世界に愛があるかぎり

30話 世界に愛があるかぎり

   

「・・・おめでたですね」

城の主治医を気取ったメノウが告げた。

「!!!!」

一同ローズを囲んで唖然としている。

が、順応性の高い顔触れ・・・メノウ・コハク・ヒスイ・カーネリアン・オパールはすぐに面白がってにやにやし始めた。

オニキスとラピスは驚いたままだ。

「父親は誰かなぁ」

メノウの言葉で一斉にシンジュを見る。

そしてコハクの逆転劇。

「僕でさえメノウ様の言いつけを守って、結婚するまでは作らないように気をつけてたのになぁ・・・まさか君ができちゃった婚とは・・・いやぁ・・・若者の情熱は歯止めが利かないからねぇ。ははは。とにかくおめでとう」

「お前もやるなぁ・・・一体いつ仕込んだの?」

メノウが肩に手を掛けて笑う。

「・・・言い訳はしません」

ヒスイ・コハクに発覚・・・恐れていた事態を通り越して、ローズは妊娠、全員の前ですべてがカミングアウトとなった。

人生が思ってもいなかった方向へ転がっていく・・・

(人間と関係を持ち、挙げ句に子供まで成してしまうとは・・・誰よりも真面目に生きてきたはずなのにどうしてこんなことに・・・)

「責任を取ればいいんでしょう?」

「ちょっとシンジュ!そんな言い方・・・」

シンジュの自棄をヒスイが諫める。

「いいわよ。責任取ってなんて言わないから」

ローズが体を起こした。

妊娠したと聞いても冷静だ。

「皆さん、すみませんがオニキス様と二人で話がしたいので・・・」

ぞろぞろと一行が部屋を出ていく。

「申し訳ありません。こんなことになって」

「いや」

「しばらくお暇をいただけますか」

「それは構わんが・・・ラブライドライトに戻るのか?」

「はい。そこで産もうと思ってます。別に父親がいなくたってどうってことないですから。一人でも育てていける自信がありますし」

「・・・お前にとってはそうかもしれんが・・・子供にしてみれば・・・とにかくシンジュと話を・・・」

「いいえ!話すことなんてありません!」

何度も“好き”と伝えた。

だだの一度もシンジュが返してくれたことはない。

「責任や負い目で一緒にいて欲しいとは思いません。明日の朝ここを発ちます。シンジュには言わないでください」

  

「オニキス!彼女は・・・」

部屋からでてきたオニキスにシンジュが詰め寄る。

「・・・決心は固いようだ。一人で育てると言っている」

「なぜそんなことを・・・連帯責任でしょう」

「お前のそういう考えが嫌だと」

「・・・・・・」

黙り込むシンジュを見てオニキスが笑いを洩らした。

「・・・めでたいことは続くものだな。いってこい。ラブラドライトへ。資金援助は無理でも人材派遣ならいいだろう」

「オニキス・・・」

「モルダバイトの王妃の弟ならば肩書きも問題ない。向こうは喜んでお前を迎えるはずだ。ローズは明日ここを発つ。それまでに話をまとめてこい」

「・・・ありがとう・・・ございます」

シンジュは深く頭を下げ、ローズの元へ向かった。

(シンジュが王になればあの国は持ち直す。良い国になるだろう。政略結婚の必要もなくなるくらいに)

とはいえ、腹心の部下を二人も同時に失うことになるのだ。

「・・・この城も寂しくなるな」

  

「散々人に付きまとっておいて何ですか。その態度は」

ローズの部屋に入ると同時に大人の姿に変化して、シンジュは溜息をついた。

(オニキス様・・・余計な事を・・・)

女の意地だ。ローズは堅い姿勢を崩さない。

「何しにきたのよ」

「・・・体が大丈夫なようでしたら一局打ちませんか?

私が勝ったら望みを一つ叶えてください」

「・・・手加減なんかしないわよ?」

「結構ですよ」

パチッ。パチッ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・私の・・・勝ちですね」

シンジュの声が静寂を破った。

反転した構図・・・ローズが将棋盤を見つめて固まっている。

「・・・いつから?勝てるはずのところを・・・わざと負けてたわね?」

「それがわかるだけでもたいしたものです。あなたにはやはり才能があるようだ」

「何で!?あれだけ勝負にこだわってたのに!!」

「・・・休日になると必ず押しかけてくるあなたと、将棋を指すことがいつの間にか楽しみになっていたんです。あなたといれば、人間のいう恋だの愛だのがわかるかもしれないと思ったんですよ」

「!!?それって・・・」

「約束通り望みを一つ叶えてもらいます。私と結婚を」

「!!!」

シンジュの口調は淡々としたものだったが、ほんのりと頬が赤かった。

そして立ち上がり、懐からナイフを取り出す。

「シンジュ!?何を!!」

ザクッ。と迷いのない音が響いた。

シンジュは長く白い髪を掴んで一束にし、根元からばっさりと切り落とした。

「・・・もう二度と女性化はしない」

精霊の断髪は性別の固定を意味していた。

“女性”を望めば切った髪は一瞬で元に戻り、“男性”を望めば髪が伸びることはない。

「あなたと共に生きる、と言っているんです。連れていってください。あなたの故郷へ」

「・・・腹黒いわよ、私」

「知っています」

「シンジュ・・・好き」

もう幾度となく繰り返した言葉・・・今なら届くかもしれないと思った。

「・・・まぁ・・・私も嫌いではありませんよ」

「・・・・・・」

(・・・意地でも“好き”って言わない気ね・・・だけど・・・)

「いつか絶対、言わせてやるわよ!」

  

季節は巡り・・・春。

  

モルダバイト城に金色の羽根の天使が舞い降りた。

「こんにちは〜」

コハクは両手に一人ずつ赤ん坊を抱えている。

「お待たせしました。はい、どうぞ」

「・・・無事産まれたか」

オニキスは渡された子供達をしっかりと腕に抱いた。

ヒスイの子供だ。

父親でなくても愛せる。

「双子か」

「はい。銀髪のほうが男の子で、金髪のほうが女の子です。すみませんねぇ」

「何がだ?」

「いえ、できる事ならヒスイそっくりの女の子を、と思ったんですけど。やっぱり女の子は父親に似るみたいで・・・くすっ」

コハクの美しく邪悪な微笑みは父親になっても健在だ。

「その顔立ちだと、恐らく僕そっくりに育つと思いますよ」

「・・・名前は何という」

「ありません」

「なん・・・だと?」

「この子達はあなたに差し上げます」

「・・・・・・・・・は?」

オニキスは右手に金髪・左手に銀髪の赤子を抱いて茫然としている。

その様子がおかしいらしくコハクの笑いは止まらない。

「ヒスイはね、あなたの為に産んだんですよ、この子達を」

コハクはヒスイの口ぶりを真似て続けた。

“お兄ちゃんがいれば、私はずっと幸せに暮らせる。だけどオニキスには誰もいないでしょ?だから、私が産もうと思って。”

「って、ヒスイが言ったんです。そうだね、って答えたものの内心穏やかじゃなかったなぁ・・・あの時は。それはもう念入りに子作りしちゃいましたよ」

「・・・・・・」

「ヒスイは僕の子供が欲しかったんじゃなくて、あなたを幸せにする子供が欲しかったんですから」

「・・・・・・」

“自分ではオニキスを幸せにすることができないから。この子達がオニキスに幸せを運んでくれるよう願いを託して。”

「この子達を連れて家を出るとき、ヒスイがそう言っていました」

「・・・・・・」

「あなたは、自分で思っているよりもずっとヒスイに愛されている」

「・・・ヒスイ・・・」

それしか言葉が出ない。

オニキスは両手に抱えた赤子を強く抱き締めた。

与えられた確かなぬくもり。ヒスイの匂いがする。

「愛しいでしょう?ヒスイのことが。どうにもならないくらいに」

暗示をかけるようなコハクの声が優しく響く。

「その気持ちはこの子達が受け止めてくれる」

コハクは桜の花びらが舞う空を仰いで羽根を広げた。

「あなたは幸せになる。絶対。と、いうわけで後は宜しく頼みますね。ヒスイの体力が戻ったら新婚旅行で世界一周する予定なんです。しばらく家空けますから。名前決まったら教えてくださいね〜」

「!?おい、待て!オレは子育てなんてしたことが・・・」

バサリ。

オニキスの言葉を無視してコハクが浮上する。

「それでは。お元気で」

コハクが空中から手を振る。

「・・・なんという無責任な親だ・・・」

名もなき子供達はオニキスの腕の中ですやすやと眠っている。

「・・・早く名前を決めなくては・・・な」

  

ヒスイの出産に立ち会ったメンバーが赤ん坊を追って次々と城にやってきた。

「何?アンタが育てんだって?あぁ、可愛いねぇ〜・・・。今度ファントムにも連れてきておくれよ」

子供を抱かせてくれとカーネリアンがせがむ。

「セレの奴も教会に連れてこいってうるさいんだよなぁ」

エクソシストのトップを務めるセレとは頻繁に連絡を取り合っているようだった。
今では気の合う飲み友達だという。

 

「・・・核が・・・分裂した・・・」

コクヨウも城に姿を現した。

ヒスイとその子供・・・しかも双子・・・3人殺さなくては核を取り返せない。
そうなる前に殺してやると意気込んで何度も屋敷へ向かったが、コハクにことごとく返り討ちにされた。

そんなことを繰り返しているうちに・・・産まれてしまった。

「こうやってさ、受け継がれていくんだよ。サンゴが生きた証は」

いつの間にかメノウが隣に立っている。

「・・・・・・」

「受け継がれて・・・この世界にずっと残るんだ。わかるだろ?その命を奪うことがどれだけ罪か」

偶然か必然か二人が立っている場所は、以前コクヨウがヒスイを瀕死に追い込んだバルコニーだった。

「・・・・・・ちっ!」

いつもの如く舌打ちをしたコクヨウはバルコニーから飛び降り、森の中へ姿を消した。

  

「あら・・・まぁ・・・そう・・・良かったわぁ」

オパールの周囲に光りの玉が集まっている。

それは、国境を越えて喜ばしい知らせを運んできた光の下級精霊だった。

「シンジュのところも産まれたみたい。女の子だそうよ。落ち着いたら顔を見せにくるって」

「・・・そうか」

オニキスは目を細めて笑った。

「しばらくはこの城も賑やかになるな」

 

 

世界に愛があるかぎり、繋がってゆく・・・命。

 

終わらない幸せの物語。

  

+++END+++

 

おまけ。日陰者キャラのその後。

 

ローズ&シンジュに王の座を奪われたラピス少年。(しかも失恋)
もはや自国に居場所はなく、モルダバイトお抱えの召喚士として修行を続ける日々。
城の女性陣に無理矢理メイド服を着せられるなど、愛のあるイジメにあっている。
鼻血体質は改善せず。
彼女募集中。

 

ヒスイのパシリ化しているチャロ
相変わらずのエロ生活。
ヒスイの妊娠中ちょくちょく呼び出され、話し相手になっていた。
コハクを紹介されたが、キャラが被りそうな相手とはやはり相容れないらしい。
ヒスイの影で火花を散らせていたとかいないとか。

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