世界に咲く花

31話 金色の猫

   

シトリンが猫になった。

何度頬をつねっても目が覚めないからこれはたぶん夢じゃない。

現実だ。

 

「おい、ジン。いい加減やめろ。頬が腫れているぞ」

金色の猫が喋る。

コハクさん達と別れ、調査を開始してすぐのことだった。

シトリンが一人で勝手に悪魔と取引してしまったのだ。

トパーズは死んだわけじゃない、とお互いを励まし合った矢先だった。

『私は兄上が好きだ。幼い頃からあまり相手にはしてもらえなかったが、本当に困った時は必ず助けてくれた。今思えば、兄上の苦労も知らずに無神経なことをしてきたと思う。その罪滅ぼしじゃないが、私にできることはしてやりたい』

それがシトリンの言い分だ。

何を代償にして何を得たのか、訊ねても口を割らなかった。

わざとらしくニャ〜ンと鳴いて誤魔化すんだから、困ったもんだと思う。

しかも当人は猫になっても全然元気だ。

うん。確かにこんな綺麗な猫は見たことがない。

金色に輝く猫。スタイルも抜群だ。声もいい。

(でもこれは極端過ぎるだろ〜・・・)

「それほど不自由じゃないぞ。勉強しなくて済むしな」

オレの心の内に反してシトリンはすっかり猫気分・・・

彼女が猫?猫が彼女?

この間二度目の告白をして、やっと付き合ってもらえることになったのに。

自分の幸せより、ヒトの幸せばかり考えて。

いつも一生懸命で。

そんなところも好きなんだけど。

「まぁ、この通り私は猫になった。だからもうお前とは・・・」

床に行儀良く座ってシトリンがオレを見上げる。

シトリンは・・・もうずっと猫のままなのか?一生?

猫と結婚かぁ・・・子供はどうなるんだ?

(ってそれ以前の問題だろ・・・しっかりしろよ、オレ!!)

真剣にそんなことを考えてしまう。

結婚するとしたらシトリンしかいない。
ずっと一緒にいたいんだ。

猫でも・・・仕方ないよな。うん。

惚れた方が負けだ。

「・・・いいよ。猫でも」

オレはシトリンを抱き上げた。

ヒトの姿をしていたら、簡単に抱き締めたりできないけど・・・

(これなら不自然じゃない)

そう考えると悪くない気がしてきた。

「猫、好きなんだ。実家でも飼ってるし」

「そういう問題では・・・おい、何を・・・」

猫になったシトリンを思いっきり抱擁。

やっぱりいい匂いがする。

オレは覚悟を決めた。

たとえ猫でもシトリンと添い遂げる。

「シトリン・・・」

「何だ?」

「今夜は・・・一緒に寝よう」

同じベッドで。同じ時間を過ごそう。

  

「あ〜・・・これはマズイわ〜・・・」

猫になったシトリンを見て、メノウさんが大きな溜息をついた。

シトリンには“祖父”と紹介された。
顔がヒスイさんとそっくりで初めは双子かと思ったけど、色々と事情があるらしい。

メノウさんとシトリン、そしてオレ。

トパーズがもう二度と灰にならずに済む方法を探してる。

『あまりにも漠然とした作業になるから、少し絞ろう』

そう提案したメノウさんがグループを離れてから4日。

シビレをきらしかけていたところにメノウさんから連絡が入って、町の酒場で待ち合わせをしたのだった。

「大丈夫?君の彼女、猫だけど」

シトリンと話をしていたメノウさんが不意にオレを覗き込んだ。

「あ、はい。大丈夫です」

何が大丈夫なのかよくわからなかったが、咄嗟にそう答えてしまった。

「一生猫でも愛せる?」

「愛せます」

「そういうことなら、まぁ、いっか」

まぁ、いっか?

まぁ、いいけど。

それにしたって、ヒトの姿に越したことはない。

「あの・・・シトリンはもう元には・・・」

「う〜ん・・・微妙」

つくづく暢気な家系だと思う。

物事をいちいち重く受け止めないっていうか。

どんなことでも軽く流して、ウジウジ悩んだりしない人達ばかりだ。

シトリンが猫になったっていうのに、動じている様子もなかった。

一体どうするつもりなんだろう。

「ところで、シトリンとはもうえっちしたの?」

「ぶっ!!」

イキナリの質問に思わず水を吹き出す。

「その様子だとまだみたいだね」

メノウさんは笑いを堪えていた。

「ま、まだも何も・・・キスすらしてません」

強引に奪って殴られたことは伏せておく。

「惜しいなぁ〜・・・」

「何がですか?」

「シトリン、血筋でいったら絶対好きなはずなんだけど」

「・・・・・・」

(今更そんなこと言われても・・・)

猫なのだ。どうしようもない。

オレはシトリンを見た。

机の上で皿のミルクを舐めている。
金色の長い尻尾がユラユラ・・・

可愛い。

「しばらくお預けだね」

「はぁ・・・」

「ま、頑張れよ!愛は種族を超える!」

“おじいちゃん”に励まされてしまった・・・。

「家族が増えるのは大歓迎だよ。ただし、できちゃった結婚はだめね」

(だからそんなこと言われても・・・)

にゃぁん。

「何を話しているんだ?」

食事を終えたシトリンが寄ってきた。

オレ達は慌てて男同士の話を打ち切った。

  

「まず、君達に探してもらいたいものがあるんだ」

メノウさんは内ポケットから懐中時計を取り出して机の上に置いた。

手にとって見てみる。意外に軽い。

時計の中心部がくぼみになっていて、そこに小さな石がはめ込まれていた。

すっかり輝きを失っている。

「その石はもう死んじゃってるね」

「何なんですか?これ」

「時間移動を可能にするアイテムなんだ。その時計」

「時間移動!?」

「うん。すべての鍵は世界のはじまりにある。トパーズも“過去”を調べてたみたいでさ。俺達もいってみるべきだと思う」

「よし!行こう!」

二つ返事のシトリン。

「ただ、そのエネルギーがない」

メノウさんは光を失った石を指して言った。

「トパーズが使い切っちゃったんだよな〜・・・。石の持つ爆発的なエネルギーを利用して時間を超えるんだ。だから代わりのエネルギーを探さなきゃ俺達は過去へ行けない」

「わかった!ソレを探してくればいいんだな!」

シトリンの口調はやたらと急いている。

ヒトコトで探すと言っても、時間移動を可能にするほどのエネルギー体がそう簡単に見つかるとは思えない。
これはかなりレアな石だ。

トパーズはどこで手に入れたんだ?

「ここへ行ってみてくれる?」

メノウさんから渡されたのは鉱山の地図だった。

マーキーズ。オレの実家がある国で、モルダバイトからはかなり離れている。

(こんな鉱山あったっけ・・・?)

「ひょっとしたらここで手に入れられるかもしれない」

「はい。わかりました。行ってきます」

記憶にない鉱山に内心首を傾げながら、オレ達はマーキーズに向けて旅立った。

 

 

一人と一匹(?)の旅はとても身軽で、長い旅路も全然苦じゃなかった。

「お兄さん、綺麗な猫連れてるねぇ〜」

宿屋でチェックインする度にフロントで声を掛けられる。

「オレの彼女なんです」

オレがそう答えると、大抵みんなポカンとした顔をした。

「お前・・・変な奴だと思われてるぞ」

「いいよ、別に」

シトリンを高々と抱き上げてキス。

初めは引っ掻かれたけど、最近は小さな舌で唇を舐めてくれるようになった。

「お前がこんなに猫好きだとは思わなかった。頭、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないかも。オレ、シトリンといると頭おかしくなるんだ」

覗き込んでもう一度キス。

「なぁ、シトリン」

「にゃ?」

「トパーズが元気に復活したら、オレの実家へ遊びに来ないか?何もないド田舎だけど、いい骨休みになると思う。家族にも紹介したいし」

「紹介って・・・猫だぞ?」

「うん。猫でいい」

「何て言う気だ?ペットか?」

「まさか。結婚を前提にお付き合いしてます、って正直に話すよ」

どさくさ紛れに“結婚”を仄めかす。

最近どうも結婚願望が強い。

猫のシトリンが可愛くて、可愛くて、仕方がなくて、早く自分のものにしてしまいたいと思うのだ。

(オレってひょっとしてかなりアブナイ奴なんじゃ・・・)

それでも愛は止まらない。

この際だから開き直って。

「・・・好きだよ。可愛いオレの子猫ちゃん」

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