World Joker/Side-B

69話 偏愛主義



「どういうことだよ、これ」

と、アイボリー。
レムリアンシード=タラスクスの首に跨り、今は、雲の上を飛んでいる。
魔界の遙か上空へ逃げてきたのだ。

「見ての通り、僕らはリヴァイアサンに追われている」

レムは相変わらずのインテリ口調で答えたが、羽根に火傷を負っていた。
箒星が如く流れてくるリヴァイアサンの炎に嬲られたのだ。
これだけの傷で済んだのは、タラスクスが高い防御力を誇る竜だからである。

「・・・“嫉妬”が好物って聞いたんだけど、俺」
「その通り」

と、レム。
上質な“嫉妬”により、リヴァイアサンが予想以上に近くまで来ていた。

「だからこそ、僕らが見つかってしまった訳だよ」
「ベヒモスの奪還から手を引く ― なんて、お前が言うから、怒らせたんだろ。親子なんだから、もうちょい話し合うとか・・・」
「君の家庭ではそうなのかな?」
「・・・いや、お仕置きされる」

「けど、“暴力”じゃないぜ?」
「・・・君は何か勘違いをしているようだ。僕らは、父子関係に“位置づけ”されているだけであって、創ったのは神。君の思う親子とは全く異なるのだよ」

ついでに言うと〜と、レム。

「リヴァイアサンとベヒモスは、対になる悪魔ではあるけれど、夫婦関係ではないし」
「そうなの???」
「ちなみに、僕の母は別の悪魔だ。それも“位置づけ”されたにすぎないけれどね」
「・・・なんつーか、家庭環境複雑だな」

アイボリーが頭を掻く。

「・・・んで、結局お前どーすんだよ」
「どうもしない。ただ、見届けたいだけさ」

ベヒモスを喰った人間の選択を。


幻獣会。本の中の、夫婦の寝室では。

「ヒスイのこと、お願いできますか、クーマンさん」

と、コハク。
片手が不自由にも関わらず、きっちりアフターケアを済ませ、自分も服を着る。

「ゆっくり休ませてあげてください。それから、目覚めたらこれを」

そう言って、クーマンに手渡したのは、ヒスイご所望のパンツだ・・・が。

「あはははは!!なんだよ、これ。布ないじゃん」

メノウそのものの笑い声が響く。
赤と黒の大人な色合い。ごく僅かなレースと紐で構成された・・・つまりは、観賞用のセクシーランジェリーだ。
しかも股割れタイプで、隠すべきところが隠れないようになっている。

「ヒスイに怒られるぞー」
「でしょうねぇ・・・でもまあ、非常用ですから」

コハクはニッコリと笑い。

「穿くしかないよね?ヒスイ」

眠るヒスイに語りかけ、ちゅっ。キスをした。そして。

(楽しみだなぁ・・・)と、密かにデレる。

「・・・さて、と、次はこっちですかね」

鎖で繋がれた左手の先へ目を遣るコハク。

「動けますか?」「なんとかね」

一転して生気をなくした様子のセレに肩を貸し、本の外へ ―

「・・・・・・」
(わざと、としか思えないんだけど)

コハクは横目でセレの状態を見ながら。

「・・・ベヒモスに喰わせすぎじゃないですか?」

と、言った。

「私は独り身だからね、生きるも死ぬも気楽なものだ」
「教会はどうするんですか、本気でまーくんを後継者にするつもりじゃないでしょう」
「悪くはないと思うのだがね」

セレはだいぶ衰弱していて、話すのも辛そうにしていたが、それでも笑顔を浮かべ。

「しばらくはトパーズを後見人にするというのはどうかね」
「本命はトパーズですか、ひどい人だ」

言葉とは裏腹に、コハクが笑う。一方、セレはこう話した。

「彼は常に人間社会に身を置いているだろう。人間が、どんな生き物かよくわかっている。君も大した観察眼だが・・・」

「なにせ、偏愛主義だ」

「人の上に立つ才はあるのに、残念だよ」
「賢明な判断だと思いますよ」

コハクは睫毛を伏せ、静かに微笑んだ。
それから、

「お喋りはここまでにしましょうか」

と。例の本の1ページを、黒く塗り潰し、セレの方へ向けた。

「侵食が進んでる」

「― 調教の時間だ」


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