好=バスローブ+便所サンダル。

毎度のことながら、美人の自覚に欠けている。

コハクの声が聞こえたと言って、カーネリアンが止めるのも聞かず飛び出してきたのだ。

「アンタはただでさえ目立つんだから、宿で大人しくしてな」

「ちょ・・・カーネリアン!?」

ズルズルと引き摺られていくヒスイ・・・いくら体が大きくなったとはいえ、カーネリアンには敵わない。

「やだ・・・っ!お兄ちゃん探すんだから・・・っ!はなし・・・」

「お兄ちゃん?アンタまたそんなこと言ってんのかい!?」

いい加減にしな!と、ピシャリ叱るカーネリアン。

「熱が下がるまで外にゃ出さないからね!」

 

「くすくす。ママはカーネリアンに任せておけば大丈夫だね」

カーネリアンと一緒に出てきたスピネルが、その場に残り。

「オニキスは大丈夫?喉渇いてない?」

軽く下からオニキスを覗き込んだ。

「ああ、大丈夫だ」

嘘はついていない。オニキスは、渇きに耐性があるのだ。

ヒスイに比べ、かなり安定していた。

「そっか」と、スピネルはどこか寂しそうに笑って。

「渇いたら、遠慮なく言ってね?オニキスがパパの代わりになってもいいと思うみたいに、ボクもママの代わりになってもいいって思ってるんだよ?」

するとオニキスは。

「その気持ちだけで充分だ」と、スピネルの頭を撫でた。

「うん・・・」(やっぱり揺るがない・・・か)

「そんなにママがいいの?」スピネルは肩を竦めて苦笑い。

「ああ、そうだな」オニキスも苦笑いで答えた。

 

 

 

こちら、宿屋の一室。

 

「30分で熱下げるからっ!」

ベッドに押し込まれたヒスイはヤケ寝。

30分経ったら起こして!と、目をつぶる。

「ぜったい・・・お兄ちゃんが近くに・・・Zzz」

・・・寝付きの良さは天下一品だ。

その直後のことだった。

「コハクかい!?」と、窓を開けるカーネリアン。

「やっぱりヒスイの顔が見たくなっちゃって。ははは」

遠くから見るだけでも・・・と、様子を窺っているうちにヒスイが眠ったので、これは好都合と、接触を試みたのだという・・・が。

「これ、どういうことか説明して貰えます?」

コハクは笑顔のままカーネリアンに尋ねた。

巨乳化して寝込んでいるヒスイを見れば、疑問に思わない筈がない。

カーネリアンが事情を説明する・・・ふむふむ、と、コハクは何度か頷き。

「ヒスイの熱冷ましには、これを煎じて飲ませてください」

そう言って、ポケットから木の実らしきものを二つ取り出し、カーネリアンに手渡した。

長年ヒスイの世話をしてきただけのことはある。

コハクは、ヒスイのためのあらゆる物を常備しているのだ。

「カーネリアンさん、ヒスイのことよろしくお願いします」

「何だい、改まって。ヒスイのことはアタシに任せときな」

アネゴ肌のカーネリアンが頼もしい返答をしたところで。コハクは言った。

「あの村は・・・少々面倒なことになっています。ヴァンパイアハンターが動くかもしれない」

「ヴァンパイアハンター・・・だって?」

カーネリアンが険しい表情で聞き返した、その時。

「んぅ・・・おにいちゃ・・・?」

二人の話し声で、ヒスイは目を覚まし、うっすら目を開けた・・・が。

「夢だよ、ヒスイ」と、コハク。

「ゆ・・・め?」

「そう、夢」

低い声で言い聞かせ、唇にキス。するとすぐ。

「むにゃ〜・・・おにいちゃぁ〜・・・Zzz」

ヒスイは再び眠りに落ちた。

「よしよし、いい子だ・・・」

コハクが頬を撫でると、ぴくん!

「ん・・・ンッ・・・」

眠りながらも、ヒスイは感じて。らしからぬ、色っぽい声を出し。

(よくここまで躾けたもんだよ)と、カーネリアンは苦笑した。

他の男を一切受け付けないヒスイ。

こんな場面を目にしてしまうと、さすがにオニキスが気の毒に思えてくる。

「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

“ヒスイには内緒”を強調しつつ、窓枠に足を掛けるコハク。

「どこ行くってんだい?」

「ヒスイが狙われる前に、ヴァンパイアハンターの上層部を叩いてきます。村の方はオニキスが何とかするでしょう」

 

 

 

“村まで同行したい”スピネルの強い要望を受け、改めてそれを許可したオニキス。

女達を宿に残し、男二人で村に赴く・・・。

しばらくして、シロツメクサの咲く丘陵に差し掛かり、オニキスの足が止まった。

そこはとても静かで。花の白が眩しい。

この地に来てから、それほど時が流れたわけではなかったが、思い出深い場所だった。

「・・・・・・」

オニキスは目を細めた。

シロツメクサの花がヒスイの姿と重なるのだ。

小さく、可憐で・・・しぶとい。

ヒスイの本質に近いと思う。

「ママみたい?」

隣に立つスピネルが言った。

「よくわかったな」

「ママを見る時と同じ目で見てたから」

「そうか」

「少し摘んでく?」

「いや、摘んでも枯れるだけだ」

 

 

どんなに近くで咲いていても。摘んでは、いけない。

 

 

ヒスイという花がそうであるように。手に入れられるものではない、と。

シロツメクサに別れを告げる。

「ねぇ、オニキス」

「何だ?」

 

ママみたいな花は、案外、咲く場所を選ばないと思うよ?

 

 

「・・・だといいがな」

スピネルの思いやり。オニキスは穏やかに笑って。

「行くぞ」

「うん」

 

 

 

丘を抜けると、村はすぐそこだった。

二人は間もなく閑散とした墓地へ出た。

例の棺桶は昨晩と変わらずそこにある。

あの夜は周囲を見渡す余裕もなかったが、こうして今墓地に立つと、同じような棺桶がいくつもあることにオニキスは気付いた。

「・・・・・・」(コハクは“意図的に隠された村”と言っていたが・・・)

どういうことか、まだわからない。

スピネルと手分けして村の内部を探ったが、誰ひとりとして出会うことはなかった。

「みんな寝てるみたいだよ」と、スピネル。

「この村の人達って・・・夜、吸血鬼と戦うためだけに生活してるみたいだよね」

鋭く削られた木の杭が、村のあちこちで山のように積まれていた。

軒先にはニンニクと十字架が吊るされ。

扉には魔除けの護符。家の前には塩まで撒かれている。

吸血鬼に対する警戒心が尋常ではないのだ。

「こんなに吸血鬼を恐れているのに、逃げないんだね、この村の人達」

「・・・そうだな」

吸血鬼を畏怖しているのは確かだが、一方で底知れぬ戦意を感じる。

村に巣食う謎。家に押し入って、村人の口を割らせることもできるが・・・

(それでは吸血鬼への恐怖を煽るだけか)

 

村人を刺激しないよう、息を潜め、調査を続ける二人。

小さな村のわりには、軒数が多く・・・しかしその半数は何故か空家だった。

ほとんどの空家は開放されていたので、二人は手がかりを求め、一軒一軒回っていった・・・そして、夕暮れ間近。

「オニキス?何か見つけたの?」

「ああ」

村外れの格段に古い空家・・・その一室にある机の上に置かれた、一冊の本を手に取るオニキス。

 

ハイパースシーン 作

 

「この本は・・・」

その名に覚えがある。

吸血鬼の力を増幅させる土地、ホーンブレンドについて書かれた本の作者だ。

あの本に、この村の記述はなかったが。

手元にあるもう一冊の本を開き、ざっと内容に目を通すと、どうやらそれは対になるものらしく。

あの本が吸血鬼の生態について書かれたものならば、この本は吸血鬼と戦う術について書かれたものだった。

それがここ、ホーンブレンドにあるとなれば、単なる偶然とは思えない。

オニキスは次々とページを捲り、かなりのスピードで読み進め・・・ひとつの結論に達した。

「・・・・・・」

(この本に書かれていることが概ね真実だとすれば・・・)

 

 

「ここは・・・」

 

 

ページのトップへ戻る