COUPLE WORLD
読切
魔石は恋人
[ 3 ]
「・・・って、言ったそばから何でいるんだよ・・・」
その日の夕方。
四人はまた同じ場所で再会した。
ギルドの酒場、カウンター・・・以前と同じシチュエーションである。
「あ、どうも」
ほたるはぺこりと頭を下げた。
他に空席はなく、四人は並んで座った。
ほたる・天青・・・その隣に翠玉・月長。
しかしこれでは全く話にならなかった。
「こんなのがいたら酒が不味くなる」
天青と翠玉は隣同士であることにすぐさま嫌気がさし、移動した。
結局、天青・ほたる・月長・翠玉の順に並び変わった。
天青と翠玉が酒を飲み出したので、ほたると月長はやっと落ち着いて
話ができるようになった。
「今朝はどうも」
あらためて月長が挨拶をした。
「どうでしたか?捕まりました?」
「ええ。追跡にかけては翠玉の得意分野なので。譲っていただいたお礼に今夜はごちそうしますよ」
「いえ・・・そんな・・・悪いです・・・」
ほたるは遠慮して下を向いた。
「・・・あれ?この時期に虫刺されですか?首のところ・・・あ・・・」
月長はしまったという顔をして口を押さえた。
それから少し赤い顔をして「すみません」と小さな声でほたるに謝った。
「あ・・・」
ほたるは耳まで赤く染めて、ますます深く俯いた。
ぴくっ。
(まさか・・・それってキスマーク!?)
翠玉は月長の隣でちまちまと水割りを飲みながら、二人の会話に耳をそばだてていたが、ほたるの首筋と胸元が少し赤くなっているのを発見すると身を乗り出した。
「月長!ちょっと席、代わって!」
今度は天青・月長・ほたる・翠玉と並んだ。
「ねぇ、あんたそれって、アレでしょ?」
席を交代するなり翠玉はほたるに詰め寄った。
「あの・・・その・・・これは・・・」
ほたるはそれを手で隠して、しどろもどろになった。
湯気がたちそうな赤面ぶりである。
「あんたたちが、そんなにすすんでたなんて・・・」
翠玉はショックで気が遠くなりそうだった。
(私がこんなガキに遅れをとってるだなんて・・・信じられないわ。おとなしそうな顔してやることやってんのね・・・まったく近頃の子は・・・)
頭の中の自分の言葉に翠玉はハッとした。
(これじゃ私、まるでオバさんじゃないのよ〜っ!!)
「オマエさ、ムーン・ストーン家のお坊ちゃんだろ?」
「よくご存じですね」
「そりゃ、これでも一応魔石だし、俺」
天青は歯切れのよい口調で言った。
「“月長”っていやぁ、あそこの長男だろ」
「いやぁ、それが、勘当同然で追い出されちゃて」
「ふう〜ん」
「・・・あの、聞いてもいいですか?」
月長は話題を変えた。
「何だよ」
「天青さんとほたるさんてどういう関係なんですか・・・?」
「俺とほたる?決まってんじゃん。そんなの。見りゃわかるだろ。ほたるは俺の女なの。だから手ぇ出すんじゃねぇぞ」
はははと月長が肩をすくめて笑った。
「天青さんは獏なんですよね?」
「さすがに目が利くな」
「いえ、そんなことは・・・」
月長は謙遜してから話を続けた。
「夢食べなくて大丈夫なんですか?」
その質問に天青は酒の入ったグラスを置いて、意外にも静かな口調で答えた。
「あいつさ、物事を暗いほうにばっか考えるから悪い夢見やすいんだよ。
それを片っ端から喰ってりゃ腹も膨れる」
「悪夢ばかりでいいんですか?獏はいい夢も悪い夢も見境無く食べるってきいたことあるんですが・・・」
「まぁ、悪夢ばっかでたまに胸やけするけどよ。あいつの夢以外喰う気ないし」
天青は溜息をついた。
「あいつ、いい夢ってほとんどみないから。そんなん喰っちまったら可哀想だろ。それにさ、獏にいい夢喰われると目覚めた時、結構後味悪いんだせ。あいつにそんなことするかよ」
「ほたるさんはそのこと・・・」
「さぁ。知んねぇんじゃねぇの。あいつ俺が何なのか聞いてきたことないもん。俺は俺だから別に“何”でもいいって言ってさ」
天青はそう言って得意気に笑った。
「ほたるさん、今夜二人でお話できませんか?」
「あ、私もそうしたいと思ってました」
帰り際、ほろ酔い上機嫌な魔石達の目を盗んで、月長がほたるに耳打ちした。そしてそれにほたるも同意した。
「なんとか抜け出してきます」
「では深夜一時にここで。・・・お気をつけて」
「そちらも」
二人はお互いの身を案じつつ、一旦別れた。
「・・・ほたるがいねぇ・・・」
部屋中どこをどう探してもほたるの姿がない。
天青は激しく動揺した。
酒場から戻った後、気持ちよく眠ってしまっていた。
いつもなら、目を覚ませばほたるの三つ編みが真っ先に目に付くはずなのに今はそれがない。
(・・・何が起きた?攫われたのか?それとも自分で・・・?)
「けど、俺が石に戻らないで済んでるってことは魔力を供給できる距離にいるってことだ。そんなに遠くには行ってない」
自分を落ち着かせる為、わざと声に出してみる。
魔石に封じられた状態では、主人なしで長い時間外の世界には留まれない。ほたるは両親を失ってから一度も天青を石に戻そうとはしなかったし、主人として命令をしたこともなかった。その為、天青は自分が魔石なのだということを忘れかけていた。
「ちょっと!!月長知らない!?」
翠玉の声がした。
天青達の部屋に翠玉は扉からではなく窓から入ってきた。その姿は大蛇そのものだった。
「目が覚めたらいなかったのよっ!!」
激しい語調でそういいながら、上半身だけいつもの翠玉に戻った。
これが本来の姿である。
「・・・ほたるもだ」
「!!」
天青と翠玉は顔を見合わせた。
「まさか・・・あいつら・・・」
「そんなぁ・・・」
翠玉は涙声だ。
「あいつがこんな大胆な行動を起こすなんて、ただごとじゃねぇ」
天青も唇を噛んだ。
「・・・何やってんだよ、お前等」
天青はすぐにほたるの居場所を探り当てた。
いつになく息があがっている。
ほたると月長は後ろから見ると、とても仲が良い恋人同士のように
見えた。テーブルの上に紙を広げ、身を寄せ合いながら何かを書きつけていたらしい。
天青の声にほたるはびくっとして、とっさに紙を隠した。
天青はそれに目がいくどころではなく、どかどかとほたるの傍まで早足で歩き、ほたると月長と引き剥がした。
「いいか!宣戦布告なら受けて立ってやる!ただし、身辺を片づけてからにしろっ!あのオンナは石に戻っちまったぞ!ショックでな!話つけてこいよ!!」
「え・・・?翠玉が?」
「ほたるかアイツかはっきり決めろ!」
天青はほたるを抱え上げた。
「月長さん・・・」
「大丈夫です」
ほたるは、翠玉が自分から石に戻ってしまったことを聞いて胸を痛めた。
「じゃあ、明日・・・っ!」
そして月長との別れ際、必死な表情でめずらしく大きな声を出した。
「何だよ、明日って。明日もアイツと逢い引きか?」
天青はほたるを肩に担いだまま宿まで戻った。そして宿に着くなりほたるをベットに放り込んだ。
「お前、アイツのこと好きなの?」
怒鳴り散らされるかと思いきや、逆に淡々とした口調だった。それがかえって怖い。
「え・・・違うよ・・・」
ほたるの弱々しい口ぶりでは説得力がまるでない。
「・・・っていうか、お前、俺のこと好きじゃないだろ」
「え・・・?」
話がどんどんおかしな方向へ展開してゆく・・・。
「だって俺としてても全然気持ち良さそうな顔しないじゃん。何十回、何百回やったってお前はいつもそうだろ!あんま笑わねぇし」
「そ・・・んなこと言われたって・・・」
「そういえば俺、お前に好きだって言われたことないし」
「だって・・・」
ほたるはオロオロするばかりだった。
「・・・お前って何考えてんのか全然わかんねぇ!付き合いきれねぇよ!」
「あ、待って・・・てんせ・・・」
天青は石に戻ってしまった。
部屋は不気味なくらい静かになった。
「天青ってば・・・でてきてよぅ・・・」
ほたるは石を握りしめた。
しかし天青石は何の命も宿っていないだだの石のように全く反応しなかった。