World Joker/Side-B

68話 愛を知る獣



意識が白く飛んでゆく直前に。
チクリと痛んだのは、マーキュリーの噛み跡。
全身が赤く上気しているために、目立たなくなっていたが、確かにそこにあって。
快感の中に鋭く割り込んできた。

(まーくん・・・おいかけなきゃ・・・ぱんつ・・・)

そうは思っても、瞼が落ちてくる。
強制シャットダウンだ。

「・・・・・・」

ヒスイの首筋に注がれるコハクの視線。
そこにある噛み跡には当然気付いていた。

(まーくん、ストレス溜まってるみたいだなぁ・・・)

コハクの口から軽い溜息が漏れる。

(あーくんみたいに真っ向から勝負を挑んでくれる方が、僕としては有難いんだけど)

・・・と、その時。

「しょうがないじゃん、お前に似たんだろ」
「・・・クーマンさん、心の声、読まないで貰えます?」
「外ヅラいいけど、厄介なとこあるよ。ま、お前ほどじゃないけど」
「ああ、なるほど」いきなりコハクが笑い出す。
「おいおい、何笑ってんだよ」
「自分と似ている部分を見つけると、嬉しいものですね。たとえそれが、短所だったとしても・・・」

「やっぱり親子だなぁ、って思います」
 

その頃、マーキュリーは・・・
だいぶ歩いた気もするが、合流には至らず。

(リヴァイアサンが近付いてきてる、っていう話だけど・・・)

その気配も今はまだ感じられなかった。

「・・・・・・」

振り返れば、幻獣会が見える。
ヒスイはきっともう、コハクの腕の中にいるだろう。
考えるのも嫌だった。
視線を逸らすようにして、マーキュリーが前を向く・・・と、そこには。

「トパーズ兄さん・・・」

魔界の荒野に長男トパーズが立っていた。

「噛み付いてやったか?」と、トパーズ。
「どうしてそれを・・・」
「噛むと美味い。あいつは」
「・・・そうですね」
(トパーズ兄さん・・・)

同じ銀の髪。
際立って美しいのはやっぱり夜だ。
歳の離れた兄弟ということもあり、尊敬と畏怖の念を抱く存在だった・・・が、今はなぜか身近に感じる。
取り繕う必要もないように思えた。
マーキュリーは一言。

「泣かせたくなります」と、微笑み。
「もう一生、あのひとしか愛せないと思うと、滅茶苦茶にしたくなります」
「・・・・・・」

トパーズは、黙って煙草に火を付けた。
二人の間に、静かな煙が流れる・・・しばらくして、マーキュリーが口を開いた。

「・・・僕はずっとあのひとのことを“お母さん”と呼んできました」

“もう、お母さんとは呼べない”

「と、言ってやったら、どんな顔をするか、見てみたいと思いませんか?」
「・・・・・・」
「それだけじゃない。犯して、傷つけて ―」

“こうなるのが嫌だったら、産まなければ良かったんだ”

「そう、言ってやったら?最低最悪でしょう?」
「・・・・・・」
「色々考えてたんですよ。でも・・・」

「それが、できなかった」
「・・・・・・」
「憎めないんです」

そう口にして、笑顔を歪めるマーキュリー。

「ずっと一緒に暮らしてきたんだ。あのひとのダメっぷりに、とばっちりを食らってばかりでも。あのひとの傍で、たくさん笑った」

始めから・・・愛しかない。
憎みたくても、憎む理由が見つからないのだ。

「だから僕は、トパーズ兄さんとは違う」

トパーズの生い立ちを知っている口ぶりだった。
冷たい空気の中、マーキュリーの澄んだ声が響く。
一方、トパーズは鼻で笑い。

「それはそれで面倒だな」
「!!何を言って・・・」
「憎しみがあろうがなかろうが、“欲しい”気持ちは変わらない。手に入らない悔しさも」
「それは・・・」

トパーズに指摘された通りだった。
嫉妬心も独占欲も、心の中に深く根付いていて。
それらを完璧にコントロールできるほど大人でもない。
嫌と言うほど自覚はあった。

「・・・・・・」

唇を噛むマーキュリーに、近付いてくるトパーズ。
そして、すれ違いざま。

「手を出せ」

あるものを、マーキュリーの手のひらに落とした。

「!!トパーズ兄さん・・・これは・・・」
「この一件が片付くまでに、どうするか決めておけ」
「・・・はい」

そう返事をしたあと、マーキュリーはトパーズを呼び止めた。

「待ってください。リヴァイアサンのことで・・・」
「オレには関係ない」

トパーズは耳を貸そうとしなかったが、それを承知でマーキュリーは尋ねた。

「他に、総帥を楽にする方法はないんですか?」
「・・・ないこともないが」

「それは、あいつらが決めることだ」
 
 

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