世界に春がやってくる

20話 真実のYES

 

「平気じゃないよっ!!そんな怪我してっ!!」

ヒスイの愛液は見慣れていても、血液には免疫がない。

綺麗なヒスイの顔に傷。ショックでジストの気が遠くなる・・・

(傷だらけのヒスイなんてダメだっ!!)

絵的に許せない。夜の夫婦生活に支障をきたすと思う。

「・・・・・・」

 

 

オレがもっと強かったら、ヒスイを守れたのに。

 

回復魔法が使えたら、こんな傷すぐ治してあげるのに。

 

ヒスイは怪我をすると治りにくい体質だから、って父ちゃんがいつも気にかけてた。

 

 

(なのに、こんな怪我させて・・・)

 

 

それは、マザコンジストが思い詰めるのに充分な理由だった。

「オレっ!じいちゃん呼んでくるっ!」

魔法医師でもあるメノウに一刻も早くヒスイの傷を治して貰わなければ、とムキになって叫ぶと・・・

「は〜い。おじいちゃんですよ」と、おどけたメノウが現れた。

ヒスイの戦いぶりを近くで見ていたのだ。

やればできるじゃん、とジストを守って戦ったヒスイを褒め、回復呪文を施す。

タンジェは檻の中で膝を抱え、大人しくしていた。

怪我らしい怪我はしていないようだ。

 

 

ジストも一安心。そして。

 

 

「オレっ!父ちゃんとこ行ってくるっ!!」

 

 

とにかくサルファーのことが気懸かりだった。

黙示録の入った鞄をサルファーに開けさせたのは、自分。

サルファーが“羊”になってしまったのは自分のせいだと、現状の説明を受けてからずっと考えていた。

黙示録に操られ成人化したタンジェは、ジストの知っているタンジェとは全く違っていて・・・少し寂しい。

(サルファーとタンジェと・・・みんなで家に帰るんだ!!)

 

メノウに教えてもらった場所を目指し、ジストは走り出した。

 

 

 

 

森の奥では。

 

 

不完全な羊サルファーと貧血熾天使コハクの戦いが再開されていた。

“立ちはだかる者は消す”精神の羊サルファーを、捉えて連れ帰ろうとするコハク。

 

そこに・・・

 

「父ちゃぁ〜ん?」

人懐っこい呼び声。葉擦れの音がして、ひょっこりジストの顔が覗いた。

「!?ジスト!こっちへ来ちゃ駄目だ!!」

 

コハクの気が逸れた刹那、サルファーが動く。

 

 

あらゆる可能性を秘めた“神の子”は黙示録にとって邪魔な存在・・・

偽物とばれた書物は捨て置き、両手で握ったハルベルトをジストへ向けて振り上げる。

「サルファー!?」

ジストは身が竦んで動けない。

抵抗する術もなく、強く目をつぶって。

「ジスト!!」

驚愕のスピードでコハクが助けに入った。

拾った書物を盾に、ハルベルトの攻撃を防ぐ。

 

 

「・・・遊びは終わりだ。これ以上やる気なら、本気でいく」

 

 

深く冷めた瞳。

凶暴な本性を見せたコハクの牽制が効いたのか、サルファーが引いて。

 

飛び立つ。

 

「・・・・・・」

(無理に追うことはないか)

黙示録が羊や使者に危害を加えることはない。

サルファーを逃がしても、タンジェと黙示録を押さえれば済むだけの話。

そう考えたコハクは追跡を諦め、サルファーが飛び去る姿を見送った。

このままタンジェと合流するであろう事は承知していたが、面子が揃った所で相手にするのはメノウ、と、思い込んでいた。

 

 

「父ちゃん・・・サルファーと・・・戦ってたの?」

「うん。ちょっとだけね」

「サルファー強かった?」

「強かったよ」

「父ちゃん・・・」

「ん?」

俯いたジストの口調に力がこもった。

「オレもっ・・・!!戦えるようになりたいっ!!」

加えて、回復の魔法を使えるようになりたいのだとジストは必死に訴えた。

 

「サルファーは兄弟で、一番の親友だし!タンジェは大切な友達だから!オレが止めたいっ!!」

コハクを見上げる瞳は決意に満ちていて。

「オレっ!守ってもらうんじゃなくて、守りたいんだ!!」

「・・・・・・」

ジストが熱く述べると、コハクは珍しく黙り込んだ。

「父ちゃん?」

 

 

親子として10年。

(わざわざ事を荒立てるのもどうかと思うけど)

遅かれ早かれジストには真実を伝えるつもりでいた。

“その時”が来たのだと、覚悟を決めて口を開く。

 

 

「・・・だったら。教えて貰わないとね、魔力の使い方を」

「??誰に?」

「君の、本当のお父さんに」

「・・・・・・・・・え?今、なんて・・・」

 

 

「僕ね、君の“父ちゃん”じゃないんだ」

いつにも増して濃厚なコハクの微笑み。

あまり深刻に受け止めて欲しくないという想いが込められていた。

「父ちゃんが・・・父ちゃんじゃ・・・ないの?」

「うん」

「か・・・母ちゃん・・・は・・・?」

恐る恐る尋ねるが、最も聞きたくない答えが返ってくるのだった。

 

 

「ヒスイだよ」

 

 

 

“君のお父さんは、君のすぐ傍にいるよ”

 

 

 

優しく頭を撫でられ、そこまで言われれば、いくらジストでもわかる。

唇を噛み締め、涙を堪えて。

 

 

(兄ちゃんが・・・オレの父ちゃん・・・)

 

 

 

 

反悪魔主義の天使集団アジトから。

「・・・何やってんだ、あいつら・・・」

咥え煙草のトパーズが出てきた。

右腕にはカトブレパスの子供を抱いている。

 

 

副業エクソシスト、トパーズの仕事は主に他のエクソシストが遂行できなかった、いわゆる失敗任務の代行だった。

新生エクソシスト「風林火山」は「任務続行不可能」と、教会に連絡が入り、教会から即トパーズへと振り当てられたのだ。

トパーズは担当の授業を終えてすぐ、任務に就いた。

 

ブモーッ!!

カトブレパスの子供はなぜかトパーズに懐き、元気よく鳴いて。

「・・・ホラ、母親のところへ帰れ」

物質転送魔法。空間を繋げる裏技で創り上げた穴にポイッと。

仲間の暮らす荒れ地へと送る。

 

 

(任務続行不可能・・・ち・・・)

「サルファーが羊になったか・・・」

(教会に連絡を入れたのはたぶんジジイだ)

このまま家へは帰れない。

コハクもヒスイも・・・ジストも。

この地にいる。ここからそう遠くない場所に。

「・・・・・・」

“力を合わせて”などというノリは嫌いだが、気になる。

何も知らないヒスイとジストが、今頃ボケまくっているのではないかと思う。

親子なので当然といえば当然だが、ヒスイとジストはどことなく似ていて。

(あいつら揃って馬鹿だからな・・・)

同じくらい愛おしく、放っておけない。

(・・・その辺探してみるか・・・)

 

ふ〜っ・・・

 

トパーズは煙を吐き、歩き出した。

 

 

 

・・・望まざる再会になるとも知らずに。

 

 

 

光の檻を前にして。メノウ&ヒスイ親子。

 

 

「よしっ。終わり、っと」

傷はおろか、ワンピースまで綺麗に復元し、良くやったと、ヒスイの肩を叩く父、メノウ。

「“親が子供を守るのは当たり前”って、お前も言うようになったよなぁ」

「べっ・・・べつにっ!!」

ヒスイは思いっきり照れて横を向いた。

「お父さんこそっ!ナニ年寄りみたいな事言ってるのよっ!」

「年寄りだもん、俺」

日々孫にジジイ呼ばわりされていれば、嫌が応にも老け込んでくる。

見た目こそ15の少年だが、気分はもうすっかり“おじいちゃん”なのだ。

そんな冗談でひとしきり笑ってから、ヒスイがポツリ。

「サルファー・・・大丈夫かな・・・」

 

 

「サルファーのほうはコハクがうまくやってるさ」

メノウはメノウで、そう信じて疑わず。

コハクがサルファーを見逃すなど、考えに含まれていなかった。

一族全員何事もなかったかのように、モルダバイトへ帰れると思っていた。

 

 

「お父さんっ!!!サルファーが!!」

 

そこに、突如として現れたサルファーが光の檻を粉砕。

その能力はケタ違いで、メノウも驚く。

サルファーはいつにも増して冷酷な表情で、ヒスイを一瞥。

そのまま使者と黙示録を連れ去った。

 

油断しきっていたヒスイとメノウは唖然。

「あ〜・・・俺、一旦モルダバイトへ戻るわ。長い戦いになりそうだ。シトリンとジンにも話しておかないと・・・」

 

 

 

 

「“羊”申し訳ございません」

サルファーの腕の中でタンジェが深く謝罪した。

 

二人と一冊は今、ダイオプテースの海上を飛んでいる。

 

「・・・・・・」

黙示録に無理矢理成人化させられ、サルファーの自我と羊の人格が競り合っている状態だった。
その為、心此処にあらずで、無口。

 

「ご案内いたしますわ。このまま西へ抜けて下さいませ」

 

 

『貴方様の“城”をご用意してありますの』

 

 

 

 

「ヒスイ・・・っ!!」

「何?」

激しく息を切らし、泣き出しそうな顔をしているジストを見てヒスイは首を傾げた。

魔法陣を描き直したメノウが、丁度モルダバイトへ向け、発った所だった。

「どうしたの?」

「父ちゃんが・・・父ちゃんじゃないって・・・ホント?」

その瞬間、ヒスイが今まで見せたことがない畏怖の表情を浮かべたので、訊いてはいけない事を訊いてしまったのだと悟ったジストは後の言葉に詰まった。

 

 

 

「・・・・・・それ、お兄ちゃんが言ったの?」

「うん」

「・・・・・・なら、そうだよ」

ヒスイの口から出た、残酷なYES。真実のYES。

 

 

 

「父ちゃんと・・・毎晩してるようなことを兄ちゃんともしちゃったってコト?」

「・・・・・・うん」

「それでオレができたの?」

「・・・うん」

「・・・今は?」

「してないよ」

そこでヒスイが即答したので、ほんの少し救われた気もしたが、それでも動揺で声が震えてしまう。

「・・・ならいい。ヒスイはずっと父ちゃん一筋だよな?」

「うん」

 

それだけ確かめて、ジストは全速力で駆け出した。

 

 

(って、ヒスイの手前カッコつけちゃったけど、全然よくね〜!!!)

「何でだよ・・・親子だろぉ〜・・・」

息子と母と。

(そりゃ、あの二人って全然親子っぽくないけどさ!)

「・・・・・・」

コハク以外の男に喘がされているヒスイの姿を想像して、嫌悪。

(やだっ!ヒスイは父ちゃんとじゃなきゃ!)

背筋が寒くなって。

「オレ・・・ひょっとして産まれちゃマズかったんじゃ・・・」

悲しい気持ちでいっぱいになる。

もう自分でも何が何だかわからない。

これまで息子として接してくれたコハクに申し訳ないと思うばかりで。

 

 

涙が止まらない。

 

 

(父ちゃん・・・ごめん・・・)


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