後日談
花嫁プロジェクト
「・・・赤ちゃん、かわいい」と、座天使イズ。
「まぁっ!!可愛らしいこと!!」と、メイド長ジョール。
肩を並べ、殆ど同時に口が動く。
産まれて間もないアクアを見て、だ。
座天使カップル、智天使カップル、それぞれが出産祝いを持って駆けつけた席で、ジョールは大感激。
手を叩いて喜んだ。
マイエンジェルのヒスイと同じ銀髪の女の子。
「今度はベビー服を作らなくては!!」
脳内はベビー服のデザインでいっぱい・・・
(そうだわ!母娘でお揃いというのも・・・ああ・・・素敵)
我ながらのアイデアにうっとりのジョール。
「・・・・・・」
ヒスイは黙って様子を見ていた。
ちなみに出産後の体力回復の為、いつも以上に幼児化している。
外見は10歳そこそこの少女だ。
(ジョールって・・・イズとえっちしたのかな・・・)
毎度の事ながら、情熱の方向性がおかしいと思う。
(もっと自分達の事を考えるべきよね・・・)
イズとジョール。
友達以上、恋人未満。
二人のその後は・・・謎だ。
再び、ジョール視点。
ヒスイとアクア。
途轍もなく愛らしいものがダブルで並び、ジョールは幸せそのものだった。
(この子達が王宮にいたらどんなに・・・)
さぞ賑やかな事だろう。
前モルダバイト王妃のヒスイ・・・神隠しから死亡説に至るまで、様々な噂が飛び交い、城のミステリーとなっている。
前モルダバイト王オニキスが住処としていた離宮は、王妃がいた頃のまま、時が止まったように。
現王夫婦は別の場所に住んでいる。
ヒスイが王宮で起こした騒動は今だメイド達の間で語り継がれているのだ。
(あら?ヒスイさんて・・・重婚??)
ふと、そんな事を思う。
モルダバイトに残された書類上ではオニキスの妻で。
離婚の手続きもしていない。
(あら?あらら?)
ヒスイの男性関係は訳がわからない。
(波風が立たないように・・・この事は黙っておきましょう)
ニコッ。
ヒスイと目が合う。
悟られてはなるまいと、慌てて微笑むジョールだった・・・。
一方イズは恐る恐るアクアを抱いてみたりして。
和気藹々とした時間を過ごしていたが、突然。
ニャー!!!
金色の猫、シトリンが転がり込んできた。
ここからが本題である。
「ええ!?父と母が!?」
ジョールの両親が城に挨拶に来た、と、シトリンの知らせ。
“心に決めた人がいる”
そう言って見合い話を断り続ける長女ジョールの暮らしぶりが気になって。
つまりジョールの“心に決めた人”に会う為、やってきたのだ。
「今、ジンが引き留めているから、早く準備を・・・!!」
「ど、どうしましょう・・・」
しっかり者のジョールらしからぬ動揺ぶり。
両親にもいつか紹介・・・と思っていたが、そのいつかがどうやら今日になりそうだ。
しかしあまりに急で。
勿論何の準備もしていない。
段取りも何も頭の中が真っ白だ。
「とにかく帰ろ」
ヒスイの声で我に返る。
ここで一旦男性陣と女性陣に分かれる事となった。
口下手なイズにこの事態を乗り切るための策を授けなければならない。
それは言わずと知れたコハクの役目だ。
「じゃあ、僕等は後から行くから」
「んっ!」
ちゅっ!幼妻のヒスイと軽くキスを交わし、それぞれ行動を開始した。
まずは・・・
ジョール・ヒスイ・ルチルによる花嫁チーム。
いつもなら自分で作った服をヒスイに着せ、ジョールが手を引いて歩くのだが、今日ばかりは逆だ。
ヒスイがジョールの手を引いていた。
「ちょうどいい機会じゃない」
「そう・・・かもしれませんが・・・」
とにかく気懸かりなのはイズの事だ。
会話が苦手な彼にこれはあまりにも酷ではないかと思う。
否応なく負担になってしまうのが辛いのだ。
(イズさん・・・)
「大丈夫だよ、お兄ちゃんいるし」
「ええ・・・」
確かにコハクとラリマーの存在は頼もしい。
「でも・・・こんなに大騒ぎになってしまって・・・私達まだそんな関係では・・・」
両親に何と紹介すれば良いのかさえ迷ってしまう。
もっとゆっくり愛を育むつもりでいたのに・・・溜息が出る。
「ジョールがイズの“花嫁”になるって決めたんだったら、このヒトと結婚します!でいいと思うけど?」
「“花嫁”・・・とは」
度々ヒスイの口から出る“花嫁”。
どれほど特別な意味を持つものなのか、疑問で。
ジョールはヒスイに尋ねた。
「んと・・・」
ヒスイのファンタジックな説明が始まる。
「お兄ちゃんとイズとラリマーは神直属の天使でね・・・」
要約するとこうだ。
熾天使も智天使も座天使も、本来は性欲を持たない天使。
だが、生涯にたったひとりだけ欲情する相手がいる。
それが花嫁。
相手女性の胎内で射精した時点で花嫁と決定し、生涯心変わりする事はないという。
「・・・たとえ失う事があっても、変わりの花嫁はいないんだって」
ヒスイは珍しく雄弁に“花嫁”を語った。
「そんな愛をくれるんだから、私もしっかり応えなきゃ、って思うし」
自分で言って、急に照れる“熾天使の花嫁”。
「そうですね」
次に響いたのは、教師ルチルの声だ。
身寄りのないルチルは、今回の件にどう関わって良いかわからず、ずっと黙っていたのだが、ここで、人間の先輩花嫁として口を開いた。
吸血鬼のヒスイとはやはり言う事が違う。
“花嫁”になるにも相応の覚悟が必要で。
夫となる天使と同じ刻を生きる為に、体の構造が変わるので、普通の人間ではいられなくなるとジョールに話した。
人間の、親や、姉妹や、友人とは違う時間の流れを生きる事になるのだ。
『それでも良いか、よく考えて欲しい』
そう、ラリマーに何度も言われたのだと。
「彼に拾って貰った私は、失うものが何もなかったので・・・」
迷わず、“智天使の花嫁”の道を選んだ、が。
「ジョールさんは・・・不安もあるかと思います」
「ルチルさん・・・」
「それでも、天使の花嫁として、ジョールさんとヒスイさんと・・・これからの刻を一緒に過ごせたら・・・嬉しい」
「よろしくね、ジョール」
続けてヒスイが言った。
「ヒスイさん・・・」
ジョールは頷き、改めて座天使の花嫁となる決意をした。
今、私にできる事は少ないけれど。
部屋にお花を飾って。
お茶の準備をして待ちましょう。
イズ・コハク・ラリマーによる天使チーム。
天界出身の三天使は神に創られた生物であり、親はいない。
経歴はかなり怪しかった。
“認めてもらう”のはいい事だよ。
そう述べたのはコハクだ。
「愛し合っている事を、他の誰かに認めてもらうって、素敵だと思うよ」
「だから僕は、人前でヒスイとキスをするのが好きなんだ」
と、笑う。
コハクの場合、夫婦のセックスさえ他人に見せる事を厭わない。
「認めてくれる人の数が増えれば増える程、二人の関係は確固たるものになるんだ」
従って、両親への挨拶は大切なのだとイズに言い聞かせる。
「・・・何、話せばいい?」
昔からコハクの後をついてくる弟分イズ。
「そうだねぇ・・・」
(イズが“天使”である事は隠さない方がいいだろう。悪い事じゃないんだ)
乳児のアクアを腕に抱き、思案するコハク。
今日はメノウもトパーズもジストも家におらず、連れてくるしかなかったのだ。
(異種族同士の結婚を認めて貰うには、誠意をもって根気良く話をするしかない)
とはいえ・・・話すのが苦手なイズ。
ジョールの家は目の前だ。
「セラフィム!ジョールさんのご両親が・・・」
いち早くラリマーが存在確認し、コハクに知らせる。
するとコハクはイズに一枚のマスクを手渡した。
「はい。とりあえずコレして。それから窓を開けて、できるだけ窓際に座って」
こくり。
イズの代理で・・・窓の外からコハクが会話をするのだ。
「それでね・・・」
最後に秘策をひとつ授けて。
いざ、突入。
「はじめまして」
ジョールの紹介を受け、まずは丁寧にご挨拶。
「「!!」」
その第一声に、紹介したジョールも、隠れて様子を窺っていたヒスイも驚く。
(お兄ちゃんの声!?)
イズの口元には大きなマスク。
生憎風邪をひいているという設定で。
うつしてはいけないからと、やたら窓際に寄るところからして不自然だ。
「結婚を前提にお付き合いしている」と。
真面目が取り柄の娘にマスクの大男を紹介された両親もビックリだ。
一般よりやや厳格そうな父親。
大人しく古風な母親。
ジョールはどちらかと言えば母親似だった。
「それで・・・あの・・・彼は天使なんです」
ジョールの告白に両親は絶句。
それでも、親の愛か。
父親は、父親の役目を果たすべく、お決まりの質問をした。
「仕事は・・・」
待ってましたとばかりにイズ代理のコハクが答える。
「はい。エクソシスト教会で・・・」
教会の支部は各国にあり、評判も上々。
胸を張って言える職業だ。
「ほう。教会とは・・・危険はないのかね?」
「勿論危険は伴いますが、ひとりでも多くの人を救いたい・・・有翼人だからこそできる事がある、と。そう思っております」
「なかなか・・・立派な心がけだ」
「恐れ入ります」
(イズさんもコハクさんも・・・一体どういうつもりで・・・)
コハクの代弁で父親の評価が上がる度、逆に心配になる。
天使達のとんでもないコンビネーションに、ジョールは気が気でなかった。
出身地は・・・
趣味特技は・・・
娘との出会いは・・・
打ち解けた空気の中、どんな問いにも詰まることなく回答を続けたコハクだったが・・・
「種族は違えど、生涯をかけて守り抜きます」
「・・・ヒスイを!!」
一番肝心なところで、名前の変換をし忘れる。
そこにはジョールの名前を入れなくてはいけないというのに。
結婚の許しを乞う席で、相手女性の名前を言い間違えるとは・・・。
場が・・・固まった。
(あれ?今“ヒスイ”って言っちゃったような・・・)
コホン。
咳払いで視線を集め、ラリマーがフォローを入れた。
「“ヒスイ”は亡くなった母親の名で・・・気持ちが昂ぶると呼んでしまう癖が・・・」
「まぁ・・・お母様の・・・」
それはお気の毒に・・・と、ジョールの母親。
「ええ、両親を早くに亡くしまして・・・」と、ラリマーが続ける。
「彼とは孤児院で知り合って以来兄弟のように育ったので・・・不躾かとは思いましたが、両親に代わり私が同席させていただいた次第です」
(よしっ!!うまいぞ!!ラリマー)
窓の外でコハクもホッ。
ラリマーの機転でその場はなんとか収まった・・・のだが。
コハクによる代弁はここまでだった。
ふぇっ・・・
ヒスイと離れ、お腹を空かせたアクアがぐずりだしたのだ。
(まずい・・・これは泣く!!)
アクアが大きく息を吸った瞬間、コハクは猛ダッシュでジョール宅を離れた。
(ごめん、イズ。ラリマーあとは頼んだ!)
うぎゃぁぁ!!
「・・・今、赤ん坊の泣き声が聞こえなかったかね?」と、ジョール父。
「気のせいでは」
コハクからバトンを渡されたラリマーは天使の微笑みでシラを切った。
(な・・・何が起こっているの?)
ジョールはオロオロするばかりだ。
シーン・・・
コハクの離脱で今度は場に沈黙が訪れた。
あれだけ喋っていた筈のマスク男が突然無口になれば、不審に思われるのは当然で。
・・・気まずい。
コハクが抜けた今、なんとかこの状況を打破しなくてはとラリマーも画策するが・・・
「・・・・・・」
沈黙を破ったのは、イズだった。
マスクを外し、立ち上がる。
そして。
「・・・おとうさん」
屋外を走るコハク・・・我に策ありと笑う。
今こそ、秘策を。
「“おとうさん”と、呼んでしまえばこっちのものだ」
(ジョールさんのところは三姉妹で息子がいないから、これは効くぞ)
爆弾娘のアクアを連れていたので、自分のリタイアも想定の範囲内だった。
この事態を見越して、イズに仕込んだ一発逆転の“おとうさん”。
確かにここまではコハクの読み通り・・・
ジョール宅。室内。
「な、なんだね・・・」
ジョール父はまんざらでもない様子で。
マスク男の素顔が実に美しく整っていたので、ジョール母も目を丸くしていた。
ところがこの後、イズの口から出た言葉は。
「ジョールと・・・えっちしてもいいですか?」
イズの発言に一同唖然。
“ジョールを花嫁にしたい”という気持ちの表れなのだが、いささか言い回しがおかしい。
「イズさん!?何を言って・・・」
ジョールは大パニック。
真っ赤な顔であたふたしている。
「・・・まだ、なのかね?」
こくり。
正直に頷くイズを見据えるジョール父。
娘の慌てぶりを見れば真実とわかる。
コハクの代弁で、交際期間は1年以上に及ぶと聞いていた。
にも関わらず、今日まで娘の貞操を守ってくれた事に・・・感動。
(今時珍しく純真な男だ)と。父親の判定が下る。
「ジョール」
「は、はい」
「・・・幸せに・・・なりなさい」
「はいっ!」
付近の緑地公園。芝生の上で。
「お兄ちゃんっ!」
「ヒスイ、待ってたよ」
子育てが特技のコハクでも、母乳を欲しがる赤子にはお手上げだ。
後を追ってきたヒスイと合流し、お乳の時間。
「も〜・・・びっくりしたよ。お兄ちゃん、名前間違えるんだもん」
「ははは、ごめん、ごめん。ヒスイの事ばっかり考えてるから、つい」
「やだ・・・何言って・・・」
照れたヒスイが俯く。
その反応と、アクアの唾液で濡れた乳首が愛おしい。
「ヒスイ・・・僕にもくれる?」
いやらしく笑って、顔を寄せる。
「お・・・にいちゃん、だめだよ、こんなとこじゃ・・・あ・・・」
「大丈夫、大丈夫」
・・・コホン。
ヒスイの甘い乳頭をひと舐めしたところで、ラリマーの咳払い。
無事結婚の許しが出た事をコハクに報告する為にやってきたのだ。
「イズの誠意が伝わったのだと思います」
「うん。二人ともこれでスッキリしたんじゃないかな」
コハクは穏やかな笑顔で。
「周囲から認められる事で実感する愛もあるからね」
お腹が満たされ、ご機嫌なアクアを抱き上げる。
大柄な乳児なので、体力回復中のヒスイには荷が重いのだ。
「あとは、堂々と愛し合えばいい」
「そうですね」
コハクの言葉に目を細め、ラリマーも笑った。
花嫁プロジェクト完結の夜。
「・・・泊まっても、いい?」と、座天使イズ。
「はい・・・」と、メイド長ジョール。
服を脱いでベッドに入る。
「こわく・・・ない?」
「ええ」
今夜は不思議と何も怖くない。
(たぶんそれは・・・)
シトリンに始まり、ルチル、ヒスイ、コハク、ラリマー・・・
たくさんの協力があったからこそ、迎えることのできた夜だから。
ジョールは、恥じらいながらも、微笑んで。
イズの体温を受け入れた。
「あの・・・私・・・女の子が欲しいんですけど・・・」
「・・・わかった。がんばる」
体の奥。
弾けて、染み込む、座天使の誓い。
ジョール25歳。
処女から・・・花嫁。
+++END+++