World Joker

番外編 三部作/一作目

好きでいさせて

三つ子兄弟(ジストメイン)他

2月14日といえば、バレンタインデー。

エクソシスト教会でも、若者達が浮き足立つ。
特に教会一のモテ男子であるジストにとっては、忙しい一日だった。
次々と呼び出されては、チョコレートを差し出される。
ジストはまず「ありがとう」と、礼を述べてから。
「オレ、好きな子いるんだ。それでも良ければ、受け取るけど・・・」
もう何年も、この繰り返しだ。
手元のチョコレートはどんどん増えるが、ジストにとって本命の――ヒスイからのチョコレートがまだだった。
故に、ソワソワ・・・
(教会に来るって言ってたよな?)
「――あ!ヒスイっ!!」
廊下を歩いてくるヒスイのもとへ、駆け寄るジスト。
「はい、これ、ジストの分」
ハッピーバレンタイン!そう言って、無邪気に笑うヒスイにキュンとする。
「今年はね、アクアと一緒に作ったんだよ」と、ヒスイ。
中身はいつもの、う○こチョコだが、綺麗にラッピングしてある。
ラグジュアリーな柄がプリントされた袋型のビニールフィルムをリボンで結び。
“ジストへ”と記された、ペーパータグがついていた。
「ありがとっ!!ヒスイっ!!」ジスト、大感激。
「なるべく早く食べてね」と、ヒスイもご機嫌だ。←会心の出来と思っている。
「じゃあ、またね!」手を振るヒスイに。
「うんっ!」デレデレとジストが手を振り返す。


その様子を影から見ている者がいた。


ジストに片思い中の乙女、クリスタル。愛称クリス。
イズとジョールの長女で、黒髪エアリーボブの太眉眼鏡っ娘だ。
現在、アクアとエクソシストのコンビを組んでいる。
ちなみにコードネームは『金蘭之契』だ。
「はぁ・・・」
内気すぎる性格から、クリスは毎年チョコレートを渡せずにいた。
今年こそは!と意を決するも。なかなか踏み出せない。
その時だった。
「ジストさん!?」
ヒスイのチョコレートを口にしたらしいジストが、突然倒れた。
介抱のため、我を忘れて飛び出すクリス。
「ジストさん・・・!しっかり・・・!」
「どうかしたの?」
そこにスピネルが現れた。
所用で教会にやってきたところだった。
ジストの体を抱き起こし、容体を診る・・・と。
「すごい汗だ」(これは・・・ママのチョコ?)
意識はない筈なのに、ジストはそれをしっかり手に握っていた。
「とりあえず、サルファーの部屋に運ぼう」



エクソシスト正員寮――302号室。

「う・・・ん?」
(あれ?オレ・・・ヒスイのチョコ食べて・・・そうだ・・・メチャクチャ辛くて・・・)
意識を取り戻した途端、ゲホゲホと激しく咽るジスト。
「あの・・・だいじょうぶ・・・ですか・・・?」
クリスが水を差し入れる。
「サンキュっ!」
ごくごくとそれを飲み干してから、ここがサルファー宅であることに気付く。
「クリスが運んでくれたの?まさかなっ!」
「あの・・・それは・・・スピネルさんが・・・」
「ジスト、気付いた?」と、そこでスピネル。
サルファーも様子を見に来た。
「何、お前、あの女に毒盛られたって?」
「毒じゃない!チョコレートだよっ!!」
「気絶するようなのが?」
サルファーもスピネルもヒスイからチョコレートを渡されていたが、食べていなかった。
特にサルファーは・・・
「やっぱり、“捨て”だな、あの女のチョコなんか」
「!!何言ってるんだよっ!!」
普段は温厚なジストが怒る。
「だったら寄越せよっ!オレが全部食べるからっ!!」
「食えるもんなら、食ってみろよ」と、サルファー。
恒例すぎる二人の喧嘩風景に、スピネルは苦笑いで。
「二人とも――女の子の前だよ」と、声をかけた。
そこには、戸惑った様子のクリスが。
「あ、わりっ!」
ジストは、すぐにいつもの調子に戻り。
「あの・・・わたし・・・そろそろ・・・行きます・・・ね」


「待てよ」


クリスを呼び止めたのは、サルファーだった。
「チョコ、渡さないのかよ、こいつに」
クリスが、ジストに想いを寄せていることを、ずいぶん前から知っていたのだ。
「へ?」
ジストはポカンとしている。
「あっ・・・いえ・・・わたしは・・・そんな・・・」
咄嗟に誤魔化してしまうクリス。これも性格だ。
「失礼しますっ!」ペコリ、頭を下げて。逃げるようにサルファーの部屋から出て行った。
「ねぇ、ジスト」と、スピネル。
「クリスのこと、どう思ってる?」
「アクアの親友だろ?昔よく一緒に遊んだし!いい子だよなっ!」
するとサルファーが。
「お前、結構残酷だぞ」


そういうところは、あの女に似てるのかもな。


と、吐き捨てた。
「何だよ、それ」
自分のことならともかく、ヒスイを引き合いに出されるのは不快らしく、ジストは再び眉を顰めた。
「いつまでもフリーでいるから、女どもが諦められないんだろ。お前は当たり前のように告白を断るけど、断られた方はどっかで泣いてるぜ?」
「っ・・・」
「言い過ぎだよ、サルファー。話を振ったボクも悪かったけど」
スピネルが仲裁に入る。
「ジストの対応は間違ってない。きちんと断るのも優しさだよ」
「そういう優しさが誤解を招くんだろ」
スピネルとサルファー。二人の間に不穏な空気が流れる。
自分のことで言い争っている二人を見ているうちに、ジストはいたたまれない気持ちになって。
「二人共ごめんなっ!!」
オレのことはもういいから!と。サルファー宅を飛び出した。

・・・その先で。

「じい・・・ちゃん?」
「よっ!」
祖父メノウと出会った。
「じいちゃん・・・オレっ!!」
メノウの両手を握り、いきなり恋愛相談。
ジストにとって、メノウはいつだって“頼れるお祖父ちゃん”なのだ。
「じいちゃん、オレ、苦しい。誰も傷つけたくないのに、ヒスイを好きでいると、誰かを傷付ける」


「それでもやっぱり、ヒスイのことが好きなんだ」


するとメノウは。
「あんま大袈裟に考えんなよ」
何事かと思った――と。ジストに顔を近付けて笑った。
「傷ついたり、傷つけられたり、ってのはさ、恋愛の性質でもあるんだよ」
「じいちゃん・・・」
「ヒスイの周りなんか、傷ついてボロボロの男ばっかじゃん。お前もそのひとりだろ?」


「それって、ヒスイのせいだと思う?」


「思わないっ!ヒスイは父ちゃんのことが好きなだけだ!」
「だろ?誰が悪いって話じゃないんだよ」と、メノウ。
「それぞれが、自分の気持ちに正直であれば、恨みっこナシ・・・」
そこまで言ったメノウが、急に膝を折った。
「じいちゃん!?どうし・・・」
余裕をなくしていたため、気付くのが遅れたが、メノウはひどく熱っぽい顔をしていた。
「ヒスイのチョコさぁー・・・なんか、すっげぇー辛・・・かったの・・・俺だけ?」
「じゃないよっ!じいちゃんっ!しっかりっ!!」



ダウンしたメノウを教会の医務室に運び。
神魔法で回復を試みたが、なぜかあまり効果がなかった。
“激辛食物”に対するショック症状が出ているだけで、命に関わるものではなく。
付き添いは不要、と、常駐医師に追い出され。
「えっと・・・そうだっ!」

今年に限って、なぜチョコレートが激辛なのか。

(とにかく調べなきゃっ!)
廊下で助走をつけ、ジャンプ。
「ヒスイんとこ、飛べっ!」


――ドサッ!!


着地点は、三階建ての家だった。
最後の被害者、もとい・・・トパーズを探して。ヒスイが来ていたのだ。
生憎ここでもトパーズには出会えなかったようで。
ヒスイはL字ソファーでひと休み。
自分用のチョコレートをバックから取り出し、今まさにそれを口に入れようとしていたところだった。
「!!ヒスイ!!危ないっ!!」
「え?ジスト???」(危ない?)
激辛の脅威からヒスイの身を守るため、なりふり構わずチョコレートを取り上げるジスト。
その勢いで、ヒスイを押し倒してしまう。
チョコレートは方々に散らばり・・・
「ジスト?どうしたの?」と、目をぱちくりするヒスイ。
ジストはヒスイの両手首を掴んだまま。
「乱暴してごめんっ!そのチョコっ!全部オレにちょうだいっ!死ぬほど旨かったからさ!」
矢継ぎ早なジストの言葉に、ヒスイは驚いた顔をしていたが・・・次の瞬間、嬉しそうに笑った。
ふわり、甘い匂いが漂う。
「いいよ!全部あげる!ジストに」
「ヒスイ・・・」(わ・・・可愛い・・・っと、やばっ!!)
恋心全開――指輪の力で体が硬直する。
「あのさっ・・・オレ足攣っちゃって、動けないんだけど」と、ジスト。
悲しいことに、この手の嘘は上手くなった。
上手くなるしかなかった。
(嘘ばっかついて、ごめん、ヒスイ)心の中で謝る。
「ん、いいよ、別にこのままでも」
ヒスイは警戒する様子もなく、ジストの下でじっとしていた。
「今日は早起きだったから、ちょっと眠いかも」と、無防備に瞳を閉じる。
「・・・・・・」(キス、したいな)



だめだって、わかってるけど。



絶対に叶わない恋だと、自分に言い聞かせる時は、いつも胸が痛い。



でもそれが“恋してる”ってことなら。
(痛くても、いいんだ)



だからお願い。




これからもずっと、好きでいさせて――


+++END+++

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