世界に春がやってくる

19話 花嫁vs花嫁

 

「・・・じゃあ、サルファーがその“羊”だっていうの?」

「まだそう決まった訳じゃないよ。確率が高いってだけで」

 

「もうっ!!お兄ちゃんはどうしていつも言うのが遅いのっ!!?」

「うん。ごめんね」

 

 

予想はしていたが、ヒスイは凄まじい怒り具合で。

両脚をぴったり閉じて座り、先程までの甘い時間が帳消しになるぐらいの勢いだった。

「お父さんも!トパーズも!知ってたくせに教えてくれないんだから!オニキスだってそうでしょ!」

コハクはまず、これまでオニキスに話した事と同じ内容をヒスイに話して聞かせた。

普段は仲が良いとは言えない間柄でも、スピネルの件然り、男連中の秘密の連携はなかなかのもので、ヒスイが知るのはいつも一番最後・・・

「昔からだもんねっ!!お父さんとグルになるのは!!」

「あ〜・・・いやぁ・・・だからね・・・」

「ヒトの事何だと思ってるのよっ!!えっちばっかりしてぇ!!」

振り返れば、ここ最近、落ち着いた会話より、繋がって喘いでいる時間のほうが長かったような気さえする。

「発情期なんだ」

「いつもでしょっ!」

「・・・・・・」

もはや冗談も通じない。

「はは・・・しばらく我慢するよ・・・」

腕の中で怒るヒスイの旋毛を見ながら、コハクはそう言って笑うしかなく。

(まいったなぁ〜・・・まさかこんなに怒るとは・・・)

タイミングを間違えた、と、少し後悔した。

 

 

「羊は黙示録に選ばれた天使というのが一般的な言い方だけど、黙示録が世に出るのは羊がいる時代だけなんだ」

 

黙示録の出現は羊と共に。

 

「それまでは別空間にあって、僕等にはどうすることもできない」

寝物語のように、ゆっくりとした口調で語るコハク。

「さっきも話したとおり、黙示録は使者が羊へ届けるんだけど・・・」

「うん」

「使者は女の子って決まってるんだ」

「なんで?」

「使者ってね、羊の花嫁なんだよ」

「そんなの黙示録が勝手に決めたことでしょ?」

「うん、でも、逆らえない」

「・・・・・・」

「言っておくけど、まだサルファーだって決まった訳じゃ・・・」

 

「お〜い」メノウの声が聞こえて、確定。

自分を呼びにきたと言う事は即ち、サルファーに変化があったことを意味していて。

 

「決まっちゃったみたいだね・・・」

 

 

 

メノウ・コハク・ヒスイ。

魔法陣を抜け、ジストの待つダイオプテースへとやってきた。

「ヒスイっ!!」

ヒスイの顔を見るなり抱きつくジスト。

「サルファーとタンジェが駆け落ちしちゃったみたいなんだ!」

メノウが否定をしなかったので、まだそう思い込んでいたのだ。

「駆け落ち?」

そう聞き返したのはコハクで。

「なっ、笑えるだろ?」

と、メノウ。

 

「サルファーはメノウ様と僕で連れ帰るから、ヒスイはジストに説明してあげて」

「んっ!わかった!」

何も知らないジストをヒスイも気の毒に思ったらしく、進んで説明役を引き受けた。

「じゃあ、行ってくるね」と、ヒスイにキスを残して。

コハクはメノウと共に、羊サルファーを追った。

 

 

 

「タンジェが使者ですか・・・」

先日家にやってきた時は鞄を持っていなかった。

ジストにばかり目がいっていて、サルファーにはまったく興味を示さなかった。

それはタンジェそのものの姿であり、黙示録の存在を全く感じさせなかったのだ。

「あれが、僕等の目を欺くためのものだったとしたら・・・」

「厄介だな、黙示録」

「ええ。ひょっとしたら近親を狙ってくるかな、とは思ってたんですけどね。うちは女性が少ないですから、油断してました」

「ヒスイなんか危なかったんじゃん?」

書物と聞けば黙示録にだって飛び付くだろう。

「ああ、平気ですよ。ヒスイは」

「何で?」

「使者は未経験の女性と決まっているんです」

「あはは!なるほどね〜!羊の花嫁は処女に限るってか!」

メノウがウケて笑う。

「それよりも何よりもまず・・・」

メノウの笑いを軽く流し、コハクが宣言。

 

 

「ヒスイは僕の、熾天使の花嫁ですからね」

 

 

 

「あれ?お前武器持って来なかったの?」

これから、力づくでサルファーとタンジェを連れ戻すのだ。

戦いになるのは必至であるが、愛用の魔剣は屋敷へ置いてきた。

「ええ、どのみち子供は斬れませんから」

苦々しい笑いを浮かべるコハク。

昔、トパーズにこっぴどくやられた事を思い出し、古傷が疼く。

(それにしてもカラダ重いな・・・)

貧血の予感。調子に乗って、ヒスイにたっぷりと吸わせてしまった。

(やった後ってあんまり戦う気しないんだけど)

そんな事も言っていられない。

腕を回して、肩慣らし。

(可哀想だけど、意識が飛ぶまで殴るしかないよなぁ)

「不幸中の幸いといいますか・・・サルファーはまだ10歳なので“羊”としては未熟なんです。黙示録は成人した羊にしか扱えない。無理矢理成人させたところで、時間は限られている。たぶんすぐ元の姿に戻る筈です」

 

 

「封印が解かれる前ならどうにでもできる。羊と使者がいなければただの本だ」

 

 

 

「さぁ、帰ろうか」

気配を辿って来た先に“羊”のサルファー。

ダイオプテースの森。近くに使者の姿はない。

にこやかに拳を鳴らすコハクを、サルファーが無言で見据える。

左手にハルベルト。右手には黙示録を持っていた。

(体格いいなぁ・・・。強いぞ。これは)

無理に連れ帰ろうとすれば当然攻撃してくるだろう。

(追いつめて、衝動的に黙示録の封印を解かれてもマズいし・・・)

果たしてどう戦うか。

頭の中で攻撃パターンを組み立てる。

(一撃、二撃、三撃で・・・決める)

「・・・メノウ様、タンジェの方をお願いしてもいいですか」

「了解。わかってると思うけど、子供相手にやりすぎるなよ?」

「はい」

 

 

メノウと別れ、いよいよ戦闘開始。

「!?・・・っと」

(危ないなぁ・・・耳が落ちるトコだった)

ハルベルトを振り回すサルファーは油断大敵な相手だった。

 

翼を持つ者同士、上空での戦いだ。

 

攻撃は見切っているつもりでも、避けるのはスレスレ・・・貧血で眩暈がするのだ。

(早く決着つけないと、こっちが先に倒れそうだ・・・ああ、ヒスイ愛してる・・・)

貧血もまた、愛の証。

吸血鬼の妻を持つ醍醐味だと思う。

コンディションの悪さを反省するどころか、逆に思い出しエロ笑い。

かつては天界最強と謳われた天使が、今や愛に溺れる変態天使だ。

(よし、そろそろアレを試してみるか)

 

 

 

一気に距離を詰め、必殺呪文。

 

 

「×××××」

 

 

サルファーが今ハマっている漫画のタイトル。

耳元で囁くと、サルファーの動きが止まった。

(やっぱり・・・完全に羊化してる訳じゃない)

一瞬の隙をついて、顎を狙う。

拳で殴り上げ、脳を揺さぶる。一撃。

上空で体勢を崩したサルファーのみぞおちに、今度は膝蹴り。二撃。

両手を組んで、首の付け根を強殴。トドメの三撃。

コハクは容赦なくサルファーを地面へと叩きつけた。


森の緑地に亀裂が入る程の衝撃を受け、サルファーの体が縮む。

「う・・・」

追って地上に降りたコハクは、すぐさまサルファーの体を抱き起こした。

「サルファー。僕だよ。わかる?」

「と・・・う・・・さん?」

「よく聞くんだ」

肩を掴み、意識を向けさせ。

 

 

『君は黙示録に操られてる』

 

 

羊として完全に覚醒するまでは、つまりその状態なのだ。

 

 

サルファーがサルファーでいた時間はごく僅かだった。

コハクがそう言い終えるか終えないうちに、再び黙示録に拘束され、成人化。

 

 

更に。

 

 

(ここにある黙示録は偽物だ)

本物はタンジェが持って逃げたという事だ。

(流石に頭が回るな・・・)

逃走の時間稼ぎだったのだ。

黙示録を処分しない限り、サルファーは元には戻らない。

(・・・とにかく連れ帰る)

使者タンジェはメノウが追っている。

メノウなら容易く黙示録を入手してくるだろう。

いつものように楽観視・・・しかし今回ばかりはそうもいかないのだった。

 

 

 

使者タンジェ参上。

 

 

それは反悪魔主義のアジト近く、ヒスイとジストが待機する場所だった。

偶然。しかし黙示録に操られているタンジェは攻撃を仕掛けてきた。

標的は・・・“神の子”ジスト。

 

 

「愛しいお方・・・邪魔ですわ」

 

 

「ジストっ!!下がって!!」

「やだよっ!女の子に守ってもらうなんてっ!!ヒスイはオレが守っ・・・」

言い終わらないうちにヒスイの呪文が発動し、保護結界へ閉じこめられる。

「女の子じゃないっ!“母ちゃん”でしょ!!」

「ヒスイぃ〜・・・」

「親が子供を守るのは当たり前なのっ!黙ってそこで見てなさい!」

専用武器であるステッキで一撃目は防いだ。

身構えたヒスイは春先取りの桃色ワンピース・・・はっきり言って、強そうには見えない。

対峙するタンジェのほうがずっと背が高く、馴染みの軍服に切れ味の良さそうなサーベルを持っていた。
左の小脇に抱えている書物が黙示録のようだ。

 

 

「羊の花嫁だか何だか知らないけど、熾天使の花嫁を舐めるんじゃないわよっ!!」

溜まった怒りがなぜかここで爆発。

久しく眠っていた闘争心に灯が灯り、啖呵を切った・・・が。

 

魔道士vs剣士ではいささか不利で。

 

強力な呪文は詠唱に時間がかかりすぎて使えない。

一方、半猫娘のタンジェは身軽で、手数も多かった。

 

防戦状態のまま、なけなしの体力が消耗してゆく・・・

 

 

「招かれざる・・・血を呼ぶものに・・・はぁはぁ・・・正しき粛正を!ソードブレイクっ!!」

 

 

武器破壊魔法でタンジェの攻撃手段をひとつ減らしたものの・・・

すでに頬には避け損ねて出来た切り傷。

爪で引っ掻かれ、尻尾で叩かれ。

ワンピースもボロボロになっていた。

(このまま戦ってても勝てない。だけど、逃がす訳にはいかないし)

「それなら・・・」

近くにある移動用魔法陣までタンジェを誘導。

ヒスイが走って逃げれば、優勢なタンジェは当然後を追ってくる。

それを利用して。

 

トンッ・・・

 

タンジェの爪先が魔法陣に触れたのを見届け、素早く文字を描き足す。

 

すると・・・

 

魔法陣から放たれた光が檻のように変化し、タンジェを捉えた。

「く・・・」

光の檻を破ろうと必死になるタンジェだが、どうにもできず。

“使者”捕獲成功。

(最初からこうするべきだったわね)

けれどもそれは一か八かの賭けで。

他者の描いた魔法陣を描き換えるのは、難しいのだ。

レベルの高い魔道士が描いたものほど、描き換えは困難を極める。

(お父さんの魔法陣で良かった〜・・・)

見慣れた魔法陣。血の繋がり。

親子だからこそできた芸当だった。




「ふんっ!」強がって鼻を鳴らすも、肩で息をしているヒスイ。

(お兄ちゃんに血貰ってなかったら、今頃やられてたわね・・・)

 

 

「ヒ、ヒスイいぃぃ〜、傷だらけだよぉ〜・・・」

保護結界が解かれ、ダッシュ。

ヒスイを支えながら、ジストが情けない声を出す。

 

 

「平気よ。これくらい」

 

 

辛くも勝利。熾天使の花嫁。

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