世界に春がやってくる

27話 苦渋の決断


 

モルダバイト。本屋の店頭にて。

 

(こんな冒険してみたいよな〜・・・)サルファー、少年漫画雑誌立ち読み中。

(こんな恋がしてみたいですわ!!)タンジェ、少女漫画雑誌立ち読み中。

 

迷惑な二人組。

店主にハタキで攻撃を受けても、動じない。

今日は魔法陣での移動だった為、サルファーも子供の姿で堂々と。


 

「サ、サルファー、わたくし・・・」

この漫画が欲しい。

けれども自分は一銭も持っていない立場だった。

買ってくれとは言わない。貸して欲しいだけだ。

「よしっ!お前がそれだろ。僕はこれで・・・」

漫画に関して寛容なサルファーは、買ってやる!と言い、合計金額を計算した。

(あ・・・足りない・・・)

いくらサルファーが小金持ちでも、所持金が底を尽きかけていた。

 

諦めきれない10歳の二人。

 

「それ売ったら金になるよな」

チラリ・・・サルファーはタンジェが抱えている黙示録を見た。

近頃めっきり大人しいのだ。“夜”以外は。

「お前が邪魔しなければな〜・・・」

恨めしそうな口調のサルファー。

「が、頑張ってみますわよ?」

頑張ってどうにかなるものでもないが、売ってお金になって、呪縛から解放されれば尚良い。

 

「ま、行ってみるか、古本屋」

「そうですわね!」

 

楽天的なのは一族全員に共通する特徴なのかもしれない。

ざわめく世界。

黙示録の脅威が迫っていた。

 

 

 

「サルファー!!?」

古本屋の買い取り窓口で、事態は急転した。

売られてなるものかと、温存していた魔力を解放した黙示録。

サルファーの羊化は加速し、ついに。

「・・・・・・」

成人の羊。

完全覚醒を済ませた今、使者は必要ないということか、タンジェが操られる事はなく、姿も子供のままだ。

「悪いがこれは売れない」

茫然としている古本屋の店主に言葉をかけ、漫画は捨て置いて、黙示録を取り返す羊。

その行動はこれまでのサルファーとは掛け離れていて。

(これが・・・“羊”ですの?)

「きゃ・・・」

羊サルファーが花嫁タンジェを抱き上げる。

「わ、わたくしっ!重いですわよっ!!」

「重い?大切な花嫁を置いていく訳がない」

抱えて飛ぶなんて冗談じゃない!と吐き捨てたサルファーとは大違い。

(・・・優しいですわ)

人格が安定した羊は驚く程紳士だった。

 

 

 

そして羊の役割も決まっていた。

黙示録と花嫁を手に店を出ると、街で一番高い建物の屋根まで移動し、タンジェを降ろした。

そこから単身空高く舞い上がり、宣言する。

 

 

「さっそく世界の浄化を始めるとしよう」

「サルファー!!?まっ・・・」

 

 

『・・・開け!黙示録!!』

 

 

 

海上の孤島に集合していた天使達を締め上げ、城を差し押さえたコハク。

「あ〜・・・ヒスイぃ〜・・・」

窓辺で頬杖をついて脱力していた。

(今頃どうしてるかな・・・ちゃんと朝ご飯食べてるかな・・・家、燃えてないよね・・・)

 

はぁ〜っ・・・。

 

(えっちしたい・・・)

羊を崇拝する天使達をさっさと片付け、夜明け前に帰宅する予定だったが、合流したイズ、ラリマーが“平和的解決”を主張し、時間をくってしまった。

(でも今しっかりやっておかないと、黙示録は一度開かれたら・・・)

と、エロ精神を諫めつつ。

 

「!?」「!?」「!?」

 

三天使が同時に息を飲む。

「封印が・・・解かれた!!?」

コハクは信じられない思いで天を仰いだ。

(そんな馬鹿な・・・覚醒にはまだ早い・・・)

「まずいな・・・“奴等”が現れる」

しかしそこはやっぱりコハクで、すぐ対応策に移行した。

今は、“なぜそうなったか”よりも“これからどうするか”の方が重要だ。

ヒスイとえっちばっかりしているようでも策は練ってあった。

「・・・屋敷に戻ろう。戦力を集めて応戦する」

 

 

集会所となった屋敷では。

 

 

「・・・おかしい」

リビングの窓辺でコハクの帰りを待っていたヒスイが空を睨んだ。

窓から見える景色はいつもと全く変わらないが・・・風が違う。

人ならざる者ならば、皆感じているであろう世界の異変。

 

「よっ!」

「お父さんっ!」

 

背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはメノウが立っていた。

シトリン・ジンを連れ、呼ばれる前にやってくるのは流石というところ。

「お父さん、もしかしてサルファーが・・・」

「たっだいま〜!!」

続けて、ボロボロになったジストが神槍を担いで帰宅した。

涼しい顔をしたトパーズも一緒だ。

「見てっ!ヒスイっ!!神槍取ってきたよっ!!」

獲ったネズミを見せにくる猫のように。

戦利品を真っ先にヒスイに見せるが、当のヒスイは浮かない顔で。

「ヒスイ?どうしたの?何かあった?あれっ?姉ちゃんっ!?」

少々珍しい顔触れに、やっと気付く。

「まさか・・・サルファーとタンジェに何かあったの・・・?」

ジストの表情もみるみる曇った。

 

 

 

バサッ・・・

「ヒスイ」

「お兄ちゃんっ!」

窓から帰宅のコハクと何を置いてもまずは抱き合って。

「・・・黙示録の封印が解かれた。戦いになる」

「うん・・・」

 

 

オニキス、スピネルも合流し、ほぼ一族全員が揃った。

 

ヒスイ、メノウ、ジスト、トパーズ。

オニキス、スピネル、シトリン、ジン。

イズ、ラリマー、ジョール、ルチル。

 

ぐるりと見回してから、コハクが説明を開始した。

 

「・・・黙示録の封印が解かれるとまず、馬に乗った四人の騎士が現れる」

 

 

弓を持った騎士と白い馬は「侵略」の象徴。

大剣を持った騎士と赤い馬は「暴動」の象徴。

天秤を持った騎士と黒い馬は「飢饉」の象徴。

黄泉の獣を従えた騎士と青い馬は「死」の象徴。

 

 

「羊と花嫁を追跡しつつ、この四騎士を抑える」

羊と花嫁の追跡は機動力のあるイズ、ラリマーが担当することになった。

騎士には二人一組で挑むという話になり、メンバーが発表される。

「人手が足りない。ジスト、スピネル・・・」

子供達を戦場に駆り出すのは気が引けるが。

(まぁ、男だし。何事も経験って事で)

息子には割と容赦ないコハク。

 

 

「やるよっ!オレっ!!神槍頼みだけどっ!!」

「うん、いいよ。それなりに役には立てると思う」

 

 

頼もしい息子達の声。「侵略」の騎士にはジスト&スピネル。

弟達に続け!とばかりにシトリン&ジンが名乗りを上げ、「暴動」の騎士を倒すと宣言した。勿論それも作戦どおりの流れだった。

 

「では、メノウ様・・・」

「了解」

 

多くを語らず、対「飢饉」の騎士にメノウ。

「死」の騎士は僕が・・・と、最後に自分を振り当てて。

 

 

まだ名前が呼ばれない・・・ヒスイの目が怖い。

 

 

「黙示録対策はここからがメインなんだ」

出番未定のメンバーに向け、コハクが言った。

「一番避けたい方法だったんだけど、封印が解かれてしまった今、少ない戦力で世界を守るにはこれしかない」

方法は至って単純明解。

過去へ行き、黙示録そのものの存在を消す。

黙示録が創り出されたのは千年ほど前・・・神によって別空間へと封印されてしまう前に、差し押さえ、処分する。

「・・・わかった、オレが行こう」

オニキスが自ら申し出た。

どのみち名指しされる運命だ。

「お願いします。“不死身”はあなたしかいないんで」

「・・・ああ」

「黙示録は“僕”が守っていると思います。自分で言うのも何ですけど、物凄くタチが悪いですから、気をつけてくださいね〜」

「・・・・・・」

 

そして、トパーズはオニキスを過去へと送る役目を負った。

膨大な魔力を消費するため、その場から動けなくなるのは必至。

「ヒスイはここでトパーズと、ルチル先生と、ジョールさんを守って」

それはとても重要な役目なのだと、頭を撫でて言い聞かせる。

「うんっ!」

素直に頷くヒスイ。

「・・・いい子だね」

「お兄ちゃん?」

憂いを帯びた微笑みで、ヒスイの唇を求めて。

「ヒスイ・・・」

一族の目の前で、結婚式の誓いのキスさながらに。

これでもかと長いくちづけを交わす。

 

「おいっ!こんな時に何を・・・!!」

いくらなんでも非常識だと、シトリンが止めに入ろうとしたのを、メノウが宥める。

「まぁ、まぁ、許してやれよ。苦渋の決断なんだからさ、あいつにとっちゃ」

「苦渋の決断、だと?」

 

ん〜・・・っ。

 

「えっと・・・5分休憩って事で」

ヒスイから唇を離し、次に出た言葉はこれだった。

そそくさとヒスイを連れてキッチンへ引っ込むコハク。

「お兄ちゃん?どうしたの?さっきから・・・」

(5分かぁ・・・やってやれない事はないけど)

コハクの頭を掠めるSEX妄想。

(ムードも何もないもんなぁ・・・)

そのつもりで取った休憩時間ではあるが。

(・・・やめとこう)

 

「・・・ね、ヒスイ」

「うん?」

「この戦いが終わったら、サルファーは寮に移るでしょ」

「うん」

「スピネルはオニキスと暮らすって言うし」

「うん」

「そろそろ・・・もうひとり欲しいね」

「うん、いいよ。お兄ちゃんの子供なら何人でも産むよ」

純真な笑顔で答えるヒスイが愛しくて、涙が出そうになる。

 

「ヒスイ、好きだよ」

「うん。私も好き」

 

戦いが終わって、みんな元の生活に戻ったら、またいっぱいえっちしようね、と。

約束のキスと指切りをして、5分が過ぎた。

 

 

 

まずはオニキスを過去へ仕向ける儀式。

そこに魔法陣はない。

必要なのは神の魔力だけ。

とはいえ、オニキスが過去の天界で行動している間、絶え間なく魔力を送り続けなければならなかった。
トパーズの肉体にかかる負担は相当なものだ。

「・・・・・・」

フェンリルとの一戦を終えたばかりだが、殆どジストの頑張りだったのでまだ余力は残っている。

「・・・やるぞ。いいんだな」

その言葉はコハクに向けて、だ。念を押したのには理由があった。

「うん。死ぬ気でよろしく」

 

 

 

出発直前、メノウがこっそりオニキスに耳打ちした。

「現役時代のアイツ、ホント化け物だから。2、3回は殺られる覚悟しといた方がいいよ」

「そうだな」

「・・・気をつけて」

微かに沈んだトーンでスピネルが言った。

「ボクも一緒にいけたらよかったんだけど。コッチで頑張るね」

「ああ、お前も気をつけるんだぞ」

オニキスは努めて笑い、スピネルの頭を撫でた。

 

 

「・・・いってくる」

「うん」

 

 

 

ヒスイが死なない限り、眷族のオニキスは死なない。

ヒスイを現在に残し、オニキスだけが過去へ行けば、現役熾天使を凌ぐ最強の戦士であった・・・かもしれない。
過去形だ。

オニキスもヒスイも、ここにはもういない。

眷族と、その主。

個別に時空を越えることができなかったのだ。

トパーズが時空移動魔法を発動させた瞬間に二人揃って消えた。

 

 

「あ〜・・・やっぱこうなっちゃったか・・・」

メノウもトパーズもこうなることをあらかた予測していた。

可能性は五分。

過去に前例がないだけに、やってみなければわからない。

それに賭けた結果だ。

「あとはもうオニキスを信じるしかないよな」

コハクの背中を叩いて。喝を入れるメノウ。

「・・・そうですね」

 

 

 

苦渋の決断。

 

(だから“一番避けたい方法”だったんだ・・・)

1/2の可能性として覚悟はしていたものの、コハクの顔色はすこぶる悪い。

 

オニキスなら、何があってもきっとヒスイを守り抜く。

そう信じていなければ、世界の命運が懸かろうと、過去へなど行かせない。

 

 

「この期に及んで、オニキスを疑う訳じゃないけど・・・」

 

 

 

(黙示録を得ようとすれば“僕”との戦いは避けられないだろう。もし、あの頃の僕が見境いなくヒスイを斬ったら・・・)

 

 

 

「・・・何もかもおしまいだ」


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