39話 バスルームの彼と彼女
ヒスイ、アイボリー、マーキュリーが転入して半日が過ぎた。
報告会を兼ね、お昼は3人で食べる約束をしていた。
ここは、勉強好きばかりが集まったような、風変りな学校で。
お洒落な制服の割に、浮ついた感じが全くない。
生徒の大半は、昼食の間も、単語帳片手に食事を摂っている。
健全な光景とは言い難いが、美形に目もくれないので、行く先々で目立っていた3人にとっては、有難い環境だった。
そして、屋上では。
「この学校、面白いね!」
生き生きと、ヒスイが語る。ヒスイもまた勉強好きであるため、意外なほど馴染んでいた。
「確かにちょっと変わってるよな。メガネ率高ぇし」
それにしても腹減った、と、アイボリー。
それはヒスイも同じだったが、実はまだマーキュリーが来ていないのだ。
先に食べる訳にもいかず、とりあえず弁当の蓋だけ開けて、中身の確認。
「コハクの弁当、今日も旨そうだぜ・・・」
「うん!私っ!お兄ちゃんのお弁当大好き!!」
それぞれの好みに合わせつつ、しっかり栄養バランスも考えられている。
見た目も味つけも、コハクの手作り弁当を超えるものはないと思う。
相当手間がかかっているであろうことは、子供でもわかる。
「俺、コハクが寝てんの見たことねぇわ」
「私もほとんどないよ」
家事に、仕事に、育児に、夫婦の営み。
すべてをこなしているのだから忙しいのは当然だが。
「コハクって、ちゃんと寝てんの?」
「たぶん」と、答えたヒスイでさえ、疑問だったりする。
「じゃあさ!今度、コハクの寝顔、盗み撮りしてやろうぜ」
「やるやる!私もお兄ちゃんの寝顔見たい!」
こうして2人が盛り上がっているところに。
「すいません、遅くなってしまって」
マーキュリーが姿を見せた。
持参した眼鏡で見事に溶け込み、情報収集に励んでいたのだ。
「なにせ進学校だから、クラブ数自体が少なくて」と、マーキュリー。
魔術や召喚術、人間にとっての超常現象を研究するクラブの存在を聞き出すのも、ひと苦労だったという。
「それで見つかったの?」
弁当をせっせと口に運びながら、ヒスイが問う。
「はい。見つかったには見つかったんですが・・・女性の入部を認めていないらしくて」
“女子、立ち入るべからず”の看板が掲げられているらしい。
「ええっ!?何よ!それっ!!」
ヒスイが顔を上げる。
口元に付いている玄米の粒を、アイボリーが横から摘んで食べ。
「何とかなんねぇの?」と、マーキュリーを見た。
「とにかく、放課後、部室に行ってみようと思うんだけど」
「「あ」」
マーキュリーの発言に、アイボリーとヒスイが顔を見合わせる。
「今日は無理だわ、俺・・・」
「あっ!私もっ!ごめんね、まーくん」
「いえ・・・」(・・・・・・)
なんとなく、2人の様子がおかしいな、とは思ったが。
にっこり、得意の作り笑顔でマーキュリーは言った。
「じゃあ、僕だけで行ってきます」
放課後。2人はモルダバイト城下へと繰り出した。
何軒かコスメの店を巡り、ヘアカラーを購入。
「・・・で、結局ここかよ」と、アイボリーが仰ぎ見る。
そこは・・・勝手知ったる、国境の家。
「だって他にないじゃない」
「だよなー・・・」
オニキスもスピネルもまだ仕事から帰っていない。
合鍵を忘れたとヒスイが言うので、家の周辺を散歩すること30分・・・
「ママ、あーくん、どうしたの?今日は・・・」
先に帰宅したスピネルに声をかけられ。
「あの・・・お風呂貸してくれない?」
いきなり、ヒスイが切り出す。
「お風呂?構わないけど・・・」
不可解な申し出だ。スピネルは軽く首を傾げた。
(本当にどうしたのかな?あーくんはパイナップルみたいな髪型してるし・・・)
ヒスイは小さな紙袋を大事そうに抱えている。
とにかく2人とも、ソワソワと落ち着かない様子なのだ。
制服のまま、というのがまた気にかかる。
「・・・・・・」(パパに連絡した方がいいのかな)
腕時計を見るスピネル。じき、オニキスが帰宅する時間だ。
(オニキスに相談してからにしよう)
湯の準備ができたことをスピネルが告げると。
早速2人はバスルームに向かった。
「の、覗かないでね?」
ヒスイが何度もそう念を押し、扉を閉める。
それから間もなくして。
「なんだ?この匂いは・・・」
帰って早々、眉を潜めるオニキス。これは・・・染料の匂いだ。
「今、ママとあーくんがお風呂に入ってるんだけど・・・」
スピネルも、この匂いには気付いていた。
「もしかしたら、髪を染めてるんじゃないかな」
「・・・なんだと?」
一度は心に沈めた“疑い”が、再び浮上する。
紳士らしからぬ振る舞いだが、今は構ってなどいられなかった。
スーツ姿のまま、バスルームに突入。スピネルも後に続く。
「!!」(銀髪!?)
初めての毛染めに手こずり、アイボリーのつむじはまだ白いまま。
ヒスイは、添付の説明書を手にぽかんとしている。
「・・・お前達、何をしている」
「何って・・・」
「「白髪、染めてるんだけど?」」
親子が声を揃える。至って真面目に。
「この歳で白髪とか、恥ずかしいじゃんか。だから皆には内緒で・・・」
肩にケープを羽織ったアイボリーが弁解し。
そうそう、と、ヒスイが隣で頷く。
・・・どうしようもないくらい、おめでたいコンビだ。
深い溜息の後、ついにオニキスの形相が変わる。
こんなに感情がざわつくことは、久しくなかったように思う。
「コハクに話を聞かねばなるまい」
低く押し殺した声で言って、身を翻す。
「えっ・・・ちょっ・・・オニキス!?」
バスルームからヒスイが追って出る、が。
「結界!?」
見えない壁に阻まれ、敷地の外へ行けなくなっていた。
国境の家周辺に張られたそれは、ヒスイとアイボリーを閉じ込めるためのもので。
「オニキスってば!!なんでそんなに怒って・・・」
「ママ、本当にわからないの?」
スピネルが気の毒そうに言った。
「あれは白髪じゃなくて、銀髪だよ。ママと同じ」
「!!!!!」(あーくんて、銀髪だったの!?)
知らされたと同時にパニックになったが、それでもヒスイは見えない壁を叩き、オニキスを呼び止めた。
「オニキスっ!!待って!!私が・・・」
「私がやったの!!お兄ちゃんじゃない!!」
「・・・・・・」
足を止め、オニキスが振り返る・・・怒りに満ちてはいても、冷静さは欠いていない。
見ると、ヒスイの目は泳ぎまくっていて。嘘をついているのは明らかだった。
「えっと・・・その・・・あっ!そうそう!だからこうしてこっそり染めようと・・・」
悪いのは私だから〜と、必死に訴えるが。
オニキスは無言のまま、背を向け。ヒスイの視界から消えた。