世界に愛があるかぎり

9話 四大美人の冒険

   

『おお〜っ!!』

コハクとメノウがパチパチと拍手をした。

女へと変化したシンジュに向けて・・・だ。

「そういえばお前が女になるの初めて見るよ」

「そうですねぇ」

二人がしみじみと言葉を並べる。

「・・・・・・」

シンジュは不本意そうな顔で口をへの字に曲げていた。

が、美人だ。20代前半の姿をしている。

話をするのはメノウとコハクばかりでシンジュとオニキスはあまり発言をしなかった。
特にオニキスは女装をした自分に視線が注がれるのが嫌らしく、気配を消しているに近い状態だった。

にゃぁ〜ん。

なぁ。なぁ。

「それにしても猫が多いですね」

しかし、コハクの側へは寄ってこない。

至るトコロに猫。猫。猫。

そのほとんどはオニキスに群がっている。

「猫に本性見抜かれてるじゃん。お前」

苦笑いのメノウがコハクの背中を叩いた。

ははは・・・とコハクが一笑する。

「ヒスイ様のことですから、召喚に失敗したんじゃないですか?さしずめケット・シーあたりを呼ぼうとして」

シンジュの物言いには棘がある。

(毎度、毎度、ヒスイ様に関わるとロクなことがない!!)

自分が女になってこの場に立っている理由を考えると、怒りが込み上げてくる。

それにしても・・・と、シンジュは他の3人を順番に見た。

(ヒスイ様の為とはいえ本当によくやるな・・・この人達も・・・)

娘のため。妹のため。妻のため。

(ヒスイ様はこれだけの気持ちにちゃんと報いているのか?)

ヒスイと顔を合わせるのは久しぶりだ。

(・・・会いたい。ヒスイ様に)

言ってやりたいことが山ほどある。

シンジュの説教癖が疼く。

ヒスイに説教がしたくてしたくて堪らない。

(コハクとの生活でだらけきった根性を叩き直してやる!!)

  

メノウ・コハク・オニキスは大きな木の根元を調べていた。

「オレは行けるけど、お前達はちょっとなぁ・・・」

メノウが二人を見上げる。

「問題はありません」

シンジュが前に歩み出て、太い木の幹に手を翳した。

「“木”に属する精霊の力を借ります」

すると道を狭めていた根が動き出し、人ひとりが軽く通れるほどのアーチが出来上がった。その先に草原が見える。

「ここに棲むリリスってのがちょっと厄介でさ」

雁首揃えて正面突破じゃつまらないからと、個人行動を提案したメノウは、バラバラになる前にこれだけは・・・と話し出した。

「猫又っているだろ。あれみたいなモンだよ。淫魔のリリス自体は決して強い悪魔じゃない。だけどアイツは長く生きているうちにどんどん力を蓄えて、淫魔離れしてる。そのへんの悪魔とは比べものにならないくらい強いんだよなぁ・・・」

「ええと、今いくつでしたっけ・・・確か1500超えたぐらいですかね」

コハクがさりげなく補足する。

「そういうお前は何歳なんだ?」という目でオニキスが見ている。

“神”と時を同じくした天使なのだ。若者ぶってはいるが、実年齢を考えるだけでゾッとする。

「戦って負ける相手じゃないけど、無駄に刺激しないように・・・お前に言ってるんだよ、コハク」

(もっともだ)

オニキスとシンジュは同時に頷いた。

「お前が一番血の気が多い」

畳み掛けるようにオニキスが口を開く。

「わかってますよ・・・僕はヒスイさえ助け出せれば・・・別に・・・ブツブツ・・・」

メノウは苦渋の笑みを浮かべた。

(お互いを潰し合うようなことはないと思うけど・・・この顔触れじゃあなぁ・・・。チームワークなんて期待するだけ無駄だろ)

「よし!じゃあ、ここで解散!リリスの城でまた会おう!」

  

(なんで私がこんなことしなきゃならないのよ・・・)

チャロの隣に座るヒスイ。

空になったチャロのグラスに酒を注ぐ・・・。

(話が全然違うじゃないの!)

用意された服が動物の毛皮でないことにほっとしたものの、手渡されたのはアラビアン風の洋服で、下はふっくらと柔らかいズボン、上は胸を隠すための最低限の布しかない。
髪はポニーテールにされ、背中の羽根は丸出しだ。

(ラピス・・・恨むわよ・・・)

笑顔を絶やすとチャロに怒られるので、表面は天使の如く、内面は修羅の如く、怒る。

男だということがバレて、縛り上げられ、牢屋にぶち込まれたラピス・・・今頃メソメソしていることだろう。

ラピスの代わりに呼び戻され、お酌を強要された。

逆らえばラピスの安全は保証しないと言われ、嫌々ながらも酒の瓶を手に持った。

「もっと近う寄れ」

チャロはヒスイの羽根に触れないように、腰へと手を回した。

「・・・ヒトのものには手を出さないんじゃなかったの?」

はっきりとそう言ったチャロはなかなか見所があると思った。

「無論じゃ」

チャロが続けて断言する。

「これはスキンシップというやつじゃ。“友達”なら当たり前じゃろう?」

「友達?」

「うぬ。主と我は関係を持てぬが、それでも一緒にいたいのじゃ。ならば友となるしかないであろう」

そう言って、おやじっぽくヒスイのお尻を触る。

(・・・友達って・・・こういうもの・・・なの??)

ヒスイには同性の友達がいない。

(う〜ん・・・・)

チャロが友達宣言をして堂々とお尻を触るので、どう対応していいかわからなかった。

「我のことは気軽にチャロと」

「あ・・・うん」

「・・・主に力を貸してやろう」

友情の証だと言ってチャロはヒスイの右手に自分の手を翳した。

「え?何・・・これ?腕輪?」

「そうじゃ。主は召喚魔法が上手く使えないであろう?」

「うん」

「見たところ、“銀”の能力は失っておるし、他にたいした能力も持っておらぬようじゃ。魔術を学べば伸びるかもしれんが、どうもお主の体は色々なものが混ざりすぎて混沌としておる」

チャロは的確にヒスイの体を分析した。

「属性も魔力も非常に不安定じゃ。魔法を使えば間違いなく暴走する。お主は自分で魔力をコントロールできなくなっておるからの。使わないほうがいい」

「え・・・?」

全く自覚がない。

魔法を使う機会すらないのだ。

(お兄ちゃんはそれを知っていて・・・?)

「ヒスイ」

チャロが名前を呼んだ。

「困った時は我を呼ぶのじゃ。その腕輪があれば魔法陣などいらぬ。腕輪を天に翳して我の名を呼べば、どこで何をしていても召喚に応じる。大切な“友”じゃ。遠慮はいらぬ故」

「あ・・・りがとう・・・」

ヒスイはチャロの言葉に感動して素直に礼を述べた。しかしチャロの言葉には続きがあった。

「ただし・・・一回呼び出すにつき、我のぽっぺにちゅ〜じゃ。よいな?」

「・・・じゃあ、いらない」

それを聞いてヒスイは腕輪を返そうとしたが、どうにも外れない。

ケラケラと楽しそうにチャロが笑う。

「そう意地を張るでない。ヒスイ・・・お主は、戦いはおろか自分の身を守ることもできぬ」

「・・・・・・」

「お主の恋人はよっぽど自分の腕に自信があるとみえる。恐らくは、すべて承知の上でお主の能力を奪った・・・独占欲の強い男じゃ」

まるで占い師だ。しかも当たっている。

(・・・チャロってひょっとしてすごい・・・?えっちなだけじゃないのかも・・・)

「・・・でも呼ばないわよ」

「可愛い奴じゃのぅ」

ヒスイの呟きを勝手に解釈するチャロ・・・傍若無人なその態度は愛しいコハクに通ずるものがあり、ヒスイは怒る気が失せてしまった。

「おお、そうじゃ」

「?」

「友に酌ばかりさせているわけにはいかぬ。飲め。ヒスイ」

「え・・・私・・・お酒はダメで・・・」

自分の酒癖が悪いのは知っている。


とりあえず断ってはみるものの、チャロの押しは強かった。

「ほんの少しで良い。誓いの杯を交わそうぞ」

  

オニキスとシンジュは行動を共にしていた。

自分が不自然な女である以上、本物の女であるシンジュと行動するのが一番安全と判断したためだ。
シンジュもオニキスの事情を察して自ら表に立っている。

“ヒスイはコハクが真っ先に見つけ出す”

“ここの主であるリリスにはメノウが話をつける”

打ち合わせをしたわけではないが、暗黙の了解的にその役割は決まっていた。

「私達は召喚士のほうを」

「ヒスイの話では地下牢に繋がれているらしい」

二人は頷きあって城の奥へと進んだ。

慣れないドレスにつまずきながら・・・

 

(ええと・・・ヒスイは・・・)

コハクは堂々と城内を徘徊していた。

出会った女達にはとっておきの裏声で

「自分からここに来たの。チャロ様に挨拶がしたいわ」

と言った。

誰一人疑う者はなく、むしろコハクの美しさに見とれて、

それは親切にチャロの部屋を教えてくれた。

とりあえずそこに向かう。

(ここの主ならヒスイのことを知らない筈がない。事と次第によっては力ずくでも口を割らせる。多少荒っぽいことになっても・・・)

角を曲がってチャロの部屋の前に出ると、丁度ヒスイがチャロの部屋から出てきたところだった。

「あ〜・・・おにい・・・ちゃん??」

ヒスイはしゃっくりをしながらコハクを見た。

火照った顔をしている。

「ヒスイ!!」

コハクはすぐさまヒスイをその場から攫って、夜風の冷たい外へ出た。

崖っぷちに建った城でも緑はある。

そこは中庭だった。

周囲を確認しつつコハクはヒスイを連れて木の影に隠れた。

「お〜にい〜ちゃん!」

ヒスイのテンションがおかしい。意味もなく、くすくすと笑ってコハクに抱きつく・・・。

(・・・また飲まされちゃったのか・・・。しかも相当強いお酒とみた)

「迎えにきたよ。一緒に帰ろうね」

頭を撫でながら、ヒスイの服を見る。

(最初見たときも思ったけど・・・可愛い・・・超ラブリィ!!)

モルダバイトでは入手しにくい服だ。

このまま連れて帰ろう。

そう心に決めて、まずはキス。

「んっ」

ヒスイが先に舌を入れてきた。

(・・・やっぱりお酒入ると凄い・・・今度ウチに何本か仕入れて・・・)

二人、舌を絡ませ、木の幹を背にずるずると座り込む。

「・・・おにいちゃん・・・」

「ん?」

「のど・・・かわいた・・・」

「いいよ。飲んで」

こくりと頷いてヒスイは四つん這いになった。

(あれ?この姿勢は・・・)

そのままコハクのドレスに顔を突っ込む。

「え?ヒスイ??喉渇いたって・・・そっち??」

「・・・・・・」

ヒスイからの返答はない。代わりにヒスイの熱い唇が触れた。

「最近・・・好きだね・・・コレ」

上からヒスイの頭を撫でて、そう笑っていられるのもこの瞬間までだった。

ガブリ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

(・・・新・・・世界・・・が見えたぞ・・・今・・・)

コハクは茫然とした表情のまま前髪を掻き上げた。

(痛くはないけど・・・これはちょっと・・・新感覚・・・)

いつものように舐めるでも、くわえるでもなく、思いっきり噛みつかれて血を吸われている。

(吸血鬼化+お酒・・・凄すぎる・・・)

早くも貧血でくらくらする。

(やばいくらい気持ちいい・・・。なんかもう他のこと、どうでもよくなってきた・・・えっちなヒスイ・・・万歳・・・!!)

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