世界に愛があるかぎり

10話 新世界・・・その後

   

ヒスイの暴走は止まらなかった。

理性の欠片もない。

言葉さえ忘れ、コハクの血を吸い続けている。

「・・・う・・・」

 

死んでもいいと思うくらい気持ちが良いが、これで死んだら最高の笑い草だ。
眷族として復活するにしても、オニキスの百倍カッコ悪いかもしれないと自分でも思う。

「ヒスイ・・・そろそろ・・・普通に・・・しない?」

「・・・・・・」

「いいこだから・・・ね?」

「・・・・・・」

(・・・ホントにまずい・・・意識が・・・朦朧と・・・)

「・・・悪い・・・ちょっと助けてくれないかな・・・シンジュ。そこにいるんでしょ・・・」

「いません」

木の裏側からシンジュの声が返ってくる。

「・・・血を増やす魔法・・・かけて・・・苦手なんだ・・・僕・・・このままじゃ・・・ホント死ぬ・・・」

コハクの顔は血の気を失っている。

「・・・マヌケ過ぎますね・・・」

「可愛いんだけど・・・ね。危険だということが・・・よく・・・わかっ・・・」

ドサッ。

コハクは意識を失った。

「?」

異変を感じたヒスイが止血を始めたところでもう遅い。

シンジュはなげやりな溜息をついて呪文を唱えた。

パァァーッ・・・

真っ白な光がコハクを包み込む。

失った意識を取り戻して、コハクが起きあがった。

「いやぁ・・・助かったよ。ありがとう。危うく新世界があの世になるところだった」

「?はぁ?何言ってるんですか?とにかく後は知りませんからね!!さっさとカタつけてくださいよっ!!」

シンジュはプンプン怒って、木の裏に消えた。

  

「・・・ヒスイ」

コハクに名前を呼ばれると、止血を済ませたヒスイはドレスから顔を出した。

口の周りが血だらけで・・・可愛い。

コハクはドレスの裾でそれを丁寧に拭き取った。

「・・・する?」

ヒスイは黙ってズボンのファスナーを下ろし、下着を脱ぎ捨てコハクにまたがった。

「んふっ・・・」

淫靡に笑って自分から腰を動かす。

淫魔を超えるその姿に、影から見ていたシンジュの怒りは頂点に達した。

(いくらお酒が入っているとはいえあの醜態・・・許せない!!)

飛び出した矢先、ヒスイの下になっているコハクと目が合う。

「ヒスイは終わると寝ちゃうから、もう少し・・・待ってね」

  

(うわぁぁぁ〜っ!!なんかいやらしい音がするよぅ)

木の裏にいるのはシンジュだけではなかった。

オニキスとシンジュに救出されたラピス・・・。

事情を説明するとオニキスはラブラドライトの王・・・ラピスの父親と話をつけると言って一足先にリリスの楽園を後にした。

ヒスイの居場所に心あたりはないかと言われて、シンジュを案内し、ここに至る。

ぽたぽたと地面に血の雫が落ちた。

ラピスの鼻血だ。

(オトナって・・・すごい・・・アレがうわさのホニャララ・・・)

ここへ来てから・・・というかヒスイを召喚してからラピスの世界は180度変わってしまった。

(男女交際って・・・もっと清く正しいものだと・・・思ってたのに・・・)

目の前で容赦のないオトナの世界が繰り広げられている。自分も散々な目に合った。

「うぅ」

手で鼻を押さえる。

可愛い顔が台無しだ。

「・・・大丈夫ですか?」

シンジュがハンカチを差し出す。

「あ・・・はい。すみませ・・・ん」

「あの二人には後できつ〜く注意しておきますから」

シンジュの怒りは治まらない。

しかし、ラピスは無関係だ。

いたいけな少年・・・ヒスイの被害者なのだ。

(・・・どうせならぼくも・・・こんな人とファーストキス・・・したかったな・・・)

シンジュを見て思う。

(真っ白で・・・きれい・・・)

ヒスイやチャロとは比べようもないほど清楚だ。

(シンジュさん・・・かぁ・・・。この人とのキスならレモン味がするかもしれない・・・はっ!ぼくはなんてやましいことを!!)

鼻血を出しながらぶんぶんと頭を振る。

「・・・あなたがヒスイ様の召喚を?」

シンジュはラピスに訊ねた。

「ヒスイ・・・様?」

そういえば名前を聞いていなかった。

悪魔と言ったのに天使の羽根がある。

そして、この美しい女性に様付けで呼ばれる・・・

「あの・・・あの人は一体・・・」

「ああ、モルダバイトの王妃様です」

「えええ〜っ!!?」

王妃だということ以上にオニキスではない男の上に乗っていることに驚いた。

「色々と事情が・・・」

ヒスイを召喚するほどの魔力の持ち主なら、状況を理解させておいたほうがいい・・・そう考えて、シンジュは気が重いながらも説明を始めた。
ヒスイの激しく喘ぐ声が時々話の邪魔をしたが、それに負けじとムキになってラピスに教え込んだ。
モルダバイトの裏事情を。

  

「よっ!」

「!?メノウか!久しぶりじゃのう」

今日は銀髪のカツラを被っていない。ドレスを着て軽く化粧をすれば、そのままでも文句のない美少女だ。

「・・・と、言ってもつい今しがたまでお主と同じ顔をした女子とおった。有難味も薄れるの」

「あ、それ俺の娘」

「やはりそうじゃったか。風の噂には聞いておった。主もまっとうになったものじゃと感心しておったわ」

「まあね」

「あんなに女遊びしとったのになぁ」

「おこぼれ貰えて良かったでしょ?」

「思い出すのぉ。昔は二人で無茶をしたものじゃが」

 

『そんなに女が好きなら、女集めてハーレム作れば?女なら俺がいくらでも提供してやるからさ。後始末が面倒で困ってたんだ。みんなお前にくれてやるよ』

 

メノウとチャロ・・・つまり二人はそういう関係だった。

利害の一致。二人はいい仲間だった。

「・・・“銀”の女はそんなに良いか?」

「ヒスイを見ればわかると思うけど?」

「・・・最高じゃの」

「そうそう」

二人はかつてのように顔を寄せ合って笑った。

「でさ、そろそろ返して欲しいんだ。俺さぁ、女に触るとジンマシン出ちゃうんだよね。ヒスイと・・・サンゴは平気なんだけど。だから早くここ出たいの」

「それは傑作じゃあ!!」

チャロは近くの机をバンバン叩いて、笑い転げた。

「それでこの先どうするつもりじゃ?」

「俺はもういいよ。子供いるし。そのうち孫もできるだろうし。これでもさ、やることいっぱいあって忙しいんだ」

チャロに思いっきり笑われても気を悪くする様子もなく、メノウは続けた。

「だけどやっぱり一番の理由はサンゴを忘れられないってことだけど」

「・・・そうか」

「・・・そろそろ本気で恋すれば?世界変わるよ?」

「・・・考えておく」

「言っとくけどヒスイはだめだからね」

  

「どういう神経してるんですか!?あなた達は!!」

シンジュの怒鳴り声が中庭に響き渡る。

誰も集まって来ないのが不思議なくらいだ。

そしてヒスイはコハクの背中で爆睡している。

シンジュの説教はコハクが一人で受ける羽目になった。

「子供の前でああいうことをするのは感心できません!!コハク!!聞いてるんですか!?あなたは知っていたんでしょう!?私の他にもうひとりいることを!!」

「う〜ん・・・・まぁ」

ラピスはオニキスが迎えにきて連れていった。

「ヒスイ様も!!お酒にはあれほど気をつけろと言ったのに!!恥かしくないんですかっ!?」

ヒスイとコンビを解消してからというもの、思いっきり怒れる相手がおらず、シンジュなりに溜め込んでいるものがあった。

それを今爆発させる・・・怒っても無駄だとわかっていても、止まらない。

「ヒスイ・・・たぶん何も覚えてないと思うよ・・・」

「あなたがそうやって甘やかすから、ヒスイ様がダメになるんです!!」

シンジュは頭に血がのぼりきっている。

「私がいなかったら、あなた死んでいたんですよ!?どうしてそう暢気にしてるんですか!?」

「うん。それは感謝してる。アレをやるときはシンジュに同伴してもらわないと命がいくつあっても足りないね」

コハクは軽い冗談のつもりだった。
が、それが更にシンジュの神経を逆撫でした。

「もう少し節度を持って!責任ある行動をしてください!!まだ結婚もしていないのでしょう!?」

(シンジュの凄いところは、どんなに逆上していても筋の通ったことしか言わないことだよなぁ・・・)

コハクは悠々とそんなことを考えた。

「そうなんだよね。僕としても早く結婚してオニキスとの関係を完全に清算させたいんだけど・・・ちょっと訳があって今すぐは無理なんだ」

  

(ラブラドライトと話はついたが、他国の手前表だった資金援助はできない。この王子が何かに困ってまた召喚術を使う可能性は高い・・・しかし再びヒスイが召喚されることだけは避けなければ・・・)

オニキスは自分の隣に立つ小さな少年を見た。

(“無知”というのは恐ろしい。もし何も知らずにヒスイと“永遠の誓い”

 でも交わしていようものなら、コハクに殺されていたところだ。あいつなら殺る。間違いなく)

何も知らないラピスは憧れのオニキスの隣でそわそわしている。

鼻血はなんとか止まったようだ。

(この王子に召喚術を学ばせなくては・・・。知らぬに任せて勝手なことをされては困る)

そう考えたオニキスに連れられ、ラピスはモルダバイト城へやってきた。

「お帰りなさいませ」

インカ・ローズがオニキスを出迎える。

「ね、姉さんっ!!?」

インカ・ローズを見るなり、ラピスは体に似合わぬ大声をあげた。

「ラピスぅ〜!!?アンタなんでここに!?」

「そういう姉さんこそ!!」

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