30話 神の血族
「いやぁぁあ〜っ!!」
「ヒスイっ!?どうしたの!!?」
ヒスイの悲鳴を聞きつけたコハクが部屋に飛び込んだのと、
窓からサファイアが降り立ったのはほぼ同時だった。
「!!!!」
目の前の光景に驚愕するコハク。
灰。トパーズのものだとすぐにわかった。
「アァ、やはりだめでしたカ〜。残念」
サファイアは胸の谷間から小瓶を取り出し、蓋を開けた。
瓶はたちまちトパーズの灰を吸い込んだ。
「契約に従イ、確かにいただきまシタ」
「灰を返せ・・・サタン」
堕天使サタン。宿敵。過去の因縁。
熾天使であるコハクとは常に争う立場にあった。
憑依能力に長けており、宿主を意のままに操りながら“なりきる”こともできたので、例え相手がエクソシストでも見破られることはまずなかった。
そうやって姿を変えてはコハクの前に現れ、戦いを繰り返していたのだ。
「クフフ・・・」
サファイアは楽しそうに笑った。
「無理ですネ。この灰は契約に縛られてイル」
「・・・・・・」
コハクは泣いているヒスイを腕に抱いてサファイアを睨み付けた。
「・・・彼と契約したのハ、2年前でス。紅い瞳の話を聞かせてやりまシタ」
「・・・トパーズに何を言った・・・」
「20歳で肉体が滅ビ、ひとつの死を迎えるト」
「・・・他には」
「フフッ。祖母が同じ紅い瞳デ、悲劇の運命ヲ辿ったト」
サファイアは声高々に笑い出した。
「そうしたラ、何て言ったと思ウ?」
“ヒスイは大丈夫なのか?”
「自分ガ死の宣告を受けているのにヨ?」
ケラケラ!
「親が紅。子が紅。だとしたラ、間のアナタが紅くなる可能性も高イ。そう考えたのでショウ」
サファイアはいつの間にかヒスイの耳元まで移動していた。
「瞳の謎を解くと言ったワ。自分の命と引き替えにしてモ。そしてワタシと契約シタ。人知を超えた知識を得る為。世界の構成を知る為ニ」
「!!!」
「・・・貴様」
コハクが臨戦態勢に入る。
「やめておいた方がイイ。今のアナタではワタシに勝てナイ。わからない事ばかりで心が迷ってイル。違いますカ?」
バサリ・・・漆黒の翼で舞い上がる。
「いずれマタ、お目にかかりまショウ」
早すぎた別れ。遅すぎた家族会議。
コハクの腕の中でヒスイは泣きじゃくり、メノウは茫然と立ち尽くしている。
オニキスが拳を突いた壁にはヒビが入り、沈黙と嗚咽の時間が続いた。
そこに血相を変えたシトリンとジンが飛び込む。
「これは一体どういうことだっ!!!」
「・・・トパーズはもういない」
抑揚のない声でコハクが答えた。
「なぜもっと早く話してくれなかった!?あぁ・・・あにうぇ〜・・・」
シトリン号泣。
ジンまでも泣いていた。
「兄上は・・・誰とも関わらず・・・一人で死を見つめていたんだ。わかってやれなかった・・・血を分けた兄妹だというのに・・・っ!!」
「ちゃんと説明・・・してもらえませんか・・・こんなんじゃオレ達、納得できません・・・」
ジンが鼻を啜って説明を求めた。
トパーズの瞳が紅いことを知っていたのだ。
それがまさかこんなことに結びつくとは認めたくなかった。
「・・・わかった。僕が話そう」
コハクが口を開き、紅い瞳の不幸についてシトリン・ジン両名に話して聞かせる。
ヒスイの泣き声が益々大きくなった。
「・・・トパーズは完全に死んだ訳じゃない。灰があれば体は再生する」
「!!本当かっ!?その灰はどこにっ!?」
コハクの言葉にシトリンが食い付く。
「・・・取られた。闇の勢力に」
「何だとっ!?」
「取られたものは取り返すまでだ」
「あの・・・今“体は再生する”って言いましたよね?それって・・・」
ジンは何かと鋭い。
「うん。君の考える通りだよ。前例に従えば、生前の記憶は再生できないということになる。親兄弟・友達・恋人すべて忘れる」
「何だとっ!?」
シトリンが同じ言葉を繰り返した。
「それでも・・・復活させる」
コハクが断言する。
「駄目だ。根本的な解決にならない」
ずっと黙っていたオニキスが意見を述べた。
いつものような言い争いはせず、コハクはメノウに話を振った。
「メノウ様。話して貰えませんか?このままではわからないことが多すぎて、どう動くか決められない」
「・・・わかった」
「・・・これはあくまで仮説だけど・・・」
話をまとめる時間が欲しいと申し出て、一時解散。
そして2時間後、コハクとヒスイの部屋に再び集合した。
「ヒスイの話と合わせるとかなり真実に近いと思う」
メノウは皆の前に立ち、話し始めた。
「神の血と肉・・・これは抽象的表現だけど。この二つで命が成り立つとする」
「神・・・」
コハクが呟く。
ヒック!
腕の中にいるヒスイがしゃっくりをした。
しかしもう泣いてはいない。
「世界は、魔界、天界、人間界の順に創られた。同時に、魔界の住人として“銀”の吸血鬼が、天界の住人として“金”の天使が神の手によって誕生した。神は・・・自らの血で“銀”の吸血鬼を、自らの肉で“金”の天使を生み出した」
「いちばん初めに創られた“銀”の吸血鬼はとても不安定な種族だった。吸血鬼としての体が神の血に耐えられなかったんだ。これにはかなり個人差があって。神の血とバランスが取れていれば本来瞳は銀色のハズなんだ。まぁ、それは純血の場合だけどね」
「言い方を変えれば、神の血を色濃く継いだ者ほど肉体の消耗が激しく、長生きできない。紅い瞳が短命なのはそのせいだ。ここまで聞けばわかるでしょ?コハク」
「・・・・・・」
「ヒスイが血、お前が肉。その二つが交わって産まれるのは・・・」
「・・・神」
「・・・に限りなく近い存在」
コハクの言葉にメノウが付け足した。
「ヒスイには俺の血が入ってるから、その分神の血は弱い。だからトパーズは限りなく神に近くても神じゃないんだ」
そこまで言って、瞳を伏せる。
「・・・いっそ神だったら灰になることもなかったんだけど」
「神の血に体が負けてしまった・・・と」
“アァ、やはりだめでしたカ”
コハクはサファイヤの言葉を思い出した。
「“銀”の吸血鬼ってさ、見た目は凄く綺麗だけど、自己治癒能力が殆どなくて、繁殖力も弱いだろ。それも全部、神の血との不和が招いたことだったんだ」
メノウは次々と謎を解いてみせた。
「トパーズのつけた傷が誰にも治せないのは、あいつが別格だから。俺達の力が及ぶ範疇じゃないってワケ」
「力が及ばないってことは・・・瞳の運命は変えられないってことですか?」
またもやジンが鋭い。
「そう思いたくはないけど、今はまだ方法が見つかってない」
自他共に認める天才メノウが、2年もの間、手こずっていたのにはそれなりの理由があったのだ。
「・・・この世界に神はいない。運命は変えられる。サタンがトパーズと契約したのは打算があるからだ。このままでは終わらない。こちらも攻める」
コハクがジンに言った。
「泣いてばかりじゃ何も変わらないもんね。取り戻そう、トパーズの灰」
腕の中でヒスイが賛同する。
コハクとヒスイ。立ち直りも決断も早い。
「二組に分かれましょう。調査Gと奪還G。僕等は後者にまわります。調査は引き続きメノウ様と・・・シトリン、ジン君にお願いしたい」
「わかった!全力を尽くす!」
返事をしたのはシトリンだ。
「オニキスは・・・僕等と一緒に・・・」
コハクが声をかけると、オニキスは黙って頷いた。