World Joker

―外伝―

バーチャル王子の花嫁候補




[前編]



赤い屋根の屋敷で不定期に開催される、自由参加のバーベキューパーティ。
メンバーが集まりつつある中。

ふぅ・・・。

野菜を串に刺しながら、ジンが溜息をつく。
「何だよ、元気ないじゃん」
どうした?と、メノウが下から覗き込んだ。
「最近、周りのプレッシャーが凄くて」
オニキスが、まだ顔を出していないから、言える。
モルダバイトの後継者問題。
「そろそろ、世代交代っていうか・・・」
スピネルやサルファーにさりげなく打診はしているのだが、良い返事が貰えぬまま。
国民に向け、王家から新しいニュースを発信したい ― 臣下達がそういうムードになっている。
とどのつまり。
「後継ぎを期待されてるって事で・・・」と、ジン。
王位継承権は女子でも同じだが、やはり男子が望ましいようだ。
「そんならさ、とりあえず作ってみれば?」
「はぁ・・・でも、シトリンがその気じゃないみたいで・・・」
「違う違う、未来予想っていうかさ。架空の後継ぎでも、話題にはなるだろ?」
「おお!それはいいな!」
そこで、猫シトリンが会話に飛び込んできた。
「夢を見せてやれば、焦れた大臣達の気も少しは治まるだろう!して、どうするのだ?祖父殿」
簡単、簡単、と。コハクを手招きするメノウ。もれなく、ヒスイもついてくる。
今日もべったりな2人に、これまでの流れを説明し。
架空王子のデザイン画をコハクに頼む。それから。
「どんな奴がいい?」
メノウがシトリンに理想のタイプを尋ねると。
「そうだな・・・」シトリンは若干興奮気味に。


オニキス殿と、兄上と、ジンを足して、3で割ったような奴にしてくれ!!


・・・好きな男性を並べただけだが。
「どうだ!!母上!!究極の男ではないか!?」
人型に化け、胸を張る。しかし、ヒスイの返答は・・・
「そう?案外、普通じゃない?」
「ぬぅ・・・」(母上の好みは、昔からよくわからん・・・)
「あはははは!ヒスイに聞くだけ無駄だろ。コハクしか眼中にないんだからさ!」
傍らで、メノウが笑う。
ヒスイよりも、シトリンの方が、断然、乙女心があるのだ。
「・・・・・・」(ヒスイさん、相変わらずだな・・・)ジン、心の声。
(オレは本当に普通だからいいけど、あの王やトパーズまで、“普通”でバッサリだもんなぁ・・・)
笑っていいものか、微妙だ。
「あの、この際、誰がどうとかじゃなくて、万人受けするキャラがいいんじゃないかと・・・」
ジンが控え目にそう発言し。皆でアイデアを出し合うことになった。
そして・・・
「よし!できた!これを立体映像にすりゃ、バッチリじゃん!」と、メノウ。
コハクの描いたイラストに向け、呪文を唱え。見事、3D化してみせる。


「おおお!!!」


シトリンは、いよいよ興奮が隠しきれず。頬を上気させた。
設定は10代。少し長めの黒髪に、紅い瞳。
当然、すらりと背が高く。
妙に、印象に残る顔立ちをしている。文句のつけどころがない美形だ。
神秘的、かつ、聡明な雰囲気で。生粋の王族・・・という感じがした。
パッと見は、どこかスピネルに似ている。
かえってそれが、名君オニキスを彷彿とさせ、国民に愛されること間違いなしと、シトリンが太鼓判を押す。
不思議なリアリティを持った、バーチャル王子の名は、“メテオライト”に決定した。
「イケてる!イケてるぞ!これでモルダバイトの未来は安泰だ!!なあ、ジン!!」と、シトリン。
「・・・・・・」(バーチャルなんだけど・・・)
複雑な気分だが・・・
「ジン!帰るぞ!これで大臣共を黙らせてやる!毎日毎日、口うるさくて敵わん!!」
「え、でも、まだこれからじゃ・・・」
娘のタンジェや親友のトパーズに会えると、楽しみにしていたバーベキューパーティだったのだが。
無情にも、引き摺られていくジン・・・
「どうも・・・お世話になりました・・・」



翌日。シトリンは赤い屋根の屋敷に来ていた。

「昨日の件だが・・・」
大成功だったと、コハクに報告する。ヒスイは昼寝中だ。
「そう、良かったね」
「いや・・・それがな・・・」
シトリンが難しい顔をする。※人型です。
盛り上がり過ぎて。なんと。
バーチャル王子の花嫁候補を探すイベントを、大々的に行うことになってしまったのだという。
「一般人が候補になると、後々厄介だからな」
妥当に、花嫁もバーチャルで・・・と、シトリンは考えた。
「そこで、父もどきよ!究極の男に合わせて、究極の女を描いてくれ!」
「それはちょっと無理かな」と、苦笑いするコハク。
「む・・・何故だ?」
「ヒスイしか浮かばないから」
究極の女=ヒスイ。コハクにとっては、確かにそうだろう。
「・・・ふむ、尤もだ」
納得した様子のシトリンが頷く。



「では、母上に頼もう!!」



「だめ」
スタートダッシュでヒスイを抱き上げるコハク。
そこにシトリンがにじり寄る。
「母上をこちらに渡して貰おうか」
「そういうわけにはいかない」
美しく整った、同じ顔で睨み合う。
「メテオはお前が描いたんだ。謂わば、息子のようなものだろう」
「だから余計に嫌なんだ」と、言い切るコハクに。
「ま、まぁ、気持ちはわからんでもないが・・・」
若干怯むシトリンだったが。
「バーチャルだ!バーチャル!」
そう言っている本人が一番混同していたりする。

その時。

「なにモメてるのぉ~?」
アクアが間に割り込んできた。
「給料日だから、ママにお洋服買ってあげよ~と思って、迎えにきたんだけどぉ~」
この騒ぎでも、ヒスイはまだ寝ていた。コハクの腕の中、安心しきってぐっすりだ。
「ほらぁ、ママ、起きてぇ~。お出かけするよ~」
ヒスイの頬をつつくアクア。
「・・・んぁ?あれ?どうしたの???みんな揃って・・・」
「母上ぇぇぇ!!!」続けてシトリンが叫ぶ。
地声の大きさを生かし、一歩リードだ。
「うん?」ヒスイは瞬きをしてシトリンを見た。
「かくかくしかじかで・・・」と、シトリンが話し出す。
「頼む!身内で固めておかんと、色々面倒なのだ」
今回のイベントは、王家の“出し物”のようなもので、一般人を巻き込みたくない~と、熱弁。
「へぇ~、面白そうじゃん~」
話を聞いていたアクアの興味も移ったようだった。
「なぁに、ステージの上では目をつぶっていればいい!花嫁の選出など、あっという間だ!」
あがり症のヒスイにそうアドバイスし、押し切ろうとするシトリン。
対して。「・・・ホント?」と、ヒスイ。
最初は疑いの眼差し・・・けれども。
「あ!!」唐突に、閃く。ヒスイはパッと笑顔になり。
「だったらいいよ!私、やる!」
「ヒスイ!?」驚いたのはコハクだ。
人前に出る類の“お願い”は、いつも渋るというのに。
「ふ・・・やはり母上は私の味方。なにせ女同士だからな!」
シトリンは、コハクからヒスイを奪い取り。こう言い放った。
「お前がどんなに女心を理解していようとも、所詮は男。母娘の絆に勝るものなし!!」
「シト姉~、チョイ悪役入ってるよぉ~」
「む?そうか???」
姉妹が声高らかに笑う。
「・・・・・・」(何だろう・・・この敗北感は・・・)
ヒスイを愛する娘達。息子とはまた別の意味で強敵だ。
「・・・・・・」(悪いことではないと思うけど・・・)


お兄ちゃんは寂しいよ!!ヒスイぃぃぃ!!



それから1週間・・・

王家主催のイベント『バーチャル王子の花嫁コンテスト』の日がやってきた。
シトリンとジンは審査員であるため、あとの事は、城のメイド達によって構成された運営委員会に一任してある。
ステージには、ヒスイの他に、3名の花嫁候補。
そして、絶世の美男子、メテオ王子がお披露目された。
会場は、年代問わず、女性で埋め尽くされ、大盛況だった・・・が。
そこで、予想外の展開が待っていた。
「のぁっ・・・!!?」(母上ぇぇぇ!!!)
ヒスイの姿を見たシトリンの顔が、ショックのあまり劇画風になる。
(確かに私は言った!目をつぶっていればいい、と!だがな、そういう意味ではないのだ!!)
なんとヒスイは、瞼の上に目の絵を描くという古典的な手法を用いてステージに立っていた。
(お兄ちゃん、“可愛いよ”って言ってくれたし!)ヒスイ、心の声。
(これ、すごく楽・・・)目を閉じたまま、ゆっくり息を吸う。
大勢の視線を意識しないで済む分、緊張も半減だ。しかし・・・
(いやいや!!変だぞ!!母上!!)再び、シトリンの心の声。
ヒスイ本人はご満悦のようだが、前列の観客達を完全に困惑させている。
目をつぶっていても、ヒスイは、メテオとつり合う美少女だ。

・・・瞼に落書きなどしていなければ。

(状況が変わった!!頼むから、目を開けてくれ!!母上ぇぇぇ!!!)
心の叫びは、ヒスイに届かず・・・
「あああ・・・」
シトリンは、審査員席で頭を抱えた。
「シトリン・・・あの・・・こんな時に言いにくいんだけど・・・」と、ジン。
「何だ!?」荒々しい口調で、シトリンが顔を上げる。
「他の候補者に、見覚え・・・ない?」
これまで、ヒスイしか目に入っていなかったシトリンだったが。
「・・・む?」さすがに気付く。
「!!あれはもしや・・・」



ジストとスピネルと・・・サルファーか!?

<備考>
『World Joker後日談以降の話。“メノウのヒスイに対する溺愛っぷり”がテーマです。

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