世界に春がやってくる

8話 愛の失踪


 

エクソシスト正員寮。夫婦の部屋。

 

 

コハクが無言で鍵を掛け、部屋中のカーテンを閉める。

薄暗くなった室内。

 

怒りの捌け口をヒスイの体に求めて。

 

「・・・ふぅ〜ん。使ってみる?これ」

トパーズが持っていたものとは別に、ヒスイの手に握られていたコンドーム。

それを取り上げて、封を切る。

「・・・え?お兄ちゃん?何言って・・・」

 

 

「やっ・・・やめ・・・」

床の上で無理矢理、後背位。

コハクは、ヒスイを四つん這いにしてスカートを捲り上げ、下着を剥ぎ取った。

キスも愛撫も飛ばして、ヒスイの溝にゴム付ペニスを深々と突き刺す。

「あぐ・・・っぅ・・・おにぃ・・・」

初めてのゴムの感覚にヒスイが困惑の声をあげた。

 

いつもなら指先で優しい愛撫をしてくれる。

それなのに。

いきなり硬い肉棒でぐちゃぐちゃと乱暴に掻き回されて。

気持ちがついていかないまま、膣口が痺れる。

「あっ・・・ぅ!おに・・・ちゃ・・・なんで・・・おこって・・・あっ、ああっ・・・!」

ズッ、ズッ、ズプッ、ズプッ・・・

硬直しきった肉の杭を、胎内へ連続で打ち込まれ、ヒスイの体と声が激しく揺れた。

 

 

(何で?こっちが聞きたいぐらいだ)

 

ヒスイは僕に嘘をつかない。

やってないと言うなら、やってないんだろう。

 

(じゃあ、何でこんなの持ってるんだ?)

 

 

「はっ・・・ひっ・・・は・・・おにいちゃ・・・おにぃ・・・うっ・・・」

「・・・・・・」

うつ伏せで、腰を高く上げさせる。

めちゃくちゃにしてやるつもりで、ヒスイのリズムはわざと無視した。

「あ、あぁんっ!!」

一突き、一突き、睾丸が潰れる程に強く貫いて、子宮を押し上げる。

「わ・・・たし・・・ほんとにやってな・・・あうっ!」

「・・・・・・」

 

 

 

このままヒスイを誰の目にも触れないところへ閉じこめてしまおうか。

 

 

 

(・・・そんなことしたら、メノウ様に怒られるだろうなぁ)

 

扉の向こう側。

メノウとトパーズが様子を伺っていることは知っている。

(僕がヒスイを傷つけるようなら、黙っちゃいないって事だろうけど)

「・・・見くびらないで欲しいな」

 

「あっ、あ、あぁっ!はぁ、んっ!あぁっ!」

這い蹲ったヒスイの片足を引き上げ、ねちゃねちゃ、くちゃくちゃと。

「あんっ・・・おにいちゃ・・・」

ゴムで粘膜を擦られる、この状況に戸惑いながらも感じているヒスイ。

 

 

(ヒスイに手をあげたりなんかするもんか)

 

 

コハクの脳内で展開されるヒスイアルバム。

 

 

「おにいたんっ!だいしゅきっ!」

 

「おにいちゃんっ!だっこ〜!」

 

「おにいちゃぁん〜!オシッコ〜!」

 

「おにいちゃんっ!産まれるぅ〜!」

 

「おにいちゃん!」

「おにいちゃんっ!」

「おにいちゃん・・・」

 

(あぁ・・・もう)

愛しくて。愛しくて。どうしようもない。

 

 

(ずっと・・・大切に育ててきたんだ。結局は許すしかないってわかってるけど)

 

 

下半身の快感ではなく。

純粋な愛情のみで、せりあがる射精感。

 

愛しい塊を背中から抱き締めて・・・あえなく撃沈。

「っ・・・ヒスイ・・・」

「おに・・・ちゃ・・・ぁ」

 

 

 

いつもなら、「愛してるよ」のキスをして。

いつもなら、繋がったまま余韻に浸る。

 

しかし、今回は違っていた。

 

「・・・ん・・・っ」

コハクが腰を引くと、ゴム付のペニスがヒスイの膣から抜け出た。

露骨に淋しそうな表情でヒスイが見送る。

愛液はゴムを濡らして。

「・・・・・・」

この隔たりがひどくもどかしく思えた。

ゴムの先端部分にはたっぷりと白い液体が溜まっている。

 

いつもなら、一滴残らず捧げる精液も使用済みのゴムと一緒にゴミ箱へ。

 

コハク的にも気分が悪かった。

ポリシーに反する射精。

愛を伝えそびれてしまった気がする。

もう頭もすっかり冷えて。

後はいつものように平謝りで、許しを請おうと思った・・・が。

 

 

「私・・・コレ嫌い」

ヒスイが次に見せたのは、猛烈に不機嫌な表情だった。

 

 

やっていないと言ったのに、聞いてもらえなかったこと。

やめてと言ったのに、ゴムを使われたこと。

 

 

更にキスが1回もなかったことが、後になってヒスイの怒りに火をつけた。

 

 

「誤解なのに!全然そういうんじゃないのにっ!トパーズと私を普通の男女と一緒にしないで!」

 

 

「!!!」

そう言われて驚いたのは扉の反対側にいたトパーズで。

煙草がポロリと口から落ちる。

(あの馬鹿・・・何言ってんだ・・・)

「あちゃ〜・・・言っちゃったよ」

娘の暴言にメノウも頭を抱える。

「丸く収まりそうだったのになぁ〜・・・それはマズイよ、ヒスイ〜・・・」

 

 

「・・・・・・」

メノウの心配をよそに、コハクは意外な程冷静だった。

口調も穏やかで、落ち着いている。

「・・・普通の男女じゃない?それは“親子”だから特別ってこと?」

「そうっ!」

「・・・じゃあ聞くけど。トパーズにもし好きな子ができたら応援してあげられるの?」

「え?」

「そこですぐ“うん”って言えなきゃ“母親”じゃない」

「・・・・・・」

思いがけない質問を受け、即座に回答できない。

ヒスイは口を結んだまま、俯いてしまった。

 

 

「・・・ごめん。言い過ぎた」

ズボンのベルトを締めながら窓辺まで移動し、羽根を広げるコハク。

「・・・頭冷やしてくる」

「え!?お兄ちゃん!!待って!!」

飛び去るコハクを追いかけようと、窓から身を乗り出すが、ヒスイは自力で空を飛ぶことができない。

「今追いかけてもまた喧嘩になるだけだって。ヒスイもさ、ちょっと頭冷やしなよ」

ついにメノウが仲裁に入った。

窓から落ちても構わないという勢いのヒスイをなんとか取り押さえ、宥める。

「コハクは俺が追うから。ヒスイは屋敷に戻って。わかった?」

「やだっ!お兄ちゃんっ!!お兄ちゃんっ!!!」

 

 

 

その夜、コハクは帰ってこなかった。

 

 

その次の夜も、そのまた次の夜も。

 

 

 

赤い屋根の屋敷にて。

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

ヒスイ・トパーズ・ジスト・サルファー。

家事全般を長男のトパーズが引き継いだが、コハクを欠いた4人の食卓は気まずく。

誰も何も話さない。

「ヒスイ、今日も食べてない」

フォークを置いて、ジストがヒスイを覗き込む。

食事の時間に顔だけは出したが、コハクと喧嘩別れした夜からヒスイは一切食べ物を口にしなくなった。

「・・・食え」

トパーズが上から睨む。

「いらない。お腹空いてない」

「・・・・・・」

(・・・アイツに餌付けされてるな)

「ヒスイが食べないなら、オレも食べないっ!」

つられてジストも食事を放棄。

「馬鹿か、お前。そいつに付き合ってどうすんだよ」

この事態をサルファーは冷徹に受け止め、食べるものはしっかり食べていた。

「父さんがいなくなったのだって、全部その女のせいに決まってる」

「何でもヒスイのせいにするなっ!」

兄弟喧嘩、激増。

ジストとサルファーはしょっちゅう言い争いになっていた。

バンッ!!

トパーズが机を叩く。

「お前等、大人しく食え。残したら殺す」

そう言うなり、ヒスイの顎を掴んで無理矢理口を開かせた。

「なにす・・・」

「問答無用だ。食え」

これでもかと、ほうれん草をヒスイの口へ詰め込むトパーズ。

「むぐっ!?んぐっ・・・」

ヒスイはじたばたと抵抗したが・・・

もきゅっ。もきゅっ。もきゅっ。

・・・膨れっ面で口を動かしはじめた。

(食べた!なんかウサギみたいで可愛いっ!)

こんな時でもしっかり萌えるジスト。

「・・・お前も詰め込まれたいか?」

「たっ、食べるよっ!いただきますっ!」

トパーズに脅かされ、ジストは慌てて食事を再開した。

(うん。うまい。兄ちゃんがこんなに料理できるなんて思わなかったもんな)

トパーズの場合、朝食は全くの手抜きだが、夕食は結構なご馳走だった。

その味はコハクに引けを取らない。

(それにしても・・・なんか・・・息苦しい)

食卓に再び訪れる静寂。

それぞれが黙々と口を動かしている。

 

 

いつもなら、賑やかな食卓。

 

 

(父ちゃんいないと、ウチってこんなに静かだったんだ・・・)


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