世界に春がやってくる

裏部屋T No.03

Answer

「世界に春がやってくる」12話まで読破された方向け。



別に珍しいことじゃない。

 

「忘れたの?トパーズだってこうやって作ったんだよ?」
「あんっ・・・おにぃちゃ・・・」

 

※性描写カット
 

 
『せいぜい君はそこで見ているといい』
 

 
現実と大差ない、悪夢。

 

「あれっ?トパーズ寝てるの?」

 

部屋に入ってきたのは、ヒスイ。
その声でさえ、トパーズを目覚めさせる事はなく。
完全無防備。しかし、その寝顔は苦悶に満ちていた。

 

「悪い夢でも見てるのかな?」

 

上から愛しい息子を覗き込む。
見なくても良いものを見る羽目になるとは思いもせずに。

「え・・・な・・・んでコレがここに・・・?」

開かれた左の掌。
以前悪魔と無謀な取引を試みた際の代償として、己の身体に刻んだ筈の紋様だった。
一見間抜けなハート型。
反して事態は深刻だった。
契約を破棄され、いつの間にか消えてなくなってしまった紋様。
代償と共に今はトパーズが請け負っていた。

「まさかあの時・・・」
 
鮮明に甦る記憶。

「どうしてこんなこと・・・」

あれからもう大分経つが、トパーズは何も語らず、そんな素振りも一切見せなかった。
罪悪感でヒスイの鼓動が早くなる。

トパーズが悪夢から目覚めた時には、ヒスイの小さな両手が例の左手をしっかりと握っていた。

「!!」

(ち・・・見られたか・・・)

ヒスイの手を振り払い、慌てて左手を握り締めても、遅かった。
 

「・・・返して」
「・・・返さない」

返せないのだ。一度契約を破棄した体には。

「返してよっ!そんなのあったら困るでしょっ!?」
「別にいい。お前が相手なら死なない」

つまり、他の相手なら死ぬ・・・と。
そう言われてしまっては抵抗もできず、そのままベッドへと引きずり込まれ。
伸びてきた指先にヒスイは大人しく足を開いた。

「・・・したいの?」
「・・・したい」

「したら・・・返してくれる?」
「1回じゃ返さない」
「じゃあ、何回すればいいの?」

段々と困った顔になってゆくヒスイ。
どう対応すべきなのか、答えが見つからないのだ。
 
「アイツと別れろ」
「っ・・・!やだっ!!」

ヒスイは頭を左右に振って否定した。

「紋様返してよっ!!」
「やだ」

今度はトパーズが跳ねつける。

「んっ!ぅ・・・」



※性描写カット



ヒスイが・・・迷っているのだ。
 


※性描写カット

 
 
「・・・もう遅い」
「ああんっ!!」

 

避妊などするものか、いっそ孕んでしまえ、と、思う。

(責任?喜んで取ってやる)

次から次へと湧き上がる感情は、射精を繰り返しても発散できず。
胸が、苦しくなる。
いつしか快感に取って代わった狂気が、トパーズの表情を歪めた。

「トパーズ?」

トパーズにこんな顔をさせているのは、私。
小さい頃から苦しめてばかりで。
恨まれて、嫌われるのは当たり前なのに。
どうしていつも助けてくれるのかな・・・。

太股に添えられた左手の内側には、呪いの紋様が息づいている。

「私は・・・何をすればいい?」

せめてもう少し笑顔が増えるように。

「簡単なことだ。それなら・・・」

「オレのものになれ」
「二度とアイツに触らせるな」

 

(どうせ泣きながら嫌だと言うに決まってる)

わかっているから、余計に苛めたくなる。
・・・のだが。
ヒスイは承諾した。
 


「・・・いいよ」

そのかわり・・・と、続けてひとつの条件を出す。
“お兄ちゃんのこと、魔法で全部忘れさせて”

「そうじゃないとたぶん、泣いちゃうと思うから」
「・・・わかった。後で忘れさせる」
「うん・・・」


 
「だったら、もうこれはいらないな?」

トパーズはヒスイの薬指から結婚指輪を抜き取り、外した眼鏡と並べて置いた。
新しいのを買ってやる・・・と言いかけて、親子で指輪もクソもあるかと、自嘲するぐらいの理性は残っていた。
ヒスイは涙目で小さく頷き、トパーズに従った。

「さっさと入れさせろ」
「うん」



※性描写カット

 

「もうっ!無理っ!!足つるっ!!」

快感よりも、肉体の危機を訴えるヒスイ。

「運動不足だ。体動かせ」
 

笑いが混じった優しい響き。

(あ・・・トパーズ、笑った)

 

そう。こんな風に笑って欲しいから。

 

 

 

失うものがたくさんあっても。

 

(・・・泣いちゃだめ)
 


再三のセックスの後、訪れた約束の時間。

 

「目、つぶってろ」
「うん・・・」

「じゃあ・・・後の事、よろしくね」
「・・・何かアイツに伝える事は?」
「・・・わかんない」

泣かないように奥歯を噛んで堪えても、失うものの大きさに心が震える。
ヒスイの頬を一筋の涙が伝った。

「・・・あとは・・・うまくやる」
「ん・・・」

掌でヒスイの瞼を覆う。
それから・・・唇に愛あるキスをして。

トパーズは忘却の呪文を唱えた。

「ん・・・あれっ?」
「・・・ヒトの部屋で勝手に寝るな」

ペシッ!
いつものように額を叩かれ、翡翠色の瞳をぱちくりさせて、起き上がるヒスイ。

「え!?ごめん・・・寝てた?」

トパーズのベッド。
しばらくして目を覚ましたヒスイは何事もなかったかのように服を着ていて。
指輪も左手の薬指に戻っていた。

「あ!そうだ!お兄ちゃんがね、今日のおやつはご馳走だから、家にいるんなら顔出すように・・・って」

思い出した用件を告げ、ベッドから飛び降りる。

「ヒスイ」
「ん?」

「・・・また来い」
「?うん」

ヒスイはトパーズの見送りを受け、部屋を後にした。

「あ・・・」

てくてくと廊下を歩く最中、下着に滲んだ粘液に気付く。
コハクとのセックスは数時間前で、まだ記憶に新しいが。

(う〜ん・・・おかしいなぁ・・・)

「ま、いっか」

ヒスイは何度か首を傾げたが、すぐに考えるのを止め、階段を下りた。
目指すはコハクのいるキッチンだ。

「今日のおやつは腕によりをかけて作るから」
と、何時間も前から準備していた。

ジストもサルファーも1階でソワソワしている。
時間は午後2時40分。
出来上がりにはまだ早いが・・・
 

「お兄ちゃんっ!!おやつ〜!!」

 

 

 

2階。トパーズの部屋。

 

ベッドに腰を掛け、まず一服。
消してしまった時間の余韻に浸る。
 
『オレのものになれ』
『・・・いいよ』

甘く耳に残るヒスイの声。
左手を開けば、ハートの紋様がそのままに。

(すべて、これが言わせた言葉だったとしても)
 
「しばらくは、悪い夢をみなくて済みそうだ」


オレだけが知っているヒスイの“答え”を糧に。
生きてゆく。これからも。この、家で。




+++END+++

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