COUPLE WORLD
読切
エクソシスター
[ 4 ]
「できればコレは使いたくなかったんだけど・・・」
コハクは屋敷の地下室にきていた。
薄暗く埃っぽい・・・そこは武器庫だった。
由緒・・・というよりはいわくあり気な武器が並んでいる。
一番奥の壁に立てかけられた大剣・・・コハクはそれを手にとった。
現役時代に使っていた武器だ。
意志を持ち、人語を解する魔剣マジョラム・・・。相当な手練れでないと扱えない。
しかし今ではそれもしっかりと鞘に収められ、鎖でぐるぐる巻きの上、封印の札まで貼られていた。
「だけど・・・アレを倒すにはこれがないと・・・」
教会で手を焼いている悪魔。
(・・・さっさとケリをつけてしまおう。で、セレを追い帰して、誰にも邪魔されない二人きりの生活に戻るんだ。それからゆっくり・・・ムフッ)
美形らしからぬ、だらしない笑いを浮かべる・・・。
あれだけキスをしてもヒスイは怒らなかった。
これは脈アリなのではないかとコハクは勝手に思っていた。
下心でいっぱいになりながら魔剣の封印を解く・・・。
『・・・いやらしい顔をしおって・・・』
老人のしわがれた声が地下室に響いた。
「・・・久しぶりだね。マジョラム。ちょっと力を貸してくれないかな?」
『・・・・・・』
「・・・そんな顔しなくても・・・」
魔剣に顔があるとも思えないが、コハクは魔剣を人のように扱った。
そうでなければ魔剣を使いこなすことなど到底できないのである。
マジョラムは相当不満が溜まっているようだ。
『・・・都合のよいことばかりだな、主は』
「まぁ、まぁ、活躍の場があるだけ良しとして・・・ね?」
コハクはマジョラムを上手く丸め込んだ。
『・・・血をよこせ。喉が渇いた』
「ちょっと待ってね」
コハクは近くの棚から短剣を取り、それで自分の手首を切った。
ボタボタと血が流れ落ちる・・・。
それを魔剣の刀身に翳した。
『・・・うむ。心は邪なれど、血の味は落ちていない・・・。よかろう』
はあっ。はあっ。
(全く歯がたたない・・・)
ヒスイはセレを置いて逃げることもできず、カーネリアンに応戦していたが、防戦一方になっていた。
20歳の魔力があれば・・・。ヒスイは子供の体を恨んだ。
しかし驚くべきはカーネリアンの姿だった。ヒスイ同様、子供なのだ。
赤い髪に真っ青な瞳。ショートカットでつり目。
(私と同じぐらいの歳なのに・・・なんて強さなの!?)
そういう役目だから仕方がないとはいえ、身に覚えのない罪で恨まれるのは嫌な気分だ。ヒスイはだんだん苛立ってきた。
「ヒスイ!?」
地下室から階段をのぼってきたコハクがヒスイの背中に声をかけた。
「お兄ちゃん!?」
ヒスイは身を翻してコハクの傍に寄った。
「お兄ちゃん!時間貸してっ!!」
ヒスイは誤解を招くような言い方を改めて、コハクにそう迫った。
「あの・・・さっきは・・・」
「・・・今度は失敗しないでね」
(!?失敗!?アレを失敗で済ますのか!?なんて寛容な・・・お兄ちゃん泣けてくるよ・・・)
コハクはキスの意味が伝わっていないことに脱力した。
「早くっ!」
ヒスイはぴょんぴょん飛びはねてコハクのキスを求めた。
(ああ・・・これが魔法がらみじゃなかったら最高に幸せなのに・・・)
コハクは残念がりながらも丁寧にキスをした。
「お兄ちゃんは手をださないでっ!!」
ヒスイは負けん気が強かった。
20歳の魔力を得て、勝てると思った。
「はんっ!甘いよっ!」
ヒスイが大人になったのを見て、カーネリアンは鼻で笑った。
そして自分も大人の姿へと変化した。
(うそ!?いきなり大人に!?)
「どうだい?これがアタシの本当の姿さ!!覚悟しなっ!!」
カーネリアンの攻撃は主に打撃だった。
一方ヒスイは戦いのスタイルが確立していない。
(やるしかないっ!!あれを!)
ヒスイはぎりぎりのところでカーネリアンの攻撃をかわしながら呪文を唱えた。
『・・・・・・・我が呼び声に応えよ・・・森を守護する聖なる獣よ!!』
「なにっ!?召喚術だと!?」
カーネリアンは一歩引いた。
『出でよ!!』
ボンッ!!
「え・・・?」
「何だよ・・・ソレ」
現れたのはリスだった。
木の実をカリカリとかじっている。
『出でよっ!』
ボンッ!!
「・・・だから何だよ、ソレ」
ヒスイが二度目に呼び出した獣は・・・うさぎだった。
鼻をひくひくさせている。可愛い。
とてもじゃないが、術者の変わりに戦わせることなどできない。
『い・・・出でよっ!!』
ボンッ!!
「ウキ〜ッ!!」
三度目の正直は猿だった。
カーネリアンは腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!!」
「・・・・・・」
「・・・やめた。アンタと戦うの」
「え・・・?」
「だってアンタじゃないんだろ?こんなダサイ戦いをするヤツが私の仲間を殺れるはずないからね」
(・・・ダサイ戦い・・・)
ヒスイは複雑な気分になった。
(召喚術じゃなくて黒魔術を使えば良かった・・・)
「どういうわけかアンタのところに来ちまったけど、とんだ人違いだ。悪かったね」
翌朝。
ヒスイはいつものように目を覚ました。
今朝はちゃんとパジャマを着ている。
そしてコハクはまだ部屋にいた。
「セレの意識はまだ戻らないの?」
「うん。でも大丈夫だよ。病気というわけじゃないから」
コハクはセレが倒れた理由を知っている風だったが、深くは語らなかった。
「・・・今日はどうする?また襲われるかもしれないからしておいたほうがいいとは思うけど・・・」
「あ・・・うん・・・」
ヒスイは俯いて、小さく返事をした。
コハクとキスをすればするほど意味がわからなくなる。
どこまでが義務でどこからが真意なのか・・・ヒスイは計りかねていた。
コハクにとってはすべてが真意で、義務だったことなど一度もないが、それをヒスイが知る由もなかった。
「あの・・・でも嫌なら・・・」
「嫌じゃないよ」
「え・・・?」
「あ・・・」
ヒスイは赤い顔をして更に深く俯いた。
「・・・・・・じゃあ・・・」
少し考えてから、コハクはヒスイの顎に指をかけた。
「あ・・・まってまだパジャマだから・・・」
「いいよ。そのままで。どうせ失敗するから」
コハクは伏せ目がちに笑った。
そしてヒスイに言葉を発する間も与えず、唇を塞いだ。
「・・・・・・ね、失敗でしょ?」
「・・・うん」
「もう一回ね」
「うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なんでこんなに失敗ばっかりするかわかる?」
コハクはヒスイの顔を覗き込んだ。
「ヒスイのことが好きだからだよ」
瞬間沸騰。ヒスイは真っ赤になって両手で口を押さえた。
「わ・・・たし・・・」
「うん」
コハクは穏やかに微笑みながらヒスイの返事を待っている。
「・・・頭、冷やしてくるっ!!」
ヒスイは口を押さえたまま、部屋をでていってしまった。
(なんか・・・逃げられてばっかりだなぁ・・・)
コハクは頭をかいてヒスイの走り去る様を見ていた。
「・・・・・・」
セレは意識を取り戻した。
額の十字が痛む。
「・・・そろそろお出ましのようだ」
セレは近くに待機していたコハクに声をかけた。
コハクは剣の手入れをしていたが、セレが目を覚ましたのに
気が付くと肩に剣を担いだ。
「・・・では行きますか」
「ああ」
教会が手こずる悪魔・・・それはセレだった。
二人は裏庭から森の中へ入っていった。
真夜中の森は異様なほど静まりかえっている。
「君がいてくれて助かったよ。正直なところもう押さえるのが限界だっのでね」
セレは肩をすくめた。
「覚悟はしている。最悪の場合は私ごと斬ってくれ」
「あなたには色々と借りがあります。善処しますよ」
ははは、とセレが笑った。
「・・・あとは頼む・・・」
「はい」
月が隠れた。
メキメキ・・・
セレの背中を突き破って羽根が生えた。
コウモリのような、悪魔の羽根。空一面を覆うほどの大きさだ。
特有の腐臭が漂う・・・。
コハクの足元にカサカサと不気味な音をたててサソリが集まった。
「・・・ダハーカ竜ね・・・」
コハクはサソリを無視して、禍々しい竜の姿へと変貌してゆくセレを見守った。
「よくこんな気持ちの悪いものを体内に飼ってたよなぁ・・・」
ダハーカ竜・・・その体を構成するものはサソリや蛇などのありとあらゆる害虫である。その体に傷をつけようものなら地上に害虫が降り注ぎ、疫病などの災いをもたらすという。
先のエクソシスト達はそれを恐れ、手出しができなかった。
そしてダハーカ竜による殺戮が続いた。
セレが自分の体内に竜を封印することで、かりそめの勝利を得たが、失ったものは大きかった。
今からちょうど100年前の話である。
「斬ることができないなら、内側から焼き尽すまでだよ。“聖なる業火”で」
コハクは全く臆することなくダハーカ竜を見た。
「ね?マジョラム」
『・・・大仕事だな・・・。もっと年寄りを労れ、馬鹿者』
「・・・世話になったね」
「すみません。額の傷・・・残ってしまって」
「いや、これはいいんだ。私のトレードマークみたいなものだからね」
セレは首から悪魔寄せの珠を下げている。ヒスイの代わりに一年間、悪魔寄せをするという。
(・・・全然話についていけない・・・)
ヒスイはコハクと共に森の入り口までセレの見送りに来ていた。
「悪い悪魔はね、ヒスイが眠っているうちに倒しちゃった。セレさんと僕で」
コハクはヒスイの頭を撫でながらそう説明した。
「だからもう大丈夫だよ」
「・・・なんだかよくわからないけど・・・円満解決・・・なの?」
「そう。円満解決」
「・・・そっか」
ヒスイはほっとしたように微笑んだ。
「・・・ヒスイ」
セレがヒスイの名を呼んだ。
屈み込んでヒスイの頭を撫でる。
「私と友達になってくれないか?」
「え・・・?友達?」
「こんなおじさんでは嫌かな?」
「そんなことないよ」
「では、今から君と私は友達だ」
セレは嬉しそうに笑ってヒスイを撫でる手に力を込めた。
「いいかな?コハク」
「・・・いいですよ。何で僕にきくんですか?」
「いや。別に」
セレは苦笑いをした。
「・・・・・・」
コハクにしては珍しくむすっとした表情だった。セレにはすべて見抜かれているようだ。どうにも分が悪い。
「今度教会にも遊びにおいで。コハクと二人で」
「うん!」
ヒスイは大きく手を振ってはじめての友達を見送った。
「良かったね。友達できて」
コハクはヒスイの隣に立ち、さりげなくヒスイの肩に手をかけた。
「・・・オジサンだけど」
あはは、とヒスイは笑った。
「!?」
コハクがいきなりヒスイの唇を塞いだ。
頭の芯がしびれるくらい甘く長いキス・・・
「・・・怒る?」
「・・・怒らないよ。私・・・お兄ちゃんとキスするの・・・嫌いじゃない・・・」
照れ屋のヒスイなりに精一杯気持ちを伝えたつもりだった。
コハクは目を細めて笑った。
「・・・好きだよ、ヒスイ」
そしてもう一度ヒスイに言った。
「ヒスイは・・・僕のこと好き?」
「・・・ヒミツっ!」
ヒスイは火照った顔でぷいっと横を向いた。
「ねぇ、ヒスイ」
「なに?」
「僕のこと、“お兄ちゃん”として好きならこっち」
コハクは自分の左の頬を指さした。
「“男”として好きならこっち」
今度は右の頬を指してヒスイを見つめる。
「キスして」
「う゛〜っ・・・」
ヒスイは真っ赤な顔で唸った。
コハクは瞳を閉じてヒスイの決断を待っている。
「・・・ちゅっ」
「!?」
触れるか触れないかの軽いキスだった。
ヒスイは右の頬でも左の頬でもなく、コハクの唇に自分からキスをした。
「・・・両方、だから」
「・・・最高!!」
コハクは、ヒスイのふれた唇を指先で軽くなぞり、こぼれそうな笑顔で笑った。ヒスイも一緒になって笑った。
今はまだ恥ずかしくてうまく言葉にできないけどいつかちゃんと言えるといいな。
お兄ちゃんが言ってくれたみたいに真っ直ぐ瞳を見て。
「好きだよ」って。
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