世界に春がやってくる

21話 必要な嘘



西の海。海上の孤島。

 

使者・・・つまり黙示録の用意した、羊のための城。

そこにはもう羊を支持する天使が集っていた。

 

 

黙示録により世界が滅びても、羊に従えば救われる。

 

 

操るまでもなく、そう信じている天使達だった。

「すべて、“羊”の下僕ですわ」

 

 

羊は黙示録を行使するための人格であり、羊の完全なる目覚めが黙示録解放の刻を示す。
一方、サルファー自身の我も強く競り合いは常に続いていた。

どちらか優勢の気質が時宜表面化しているのだ。

 

 

「他に足りないものがございましたら、何なりとお申し付けくださいな」

城の一室で。

軍服を脱ぎ、薄い布地の寝間着に着替えたタンジェが身を寄せた。

サルファーへ豊満な胸を押し当て、口づける。

「・・・・・・」

「花嫁ですもの。ご奉仕致しますわよ?こちらのほうも」

制服のズボンの上から指先で男性器をなぞり、淫乱な笑みで誘う。

「・・・お前が、花嫁か」

声の主はサルファーなのか羊なのか定かではなく。

「ええ、そうですわ」

「・・・それなら」

胸を掴み、キスを返す。

「花嫁を抱くのは当然だな」

 

 

 

 

はぁ!はぁっ!

森の中を闇雲に走るジスト。

 

ドンッ!

 

「わ・・・っ・・・」

それはもう運命的に。

トパーズと正面衝突。

 

「兄ちゃん!?」と、口にしてすぐ。

(そうだ、兄ちゃんじゃない・・・)

「ジスト、お前・・・」

トパーズはジストの様子がいつもと違うことに気付いたが、コハクの口から真実が語られてしまった事など知る由もなく、跳ねている柔らかな銀髪を見下ろした。

「に・・・にぃちゃん・・・が」

「何だ?」

「・・・と、父ちゃん?」

迷いに迷った口調でジストが口を動かしたところで・・・

 

ゴツンッ!

 

ジストの脳天へトパーズが拳を振り下ろした。

「・・・・・・“兄”と呼べ」

「・・・っ!!」

それこそ“兄”ではない事を意味する言動で。

 

 

大好きなヒスイをこれ以上困らせたくない。

と、なると、感情をぶつける相手は必然的にトパーズしかいなかった。

 

 

「なんでだよっ!!なんで父ちゃんが父ちゃんじゃなくて、兄ちゃんが父ちゃんなんだよっ!!!」

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

不意に10年の沈黙が破られ、トパーズは声もなく。

再び疾走するジストが残した言葉は、胸を抉るような鋭さで、忘れていた罪の重さを思い出させた。

(追いかけて、何を言うつもりだ?)

「・・・・・・」

考えれば考えるほど、足が動かない。

ほどなくして、ジストはトパーズの視界から消えた。

 

 

 

「崖っぷちだねぇ」

消えたジストに代わり、視界に入ったのはコハクだった。

「・・・必要な嘘って、あると思うよ」

心優しいジストが自分の生い立ちを知ったら、どれだけ胸を痛めるだろう。

「君が父親だって事は遠回しに伝えたけど、“何故父親なのか”は言ってない」

「・・・・・・」

「・・・体良く口裏を合わせるなら、協力してもいい」

「・・・・・・」

トパーズは俯いたまま、黙考を続けていた・・・が。

 

 

「“必要な嘘”だと?それこそ嘘八百もいいところだな」

 

 

ジストの心を守りたい気持ちから提案されたであろう“必要な嘘”。

トパーズはそれを一蹴した。

「嘘をつく必要がどこにある」

“兄”として服役中の身でも、トパーズは堂々としたもので。

 

 

「あれはオレにとって必要な罪だ。後悔はしていない」

 

 

あの頃のヒスイへの想いを嘘で隠すつもりはない、と言い切った。

「易々と口車に乗せられてたまるか」

「はは・・・バレちゃ仕方ない」

ちょっとした試練のつもりだったと認め、苦笑するコハク。

「必要な嘘にすべてを委ねて、罪から目を逸らすようなら取るに足らない相手だと思ったんだけど、やっぱりそうはいかないか」

 

 

「相変わらず、悪趣味だな」

「相変わらず、可愛気ないね」

 

 

「消えない罪を君が背負っていたとしても、ジストに罪はない」

「責任の所在はオレにあって、ジストに罪はない」

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

ことごとく台詞が被る二人。

だが、考えは同じのようだった。

 

 

「まぁ、そういう事だから」と、強引に出し抜いたのはコハクだ。

「ジストが“いらない子”だなんて思わないように、しっかり愛を伝えること」

 

『それは、君の役目だ』

 

 

 

(愛を伝える?オレが?)

愛の伝道師コハクなら上手くやるかもしれないが、正直どうしていいかわからないままジストの後を追う。

神特有の気配を辿っていくと、走りに力尽きたジストがしゃがみ込んでいた。

「ジスト」

「にい・・・ちゃん?」

「・・・聞け」

聞かせたくはないが、言わなければならない。

「・・・10年前、ヒスイを犯した」

「お・・・かした・・・?」

ジストの表情からは血の気が引き。

(犯した?陵辱?強姦?レイプ?)

こんな時でも、H用語はしっかり頭に浮かぶ。

日頃の勉強の成果がシャレにならない場面で発揮される事になってしまった。

「う・・・そ・・・だよね?」

「嘘じゃない」

「無理矢理・・・ヒスイに・・・中出ししちゃった・・・の?」

「・・・・・・」

エロ少年。ジストのリアルな言い回しに面食らうトパーズ。

男女の性に並々ならぬ興味を抱いている事は知っていたが・・・

(やりにくい・・・)

「泣いて嫌がるヒスイを押さえつけて、服をビリビリ破って、足開かせて・・・ヒスイの大事なアソコに硬くなったちんちんをズブッと・・・」

ジストは蒼白な真面目顔で果てしなく妄想を連ねた。

「ヒスイの泣き顔に興奮して、中にいっぱい出しちゃって・・・それで、オレ?」

「・・・・・・」

(ホントにコイツ馬鹿だ・・・)

あの家で育つとみんなこうなるのか。

本人は真剣なのかもしれないが、変だ。

 

 

しかし。

言っている事は間違っていない。

「やめて!って、ヒスイ、泣いて頼んだろ?何度も父ちゃんのコト呼んだハズだ」

更に核心を突いて。

「でも・・・それがなきゃ、オレ産まれてないし」

トパーズを責めれば、自分の存在を否定する事になる。

それが悲しくて、苦しくて、今日はもういい加減走っているが、ジストはまたスタートを切った。

 

 

この場から逃れたくて、がむしゃらに走る。

 

 

 

「ジスト、どこいっちゃったんだろ」

真実のYESの後、ジストを追ったが鈍足のヒスイはすぐに離されてしまった。

 

 

「ヒスイ・・・」

「ジストっ!」

「む、無理矢理されちゃったって・・・」

出会い頭に口をつく。

ジストの脳内はもうソレでいっぱいだった。

「あ〜・・・うん。まぁ、そんな事もあったわね」

少々言葉を濁しながらもヒスイはあっさり認めた。

(そんな事もあった!?それで終わり!?)

「兄ちゃんの事・・・怖くないの?」

「怖い?何で?」

ヒスイはきょとんとした顔で。

「意地悪だけど、優しいよ?」

(息子に犯されて妊娠しちゃったのに、何でそんなにケロッとしてんだよぉ〜・・・)

ヒスイの神経についてゆけない。

ボケ役がすっかりツッコミ役だ。

(ヒスイのこと好きだけどっ!大好きだけどっ!わかんねぇ〜!!!)

理解に苦しみ、両手で頭を抱えるジストに。

「これだけは言っておくけど・・・」と、ヒスイ。

 

 

「私、ジストを産んだ事もトパーズを産んだ事も後悔してないよ」

 

 

 

「ジスト」

背中にかけられた声はスピネルのものだった。

ジストはヒスイの前からも逃げだし、行き場を失い、崩れた廃屋の瓦礫の上に座っていた。

スピネルは慈悲深い微笑みで、ジストの隣に腰を下ろした。

「・・・・・・」

ジストの顔は涙でグシャグシャになっていて、鼻の頭まで赤い。

ズズ〜ッと、鼻水を啜る音が返事だった。

「ボクの事、忘れてない?」

ヒスイと同じ笑顔で覗き込むのは、ある意味酷かもしれないが。

「ボクも父親違うよ?」

「あ・・・そっか」

デキ方は全然違うが、スピネルの気遣いに少し慰められて。

「変なの。オレ達全員父親違うんだ」

「でも、兄弟だよ?」

スピネルが言った。

「それに、兄貴は兄貴で君のこと愛してる」

「兄ちゃんが?」

コハクのように頭を撫でてくれる訳でもなく、おはようタックルも決まらない。

「愛情表現が屈折してるヒトだから。わかりにくいかもしれないけど、兄貴にとって君は特別なんだよ?」

10年。スピネルも共に生きてきたのだ。

でたらめを言っている訳ではないのはジストにも伝わって。

「・・・ママにはパパの絶対的な愛があるし。どう思う?」

「?どう思う?って?」

「犯されちゃったママより、犯しちゃった兄貴のほうが苦しんでない?」


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