世界に春がやってくる

短編(No.23-2)

メノウ一族

※こちらの作品は『世界に咲く花』と『世界に春がやってくる』を読破された方向けです。


[後編]


三番手。
オニキス&シトリン組。

「・・・っと」

慣れない着物に苦戦するシトリン。

「私にはハッピがお似合いだな」

思うように歩けず、溜息と苦笑い。

『手でも繋ぐか』

「昔のように」

と。
穏やかな声と共に差し伸べられたオニキスの手。

「な、何十年前の話だ!!」

狼狽えたシトリンが声を荒げた。
それは中学に上がるまでのこと。
異性として意識し始めてからは自然と避けるようになっていた。

「また・・・子供扱いか」
(こんな風に甘くされると、思い出してしまうな)

自分はこの人に育てられたのだと。
好きだった仕草。声。匂い。
そんなものと一緒に、淡く切ない気持ちになって。

「だめだ!浮気はできん!!」
(ハッ!!私は今何を!?)

自分でも耳を疑いたくなる程、恥ずかしい発言だった。
育ての親であるオニキスと、今ここで手を繋いだところで浮気にはならない。
そういう段階の話ではないのだ。

(うぉぉ!!このまま走り去りたい!!)

いっそ猫に戻ってしまおうか。
悶える心。
そこにオニキスの笑い声が届く。

「そうか」

シトリンの頭を一往復だけ撫でて。

「転びそうになったら、どこへでも好きな所へ掴まれ」

それならば浮気にならないだろう、と言った。

「あ・・・ああ、すまんな」

一歩下がってオニキスの後に続くシトリン。

(オニキス殿・・・)

何年経っても変わらない優しさ。
今、猫に戻るのは少しだけ勿体ない気がした。

「・・・・・・」
「オニキス殿?」

それから間もなく、オニキスの歩みが止まった。
胸に感じる尋常ではない鼓動。
ヒスイのものだ。

(まさか・・・怖がっているのか?)

ジストと二人のコンビでは確かに頼りない。

(それとも何か・・・)

次第に心配が募る。

「オニキス殿?どうかしたのか?」
「・・・ヒスイの様子がおかしい」
「母上がおかしい?」
(いつもの事では・・・)

そう思いつつも、人の良さから。

「ならば急いで母上を捜そう!」
「ぎやぁぁぁ!!」

ジストの手を引き、東西南北、無視して走る。
ルートから外れ、森の奥。

はぁ!はぁ!

思っていた以上にヒスイの逃げ足が早く、驚くジスト。
・・・と、同時に。

(ヒスイ・・・手にすごい汗掻いてる)

これまでいっぱいいっぱいで気が付かなかった。

(ひょっとして・・・ヒスイ、オレより怖がり?)

そう思ったら急に恐怖が消え、真摯に“自分がしっかりしなくては”と、思った。
ナイト魂に火が灯る。
一方ヒスイは取り乱したまま、浴衣でも見事な走りっぷりだ。

「わ・・・!!」
「ヒスイっ!危ないっ!!」

池のほとりで足を踏み外したヒスイを、ジストが体を張って押し戻す。
代わりに・・・ドボン!!

「ジスト!?」

池はそれほど深くなく、ジストは自力で陸に上がった。
自分を庇い、ずぶ濡れになったジストを見て、ヒスイの頭も やっと冷えた。

「・・・ごめん」
「平気!平気!オレ泳げるし!夏だし!すぐ乾くしっ!」

それよりも。

「ヒスイが落ちなくて良かったっ!!」

抱き付くとヒスイまで濡れてしまうので、ぐっと堪え。

「ヒスイ、怖かった?」
「怖くないもん!」

ジストの質問にヒスイが不器用な返答をして。
膨れっ面で横を向く。

「ヒスイ・・・」

ジストの手が、ヒスイの頭に乗った。
現在12歳。
ヒスイより背が高くなったから、というのもあるかもしれない。
可愛いと思ったら、頭を撫でたくなったのだ。
それが、ヒスイの勘に障った。

パシッ!

ジストの手を振り払い、上目遣いに睨んで。

「ヒスイ!?どこいくの!?ひとりじゃ危ないよっ!!」

ふぅ・・・。

小走りで池から離れ、ヒスイが呟く。

「“母ちゃん”なのに・・・何でこうなっちゃうんだろ」

理由も述べず、ジストの手を叩いてしまった。

「戻って謝ろ・・・」

即刻反省し、池の方角へ向きを変える。

ガサッ・・・
びくっ!!

体に染みついた恐怖はまだ完全に抜けておらず、葉擦れの音にも冷や汗が出てしまう。
再び心臓が強く脈打つ。

(早くジストの所へ戻らなきゃ・・・)

ヒスイは走り出した。
・・・見当違いな方角へ向け。

「わっ・・・」
「ヒスイ!」

草履の鼻緒が切れ、体が投げ出されたところでオニキスがキャッチ。

「どうした?」

異質な高鳴りを問いただす。

「・・・笑わない?」

心臓を共有する相手に下手な言い訳をしても仕方がないので、ヒスイは正直に話す事にした。

くっくっく・・・

「笑わないって言ったのに・・・」
「それで?墓石が動いて?仏像が笑って?」
「トパーズがのっぺらぼうだったの・・・」
「幻術だろう」
「幻術?誰がそんなこと・・・」

幽霊の正体見たり枯れ尾花、だ。

「ノートにコハクとメノウ殿の名前はあったか?」
「・・・・・・ない」

そこまで言われれば、ヒスイでも気付く。

「もぉぉ!!お兄ちゃんとお父さんはぁぁ!!」

鼻緒を直すオニキスの傍らで、怒り心頭だ。

「そう熱くなるな。戻るぞ」

オニキスの手がヒスイの手を包む。

「・・・ありがと」
「いつもの事だ」
「そうかもね・・・」

(オニキス殿・・・母上・・・)

あの場に留まり、次の組と合流するようオニキスに言われ、一旦別れたものの、じっとしていられない性分から結局後を追ってしまったシトリン。
ヒスイの無事を確認し、一安心したところで、思う。

オニキスとヒスイ。
繋がれた手と手。

『手でも繋ぐか』

・・・と。
わざわざ確かめる必要もないほど二人の距離は近くて。
そう。オニキス殿が私の前で“男”だった事など一度もない。

「父・・・か」

今度“父上”と呼んでみよう。

「どんな顔をするだろうな」

冷静沈着なオニキスもこれにはきっと驚くだろう、と。
哀愁も一段落。
過去の恋は過去の恋。
零れるのは・・・涙ではなく、微笑みだ。

「出てこい、ジン」
「ごめん。その・・・」

初めて出会った時と同じ降参のポーズでジンが顔を出す。

「ちょっと気になって・・・でも、今来たばっかりだから別に何も・・・」

ジンの言った事は本当だった。

「・・・王は?」
「母上のところへ行った」
「そんな顔をするな。もう大丈夫だ」
「そうだな。オレがいる」

力強くジンがそう言って。

「ああ、お前がいる」

シトリンが頷く。
手に手を重ね、歩き出す二人。

「浴衣・・・似合ってるよ、シトリン」
「馬鹿・・・褒めても何も出ないぞ」



本堂にて。
親子のやりとり。

「怖くて楽しかったろ?」
「だから何で“怖い”が“楽しい”になるのよっ!!」

根本的に考えが異なる父メノウを前にヒスイが怒鳴る。

「ごめんね、怖かったよね」

コハクが背中から抱きしめて、メノウの分までひたすら謝罪。
後から聞こえた妙な悲鳴が気になって、ヒスイの後を追ったのだが・・・遅かった。
ヒスイの頭にジストの手が乗ったあたりから。

近くで見ていても、なにせ“犯人”。
様子を伺っている内に後手へ回ってしまったのだ。

「僕等も向こうで花火見ようか」

祭りの最後を彩る花火の時間。
肝試しから引き上げ、皆、思い思いに過ごしていた。
暗い所の方が良く見えるからと言って、雑踏から離れ、明かりのない草むらへ連れ込む。

遠くに山。手前に木がポツポツ生えている場所だ。
空が広く、打ち上げ花火が本当によく見える、穴場。
だが、コハクは全然見ていない。
瞳に映るのは浴衣姿のヒスイだけだ。

「ね・・・ヒスイ。どうすれば許してくれる?」

拗ねたヒスイをキスであやすコハク。
唇はもとより、首筋、耳たぶ、額、瞼に至るまでキスを繰り返す。

「・・・お兄ちゃん」
「ん?」
「肝試し、ね、ホントはすごく怖かったんだけど・・・ジストに弱いって思われたくなかったの」
「ヒスイ・・・」
「怖くて嫌だって、最初から言えば良かったのに見栄張って。結局ジストに助けてもらっちゃった。後でお礼言わなきゃ」
「うん」

腕の中でしんみりとヒスイが語って。

(こんな時、何て言ってあげたらいいのかな)

どんなに怖くても、ヒスイはジストを置いて逃げたりしなかった。

(それだけで充分だと思うけど)

ジストに対しては特に、母親でありたいっていう気持ちが強いんだろう。
“母ちゃん”になりたくて。なれなくて。

「・・・そんなヒスイが好きだよ」
「いきなり何言って・・・」

ポッと、ヒスイの頬が赤くなる。

「ジストもきっとそう思ってる」

乾いた草の上に押し倒し、浴衣の間から手を忍ばせるコハク。

「おにいちゃ・・・花火・・・」

そこで再び唇を重ねる。

「・・・ヒスイのほうが綺麗だ」

花火を背にコハクが言った。
コハクにとっては最初から花火などどうでもいいのだ。



※性描写カット



花火もセックスも終了し、屋台の並びに戻る。と。
一族メンバーが唖然とした顔で二人を迎えた。

「あ・・・ヒスイ、ごめん、ね?」

いち早く状況を察したコハクが“自分の不注意だ”と、平謝り。

「え?お兄ちゃん?」
(夏の屋外は危険だ・・・もうやめよう・・・)

ヒスイの肌に点々と残る赤い模様。
それがキスマークなら今更誰も驚かないが・・・代表してジストが声を張り上げる。

「ヒスイっ!!めちゃくちゃ虫に刺されてるよっ!!?」



帰宅後。

 「か〜ゆ〜いぃぃ」
 「あっ!掻いちゃだめだよっ!!」

ジストは痒み止め軟膏を手に。

 「えっと、こっちが虫刺されで、こっちが父ちゃんのキスマークで・・・」

症状を分別しながら薬を塗ってゆく。

「あれっ?これは?」

肘の擦り傷。

「ん?トパーズに打たれて転んだ時かな」
「打たれた!?何それっ!?」
「別に・・・私が勝手に転んだだけだし」

射的の弾だから大したことはないと、ヒスイは軽く流した。

(兄ちゃんって・・・なんでいつもヒスイの事いじめんだろ?)

鬼畜精神ゼロのジストには理解不能だ。

(好きならもっと大切にすればいいのに)

「・・・ありがと」

今夜は、の意味を込めて。ヒスイが言った。
それから、ジストの銀髪に恐る恐る指を伸ばした。
頭を撫でる・・・まではいかない。
ちょっと髪に触れただけで。

 「え?ヒスイ??」
 「行くよっ!」

すぐに手を離し、ヒスイが立ち上がる。

 「行く?どこに?」
 「ジストの部屋」
 「オレの部屋?」
 「夏休みの宿題、手伝ってあげる」

どうせまだ終わってないんでしょ?と。

 「ホントっ!?いいの!?」
 「うん」

やったぁ!!ヒスイ大好きっ!!


+++END+++

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