38話 青春とはほど遠く
裏庭にて。
「やあ、おはよう」
野菜でいっぱいの籠を脇に抱え、コハクが挨拶をした相手は―人型のシトリンだった。
「ずいぶん早いね」
「ああ、母上の制服姿を一目見たくてな。さぞ可愛かろう」と、シトリン。
想像するだけで、コハク似の美しい顔がデレる・・・
シトリンが、こうしてコハクのもとに足を運んだのは、所用あってのことだが、明らかに、先に述べた目的を兼ねている。
「くすっ、折角だから、朝食も一緒にどう?」
「ああ、そうさせてもらう」
「ところで、例の件だけど―」と、コハクが話を切り出した。
「“奴”か。今のところ、特に変わった様子はない」
「そう、ならいいんだけど。“彼”を捕まえるまで、引き続き、見張りをお願いできるかな」
「ああ、任せておけ」
こちら、アイボリーの自室。
「これって・・・もしかして・・・」
ごくり、唾を飲む。
それから、真剣な表情で鏡を見つめ・・・一言。
「“白髪”じゃね?」
「やべぇ・・・」(老化早ぇぇぇ!!!)
一度は整えた髪を掻き乱す。再びつむじを確認したところで、結果は同じだった。
「カッコ悪ぃ・・・誰にもバレねーうちに、自分で染めるっきゃねーけど」
(ヘアカラーとか、どこで売ってんの???)
「そもそも俺、金ねーじゃんか・・・」
アイボリーが考えあぐねていた、その時だった。
「あーくん、そろそろ朝ごはん・・・」
ヒスイが無断で扉を開け。
「!!」色違いのつむじを目にした瞬間、驚きで立ち尽くした。
「うげ・・・ヒスイ!?」
とにかく中入って、と、ヒスイの腕を引くアイボリー。
1階に響かないよう静かに部屋の扉を閉め、鍵をかける。
「まーくん・・・それ・・・」
言いにくそうに、ヒスイが口を開き・・・一言。
「“白髪”よね?」
どうしちゃったの!?と、アイボリーの両手を握り、こう続けた。
「何かショックなことでもあったの?」
異世界の歴史を綴った本で読んだことがあるのだ。
心理的ショックから、一晩で白髪になった女性の話を。
アイボリーも、その第一段階ではないかと思ったらしい。
「・・・・・・」
(夕べヒスイでヌキまくったけど・・・)
ショックというより快感だった。
詰め寄られても、他に心当たりなどない。
「なあ、ヒスイ。どっかでこっそり染めらんねーかな」
できればあまり人には知られたくない旨を話し、協力を仰ぐアイボリー。
「んー・・・」
ヒスイは人差し指を顎にのせ、しばらく考えていたが。
「わかった!私に任せて!」と、胸を叩いた。
「じゃあ、放課後ね!」
「おう!頼むわ」
親子コンビがキッチンへ顔を出すと、そこにはすでにシトリンがいて。
「・・・なんだ、そのパイナップル頭は」と、アイボリーに向け、言った。
つむじを隠すために仕方なく、頭のてっぺんに髪を集め、結んだのだ。※ヒスイの提案。
「ね、寝癖が直んなくてよ」
苦しい言い訳をするアイボリー。おかしなことになっているのは重々承知だ。
(俺だって嫌だっての!こんな頭・・・)
しかし。ヒスイを見ると、艶々ほっぺの得意顔で。
(くそ・・・超絶に可愛いじゃねーか・・・)
アイボリーは、ヒスイ推奨のパイナップルキャラでいく決心をした。
「それにしても」と、再びシトリン。
「アホにしか見えんお前が“できる”というのが、不思議でならん」
“できる”というのは、勉強のことである。
今回の潜入先は、超が付くほどの進学校で、コネがあっても学力がなければ入学を認められない。ヒスイも、マーキュリーも、アイボリーも、実績から事前審査にパスしていたのだ。
首を傾げるシトリン。そこでヒスイが。
「いいじゃない!アホでも!パイナップルでも!あーくんはあーくんなんだから」
「いやだから俺、頭いいんだって。勉強する癖ついてんだよ」
「勉強する癖、だと?」
勉強嫌いのシトリンからすれば、信じられない話だ。
「そういえば、夏休みの宿題もきちんと終わらせるもんね。ジストもアクアも毎年ギリギリだったのに」
つまらなそうに、ヒスイが口を尖らせる。
子供の宿題を手伝うのが、楽しみのひとつだったのだが、この双子に関しては張り合いがない。
「だってまーがさ、きっちり予定表作って・・・ほら、あれあんだろ、罰ゲームとかで、全身に電流走るヤツ。予定通りこなさねーと、あれでビリビリされんの」
「へー、まーくん凄いね!いつ作ったの?」
(母上ぇぇぇ!!!会話を広げる方向がおかしいぞ!!あーが虐げられているというのに、まーを褒めるのか!?)
「トパーズ兄さんに教わって、初めての自由研究で作ったものなんですけど、意外と役に立ちました」
にっこり、マーキュリーが答える。
(兄上とグルか!!理系の男はどうしてこう底意地が悪いのか・・・)
「シトリン姉さん、何か?」
「少々やりすぎではないか?」というシトリンの意見に。
マーキュリーは躊躇いもせず、笑顔で言った。
「これもあーくんのためですから」
「・・・・・・」(歪んでるな・・・こいつはキケンだ・・・)
ジストのように優しくもなければ、甘くもない。見た目とは正反対のドS気質。
(発情でもしたら・・・ただでは済むまい。ああ・・・母上・・・)
そんなシトリンの心配をよそに。
ヒスイは・・・しつこくマーキュリーの額を狙っていた。
「まーくん!隙ありっ!」
家族6人揃っての朝食を終え。出勤の時間となった。
「いってくるね、お兄ちゃん」
背伸びして、キスを待つヒスイ。
「僕も後から行くからね」
ちなみにコハクは教育委員会から派遣された視察職員として潜入予定だ。
適当な肩書きだが、ある程度自由に校内を歩き回ることができるため、当然、ヒスイ所属の教室に足繁く通う気でいる。
ちゅっ。
キスが済むと。
「行こうぜ!」
早速、アイボリーがヒスイを連れ出し。
「あっ!ヒスイ!オレ、鞄持つよっ!!」
見えない尻尾を振って、ジストが追いかける。
「若者は元気だな」
青春、青春、と、シトリンが空を仰ぐ。その傍ら。
「そうですね」
返事をしたマーキュリーは走り出す様子もなく。
「・・・お前は参加しないのか?」
探るように、尋ねるシトリン。すると。
「僕は、青春とはほど遠いですから」との返答。
穏やかに微笑む一方で・・・
(な、なんだ!?このドロドロのオーラは)
シトリンを戦々恐々とさせる。
「お、おい、大丈夫か?お前・・・」
「大丈夫ですよ」と、マーキュリー。
「心配ですか?僕が、“銀”だから」
「!!い、いや・・・その・・・すまん」
「いえ、構いません。仕方のないことですから」
マーキュリーはまっすぐ前を向き、朝日の中、先を走るアイボリーを見ていた。
「・・・・・・」
月の光が、銀の髪を美しく彩るならば。
陽の光は、金の髪を美しく輝かせる。
「・・・僕も、金の髪だったら良かったのに」
「まー・・・」
それは―年相応の、呟き。
弟の肩を抱いて、シトリンが笑った。
「私と逆だな」
「え?」
「もうすいぶん昔の話だが―」
『私も、銀の髪だったら良かったのに』
「―と、思ったことがある」
「どうして・・・」
「単純な話だ。母上のように愛されたかった」
「・・・・・・」
「叶わぬこととわかっていても、あの頃は、ずいぶんと羨んだものだ」
青春を振り返り、力強く語るシトリン。
「だがな―」
「“これで良かった”と、思える日が必ずくる」
「何があったか知らんが、それまでヘバるな」
「・・・はい」