―外伝―
願わくば、世界の終わり。[8]
ホーンブレンドに近付く、ひとりの男がいた。
ヴァンパイアハンター“下層部”、名はフェナス。
20歳前後の風貌で、短く刈った黒髪+眼鏡の、感じの良い青年だ。
以下、フェナス履歴。
6人兄弟の長男。両親は早くに他界・・・苦労の多い人生を送ってきた。
地元の警察署に勤務していたが、サバタリアン[※土曜日に産まれた者。特別な力があるとされる。]だったため、ヴァンパイアハンターとして引き抜かれ。
この度、ホーンブレンドから救援要請を受け、出動した。
首から下げたロケットを開くと、中には兄弟達の写真。
「正直、気の進む仕事じゃないけど・・・」
これも、可愛い弟と妹のため、と、意を決して歩みを進める。
「やるしかないんだ。ヴァンパイアを狩って、報酬を貰って・・・」
弟、妹の学費を稼ぎたい。
上京して1年。たくさんの土産を持って、実家に帰る。それがフェナスの夢だ。
対決の時が・・・迫っていた。
再び、村外れの空家にて。
「ここは・・・流刑地だ」
オニキスは本に書かれていることを要約して話し出した。
ホーンブレンドは昔から実在する土地であり、凶暴化した吸血鬼が溢れる場所であった。
ここホーンブレンドに、国はほとほと手を焼いていたのだ。
首都圏への流出を防ぐ必要があったが、吸血鬼と人間の力の差は歴然としていて、食い止めることすら困難・・・そこで、吸血鬼に“餌”を与えることを思いつく。
命の有効利用・・・罪人を裁くという名目で、この地に送り込んだのだ。
「生贄の村、とも言えるな」
吸血鬼の餌となる前に死なれても困るので、最低限の生活を保障し、国政の関係者の家族を一組、監視役として置いた。
それらはすべて極秘で行われ。
「実行されたのは、10年ほど前のようだが・・・」
間もなく、ある人物によって、罪人達に吸血鬼と戦う術がもたらされたのだ。
罪人達は、吸血鬼に喰われたくない一心で、死に物狂いで力をつけ・・・いつしか“生贄の村”は“吸血鬼を狩る村”へと変貌したのだ。
「それをいいことに国は・・・」
例の棺桶を使って、国内に潜む吸血鬼をホーンブレンドに集めようと画策した。
「村の人達に狩らせるために・・・だよね?」
「ああ、そうだ」
本にはそのあたりまでしか書かれていなかったが、今の村の状況からすると、次々と送り込まれる吸血鬼に対処しきれていないようだ。
村全体がピリピリとしたムードになっている。
「じゃあ、モルダバイトの市場で売られていた棺桶は・・・偶然?」と、スピネル。
本来は、国内向けのものだ。偶発的と言わざるを得ない。
「そう考えるのが妥当だ。もとより、吸血鬼を惹きつける構造となっているのだろうが・・・」
「見事にママが引っ掛かっちゃったんだね」
ヒスイが棺桶に入りさえしなければ・・・この地とも、この事件とも、無縁だったはずなのだ。
「ママってホント、トラブルばっかり起こすよね」
「ああ、昔からそうだ」
オニキスとスピネルは顔を見合わせ苦笑い。と、その時。
「オニキス・・・」
「ああ・・・」
村が急に騒がしくなったのだ。
空に太陽はなく・・・それは、戦いの始まりを意味していた。
「墓場の方だな、行くぞ」
「うん」
二人が墓場に到着すると、そこには・・・
棺桶から出てきた吸血鬼と、退治に繰り出した罪人達、加えてヴァンパイアハンターらしき者の姿が。
ヴァンパイアハンター=フェナスだ。
襟元に、吸血鬼の天敵ともいうべき天使の羽根をデザインしたエンブレムを付けているので、すぐにわかった。
何を敵とし、何を味方とするか、それぞれが判断に迷う状況下で・・・オニキスは冷静にフェナスを観察した。
(何だ、あれは・・・)
右肩に古ぼけたうさぎのぬいぐるみをのせているフェナス。
腰に拳銃を携えてはいるものの、一見、奇妙で弱そうだ。
「・・・スピネル」
「うん」
親子の絆が成せる技か、打ち合わせもなく、行動を開始する二人。
オニキスは罪人達とヴァンパイアハンターの前に出た。
そこで初めて剣を抜き、放たれた火矢を刀身で払う。
木の杭を両断し、投げつけられる聖水の瓶をかわしながら、フェナスとの距離を詰めるオニキス・・・
対するフェナスは攻撃の相手が定まらない様子で、オニキスの接近に動揺・・・とはいえ、警察仕込みの柔道技で応戦してきた。
その隙に、スピネルは吸血鬼を保護し、その場を離れた。
すると、入れ替わるようにして。
「オニキス!」
ヒスイと、カーネリアンが現れた。これによって、戦況が大きく揺らぐ。
オニキスの、最大の弱点が露見したのだ。
「ヒスイ・・・!!」
ヒスイの姿は、オニキスの集中力を乱した。
「銀の・・・髪・・・」
そう呟いたのはフェナスだ。視線はオニキスと同じくヒスイに向いている。
吸血鬼は美しい外見で人間を惑わせる。
その姿が美しければ美しいほど、注意しなければならない。
ヴァンパイアハンターの教訓だ。
(なんて綺麗な女性だ・・・でも・・・)
そう思うことは、ヒスイを攻撃対象と定めたことでもあり。
フェナスは呪文を唱えながら、自前の拳銃に弾を詰め、構えた。
その銃は、銀製ではなく。
「ヒスイ!!」
ヒスイの身に危険が迫る。オニキスはヒスイの前に身を投げ打った。
そして、被弾する。
「オニキスっ!!!」
「く・・・」
一発や二発撃たれたくらいで、肉体に支障をきたすことなどないはずだ、が。
体に力が入らない。目の前が真っ暗になった。
ドサッ。
「オニキス!!?」
オニキスがぶっ倒れ、ヒスイもビックリだ。
「彼女の眷属か・・・」
と、フェナス。
どうやら連射はできないらしく、一旦銃を下ろした。
フェナスが使用する魔法は心術。それを弾丸に込めて撃つのだ。
不死に近い肉体を持つ吸血鬼を仕留めるのは、ヴァンパイアハンターとて容易ではないため、体より心を攻撃する戦闘法が主流となっていた。
ヴァンパイアハンターの中でも、とりわけフェナスはその才能に秀でた男だった。
弾丸を撃ち込まれ、心に少しでも不安や迷いがあれば、確実に闇へ堕ちる。
堕ちてしまえば、這い上がれない。即ち、精神の崩壊だ。
「吸血鬼は闇に属するだけに、取り込まれるのも早い」
フェナスが言った。
ホーンブレンドという土地が、さらに促進させるのだと。
「彼はもう目覚めない。次は・・・あなたを撃つ!」
「目覚めない!?そんな訳ないでしょっ!!オニキス!!オニキスっ!!」
しかし、ヒスイが何度呼んでも返答なし、だ。
「ヒスイっ!!アンタだけでも逃げな!!こいつらはアタシが何とかする!!」
カーネリアンが叫ぶ。
「やだ・・・っ!!」
ヒスイは両腕でオニキスの体を抱えたまま、動こうとはせず。
「だったら何とかして、目ぇ、覚ましてやんな!!」
何十という罪人達を相手に、カーネリアンは振り返る余裕もなかった。そこに・・・
「フェンネル、力を貸して」
スピネルが参戦。専用武器である杖を手に、フェナスの前に立った。
墓場は混戦の極みだ。
対照的に。オニキスはひとり、静かな闇の中にいた。
「・・・・・・」
現実から隔離され。それでもやはり、ヒスイのことを考える。
ホーンブレンドは吸血鬼の能力を飛躍的に向上させるだけでなく、感情までも煽るのだ。愛情も例外ではなく。
「ヒスイ・・・」
闇の中で、オニキスは今朝のやりとりを思い出した。
『お兄ちゃんが死んだら―私も死ぬ』
ヒスイに何を期待しても無駄なのに・・・愛しくて。
まだ・・・愛したい。
もっと・・・愛したい。
ずっと・・・愛していたい。
(守れもしないのに?それが許されるとでも?)
せめぎ合う想い。闇が一層深くなる。
「・・・・・・」
(ここはどこだ?)
夢かと思えば現実で。現実かと思えば夢。
もう、どちらでも構わない。
ヒスイを・・・愛したいだけ、愛せるのなら。
「・・・・・・」
見えない力に圧迫され、愛が歪んでいく。そして。
オニキスを深淵へと誘う夢が訪れた。
それは・・・陵辱。