47話 愛はつねに進化する
魔界。洋館。
コツン・・・と、窓が叩かれる。
コハクとヒスイの寝室は一階のいちばん奥にあった。
ベッドではヒスイが寝息をたてている。
「・・・オニキス?」
コハクは窓を開けた。
そこに立っていたのは、トパーズを背中にしょったオニキスだった。
「・・・トパーズが倒れた」
「ああ、魔力の使い過ぎですね」
とにかく中へ・・・と、コハクが迎え入れる。
意識のないトパーズを自室のベッドに寝かせ、コハクとオニキスは外へ出た。
「・・・トパーズは大丈夫なのか」
「だいぶ疲れが溜まってますね。“神の時間”の話は・・・」
「知っている」
「・・・まぁ、そういうコトです」
コハクは愛想良く微笑んで、説明を割愛した。
「・・・・・・」
「それにしてもいつからあそこに?ひょっとして・・・」
(僕等がしてるトコ見ちゃったのかな・・・)
愛し合う様を見ていたとしたら・・・同情。それしかない。
「・・・少しは自粛したらどうだ」
オニキスのコメントは遠回しに“見ていた”ことを物語っていた。
「体で愛を伝えることは、あなたが思うよりずっと大切なことですよ」
コハクは胸を張って言った。
「予期せぬ進行こそが新鮮で興奮できる!」と、セックステクニックを熱く語る。
「いつも同じではダメなんです。愛はつねに進化するものだ。そのための努力を怠ってはいけない」
「・・・・・・」
いい事を言っているような、単なるアホのような。
オニキスも判断に困る。
「しかし相手は身重・・・」
「何言ってるんですか。妊娠中でも普通にできるんですよ?っていうか今やっとかないと勿体ないです」
ひとこと言っただけで、2倍にも3倍にもなって返ってくる。
言葉での戦いでオニキスに勝ち目はなかった。
「子供は目に見える愛のカタチです。最高の愛の証だ。それを丸ごと抱きしめることができるなんて、素晴らしいでしょ?」
「・・・・・・」
「心で感じる“想い”は目に見えるものじゃない。想っているだけなら、それこそ無色透明です。だけど“想い”に色を付けることで、ちゃんと“見える”ようになるんです。そして、伝えることができる」
“想いを伝える”
「そのためにコトバとカラダがあるんです。僕はそれをフル活用してる。あなたは・・・どうですか?」
事情を知っているくせに聞いてくるところが、相変わらず底意地悪い。
「・・・・・・」
「想いを彩る・・・そんな日があなたにも訪れることを祈っていますよ。っと、そろそろここの主が戻ってくる頃かな」
「・・・そのようだ」
近付くサファイアの気配を察し、オニキスはコハクに別れを告げた。
「次に会う時は敵同士ですね」
そう言って、コハクは爽やかに手を振った。
「・・・最後にひとつ聞きたい」
「?何ですか」
「お前が・・・ヒスイの次に選ぶものは、何だ」
5日後・・・訪れた決戦の朝。
にも関わらず、魔界の洋館ではごく普通の朝の光景が繰り広げられていた。
食卓に並ぶ朝食。本日の当番はコハクだ。
バタートーストに野菜サラダ、目玉焼き、ヨーグルト、そして目覚めの一杯。
朝はヒスイの好みに合わせ、全員でミルクティーを飲む。
毎朝ヒスイに叩き起こされ、朝に弱いトパーズもなんとか朝食を口にした。
しかし・・・半分寝ている。
トパーズは虚ろな目で、ぼろぼろ食べこぼした。
母性本能をくすぐられたヒスイが何だかんだと世話を焼く。
そこでコハクがムッ。
なんとか自分もヒスイの気を引こうと躍起になる。
それを見てサファイアが笑う。
いつもと変わらない朝。
「じゃあ、8時頃出発ということで」
コハクが言った。
緊張感はまるでなく、どこかへ遊びにでも行くようなノリだ。
「オッケーでス♪」
サファイアはシャワーを浴びると言って、食卓を離れた。
大好きなミルクティーを飲んで、ほんわかしているヒスイ。
食べ終えたと同時に突っ伏して、二度寝に入るトパーズ。
片付けを終えたコハクは洋梨を剥いてヒスイに食べさせた。
モグモグと口を動かすヒスイの頭を優しく撫でる。
「いっぱい食べて、しっかり栄養とってね」
「うん〜」
それにしても・・・と、ヒスイが話を続ける。
「もぐもぐ・・・今日が本番なんて信じられないね」
いつもならこういう場面では必ずと言っていいほどメンバーから外されていた。
だが、今回は違う。ヒスイの表情は明るかった。
「不本意ではあるんだけど・・・ちょっとだけ力を貸してくれる?」
「ん!」
「・・・よし。そろそろ歯を磨いて着替えよう」
ヒスイの額にキスで合図。
「うんっ!」
ヒスイは席を立って洗面所へと向かった。
「・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
拳で語る父子。
体を張った喧嘩は多いが、コハクとトパーズの会話がマトモに成立することはあまりない。
大抵はコハクが一方的に話して終わる。
「今日の“主役”だからね」
「・・・・・・」
「キツかったら正直に言って。黙ってちゃ、わからないでしょ?」
「・・・・・・」
トパーズは顔を伏せたまま動かない。
「いつまでも寝たフリをする気なら・・・」
「・・・・・・」
「・・・三つ編みしちゃうよ?」
コハクの指が銀の髪を掴む。
いつもなら拳を振り上げるか、ナイフを突き立てるか、だ。
これにはトパーズも驚き、ガバッと顔を上げた。
「おはよう」
改めてコハクが挨拶をする。
「・・・ナメてもらっちゃ困るな。僕がどれだけ“神”と一緒にいたと思ってるの?」
「・・・・・・」
「“神”の能力については、たぶん君より知ってる」
「・・・何を企んでいる」
トパーズがはじめて言葉を返した。
コハクは天使の微笑みでトパーズの顔を覗き込んだ。
「・・・そのチカラ、僕に預けてみない?」
人間界。
無人のマーキーズに現れた4人。
先頭はサファイア。
次にコハク。ヒスイと手を繋いでいる。
その後ろにトパーズが控えていた。
「さテ、それでハ、はじめまショウ♪準備はイイですカ?」
サファイアの視線はトパーズに向いている。
「・・・・・・」
“神”の出番。臨戦態勢。
トパーズは煙草を投げ捨てた。
火は付いていない。したがって煙も出ていない。
ただ、銜えていただけのものだ。
「あっ!煙草のポイ捨てはだめよ」
ヒスイが諫める。
「携帯灰皿を使って。はい」
どこから取り出したのか、ヒスイは携帯灰皿をトパーズに押し付けた。
「・・・・・・」
トパーズは黙って煙草を拾った。
・・・仕切り直し。
「さテ、それでハ、はじめまショウ♪準備はイイですカ?」
サファイアが同じ言葉を繰り返した。
「まずは余計な見物人を一掃しておこう」
コハクが提案すると、トパーズとヒスイが動いた。
「チラホラ来てますネェ。他国の偵察隊ガ」
「脅しをかけてあるから、手出しはしてこないはずなんだけどね」
子守歌/凍結/送還。“銀の悪魔”が手際良く人間を駆除してゆく。
「そこまでだっ!!」
シトリンの声が響いた。
その姿はやっぱり猫だ。威嚇のため毛が逆立っている。
「え?シトリン???」
「・・・・・・」
ヒスイだけはシトリンが猫になった経緯を知らなかった。
思いっきり首を傾げる。
トパーズは隣で完全黙止していた。
「・・・下がっていろ」
オニキスがシトリンの前に出る。
今、敵として立ちはだかるのはこの二人だけだった。
メノウとジンの姿はない。
「くっ!ジンと祖父殿はまだかっ!!」
4人の悪行を阻止しようと、シトリンが熱く吠える。
逆にオニキスは静淑・・・そして言った。
「落ち着け。あいつらと戦うつもりはない」
「何を言っている!!!このままでは世界が・・・!!」
「・・・・・・」
瞳を伏せ、魔界でのコハクの言葉を思い出す。
「ヒスイの次に選ぶもの?そんなの決まってる」
軽やかに笑うコハク。
両手をジーンズの後ろポケットに入れるのは癖らしかった。
『・・・ヒスイの次に選ぶのは、“ヒスイが生きる世界”です』