COUPLE WORLD

読切

珊瑚の夜



[ 3 ]


「じゃあ、ここに座って」

メノウはサンゴをベットの端に座らせた。
サンゴは思考回路が完全に切れた状態になっている。
どのみち逃げられない。覚悟を決めるしかなかった。

「まず、これがキス。キミ流に言うなら接吻ってヤツね」

メノウは自分の唇をサンゴの唇に軽く重ねた。

「こうやって軽くふれるのがフレンチキスでしょ。で、これがディープキスね」

今度は強く唇を合わせた。長い間隔で、ゆっくりと何度もそれを繰り返す・・・。

「次は舌入れるけど、噛まないでね」
「!!!?」

サンゴはもう何が起こっているのかわからなかった。
頭には血がのぼり、目を丸くするばかりである。

「・・・サンゴ?大丈夫?」

あまりにもサンゴの体がガチガチなのでメノウはキスを止め、サンゴを見た。

「・・・大丈夫じゃ・・・ありません」

熱い息を漏らしながらサンゴが答える。
メノウはくすりと楽しそうに笑った。

「ね、足開いて」

メノウはサンゴをベットに押し倒して、上から乗りかかった。

「!?む・・・無理です。できません」

衝撃的なメノウの言葉にサンゴは涙目になった。

「なら、俺が・・・」

サンゴのぴったりと閉じた両足にメノウは手をかけた。

「ひやぁっ!」

サンゴは思わず声をあげた。

「ナニ?今の・・・ひゃぁって」

メノウは笑い出した。
サンゴの口から出たとは思えない声に、メノウは大ウケだった。

「ホントに・・・どうしていいかわからないんです」

サンゴはみるみる表情を歪ませ、しまいには泣き出してしまった。

「心の準備だって・・・こんな何時間かで出来るわけが・・・」

紅色の瞳からぽろぽろと涙が落ちた。
メノウはまさか本当に泣き出すとは思っていなかったらしく、びっくりしてサンゴから離れた。

「ごめん。キミのことは大切にするって決めてたんだけど・・・嬉しくて調子に乗りすぎちゃった」

メノウは肩をすくめて笑った。

「しばらくは我慢するよ」

  

「サンゴっ!ただいまっ!」

メノウは家に帰るなり暖炉の前で編み物をするサンゴの背中に抱きついた。

「おかえりなさい。メノウさま」

サンゴは微笑んだ。すっかり打ち解けた笑顔だった。
そして二人はキスをした。

「・・・うん。キスは上手くなったね」

メノウは唇を舐めながら満足気に言った。

「そんな・・・」

サンゴは恥じらって瞳を伏せた。
あの夜から二ヶ月が過ぎた。
その間二人はキスしかしていない。

「あ・・・メノウさま」
「ん?」

ふわりといい香りがしてメノウの首元が暖かくなった。
手編みのマフラーだった。

「ちょうど今編み上がったところなんです。これから寒くなりますから、よろしかったら使ってください」

サンゴはにこにことしている。
純真な笑顔。メノウはこの笑顔が大好きだった。

「ありがとっ!!」

メノウは喜色満面の笑顔でもう一度サンゴに抱きついた。
その様子をコハクが見て笑う。
サンゴは昼間外には出られない。
手先が器用なコハクは昼間サンゴに編み物を習っていた。
そしてなぜか編んでいるのは赤ちゃん用の手袋や靴下・・・しかも女の子用だった。

「・・・お前、俺より気が早くない?」

メノウはサンゴから貰ったマフラーを首に巻いたまま、コハクから編みかけの小さな靴下を取り上げた。

「あっ!返してくださいよぅ。やっとコツを掴んできたところなんですから」

やっとコツを・・・という割にはすでにプロ並みの仕上がりだった。

(コイツって変なところで才能発揮するよな・・・)

「催促してるわけじゃないんですけど。楽しみにしてるんですよ。すごぉく。頑張ってくださいね」

コハクはメノウから靴下を取り返し、続きを編み始めた。

「ま、そのうち・・・ね」

メノウは苦笑した。
サンゴは赤い顔で俯いた。

  

「・・・まだ、だめ?」

昼間のコハクの言葉に触発されてか、その夜メノウがサンゴに切り出した。

「・・・よく・・・わかりません」

サンゴは拒絶するでも、受け入れるでもない曖昧な返事をした。

「・・・でも・・・」

自分が体を許すことでメノウの喜ぶ顔が見られるのなら・・・サンゴはそう思うようになっていた。
メノウがサンゴの笑顔を好きなように、サンゴもまたメノウの笑う顔が好きだった。
  

「・・・もっと力抜いて・・・サンゴ」
「は・・・い」

もっとメノウの笑顔が見たい、喜ばせたい、そう思ってもサンゴの体はメノウを受け入れることができなかった。

「う~ん・・・。だめっぽいね」

メノウは怒るでもなく、焦るでもなく、少しだけ困ったように笑った。

「そんなにするのが怖い?それとも・・・俺が怖いの?」

違います、と言いたかった。
けれど言葉が喉に張り付いて声にならない。

「俺ね、エクソシスト辞めたんだ」
「え・・・?」
「もう悪魔は殺さない。だから・・・怖がらないでくれる・・・?」
「メノウ・・・さま・・・」

「無理しなくていいから。サンゴがちゃんと受け入れてくれるまで待つよ。いくらでも我慢する」

優しく健気なメノウの言葉に胸が締め付けられる思いがした。
サンゴは決意したように口を開いた。

「・・・無理矢理でもいいです。私・・・心と体がバラバラなんです」
「サンゴ・・・」
「心はもうとっくに許しているんです。望んでいるんです。でも・・・」
「いいんだ」

メノウはサンゴに口づけた。

「サンゴとキスするだけでこんなにも幸せだから、いいよ。楽しみは後にとっとく」

言葉どおりの幸せそうな笑顔だった。

「だって俺達、これからもずっと一緒だし。焦ることないかな、って」

最近やっとそう思えるようになったんだけどね、と、メノウは笑いながら言い足した。

「・・・・・・」

サンゴは沈黙した。
憂いに満ちた表情で。

「?サンゴ?どうしたの?」
「・・・メノウさま・・・だめです。私は・・・ずっと一緒にはいられません・・・」
「なんで?」

メノウはきょとんとした顔で質問した。

「・・・もうすぐ死ぬからです」
「何・・・言ってるの?」
「本当なんです。純血の“銀”である私の瞳が紅いのはそのせいなんです。生まれつき長く生きられない“しるし”だそうです」
「そんなの・・・うそだ!」
「嘘ではありません・・・」
「なんでそんなに冷静なんだよ!もうすく死ぬってのに!」
「・・・死ぬのは・・・初めてじゃないからです・・・」
「!?」
「私は吸血鬼なので、灰があれば体はいくらでも再生します。けれど・・・私は・・・その度に記憶を無くしてしまう。それさえも周囲から聞かされたことなので、定かではありませんが・・・気が付くと思い出が何もないので・・・たぶんそうなんだと思います」
「・・・思い出が・・・ない?何一つ?」
「はい・・・。聞かされた思い出ならありますが、自分では何も。ひとつわかっていることは、私が死ぬ度に体を再生させる“誰か”がいるといことです。“銀”の再生には灰と・・・通常の何倍もの血が必要だというのに。その“誰か”は人間30人の命を奪う罪を重ねて、私を再生させるんです。そうやって幾度となく繰り返された・・・罪」
「・・・・・・」
「もう何人犠牲にしているかわからない・・・。その“誰か”を含めて。こんな罪深い体でも・・・愛してくれますか・・・?」

サンゴが夜な夜な戦場を渡り歩いて人助けをしていたのは、人間へのせめてもの罪滅ぼしだったのだ。

「・・・忘れたら、また教える。キスだって何度でも教えてあげる」

メノウは手を伸ばしてサンゴの頬に触れた。

「安心していいよ」
「メノウさま・・・」
「いいことを教えてあげる。俺の血はね、すごく質がいいんだ。俺一人で人間30人分ぐらい簡単に賄える。だから今度は俺がサンゴを再生するよ。サンゴの言うところの“罪”はもう犯さなくていいんだ。誰の命も引き替えにしない」

メノウは言葉を続けた。

「自分の命が誰かの犠牲の上に成り立っていることが、いたたまれなかったんだね、サンゴは」
「メノウさま・・・っ」

サンゴの瞳に涙が溢れた。メノウに抱きついて何度もその名を呼ぶ・・・。

「大丈夫。何も怖くないよ。全部俺に任せて」

(・・・あずけてみようか・・・全てを。心も体も・・・犯した罪さえも・・・)

心の奥の淀んだ場所に風が吹き抜けた様だった。
ふっと心が軽くなり、悲しみも不安も今は感じない。
サンゴの体からゆっくりと力が抜けてゆく・・・。

「俺の体、覚えて・・・サンゴ」
「はい」
「忘れてもすぐ思い出せるように」
「・・・はいっ」

サンゴは窓辺に立って月を見上げていた。
思えば度々そういうことがあった。

「こうして月齢を見ていたんです。滅びの日を知るために」

一糸纏わぬ姿のサンゴが静かな声で語った。

「私の体は・・・20歳までしか持たないんです。何度再生させたとしても、同じところで体の細胞が死に絶える・・・。そういう遺伝子を持っているのだそうです」

(なるほど・・・再生させるときは少し灰の量を減らして若返らせればいいか。でもあまり取りすぎても体の構成に支障をきたす可能性が・・・)

メノウはこの呪われた定めからサンゴを救い出す方法を考えていた。

『俺にできないことなんてない』この時はそう信じて疑わなかった。

「今、日記をつけているんです。忘れたくないことばかりだから」

すべての記憶を無くしても、何かの手がかりになるように。

「俺のこといっぱい書いてね」

メノウはベットの上から笑いかけた。

   

サンゴが俺を忘れれば忘れるほど、俺はサンゴを忘れられなくなる。
時を重ね、肌を重ね、好きになればなるほど、忘れられた時の痛みは増すんだ・・・。

「まいっちゃうよな」

メノウはコハクの前で初めて弱音を吐いた。
サンゴを妻に迎えて一年・・・。三度、失った。

「・・・細胞がだんだん劣化していっているのではないでしょうか」

コハクは魔法医学の本を片手に前髪を掻き上げた。溜息が漏れる。

「滅びへの間隔が短くなってきています。このままでは・・・」
「何度再生させても、すぐ滅びる・・・と」

再生させたサンゴはものの見事にメノウのことを忘れていた。

(言葉は話せる。知識は残るんだ。なのになんで記憶ばかりが消えるんだよ・・・)

その度にコハクがメノウとの関係をサンゴに説明したが、納得したとしても気持ちが追いつくはずもなく、結局メノウは一から恋愛関係を築かなければならなかった。

「時々、何もかもすっ飛ばして襲いかかりたくなる」

メノウと寝るのは初めてではないはずなのに、初めてだというサンゴ。
想いが通じ合ったと思ったら、また滅び・・・。

「思っていたよりキツイ・・・」

同じ事の繰り返しで少しも前に進まない。
研究も同じように進まなかった。
サンゴといられる時間は限られている。

少しでも長く一緒にいたいというのが本音だ。
そのためコハクに資料を集めさせてはいたものの、なかなか研究に没頭できなかった。

「キツイ・・・けど、手放すなんてできない」

いつも飄々としているメノウからは想像できない、悲痛な面持ちだった。

「メノウ様・・・」

コハクは見るも忍びない気持ちになった。

「メノウさま」

二人の詰める書斎にサンゴがお茶をいれて持ってきた。

「あまり根を詰めると体に毒ですよ。コハクさんも」
(・・・優しい性格はまったくかわらないのになぁ)

今や庭は、サンゴが夜の散歩から連れ帰った犬や猫でいっぱいだった。
動物達の世話に追われるのは主にコハクだったが、サンゴと共に動物達とじゃれる日々も楽しかった。
ガシャン!ティーカップの割れる音がした。
どさり、とサンゴが倒れる。

「サンゴっ!!?」
(一体どうしたんだ・・・?滅びにはまだ早い・・・)


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