COUPLE WORLD

読切

珊瑚の夜



[ 4 ]


「えっ!?子供!?ホント・・・に?」
「はい。おそらくは」

天使のコハクは命の息吹に敏感だった。
メノウは自分より体の大きいサンゴを引きずりながらなんとかベットに寝かせた。

「うわぁ・・・。マジかよ・・・」

メノウはこれ以上ないくらい嬉しそうな顔をした。

「おめでとうございます。ホントに・・・」

コハクも感無量というカンジで、冗談半分に目頭を押さえた。

「ねぇ、だけど・・・」

メノウに一抹の不安がよぎった。
サンゴの体は大丈夫なの・・・?子供ともども灰になるなんてことは・・・
そう言いかけたところでサンゴが目を覚ました。
メノウは言葉を飲み込んだ。

「・・・メノウ・・・さま・・・?」

「サンゴ!あのね・・・」

メノウはサンゴに告げた。
サンゴにとってもこれ以上ないくらい嬉しい知らせだった。
二人は崩れそうな顔をして笑い、心から誕生を祈った。

  

「サ~ンゴっ」

揺り椅子に腰掛けて編み物をするサンゴ。
お腹がかなり目立つ。
メノウは悩みも吹き飛び、今この瞬間の幸福に浸った。
いつものようにサンゴにキスをして、それからお腹に顔を寄せる。

「もうすぐ、会えるね」
「そうですね」

サンゴは顔を綻ばせた。
忍び寄る滅びの恐怖も今はすっかり影を潜めている。

「俺に似てるかなぁ。あ、でも女の子だったらサンゴに似た方が・・・」

メノウはサンゴの優しげな顔立ちがお気に入りだった。

「どっちに似たって可愛くて仕方ないだろうなぁ・・・」

ふふふ、とお腹をさすりながらサンゴが笑った。

 

その春、サンゴは銀色の髪の女の子を産んだ。
  

「・・・ありがとう。サンゴ」

メノウはサンゴの手を強く握った。

「お疲れ様でした」

コハクもにこにこしながら声をかけた。

(・・・銀の髪・・・。この子は・・・私に近い・・・。ああ、なんてこと・・・)

サンゴは言葉にこそ出さなかったが、産まれた子供が自分の・・・吸血鬼の血を強く受け継いでいることに胸を痛めた。
メノウ譲りの明るい栗色の髪の子供が産まれることを切望していたのだ。

「綺麗な銀の髪ですね」

サンゴの心を見透かしたようにコハクが髪について触れた。
銀の髪は確かに美しかった。この世のものとは思えないほど。

「だろ?だろ?俺も銀の髪の子供が欲しかったんだよね~。でかした!サンゴ!」

メノウもコハクも産まれた子供が銀の髪であることを心から喜んだ。

「大丈夫。何があっても守るよ。俺達で」

  

瞳がメノウと同じ鮮やかなコバルトグリーンをしていることから赤子はヒスイと名付けられた。
サンゴはヒスイを産んでから寝たきりになっていた。

(・・・また滅ぶのか・・・?)

メノウは幸せ一杯の時間を過ごしていたが、次第に表情を曇らせていった。

「・・・おかしいと思いませんか・・?」

コハクが神妙な顔でそう口にした。

「・・・うん」
「今までの滅びは、体が弱っていくのではなくて、単に細胞が崩れ落ちる感じだったじゃないですか」
「まさか・・・子供を産んだせいで・・・」

メノウはハッとして言った。

「・・・・・・」

コハクは無言でそれを肯定した。

「うそだろ・・・」
(死ぬのか・・・?サンゴは)

「・・・させない。そんなこと」

メノウは身を翻した。
そしてついに研究室に閉じこもってしまった。

(滅びの運命なんて俺が変えてやる!!)

  

「・・・メノウさま」

優しい声。
サンゴがふらふらと歩きながらメノウの研究室に姿を現した。
もともと白い肌は更に白くなり透けてしまいそうだ。
そんなサンゴの姿はそこはかとなく儚い印象を与えた。

「・・・・・・」

メノウは額に手をあて、苦悶の表情を浮かべている。
国宝級の貴重な書物ですら、サンゴの瞳の謎に触れるものはなく、メノウはゆき詰まっていた。

(あり得ない・・・この俺にできないことがあるなんて)

『できないことをさがしているんだ』

できないことは何もないと思っていたからこそいえた言葉。

(とんだ思い上がりだ)

メノウは自分を呪った。

「もっと早くに本腰を入れていれば、間に合ったかもしれないのに」

サンゴの側を離れることができなかった自分。

「やらなきゃいけないことだったんだ。なのに目の前の誘惑に勝てなかった。奢りもあった」

どうにもならない焦燥感。
まだ間に合わないと決まったわけではないのに、運命から逃れられない予感がした。
メノウは拳で机を叩いた。






サンゴはそっと手を伸ばしてメノウの柔らかい髪に触れた。

「・・・できないことなんて、なかったんだ」

メノウは下を向いたまま、唇を噛んだ。

「簡単だと思ってたんだ。サンゴの・・・体の構造を変えることぐらい。なのに・・・」
「・・・メノウさま」

サンゴは、噛み締めたメノウの唇に自分のふっくらとした唇を寄せた。

「サ・・・ンゴ・・・」
「抱いてくれませんか。私を」

最後に。

「もう、忘れることはありませんから」
「!!」

サンゴの言葉は本当の別れを告げるものだった。

「まさか・・・こうなることを知っていたんじゃ・・・」

メノウは表情を強張らせた。

「俺が・・・子供を欲しがったから・・・」
「私が産みたかったんです。メノウ様の子供を。あなたの一番望むものをどうしても残したかった。この世界に」
「どうしてなんだよ・・・。どうして笑っていられるんだよ!?」

サンゴは微笑んでいた。残酷なくらい美しく。

「死んだらもう、話をすることだってできないし、顔をみることだってできない。触れることだって、声を聞くことだってできないんだよ!?」
「・・・死とはそういうものです。メノウさま」
「・・・それでも、もっと一緒にいたい。笑いあって、キスをして・・・そうやって生きていけると思っていたんだ・・・!!」
「だから・・・今、するんです。私はまだ生きてここにいるのですから。接吻だって、同衾だって、できます」

サンゴは自分から服を脱いだ。

「もう・・・体がもちません。今度灰になったら二度と元には戻れない。お願い・・・メノウさま。この体がカタチを保っているうちに・・・どうか、触れてください・・・」

サンゴは微笑みを絶やさなかったが、真紅の瞳には涙が浮かんでいた。

「いやだ。いかせない・・・」

メノウはサンゴの体に抱きついた。

「滅びと再生・・・ずっと同じ事の繰り返しでした・・・」

サンゴはメノウの頭を撫でた。

「だけど・・・これでやっと私も前に進むことができます」
  

『できないことをさがしているんだ』

できないことなんて山ほどある。
俺にはサンゴの気持ちを変えることさえできないじゃないか。

「死にたくない」

と、サンゴが言ったら、不可能さえも可能にして、生き返らせるつもりだった。
だけどそうはいかないみたいだ。

真っ直ぐ前を見つめるサンゴを引き留める言葉がみつからなかった。
メノウは黙って瞳を伏せた。
最後の晩はメノウがサンゴに抱かれた。
研究室の冷たい床の上で。

「全部・・・メノウさまが教えてくれたことですよ」

そう言って笑ったサンゴ。狂おしいほど愛おしかった。
朝日が昇り始めると同時に、サンゴの体は指先から少しづつ灰になっていった。

「メノウさま・・・ひとつお願いがあります。ヒスイ・・・あの子はどうか人の世で・・・少しでもメノウさまに近い世界で生きてゆけるように・・・」
「もちろん、そうする」

メノウは目を細めてサンゴを見た。

「私がメノウさまを愛した証です。私が消えてもあの子が残る。メノウさまが愛した分だけ、愛を返してくれる、きっと。私と違って、メノウさまのことを忘れることもありません」

サンゴなりの冗談だったのだろう。
自分のことを少しばつが悪そうに笑って言葉を続けた。

「今までつらい思いをさせてごめんなさい」

サンゴはメノウの心の痛みを知っていた。
メノウは強く首を横に振った。

「・・・俺もすぐにいくから」
「いいえ。メノウさまも私の分までヒスイと幸せに・・・。ちゃんと待っていますから。急がないで・・・」

『ありがとう・・・。メノウさま・・・』








サアァーッ・・・

窓から風が吹き込んだ。
サンゴはもうそこにはいなかった。
真っ白な灰の塊と、サンゴが左手の薬指にしていた指輪だけが残った。

「・・・サンゴ・・・」

メノウは力なく床に座り込んだ。

「サンゴ・・・」

たった今、永遠に失われた命。

「サンゴぉ~・・・・っ・・・」

メノウはサンゴの前では泣かなかった。
しかしもう我慢の限界だった。
メノウの頬をつたってぼたぼたと床に大粒の涙が落ちる。
メノウは何度もサンゴの名を呼んでは、むせび泣いた。
涙と声が枯れるまで。

 

「メノウ様・・・」

半日ほど経ってからメノウはヒスイの眠る部屋へ戻ってきた。

「ごめんね、ヒスイ。放っておいて」

かすれた声でメノウが言った。
気遣うようなコハクの視線・・・。コハクは全てを察しているようだった。

「・・・大丈夫だよ。俺にはまだやることがある」

メノウはヒスイを抱き上げた。

「・・・俺って天才じゃん」
「そうですね」
「この力があれば・・・世界だって変えられる」
「ええ」
「なのになんで・・・たった一人の女の運命をかえることができなかったんだろうな・・・」
「・・・・・・」
「今更こんなこと言うのもおかしいけどさ。サンゴが普通に俺と同じ刻を生きることができたなら、一緒にしてみたいこと、たくさんあったんだ・・・」
「・・・これからだってできますよ。メノウ様はもう一人じゃないんですから」
「・・・そうだね」
   



ふわりとメノウの背中があたたかくなった。

(・・・サンゴ・・・?)

メノウはうっすら瞳を開けた。
懐かしい銀色の髪・・・。

「ごめんね、起こしちゃった?」

(・・・サンゴの声・・・)

「・・・お父さん・・・寝てるの?起きてるの?」
「!!」

メノウは瞳を全開にした。
あきれ顔のヒスイがメノウを覗き込んでいる。

「もう・・・お父さんはいつも机で寝ちゃうんだから・・・」

背中には毛布がかけられていた。

サンゴ・・・・。

ヒスイは、笑っちゃうくらい俺に似ているよ。顔が。
だけど声は驚くほどキミに似ているんだ。
知らないうちに逞しく育って。
放っておいても自力で幸せになるタイプだな。
あれは。

「ヒスイ。ちょっと。ちょっと」
「?」

メノウはヒスイを近くに呼び寄せた。
自分とそっくりな顔をしたヒスイが不思議そうな表情で近付いてくる。
見事な銀髪。年は出会った頃のサンゴと同じくらいだ。

「・・・何、してるの・・・?」

メノウはヒスイの長い銀の髪を一束とって口づけた。

「お・・・お父さん?」

ヒスイは照れている。

「ねぇ、“メノウさま”って呼んでみて」
「はぁっ??」

ヒスイは唐突な父親の発言にたじろいだ。

「サンゴが・・・俺のことそう呼んでたんだ」
「・・・・・・」

メノウの言葉は少し淋しさを含んでいた。

「・・・メノウさま」
「うん」
「メノウさま」

瞳を閉じて耳を澄ました。
サンゴと寸分変わらない声が、メノウの心にあたたかく響いた。
瞼の裏に鮮やかなサンゴの姿が蘇る・・・。

あの時・・・すべてを失ったと思った。
だけどそうじゃなかった。

キミはいつだってここにいる。

俺のなかに。ヒスイのなかに。
共に生きてゆこう。これからも。

最愛の君と。


+++END+++

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