World Joker

番外編 三部作/三作目

マーメイドラブ

クリス、アクア他


バレンタインデーから数日・・・教会はすっかり日常を取り戻し。
ヒスイの激辛チョコを残さず食べ、寝込んでいたジストも職場復帰した。

「ジストさん・・・」(良かった・・・元気そう・・・)←クリス、心の声。
結局、ジストにチョコレートを渡せなかった。
いつも少し離れた場所から、見つめるばかりだ。
「また見てんのぉ〜?」
背後から、アクアが声を掛ける。
「好きならぁ〜、さっさと告っちゃいなよ〜」
「でも・・・」
ジストには“好きな子”がいることで有名だ。
「告白しても・・・無駄だよ・・・アクアちゃん。私は・・・見ていることしか・・・できないから」



人魚姫の恋に、似ている――



「・・・のかも」
「ふ〜ん」と、アクア。
「そうだ・・・アクアちゃんは・・・知らない?ジストさんの・・・好きな子」
「知ってるよ〜、でも、教えな〜い」
「そんなぁ・・・」
コンビを組む二人のやりとりは、いつもこんな感じだ。
「ヒントはねぇ〜・・・」


ジョーシキに囚われずに見てればわかるよ〜。


「クリスはぁ〜、見るのが得意なんでしょ〜?」
「アクアちゃんの意地悪・・・」




「・・・・・・」
ジストの“好きな子”が気になるのは、当然といえば当然で。
アクアのヒントを手掛かりに、ひたすらジストを目で追うクリス。
すると・・・
ジストが積極的に接する女子は、母であるヒスイだけだと気付く。
ヒスイの前で姿勢を低くし、頭を撫でられて嬉しそうにしている。
普通なら。常識的に考えるなら。マザコン。
だが・・・
「・・・・・・」(わかって・・・しまった・・・ジストさんの・・・好きな子)
教会一の美少女で、歌唱魔法の使い手。
一級エクソシストの――ヒスイ。
ロリババア属性のため、クリスよりも幼く見える。
(小さくて・・・綺麗で・・・お姫様・・・みたい・・・)
そうなると益々、自分の立ち位置が人魚姫のように思えた。
(この恋は・・・きっと叶わない)




教会近くのカフェにて。

クリスは、図書館で借りてきた人魚姫の本に視線を落としていた。
ぼんやりと、ページを捲る・・・
そこに、待ち合わせをしていたアクアが現れた。
アクアはテーブルに着くなり。
「まだ、人魚姫が何とか〜て、思ってるのぉ〜?」
「うん・・・」と、クリス。
人魚姫に共感してしまうのだと話す。
「でもぉ〜、クリスは人魚姫じゃないじゃん〜」
「どうして・・・?」
弱々しい声で、クリスが聞き返す。
するとアクアは一言。


「クリスにはぁ〜、声があるでしょ〜」


「!!」(声・・・)
声があれば。結果はどうであれ、気持ちを伝えることはできるのだ。
「ジス兄はぁ〜、見込みないから〜、早くケジメつけちゃいな〜」
そうしなければ、次の恋ができない、というニュアンスでアクアが言った。
「でも・・・」
今の関係が壊れるのが、怖い――告白に於ける、よくある悩みを口にするクリス。
「ジス兄はぁ〜、そんなことで変わったりしないよ〜。ジス兄のこと好きならぁ〜、わかるでしょ〜?」
「うん・・・そうだね」
クリスの顔に控え目な笑顔が浮かんだ。




同日夕刻――教会の告白スポットとして知られている、聖堂前フロアにて。

「急に・・・呼び出してしまって・・・すみません・・・」と、クリス。
「ううん!平気!平気!」と、ジスト。
妹の親友なら尚更だ。にこにこして立っている。
自分がこれから告白されるとは思いもせずに。
一方、クリスは声を出すために、大きく息を吸って。


「私、ジストさんが・・・すき・・・です」


「・・・へ?」
ジストは“好き”の意味を量りかねているようだったが。
「他の女の子と・・・同じように・・・」
クリスが付け加えると、状況を理解し、即座に頭を下げた。
「――ごめんっ!!オレっ!!好きな子がいるんだ!!」
「知って・・・います」
クリスは精一杯の作り笑顔で。
「アクアちゃんに・・・ケジメをつけるように・・・言われました」
「そっか、アクアが・・・」ジストが呟く。それから。
「オレさ、好きになっちゃいけない子を好きになったんだ。その子に迷惑かけたくないから、名前は言えないけど。オレにとっては一生にひとりの、大切な子なんだ。だから・・・」
「いいんです。気持ちを・・・伝えたかっただけ・・・ですから」
笑顔のまま、クリスが見上げる。


「ジストさんも・・・頑張って・・・くださいね」





「はぁ・・・」
その場に残されたジストが息を洩らす。
(泣かせちゃった・・・かな・・・)
クリスが無理をして笑っているのはわかっていた。
それでも、ジストには“断る”以外の選択肢がないのだ。
「・・・・・・」
メノウの励ましを受けても。
サルファーが放った言葉が消える訳ではなく。
「オレ・・・やっぱ残酷なのかな・・・」と、俯いた、その時。


「そんなことないよ」


「わ!?スピネル!?」
「ごめん、タイミングが悪かったみたいで」
告白現場を目撃してしまったというスピネル。
三階建ての家に見舞いに行ったのだが、出勤したと聞いて、教会に様子を見に来たところだった。
「女の子って、結構強いよ。泣くだけ泣いて、立ち直ることができるから」
気にしすぎは良くない、と。いつもの元気がないジストに、笑顔でそう話し。
沈む夕日に目を遣りながら、続けて言った。
「好きな人の気持ちを得ても、失ってしまうことだってあるし。新しく得るために、失わなくちゃいけないことだってある。だけど――」


「失う痛みより、得る喜びの方が大きいから、人はまた恋をするんじゃないかな」


「スピネル・・・」
「クリスも――ジストに振られた子達も、そうだと思うよ」
「・・・だったらいいなっ!」
「うん」





こちら、クリス。

泣き腫らしながらも、すっきりした顔で廊下を歩いていた。
その足は、図書館へと向いている。
人魚姫の本を返却するつもりなのだ。



人魚姫の恋に、似ている――



(・・・なんて・・・思い上がりも・・・いいところ)


『クリスは人魚姫じゃないじゃん〜』


(本当に・・・そう。私は・・・人魚姫じゃない)
「失恋しても・・・泡になんて・・・ならないし」
また恋をするのも、怖くない。
足を止め、外した眼鏡を拭きながら、くすりと笑う。





ありがとう・・・アクアちゃん。




さようなら・・・人魚姫。

+++END+++

ページのトップへ戻る