世界に愛があるかぎり

8話 追放淫魔チャロ

   

「そこの女、出てきな」

ヒスイとラピスは城の地下牢に放り込まれていた。

崖の上に建つ美しい白亜の城だった。

波の音が聞こえる。

「銀の髪の・・・そう、あんただ。チャロ様がひと目であんたを気に入ってね。今宵の相手にと申されている」

「・・・・・・」

(丁度いいわ。そのチャロってのと話をつける。さっさと問題を解決してお兄ちゃんのところに帰るんだから!!)

召喚されてからまだ2・3時間しか経っていないが、何ヶ月も離ればなれになった時のことを思い出すと不安になるのだった。

(お兄ちゃんと離ればなれになるなんて、もう絶対いやだもん!)

牢屋から出る間際、ヒスイはラピスの姿を確認した。

ラピスはまだ気を失ったままだ。

(・・・置いて逃げたらさすがに寝覚めが悪いわよね・・・)

  

「ほぅ・・・美しいのぉ」

(!!人間じゃ・・・ない!!)

“チャロ様”は明らかに人間ではなかった。

悪魔の羽根がある。

目つきは悪いが、胸が大きく、唇が厚い・・・グラマラスだ。

「我が名はチャロアイト。この部族の長じゃ。主は名を何という?」

「・・・ヒスイ」

ヒスイはチャロを吟味していた。

(この人はリリス・・・淫魔だわ。だけど淫魔って・・・男の人を誘惑するのよね。だったら・・・)

自分の身は安全だと思った途端、警戒心が緩んだ。

「・・・よい名じゃ。近う寄れ」

チャロの語調は独特のリズムを持っていた。

甘く優しい声の響きにつられヒスイはチャロの側に寄った。

「ここの女も悪くはないが、いささか喰い飽きた。ヒスイとやら・・・相手をせい」

「え・・・?ちょっと・・・何を・・・」

チャロはヒスイを抱き寄せた。

強引だが、乱暴というわけではない。

「!?・・・お主・・・“何”じゃ・・・」

ヒスイの服に手を入れてすぐチャロの表情が変わった。

背中にある羽根に触れたためだった。

「・・・火傷してしもうたわ」

淡々とした口調でそう言って、ヒスイから手を引く。

「我と同じ闇の生き物と思っておった。主は・・・“銀”ではないのか?」

「・・・そういうあなたこそ」

自分が答えを考える間の時間稼ぎとして逆にヒスイが質問した。

「・・・我はリリス。淫魔じゃ。主とて知っておろう」

「それは知ってる、けど・・・」

「リリスは本来男の精気を吸う生き物・・・じゃが、我は女のほうが好きでのぉ。“異端”として一族を追放された身じゃ」

「女が好き!?じゃあ、ここは・・・」

ヒスイの声が裏返った。

チャロはにたりと笑った。

「我のハーレムというやつじゃ。ここには女しかおらぬ」

(・・・とんでもないところにきちゃったわ。はやくラピス連れて逃げなきゃ・・・)

「主はどうなのじゃ。我はもうずいぶん長く生きておるが、主のような生き物は初めてじゃ」

「・・・お母さんが“銀”で・・・お父さんが人間で、恋人が・・・天使」

淫魔のチャロにはこの説明で伝わると思った。

「・・・なるほど。信じ難い組み合わせじゃが、天使と深く交わることで体が天使化した・・・と」

ヒスイは頷いた。

チャロは火傷した指を軽く舐めた。

そして呟く。

「恋人がおるのか・・・そうか」

「?」

「下がってよいぞ」

「え?」

「他人のものには手を出さぬ主義じゃ」

チャロは潔くヒスイを諦めた。

「主は抱けぬが、その顔は気に入った。目の保養になる。しばらくはここに留まるがいい。悪いようにはせぬ」

  

「私達、本当にチャロ様のことが好きでここにいるのよ」

そうラピスに話して聞かせているのは、本当にごくごく普通の少女だった。
年齢で言えば、ラピスよりひとつ上だ。

「チャロ様はとてもお優しいの。容姿に関わらず、みな平等に愛してくださるわ。ここは・・・男に酷い目に合わされたり、どこにも行くあてがなかったり、同性しか愛せないことに悩む・・・そんな女達の集う場所なの」

ここは何処か、というラピスの問いかけに少女は笑顔で答えた。

「傷ついた心も体もチャロ様が癒してくれた。私達はみんなチャロ様が大好きよ」

牢屋で監禁されているラピスに食事を運んできたところだった。

「少し・・・見た目は恐いけど、ちゃんと話を聞いてくださるわ。ここで・・・チャロ様に守られて・・・愛されて。私達、みんな幸せに暮らしてる」

「え・・・っとその・・・」

ラピスは完全に話に乗り遅れている。

小心者ながらも同年代の少女と話ができたことで舞い上がり気味だったのだ。
その少女の口からまさかそんな言葉が飛び出してくるとは思いもしない。

「あなたはとても可愛らしいから、チャロ様も優しくしてくださるわ。

何も恐れることはないのよ?」

「???」

「そこの新入り。来い」

ヒスイを呼びにきた女だった。

ラピスはその女に連れられ階段を昇った。

「え?あの??」

「いってらっしゃい。よい夜を」

下から少女が手を振った。

  

「先に聞いておくが・・・お主、恋人はおるか?」

チャロはヒスイの前例から、先に確認をすることにした。

「い・・・いません!!そんな・・・こ・・・恋人なんて・・・」

いたらどんなにいいだろう・・・と思う。

(だけど・・・ぼくみたいな男はモテないって・・・姉さんが・・・)

ラピスは今、自分がどんな状況下にいるのかわかっていない。

そして不思議なことに、悪魔であるチャロの姿を見ても恐ろしいとは思わなかった。

同じ悪魔なら、ヒスイのほうが恐い。

「特定の相手がおらぬのなら問題ない。先程の女を喰いそびれてのぅ。腹が空いておる。さっそくいだだくぞ」

「はい?」

チャロは舌で自分の唇を舐めてから、ラピスに濃密なキスをした。

「!!!!!!?」

(何?何?何〜!!?)

あまりの出来事に抵抗することさえ忘れるラピス。

「・・・お主・・・我が初めてか?」

ラピスの純な反応にチャロが言った。

「・・・ならばお主は特別じゃ。大事にしてやる」

嬉しそうに笑い、ラピスを抱き上げベットに運んだ。

「・・・意に沿わぬ結婚から逃げ出してきたか」

ラピスのウエディングドレスを見てチャロは事情を察した。

「我ものになれ。お主を守ってやる」

そう言ってドレスの上からラピスの胸に触れる・・・。

「・・・ずいぶん小さいの・・・。まぁいい、我が揉んで大きくしてやろう・・・」

「え・・・あ・・・あの・・・あっ・・・」

免疫のないラピスは硬直状態だ。

(ぼく・・・ぼく・・・初恋もまだなのに・・・こんな・・・・こんな・・・)

レモン味のファーストキスを夢見ていた。

それが・・・べろりと吸われてお終いだ。

なんだかよくわからない味がした。

(ど・ど・ど・どうしようぅぅ〜・・・)

体が勝手に興奮している。

「う・・・あ・・・」

何ひとつ言葉にならない。

思考がフリーズ寸前だ。

「なかなか良い反応じゃぁ」

一方、チャロはいつになく上機嫌だった。

「どれ・・・下はどうなっておるかの」

左手で薔薇色に染まったラピスの頬を撫でながら、右手をドレスに突っ込む・・・ほどなくして、何かを掴んだ。

(?なんじゃ・・・コレは・・・)

「あ・・・っ」

ラピスが全身をビクリとさせた。

「まさか・・・コレは・・・」

チャロは恐る恐るドレスを捲り、自分が掴んでいるものの確認をした。

「ぎやあぁぁ〜っ!!!」

絹を裂く淫魔の悲鳴。

  

「?悲鳴?気のせい・・・よね」

ヒスイはチャロの勧めで、湯浴みをしていた。

服もパンツも新しい物を用意してくれるという。

これで大手を振って帰れると、機嫌良く湯船に浸かっているところだった。

(そういえばラピス、大丈夫かな・・・)

  

(できればもうこれはやりたくなかった・・・)

薄い桃色のドレスを着て鏡に向かうコハク。

(だけどヒスイが“リリスの楽園”にいることがわかった以上、一刻も早く助けにいかないと・・・)

「天使の羽根があるから、リリスに手を出されることはないと思うけど・・・でも・・・」

ブツブツ言いながら、口紅を塗って、用意したカツラを被る。

「今、行くからね!!待ってて!ヒスイ!!」

  

「女が相手だとちょっとやりにくいよね。リリス以外はみんな普通の・・・人間の女なんだよ、あそこ」

メノウの言葉だ。

それは一同同感のようで、いつもなら殴り込みをかけるところが女装して潜入、という作戦に変えられた。

ヒスイが姿を消して2時間・・・4人は出発した。

4人というのは、コハク、メノウ、シンジュ、そしてオニキス・・・。

メノウとコハクは女装し慣れているし、精霊であるシンジュは自由に性別を変えられる。

問題はオニキスだ。

「なかなか美人じゃん。ちょっとゴツイけど」

「・・・・・・」

オニキスは4人の中で一番背が高い。

いいも悪いもとにかく目立つ。
フードを深く被っても、冷やかしの的だった。
4人の中で主導権を握るのは当然メノウで、女装の出来を評価する役目も負っている。

「私は直前で変化しますから」

「便利でいいなぁ、お前」

シンジュには軽くあしらわれてしまい、最後にコハクに声をかける。

「相変わらず・・・すごいね、お前・・・」

コハクの女装は見事だ。

身長はオニキスと2cmしか違わないが、本物の女に見える。

「・・・・・・」

意外にもコハクはむすっとしていた。

メノウに褒められてもあまり嬉しそうではない。

「ふう〜ん。ヒスイに女扱いされるのが嫌なんだ?」

不機嫌の理由をメノウがすばり言い当てる。

「当たり前です。昔とは事情が違うんですから」

(この姿を見たら・・・ヒスイはたぶん喜ぶだろう。ヘタするとこっちのほうがいいなんて言い出しかねない・・・)

「・・・だけど今はそんなことを考えてる場合じゃないですからね。さ!行きましょう!」

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