COUPLE WORLD

読切

エクソシスター


[ 3 ]

「いいのかな?」
「何がですか?」

ヒスイは、早速魔法を試してみる、と言って裏庭に向かった。

「騙したでしょう?彼女を」
「・・・何のことですか?」

コハクは持ち前の厚いツラの皮でシラを切り通そうとした。

「あの魔法、どこか体の一部に触れていれば使用可能じゃなかったかな?」

セレに図星を指された。まさにその通りだった。

「キスをする必要はないねぇ」
「・・・・・・」

セレよりずっと背の低くなったコハクはセレを思いっきり見上げた。
幼くなってますます女っぽく見える。

「あの・・・これも秘密にしてもらえます?と・く・に」

言葉の終わりにやたらと力がこもっている。

「まぁ・・・私は青少年の味方だよ」

そう言って、セレはポンとコハクの頭に手を乗せた。

(・・・弱みを握られた・・・絶対・・・)

コハクはがくりとうなだれた。

  

「どうかな?効果のほどは」

セレがヒスイを追って外に出てきた。

「上々よ。お兄ちゃんの言ったとおりだったわ」

ヒスイは地べたに座り込み魔道書をパラパラとめくっていた。

「・・・やる気になってくれて嬉しいよ」

セレがヒスイを見下ろしながら言った。

「・・・一週間だけよ」

ヒスイは素っ気なく返事をした。

「君、学校へは・・・」
「行ってないわ。勉強はみんなお兄ちゃんがみてくれるから」
「・・・ずっとここに二人で?」
「そうよ」
「友達とか・・・欲しくないの?」
「友達?そういえばいないわね・・・。だけど別に構わない。私はお兄ちゃんさえいればいいの」

ヒスイは魔道書から目もあげず、淡々と答えた。

「私・・・人と話すのあまり好きじゃないの。放っておいてくれないかしら?」
「それは失礼した」

セレはふっと笑った。大人の余裕だ。

「女姉妹のなかで育ったのでね。女性というものはみな、話好きで騒がしいものかと思っていたよ」
「・・・・・・」
「君のように個性的な女性は実にいい」
「・・・え?」

意外な答えが返ってきたので、ヒスイは本から視線を上げた。
女の子は明るくて話し好きのほうが人には好かれるだろうと、ヒスイ自身思っていたからだ。

「当教会は君のようなエクソシストを歓迎するよ」
「・・・結局はスカウトなの?」

ヒスイはセレの言葉に笑った。
何となく“自分”を認めて貰えたようで、悪い気はしなかった。

  

「それにしても実に興味深い魔法よね、これ」

ヒスイはぶつぶつと言いながら部屋へ戻ってきた。
肉体年齢のやりとりができるこの魔法に興味津々だ。
部屋にはコハクがいて、ヒスイの服をタンスに戻している最中だった。

(お兄ちゃんを子供にすることだってできるのよねぇ)

ヒスイは更に幼くなったコハクの姿を想像してくすりと笑った。

(それ、面白いかも)

「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃん」
「うん?」
「もっとしてみない?」
「・・・え?」

コハクはゆっくりと瞬きをしてヒスイの唇を見た。
間違いなくキスをねだる仕草をしている。

(!!まさか!?ヒスイもついにその気に!?)

コハクはヒスイを抱き寄せ、心を込めてキスをした。
もちろん魔法とは一切関係ない。

「・・・おにい・・・ちゃん?」
「・・・ヒスイ・・・」
「おにいちゃ・・・ん、くるし・・・いよ」

コハクが長いキスを何度も繰り返すので、ヒスイの息が乱れた。
コハクはますますキスに溺れた。

「な・・・んで・・・変化・・・ない・・・の?」

キスの合間に、ヒスイが漏らした言葉が一つの文になった。

「・・・え?」

コハクはそれを聞いて青ざめた。

「ま・・・さか・・・魔法を・・・試したの?」
「・・・うん」

(じゃあ、あれは僕の勘違い!?こんなにキスしちゃって・・・どうしよう・・・)

コハクは口元を手で覆った。

(一体この状況をどう説明すれはいいんだ・・・?)

「何でなの?」

ヒスイは繰り返した。
唇が熱を持つほどキスをしたのに何も起こらない。

(今のはただのキスだったってこと?え?ただの・・・キス??ただのキスって・・・ええと・・・ええぇっ!?)

キスの意味を思い出して、ヒスイの頭に血がのぼった。
まともにコハクの顔が見られない。

「・・・・・・」
(こうなったらいっそ兄妹じゃないことを打ち明けて一線を越えてしまえ!!)

コハクは意を決して口を開いた。

「あのね・・・ヒスイ・・・実は・・・あれ?」

ヒスイがいない。
コハクが思案を巡らせているうちにヒスイはコハクの元から走り去っていた。

(・・・逃げられた・・・)

コハクは拍子抜けして、しばらくその場に立ち尽くしていた。

  

ドンッ!

「わっ!」

恥ずかしさのあまり前も見ずに走っていたヒスイは廊下でセレとぶつかった。

「どうしたの?そんなに走って。顔が真っ赤だよ」

セレのひんやりとした大きな手がヒスイの頬に触れた。

「・・・誰?」

セレは髪を下ろしていた。
まるで別人のように若く見える。

「誰って・・・私だよ」

セレは苦笑して髪を掻き上げてみせた。
額に十字の焼き印があった。

「セレ・・・」
「シャワーを拝借したんだ」

ヒスイのなかでは推定35歳のセレ。
意外にもっと若いのかもしれないとヒスイは思った。

「セレはいくつなの?」
「私?」
「答えたくなかったらいいけど・・・」
「いや、そういうことではないよ。ただ自分でも忘れてしまっただけで」
「・・・・・・」

どう考えてもセレは普通の人間とは思えない。
歴史ある教会の創設者がこんなに若いはずはないのだ。

「私はいくつに見える?」

逆にセレがきいてきた。

「う〜ん。30歳ぐらいかな」
「では、そういうことにしておこう」

(・・・たぶんお兄ちゃんも人間じゃない。だってずっと歳をとらないもの・・・)

ヒスイは、物心ついた頃からコハクが同じ姿のまま変わっていないことを知っていた。
心の片隅では兄妹ではないかもしれないということも考えていた。

(だけど・・・そんなことどうでもいい。お兄ちゃんが人間じゃなくても。“お兄ちゃん”じゃなくても。私は・・・)
  

パリンッ!


近くの窓が割れる音がした。
廊下に女の声が響いた。

「よくも仲間を殺ってくれたな!!でてこい!エクソシスト!!」
「早速きたね。威勢のいいのが」

セレはさすがに落ち着いたものだった。

「あ・・・」

こんな時に。
ヒスイの体が縮んだ。

「あまり長持ちする魔法じゃないんだ。効果はだいたい半日で・・・」

セレはヒスイにそう説明した。

「なんでそう言うことを先に言ってくれないの・・・お兄ちゃんもセレも」

ヒスイはぼやいた。

「どこにいる!?アタシと勝負しなっ!!」

女の声がヒスイを探す。
教会の規則に基づいて、セレとの約束を果たすまではヒスイが珠の所有者だった。

「・・・私としてみるかい?君に貸せる時間はいくらでもあるよ」
「セレと?」

ヒスイは少し考えた。

「ううん。やっぱりお兄ちゃんに頼む」
「それならここは私が足止めをするから・・・いっておいで」
「うんっ!」

ヒスイは駆けだした。
が、ほどなくして声の主に髪を掴まれた。
振り返るとセレが倒れている。

(ええっ!?セレって弱いの!?教会のトップなのに!?)

「セレっ!?」
「アタシじゃないよ。アイツが勝手に倒れたんだ」
「え!?」
「それより・・・アンタがエクソシストだな。アタシはカーネリアン。

殺された仲間の痛み思い知れっ!!」
わざわざ敵に名を名乗った女は、いきなりヒスイに殴りかかってきた。

「!!?」

ヒスイは拳を受け止めたものの、反動で後ろに飛ばされた。

「いたた・・・」

壁に背中をぶつけたヒスイは声を漏らした。

「“銀”が教会側についたって話はどうやら本当だったみたいだね!!」
「・・・なんの話?“銀”?この髪のこと言ってるの?」
「とぼけんじゃないよ!!このっ・・・同族殺しがっ!!」

そう吠えたカーネリアンの口からは白い牙が見えた。


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