World Joker/Side-B

14話 Sweet Voice



「あ〜・・・なんだ、その・・・」

携帯を出し渋るシトリン。

「も、もう片付いたのか?」

わざとらしく話を逸らす。

地獄は、行きよりも帰りの方が、手間がかかるとコハクから聞いていた。

熾天使単独ならば舞い戻るのは容易いが、純血・混血・あらゆる階級の集団なのだ。
戻るにしても、勝手が違う。

「一段落ということは、そこまで目処が立ったということだな?」

心なしか厳しい声でシトリンが尋ねる、と。コハクは頷き。

「辺獄の先にね、町があるんだ。そこにアンデット商会の幹部が来ているらしくて。うまく便乗すれば、地上への帰路が確保できるかもしれない。これから話をつけてくるよ」

「!!そうか!!では急いだ方が・・・」

「うん、でもその前にヒスイの声が聞きたいんだけど。何か不都合でもあるのかな?」

コハクは笑顔で譲らず、こう続けた。

「話を引き伸ばしたところで、何も変わらないと思うよ」

「くっ・・・」

シトリンの誤魔化しなどコハクに通用する筈がなかった。

「あ〜・・・いや、お前の為を思ってだな」

「僕のため?」

「ああ、ショックで心臓が止まるかもしれん」

そう言ったシトリンは、真剣そのものだ。

「心臓が止まる?ははは!!何を言うのかと思えば」

コハクは笑い飛ばし。

「大丈夫だから、携帯、見せて?」

「う・・・うむ」

 

こうしてついに、コハクの手へと携帯が渡り。

ヒスイのマタニティ画像が、目に触れることとなった。

 

「!!!!!」

コハク、全身硬直。携帯画面を凝視している。大丈夫では、ない。

(今度は誰に犯され・・・)

あまりの衝撃に、我を忘れ、シトリンと同じ考えに至ってしまう。

油断できない男No.1はトパーズだが、別れ際、セレもヒスイの妊娠を仄めかすようなことを言っていた。

数時間で妊婦化させる方法がない訳ではないのだ。こうなるともう、気が気でない。

(あああ・・・ヒスイ・・・っ!!!)

思わず手に力が入り、携帯を握り潰しそうになる。が。

(落ち付け!!僕!!ここで感情に流されて携帯を壊したら、ダメな大人の見本じゃないか!!)

コハクは、携帯を持つ右手を左手で押さえた。自身の暴走を防ごうとしているのだ。

「お、おい・・・大丈夫か?すごい震えだが・・・」

「ああ、うん、これね・・・ははは・・・ちょっと動揺しちゃったかな〜なんて」

「気持ちはわかるぞ。痛いほどにな」

コハクの肩に手を置き、同情の眼差しを向けるシトリン。

「だがな、考えてもみろ。今更、種違いが何だ!!」

「・・・・・・」(そう言われてもね・・・)

シトリンの激励で、かえって頭が冷えた気がする。

「とにかく、誰から送られてきたものか確認・・・ん?」

 

 

送信者は―ジストだった。

 

 

両腕を組み、低い声でシトリンが呟く。

「あいつ・・・ついにやったか・・・」と。

「ジストはそんなことをする子じゃない」

コハクは苦笑いだ。どことなくホッとしているようにも見える。

「いや、わからんぞ。あいつも相当溜まっているからな。陵辱願望が抑えきれずに母上を・・・」

ごくりと唾を飲み、妄想を膨らませるシトリン。そこに。

「さっきから何騒いでるんだよ」

見兼ねたサルファーがやってきて。例の問題画像を見るなり、即、自分の携帯からジストの携帯へ連絡を入れた。

「―わっ!!もしもしっ!!サルファー!?」

「お前、あの女とヤッた訳?」

「へっ???」

「腹、デカくなってるだろ。陵辱容疑かかってるぜ?」

「ちっ・・・違うよっ!!間違って、先に画像送っちゃっただけでっ!!」

真実をメールで報告するつもりでいたが、なにせジストは文章を打つのが遅い・・・そのため、紛らわしいタイムラグが生じていたのだ。

「・・・はぁ?何だよ、それ」

事情を直接聞き出したサルファーが、呆れた声を出す。

それから、シトリンとコハクに妊娠疑惑の真相を明かした。

 

 

「あーに頼まれて、卵、温めてるんだってさ」

 

 

「卵・・・だと?」と、シトリン。

地上の目まぐるしい展開についてゆけない。

「何がどうなって・・・そうなるのだ???」

「ヒスイは?」

サルファーを仲介に、コハクが尋ねる。

「卵抱えて、寝てるって。起こすように言う?」

「いいよ、夜また連絡するって伝えておいて」

「了解」

 

 

 

 

アイボリーはトパーズに。マーキュリーはセレナイトに。

1週間の期限付きで、それぞれ引き取られていった。その間は、面会謝絶となる。

従って、ヒスイとジストが身を寄せ合い・・・赤い屋根の屋敷でふたりっきりだ。

 

PM 8:30

 

夕食はサラダとフルーツで済ませ、キッチンで一息。

エッチをした後は、とても喉が渇く。こんな時のために、冷蔵庫にはコハクの血液が用意されていた。ごくごくと、美味しそうに飲み干すヒスイ。そして・・・

「ねぇ、ジスト」

「んっ?」

「ムラムラしてきちゃったら、どうすればいいのかな?」

「へ・・・?」

ジストは一瞬耳を疑ったが、血を飲むと欲情するヒスイの体質は知っている。

「ひとりえっちって、私、あんまり得意じゃなくて」と、ヒスイ。

上手く発散できる方法があったら教えて欲しい・・・そうジストに乞う。

「あのっ・・・オレ・・・男だし・・・ヒスイとは違うっていうか・・・」

(確かにいつもムラムラしてるし、ひとりえっちしまくってるけどっ!!)

好きな相手から、大っぴらに下ネタ相談を受けても困ってしまう。

「・・・・・・」

(しばらく「好き」って言ってないから、忘れちゃったのかな、オレの気持ち・・・)

叶う、叶わないは別として、恋愛感情を無視されるのは寂しいもので。

俯くジスト・・・しかし。

 

 

「ジストって、なんか話しやすいから」

 

 

「えっ!?そうっ!?」

ヒスイにそう言われると、悪い気はしない。たちまち復活だ。

(ヒスイ・・・そんなにエッチしたいんだ)

「・・・・・・」

(オレじゃ、父ちゃんの代わりになんないしな・・・ごめん、ヒスイ)

こればかりは力になれそうにない、と、ガックリ肩を落としたところで・・・突如、閃きが。

「あっ!!そうだっ!素振りとか!!」

思春期、ひたすら素振りをしていた記憶が蘇る。

「素振りね、わかったわ!木刀、貸してくれる?」

「うんっ!!じゃあオレが代わりに卵温めるよっ!」

「うん、お願い」

互いに笑顔で。木刀と卵を交換した、その時。携帯が鳴った。

「!!お兄ちゃんだっ!!」と、ヒスイが飛び付き、2階へと駆け上る。

 

 

そして、夫婦の部屋。

 

「おにいちゃぁ〜・・・やっと声聞けたぁ〜・・・」

「ごめんね、遅くなって」

携帯から響いてくる、コハクの声。

電話で話す機会があまりないせいか、妙にドキドキしてしまう。

ヒスイは耳を熱くしながら、コハクと会話を続けた。

「成程ね」地上の動向を、コハクはほぼ把握したようで。

「卵のことなんだけど―」と、切り出した。

「あ、今、ジストに預けてて・・・」

「うん、それは構わないんだ。だけど、もしかしたら、温めるだけじゃだめかもしれないから、明日オニキスのところへ行って聞いてごらん」

「ん!わかったっ!」

「で、本題なんだけど」と、コハク。

 

 

僕の血、飲んだ?

 

 

「あ・・・うん」

声を小さくして答えるヒスイ。同時に頬が真っ赤に染まる。

YESの返事は、欲情を知らせているようなもので。

現に、コハクの声を聞きながら、両脚をモジモジしていたところだったのだ。

「あ、でもっ!これから素振りするから大丈夫っ!!!」

あたふたとヒスイが話す。

「素振り?」

くすりと電話口でコハクが笑う。それがまた耳にくすぐったく、甘い気持ちになる。

「ね、ヒスイ。このまましてみる?」

「え?何を???」

鈍感なヒスイの返答に、コハクは再びくすりと笑い、言った。

 

 

「電話で、えっち」

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