COUPLE WORLD
読切
エクソシスター
ヒスイ(12才)は、いつの間にかコハクにエクソシストとして登録されてしまっていた。
ある時、悪魔の復讐を一手に引き受ける役目として“悪魔寄せの珠”の所有者に選ばれてしまう。
訳が分からないまま四六時中悪魔に付け狙われる羽目に・・・
[ 1 ]
今から12年前・・・
伝説となったエクソシストがいた。
どこからともなく現れた“彼”は天使の如き美しさ・・・
右手に魔剣を携えて、一日で何千という悪魔を焼き払ったと言われている。
他のエクソシスト達が、数人がかりで一匹倒していた時分にである。
その“彼”は今・・・
「おにいちゃん・・・何してるの?」
深い森の奥の小さな村。
そこで一番立派な屋敷の、ある一室での出来事。
少女の声。
銀色の髪が窓から差し込む光を受けてキラキラと輝いている。
齢12歳。幼いながらも将来は美人確定の整った顔立ちをしている。
少女はベットの上で“兄”と呼んだ男に足首を掴まれていた。
「ヒスイは知らないかな?ペディキュア」
「ペディキュア?」
ヒスイは、はてなと首を傾けた。
「そう。こうやって足の爪のお手入れをね・・・」
兄の名前はコハクという。
コハクは、ヒスイの足の爪に淡いピンク色のマニュキュアを塗っている。
ヒスイよりは軽く10歳は年上に見える。物凄い美形だ。ただし女顔である。
長い金髪で、しょっちゅう女性と間違われていた。それも慣れたものだった。
小さな桜貝のようなヒスイの爪にうっとりしている。
(あぁ、なんて可愛い足・・・)
コハクはヒスイの足の甲にキスをした。
「ちょっ・・・ちょっとお兄ちゃん!変なことしないでよ」
ヒスイは慌てて足を引っ込めようとしたが、コハクは離さない。
そしてヒスイの反応を楽しみながら、もう一度キスをした。
伝説のエクソシストは今・・・超シスコンになっていた。
とはいえ血は繋がっていない。
シスコンというのは表向きで、つまりはヒスイに惚れているのだ。
12年前、共に最強と謳われたメノウという名の最年少エクソシスト・・・ヒスイはその娘だった。
大切な忘れ形見・・・。赤ん坊の頃からコハクが面倒をみていた。
コハクは歳をとらない。人間ではないからだ。
天使の如き“彼”は、天使だった。
そして天使らしからぬ邪な感情をヒスイに抱いている。
兄としての立場は都合のよい隠れ蓑だった。
「はい。できたよ。マニュキュアが乾くまであまり動かないでね」
「お兄ちゃん、器用だねぇ・・・」
1ミリのはみ出しもない。爪も綺麗に切り揃えられている。
ヒスイは少々気の強そうな顔をしているが、根が素直で兄のいいつけは よく守る。
コハクが洗濯をしに部屋を出て行っても、ベットの上でじっとマニュキュアが乾くのを待っていた。
トン。トン。
玄関の扉を叩く音がした。
「?誰か・・・来た??」
洗濯中のコハクには聞こえないだろう。
玄関はすぐそこだ。
ヒスイは床にそっと足を降ろし、ひたひたと歩いて玄関に向かった。
「・・・はい?」
「こんにちは」
白い神父服を着た男がにこにことした顔でこちらを覗き込んでいる。
額に十字の焼き印があるが、感じのいい男だった。
歳は30過ぎているように思える。
かなりの長身・・・髪をオールバックにし、大人の男の雰囲気を漂わせている。
「君がヒスイ・・・?」
穏やかな声だった。
ヒスイはこくりと頷いた。
「コハクはいるかな?」
もう一度頷いてヒスイは向きを変えた。
「あれ?お客さん?」
コハクが、取り込んだ洗濯物を抱えて廊下に顔を出した。
ヒスイはコハクの後ろに隠れた。
コハクはそんなヒスイの行動を嬉しそうに受け入れた。
ヒスイの肩に手を乗せ、玄関のほうを見る・・・。
「あ!セレさん。お久しぶりです」
洗濯物の入った籠を下に置いて丁寧に挨拶をした。
「大丈夫。怖い人じゃないよ」
(たぶん・・・ね)
コハクはヒスイにそう言い聞かせた。
「居間に案内してあげて」
「うん」
ヒスイはセレを見上げた。セレはヒスイに自己紹介をした。
「私の名前はセレナイト。セレでいい。よろしく」
「・・・ヒスイです」
セレはどう見ても悪人には見えない。むしろ聖人の見本のような男だった。
そんな男に対してもヒスイは愛想が悪い。
人見知りが激しいヒスイは初対面の相手に笑顔をみせることなどまずなかった。
「どうしたんですか。いきなり」
コハクはセレにお茶を振る舞いながら、単刀直入に来訪の理由を訊ねた。
「迷惑だったかな?」
セレは顎の前で両手を組んでいる。
とても落ち着いた口調だ。
「君は引退した身だしね」
「いえ。別に構いませんが・・・」
二人のやりとりをヒスイは疑問に思いながら聞いていた。
(この二人どういう関係なんだろう?)
「お兄ちゃんこの人・・・」
「ああ、教会の創設者の方だよ」
「創設者!?」
(それってすごい偉い人なんじゃ・・・)
コハクが自分の父親と共に悪魔払いをしていたことは知っていた。
が、教会のトップと懇意の仲だとは聞いたことがなかった。
これまで無表情だったヒスイが驚きの声をあげたので、セレは笑った。
「なに。たいしたことじゃない」
「・・・で、そのお偉いさんがどうして・・・」
ヒスイはコハクに訊ねたつもりだったが、コハクより早くセレが答えた。
「君に用があってね、ヒスイ」
「え・・・?私?」
「そう。小さなエクソシストさん」
「・・・・・・は?」
(なんで私がエクソシストなの?)
ヒスイは瞬きするのも忘れて固まった。
「・・・やっぱり何も知らなかったか。この子を教会に登録したのは君だね、コハク」
「あ。バレちゃいました?」
「バレるも何も・・・これを」
溜息混じりにセレが懐から取り出したのは、エクソシスト登録証だった。
そこにはヒスイの名前やら特技やらが記載されている。コハクの字で。
「お・・・おにいちゃん!?何よこれ!!」
ヒスイは驚きを隠せない。
産まれて12年・・・最大の驚きと言ってもよかった。
えへへ、とコハクは笑った。
「えへへじゃないわよ!!なんでこんなこと・・・」
「制服が可愛かったからv」
語尾にハートが付いている。
「はあぁぁ〜っ?」
信じられない兄の行動。
前々から強引なところがあるとは思っていたが、まさかここまでとは・・・。
「本当のようだよ。ほら、君も見て御覧」
セレがヒスイに登録証を渡した。笑いを堪えながら。
「志望動機・・・制服が可愛い。欲しい」
(なっ・・・何よこれ〜!!!?ヒトの名前で何やってるのよ・・・)
ヒスイは恥ずかしさのあまり気が遠くなりかけた。
しかし恥の上塗りはまだ続いた。
「その下の“分類”というところなんか傑作だよ。本来なら種族を記入する欄なんだがね」
セレが言った。
くっ、くっと笑い声が漏れている。
(ええと・・・なになに・・・分類は・・・っと)
「“僕の天使”〜!!!?」
かあぁ〜っと顔が熱くなるのを感じた。
(僕の・・・って何よ・・・。しかも天使だなんて。この世にいるわけないじゃない)
ヒスイは突っ込む気力も無くなってきた。
反面、セレは更に笑いを深くした。
コハクは相変わらずえへへと笑うばかりだ。
罪悪感のカケラもない。
「これは正式な契約書なんでね。こういうふざけた内容では普通、登録できないんだが・・・」
セレの言うとおり登録証=契約書はそのアホな内容とは裏腹に血文字で書かれており、用紙に呪術的な意味が込められているのは明白だった。
「コハクはエクソシストの中でも“特別”だったから、うっかり登録してしまったよ。ははは」
(お兄ちゃんが“特別”?なんで?しかもこのヒトまで微妙に強引!?)
「だから、現在君は教会最年少のエクソシストということになっている。まぁ、ひとつよろしく頼むよ」
セレはあくまでにこやかだ。
コハクも微笑みを絶やさない。
ヒスイはこの2人こそが悪魔に見えた。
「そ・・・そんなこと言われたって・・・知らないもんっ!」
こういうときは逃げるに限る。
ヒスイは弱々しい捨て台詞を吐いて、小走りに居間を出ていった。
「少々可哀想だったかな。まだ年端もいかぬ子供だし」
「それでも、能力でいったら一級登録に恥じないものを持っていますよ、ヒスイは」
エクソシストにも階級制度がある。
エクソシストの中でも群を抜いて能力の高い者は一級に登録され、以下順に二級、三級と振り分けられる。
ヒスイは実績もないのに一級登録されていた。
更にその上の特級クラスは、コハクとヒスイの父メノウ、創設者のセレナイトの三名しかいない。
「特級の君達二人の引退は正直かなり響いたよ。とにかく今でも上級エクソシストは不足していてね。この際、人間でなくても構わない・・・いいや、むしろそのほうが有り難い」
「・・・・・・」
「ヒスイはメノウの娘で、その上母親が吸血鬼だ。美しい銀の髪だね。人間ではあり得ない色だ。彼女は知っているのかい?自分のことを。兄と呼んでいる君のことを」
「あ〜・・・えっと、できれば黙っていてもらえませんか。両方」
「隠して・・・いるのかい?隠し通せるものでもないと思うが・・・」
「ええ、まぁ。そうなんですけどね。人間として育てるようにと、メノウ様の遺言なので」
ヒスイの父、メノウは悪魔払いに限らず完全無欠の天才だった。
そしてコハクはメノウに召喚された天使であり、主人であるメノウに付き従って共に悪魔払いをしていたのだった。
セレは勿論それを認知していた。
「なるほど。それで全てを伏せたまま、自分は“兄”として何食わぬ顔で育ててきたわけか」
「ええ、まぁ」
コハクは何ともバツが悪そうに笑って、セレにお茶のお代わりを差し出した。
「相変わらず君は何を考えているのかわからないな」
セレは苦笑いを浮かべてから本題に入った。
「ところで・・・コレなんだが」
「あ・・・ソレひょっとして・・・」
セレの手にはネックレス・・・のようなものが握られていた。
チェーンの部分がかなり太めにできていて、先には赤ん坊のこぶし大の珠がぶらさがっている。
珠の色は濃い赤・・・乾いた血を連想させる色だった。
「悪魔寄せの珠だよ」
悪魔寄せの珠・・・それは『悪魔の復讐を一手に引き受けます』の印だった。
同族を殺された腹いせや復讐を望む悪魔を引き寄せる効果のある珠・・・。
この珠を持つ者は四六時中悪魔に狙われることになる。それこそ眠っている間もだ。
その為、珠を持つことができるのは能力の高いエクソシストに限られてしまうのだった。
「一級のエクソシストは順番でコレを引き受けなくてはならない。それは知っているね?」
「はい」
コハクはその続きを察し、両腕を組んで唸った。
「ヒスイの番なんですね」