COUPLE WORLD

読切

エクソシスター



[ 2 ]

「・・・と、いうわけで」

コハクはバスルームでヒスイの髪を洗いながら事情を説明した。都合の悪いことは全て省いて。
ヒスイを入浴させるのはコハクにとって最大の楽しみであり、ヒスイの髪も体もすべてコハクが洗っていた。
兄貴ヅラで、堂々と。世間知らずのヒスイは何ひとつ疑問に思わない。
すべてがコハクにされるがままだった。

「珠を預かることになっちゃったんだ」

その珠は今、脱衣所に置いてある。

「じゃあ、今、この瞬間にも悪魔が襲ってくるかもしれないんだ?」

ヒスイは珠を預かることに関しては冷静に受け止めていた。

「うん。でも僕と一緒にいれば大丈夫だから。できるだけ離れないでね」

言われるまでもなくヒスイはコハクにべったりだった。
毎日、家事に追われるコハクの後をついて回っている。
かなりブラコンの気がある。

「一年間もそうなんだ・・・?」

珠の所有期間は一年と決められている。

「・・・そんなことさせないよ。一週間でカタをつける」
「一年を・・・一週間で?」
「まぁ、見ていて」
(彼のほうからそう言い出すはずだから)

「ヒスイは何も心配しなくていいからね。お兄ちゃんにまかせなさ~い」

コハクは自分を指さして冗談っぽく笑った。
  

「すまないね、私まで夕飯をご馳走になって」

セレはまだ屋敷にいた。
ヒスイはむすっとした顔でセレと同じ食卓についていた。

「セレさんもお肉だめなんですよね?確か・・・」

ヒスイは肉も魚も嫌いだった。菜食主義だ。
セレも同じのようで、野菜しか食べていない。
コハクの作ったミネストローネを口に運びながら、セレが言う。

「ああ、そうなんだ。昔は食べられたんだがね。うん。美味い」
「それはどうも」
「お礼に、私からひとつ提案をしよう」
「ええ、ぜひ」
「待っていましたという顔だね」
「・・・あなたは女性と子供には甘いですからね」
「・・・・・・?」

ヒスイは二人のやりとりを黙って聞いていた。
話が全く見えてこない。

「いくら優秀とはいえ、まだ幼い君にコレを持たせるのはさすがに気がひける」

そう言ってセレはヒスイの首に下がっていた悪魔寄せの珠を取り上げた。

「一級のエクソシスト達でも手こずる悪魔がいるんだ。その悪魔を君達でなんとかしてくれたら、私がコレを引き受けよう。どうかな?」
「願ったり叶ったりです。一週間もあれば充分ですから、その間はぜひここに滞在してください」
「そうさせてもらうよ」

  

「ちょっとぉ・・・。何よこれ」

翌朝目覚めたヒスイは仰天した。
全裸だ。服をきていない。

(夕べ寝るとき着ていたパジャマと下着はどこに・・・)

ヒスイは部屋をぐるっと一周見回した。
それらしきものは何もない。
気にかけつつもパジャマを探すのは諦め、ヒスイは洋服に着替える事にした。

「え・・・?」
「ええっ!?」

大きな洋服ダンスを開けた。そこには服が一着しか入っていない。
昨日まで山のようにあった服がどこにも見あたらなかった。

残された一着・・・。エクソシストの制服だった。
下着から靴まで教会指定のものがきっちりと揃えられている。
それしかないのだ。

「冗談じゃないわよ・・・こんなの着るわけ・・・」
(・・・さてはお兄ちゃん、私にコレを着せる為に・・・他の服隠したわねぇ~!!)

かっとなったヒスイはその勢いでキッチンに飛び込んだ。裸のまま。
今の時間ならコハクは朝食を作っているはずだ。

ガシャン!!

コハクは動揺して皿を落とした。

「うわっ!だめじゃないか!ヒスイ!!裸ででてきちゃ!他の男もいるんだよ!?」

そこにはセレもいた。オープンキッチンのカウンターで新聞片手にコーヒーを飲んでいる。ヒスイと真っ先に目が合った。
コハクは落とした皿を踏み越えてヒスイの元まで走った。そしてヒスイを抱え上げた。瞬間的といってもいいスピードだった。




「・・・見てませんよね?」

ヒスイを連れてキッチンを出る間際、コハクがセレを睨んだ。

「・・・うん。まぁ」

セレは天井を見ながら曖昧に返事をした。

(溺愛・・・ね。なるほど・・・そういうことか)
  

「着ないもん!エクソシストの服なんて!」

ヒスイはコハクの腕の中でだだをこねた。

「どうして?今まで着ていたじゃないか」
「知らなかったのっ!」

知らなかったとはいえ、エクソシストの制服はヒスイも気に入っていた。
黒いタートルネックのシンプルなワンピース・・・。腰のあたりに大きなリボンがついている。
だがそれをエクソシストになる気もないのに、創設者であるセレの前で着るにはかなりの抵抗があった。

「とにかくそれ着て。一週間でいいから」

コハクが急に真面目な口調になった。
ハチャメチャなようでも一応考えはあるらしい。

「・・・・・・」

コハクのいる前でヒスイは制服に袖を通した。
背中のファスナーはコハクが上げた。

「うん。やっぱり似合う」
「一週間これを着ていればいいわけ?」

ヒスイは怒っても根に持つタイプではなかった。
けろりとした顔でコハクにそう訊ねる。

「それともうひとつ・・・やっておかなければならないことが・・・」

コホン。とコハクが咳払いした。
少し顔が赤い。

「何?」
「・・・大人になってくれないかな?」
「え・・・?」

「一週間、できればずっと大人の体でいて欲しいんだ。そのほうが

魔力が高くて安定しているから。悪魔に襲われた時の事を考えると・・・」

「大人に・・・っていわれても。どうするっていうの?」

肝心なことはいつも後にいうコハク。

「こうやって」
「ふがっ!?」

コハクはヒスイに口づけた。
ヒスイはいきなり口を塞がれ、慌てた。
キスの意味ぐらい知っている。

けれどどうやらそれは違う意味のキスらしかった。
触れるコハクの唇からあたたかい“気”が流れ込んできた。

「あ・・・う・・・」

ヒスイは体をぴくりとさせた。
異変を・・・感じる。

「・・・・・・」

コハクが唇を離した。

「ほら・・・ね。大人になった」

甘く囁くような声。

「あ・・・」

コハクの予告どおりヒスイの体は成長していた。
12歳では胸はほとんどない状態だった。しかし今は違う。
カタチの良い胸がふっくらと育っている。

「あぁ・・・やっぱり・・・凄く綺麗だ」

コハクはヒスイの頬を撫でながら髪に指を絡めた。
思わず感嘆の息が漏れるほどヒスイは美しかった。
コハクはごくりと唾を飲んだ。

(どさくさに紛れてもう一度・・・)

そう思い、ヒスイに顔を近づけた。

「はい。そこまで」

部屋の入り口で、セレがぱちぱちとわざとらしい拍手をしている。

「素晴らしい魔法だ」
「・・・・・・」

コハクは渋々ヒスイから離れた。

(もうちょっとだったのに・・・邪魔された・・・)

「え・・・?魔法・・・なの?」

ヒスイはきょとんとした顔でコハクを見た。

「え・・・?あれ?」
「気が付いた?」

成長したヒスイに反して、コハクが若くなっている。20代前半だったはずのコハクは、今や完全に10代に見えた。
髪も少し短くなっている。

「わっ・・・。おにいちゃん!?」
「うん。僕の時間をヒスイに貸したんだ。8年分」
「え?じゃあ、私20歳なの!?」
「そうだよ」
「で、お兄ちゃんは・・・」
「15歳」
「うわぁ・・・」

二人並ぶと明らかにヒスイが年上に見えた。
ヒスイは面白がって笑った。

「こんな魔法あるんだぁ」
「うん。僕はこの体でも充分悪魔と戦えるから、一週間はこのままでいよう。騙されたと思って魔法を使ってみるといいよ。段違いに強くなっているはずだから」
「そう。そう。騙されたと思って」
「・・・・・・」

コハクはセレを横目で見た。
余計なところをを強調するなとでも言いたげに。
本当に騙しているのだ。ヒスイを。

「その服・・・役に立っているみたいだね」

セレが軽く笑ってヒスイに言った。

「そういえば・・・」

体が突然大きくなれば服は破けるはずだ。
しかしこの制服は成長したヒスイの体にもぴったりと合っている。

「ウチの制服は特別仕様でね。『汚れない・臭わない・破けない・いつでもどこでも体にフイット』が売りなんだ。そのうえ防御力は鎧並み、弱い魔法ならはじき飛すおまけ付き」

ヒスイは納得した。
コハクが執拗に欲しがるわけだ。

「デザインも可愛いし、最高のお洋服でしょ?」

えへん、とコハクは得意げに鼻を鳴らした。

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