COUPLE WORLD

読切

魔石は恋人



[ 2 ]


とても穏やかな空間だった。
似た者同士の二人は、お互いの旅立ちの理由などをのんびりと語りあった。

「そうなんですか・・・。ご両親が・・・。お気の毒に・・・」
「一年前の話です。それに今は天青がいてくれるから寂しくはないです。天青は私とペースが全然違うから、たまに疲れることはありますけど」

ほたるはジュースをすすった。
うん、うん、と頷いて月長も言った。

「そうなんですよね。なにせぼくもこのペースなので、怒られてばかりなんですよ・・・」

あはは、と二人は声をあげて笑った。珍しいことだった。

「月長さんはなぜ旅を?」
「ぼく、出来が悪いんで、家を追い出されちゃったんです」
「それはまた、大変ですね・・・」
「・・・いくぞ」
「いくわよ」

ほたると月長の話を遮って、天青と翠玉が主人の傍に寄った。

「え?」
「え?」

天青はほたるの腕をぐいっとつかみ、翠玉は月長の腕を引っ張った。
魔石同士が睨み合い、激しく火花を散らす・・・。

「・・・ボンクラが、俺の女にちょっかいかけんじゃねぇよ」
「それはこっちのセリフよ。発育不良のガキがヒトの男に言い寄るんじゃないわよ」
「ヒトじゃねぇだろ。オマエ」
「アンタだって」
「あ〜・・・」
「え〜っと・・・」

ほたると月長はなんとかしようと口を開いたが、言ってきくような相手ではないこともわかっていた。
二人はやれやれという風に視線を交わし合った。

「とっとといくぞ!」
「さぁ、いくわよ!」
「え・・・あの・・・」
「あ・・・ちょっと・・・」

ほたると月長はそれぞれの魔石に引っ張られどんどん離れていった。
別れの挨拶すらできずに、ほたるは正面玄関から、月長は裏口から連れ出されてしまった。
  

「天青?どうしたの?」

二人は近くの公園にきていた。
むすっとしている天青にほたるはおずおずと声をかけた。

「・・・やだ」
「え?何が?」

天青が乱暴にほたるの唇を塞いだ。そうして気が済むまでキスをした後、拗ねた口調で言った。

「・・・お前が他の男と話すの。やなの。俺」
「あ・・・うん」
「・・・お前からしろよ、キス」
「うん・・・」

ほたるは背伸びをして天青の唇に軽く触れた。

  

「ねぇ、今のコ・・・」

翠玉はほたるのことが気にかかって仕方がなかった。

「うん。ぼくと同じ魔石使いだよ」

「そうじゃなくて・・・」

聞きたいことと違う答えが返ってくるのはいつものこととはいえ、もどかしかった。

「何を話していたの?」と聞くのも癪だったので、かわりに後ろから月長に抱きついた。

翠玉の大きな胸が月長の背中にあたった。意図的にそうしたのだった。

「ね、しよっか」

「しないよ」

月長はさらりと答えた。

「この体を見て何とも思わないわけ!?こう、ムラムラするとかっ!普通するでしょ!?」

翠玉は色っぽいとしか言いようのない姿をしている。

自慢のスタイルを更に美しく見せる為、服装にも気を遣っていた。

町を歩けば男達が鼻の下を伸ばして見とれる程なのに、その体を擦り寄せて迫っても、月長は落ちない。

(なによ・・・私は男を誘惑してナンボの魔物なのよ!!男を喰いすぎて封印されたってのに、なんでこんなとこで苦戦してんのよ・・・)

「ああ、もうっ!」

翠玉は月長から離れ、頭を抱えた。

その様子を月長がくすくすと笑いながら見ている。

「ねぇ、私のこと好き?」

「うん」

「いつになったらしてくれるの?」

翠玉の顔は真面目そのものだった。しかし答えは返ってこない。

おとなしい月長は大概のことは翠玉のいいなりだったが、この件に関しては絶対に譲らなかった。

「翠玉は・・・」

「うん?」

「・・・何でもない」

月長は何か言いかけたが、途中で口を噤んでしまった。

「・・・キスぐらいしてくれてもいいじゃない」

翠玉はいつもの威勢はどこへやら、しゅんとして言った。

ふっと微笑んだ月長は翠玉の右の頬にキスをした。

「これじゃ、だめ?」

「な・・・なによっ!こんなんで誤魔化そうとしたって・・・」

と、言いつつ嬉しさから翠玉の顔が緩む。

(ほっぺにキスされただけなのに・・・こんな気持ちになるなんて。私、どうしちゃったの・・・。ラミアが純愛なんて。もう歳かしら・・・)

ラミアは妖艶な美しさを持つ魔物だが、それは上半身だけの話で下半身は大きな鱗で覆われた蛇だ。人間の間で語り継がれる話では、ラミアはその上半身の美しさで男を招き寄せ、精気を奪い、時には喰い殺すこともあると言われている。それは翠玉も例外ではなかった。遙か昔の話だとしても。

(・・・知ってるの、ホントは。追い出された、なんて言ってるけど、私を守る為に、家を出たこと)

翠玉や天青のようにヒトに変化できる魔物を封印した石の価値は高い。

しかしそれでも、元よりヒトガタをした生き物・・・妖精や精霊・吸血鬼などの魔石とは扱いにかなりの差があった。

(有名な魔石収集家コレクターの長男で、兄弟の中でも一番の魔力があった。父親からも期待されてた。それなのに・・・よりによってラミアの魔石を選ぶなんてどうかしてる。取り引きに出されそうな私を連れて家を出るなんて)

「馬鹿なオトコ」

翠玉は呟いた。

「うん」

月長は否定せず素直に頷いた。

「だけど・・・最高にいいオトコだわ」

(私、この男の為なら死ねる。そのくらい・・・好き)

「この私があんな小娘に負けるはずがないわ!」

翠玉は声には出さず、心のなかで高らかにそう宣言した。

  

「ほらっ!もっと早く走れよっ!!」

早朝、人影のない街角に天青の怒鳴り声が響く。

「は・・・はしってるもん・・・。全速で」

ほたるは人よりすこし勉強はできたが、運動神経に関しては皆無に等しかった。本人は早く足を動かしているつもりでも、あまり前に進んでいない。天青との差は広がるばかりだった。

はぁっ。はぁっ。

「天青のイジワル〜・・・」

その声すら、もはや届かない。

「月長っ!早くっ!!」

大きな建物を一軒挟んだ先の路上で翠玉が月長を急かしている。

「そんなに・・・ハァ、ハァ・・・早く・・・走れない・・・よ・・・」

月長はほたる以上に息を切らしながら苦しそうに言った。

「もうっ!だらしないわね!先いくわよ!」

翠玉は大きな怒鳴り声をあげながら更に加速した。

「!!」

「!?」

天青が突き当たりを右に曲がり、翠玉が左に曲がったところで二人は出くわした。

そこは町の中央噴水広場だった。

「なんでアンタがここに!?」

「決まってんだろっ!アイツを追ってるんだよ!邪魔すんな!」

「待ちなさいよ!アレは私達のエモノよ!」

同じ相手を追って賞金稼ぎ同士がぶつかり合ったという話は酒場で

よく耳にする話題だった。

本来そういう事件を未然に防ぐ為にギルドでの申し込みが行われるのだが、手違いによるダブルブッキングはしょっちゅうだった。

腰を低く落とし、拳を構える天青。

同じようにして翠玉も戦闘態勢にはいる。

お互いにスキはない。

「・・・夢喰い専門の獏なんかに負けないわよ」

「オトコを誘惑するしか能のないオマエよりは断然強いぜ。俺は」

両者は因縁の対決とばかりに睨み合った。

一触即発だ。

「あれ?」

「ん?」

ほたると月長はやっとの思いで魔石に追いついた。ほとんど同時のことだった。

緊迫した魔石達とは程多いほんわかムードでおはようの挨拶を交わす二人・・・。

「ほたるっ!」

「月長!」

天青はほたるにぴったりと張り付き、翠玉も月長にくっついた。

二人とも嫉妬心丸出しだった。

ほたると月長は目線を交わし合い、(同じだねぇ・・・)と笑った。

「ダブリよ」

翠玉は月長に言った。

「最近多いね」

「そうじゃなくてぇ・・・」

「さっさとカタつけようぜ」

こういう場合、闘って勝ったほうに権利がある。

天青と翠玉は闘る気満々になっていた。

「天青ってば・・・そんなにムキならなくても・・・」

ほたるは天青をなだめた。

「ムキにもなるだろ!アイツはな、中級クラスの割には掛け金がいいんだよ!こんなオイシイの取り逃がしてたまるかよ!ちょっとは現実ってモンを考えろよ。そんなんだから遺産相続もできずに、一文無しになるんだよっ!お前はっ!」

「う・・・」

また痛いトコロをつかれた。

ほたるはお嬢様だった。両親が生きている頃は。

それが両親が死んだ途端、顔も知らない親戚やらがうじゃうじゃと湧き出し、気が付いたら一文無しで放り出されていた。

天青がいなかったらどこかで野垂れ死んでいたに違いない。

「とにかく、コイツを倒して、アイツを追う!わかったな?」

「うん・・・。じゃあ・・・」

ほたるはちらりと月長のほうを見た。

月長にも闘う意志はないようで、ほたると目が合うとにこりと微笑んだ。

「ジャンケンで決めませんか?」

ほたるが言った。

「な・・・っ!?」

魔石達はこの提案に驚きを隠せない。一体どこをどうすればそういう発想に繋がるのか、血の気の多い彼等には理解できなかった。

「それは名案ですね」

月長は快くその提案を受け入れた。

「おとなしくしていてね、翠玉」

「天青も。暴れちゃだめだよ?」

二人はそれぞれ魔石を鎮めながら、前に出て向き合った。

「ジャ〜ンケ〜ン・・・ぽんっ!」

ほたると月長は、最初はグー、と、声をかけ合ってジャンケンをした。

ジャン、ケン、グー。

ジャン、ケン、パー。

「あ・・・。ごめんね、負けちゃった・・・」

申し訳なさそうにほたるが天青を振り返って頭を掻いた。

「お前、ジャンケン弱いくせに変な提案すんなよ、バカ」

天青はほたるの腰に手を回してぐいっと自分のほうへ抱き寄せた。

そして翠玉と月長を交互に見て、

「しゃぁねぇな。ここは譲ってやるよ」と言った。

ありがとう。と、月長は答えた。

翠玉は当然とばかりにフンと鼻を鳴らした。

「じゃあな。もう二度と会うこともないだろうけど」

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