後日談
男の心得[前編]
「別れて」
「え?」
言ったヒスイも、言われたコハクも、茫然。
「ちが・・・っ」
何の前触れもなく口から飛び出した言葉をヒスイは慌てて否定したが・・・
「お兄ちゃんなんて嫌いっ!」
言葉の途中から勝手に口が動き、本来の気持ちとは正反対の暴言を吐いてしまった。
両手で口を押さえ、ぶんぶんと首を横に振るヒスイ。
かなり挙動不審だ。
「ヒスイ・・・?」
ヒスイの口から別れを告げられた時は心臓が止まるかと思ったが。
(もしかして・・・操られてる?)
その通りだった。
こちら・・・キッチンのサルファー。現在13歳。
(これ、結構使えるぞ)
手元には、呪いのワラ人形。
中には当然ヒスイの髪が仕込んである。
こうして呪いの相手と人形をシンクロさせるのだ。
従来の用途は人形に釘を打ち付けるなどして、呪いの対象者に痛みや苦しみを与え、死に至らしめるもの・・・しかし。
(それで死なれても困るしな)
いくらサルファーでも、殺人の罪を背負う気はなかった。
嫌がらせ程度、額にヒスイのワラ人形を当て、念じてみたのだ。
するとヒスイの動きも言葉も面白いほど思うがままで。
(この家から追い出してやる)
それっぽく荷物をまとめるようサルファーはヒスイへと念波を送った。
こちら・・・リビングのヒスイ。
「私、この家出てく」
「ヒスイ!?」
いきなりの家出宣言、身を翻すヒスイをコハクが両腕で囲った。
「っ・・・離して!!」
(違うのに!!)
なぜ家を出なくてはならないのか、ヒスイの方がわからない。
伝えたくても言葉にならず、喉に詰まる真意。更に・・・
「さよなら!!」
「・・・するわけないでしょ?」
コハクは少し困った様に笑い、暴走するヒスイの唇をキスで塞いだ。
「他に好きな人ができたのっ!」
(私っ!?何言ってるの!?)
「それ、ホント?」
「ちが・・・!!好きだよぅ・・・おにぃちゃ・・・」
サルファーの隙をつき、必至の告白。
コハクのシャツを掴み、瞳を潤ませ、真実の愛を訴えるヒスイ。
(萌えだ!!)
心の中でそう叫んでから、愛を確かめるのはコレに限る、と。
コハクはヒスイのミニスカートに正面から右手を入れた。
「大丈夫だよ、ヒスイ。ココでわかるから」
「あっ・・・!!」
触れるのは、愛しい女性器を包む布。
「嫌いだったら、こんなに濡れないよね?」
一枚隔てた上からでも感じることができる湿りは、言葉より、真実を語る。
「この口がどんなに嘘をついても・・・」
コハクは再びヒスイにキスをした。
溝に忍ばせた指を曲げ、布地ごと割れ目へ食い込ませると、シャツを掴むヒスイの顔が真っ赤になって。
「ほら・・・体は正直だよ」
「あ、おにぃ・・・ちゃ・・・ん」
ふにゅふにゅと、柔らかく温かいヒスイの陰部を指先で味わうコハク。
それから視線をキッチンへと向けた。
「・・・と、いう訳でサルファーくん。これ以上は無駄だと思うけど?」
「・・・・・・」
二人の仲を裂いてやるつもりが・・・興醒めだ。
逃げも隠れもせず、サルファーは両親の裁きを待った。
「サルファー!!?」
ヒスイは驚きと同時に怒りで。
「何よ!!それっ!!」
自分を呪っていたと思われる、ワラ人形を取り上げようと突進。
「なんだよっ!!」
揉み合いになるが、もはや力はサルファーの方が圧倒的に強く、軽く突き飛ばしただけで・・・
「ひぁ・・・っ!」
ドサッ!!
ヒスイがよろけて転んだ。
コハクの目の前で・・・やってしまった。
殴られる覚悟でサルファーは歯を食いしばった・・・が。
コハクはヒスイを抱き起こしただけだった。
逆に拍子抜けしてしまう。
「君はもう少し女の子に対する力加減を学んだ方がいい」
穏やかな口調でコハクが言った。
「そこの鏡を見てごらん?」
成長期真っ只中のサルファー。そしてヒスイ。
身長差は15cm・・・
「今、ヒスイと喧嘩をすれば簡単に勝てる」
体格だけを見比べればそうだろう。
「勝てる喧嘩だからこそ、しちゃいけない」
昔とは違うのだから・・・云々と、コハクが男の心得を説いた。
「何だよ!!女の子なんて歳じゃないくせに!!」
サルファーは怒りに任せ屋敷を飛び出した。
「女って・・・何でこんなに弱いんだよ!?」
特にヒスイ。
何年経っても、小さく華奢なまま。
こうなってしまっては迂闊に手も出せず、扱いにくい事この上ない。
ヒスイといると女嫌いになりそうだ。
ひょっとしたら、もうそうなのかもしれない。
「サルファー!おかえりっ!」
門から出たところで、サルファーは散歩帰りのジストと出会った。
2歳になったアクアを少し重そうに抱っこして。
兄弟の帰郷を心から歓迎しているのが一目でわかる笑顔だ。
「えっ!?もう帰るの!?泊まってけばいいのに・・・」
サルファーもそのつもりだったのだが、引き返せない展開となってしまった。
(またあいつのせいだ・・・)
元はといえば自分の悪戯が原因だが、益々ヒスイへの憎しみが蓄積される。
「あ!お前、またヒスイと喧嘩したんじゃ・・・」
「・・・・・・」
昔よく二人で遊んだ敷地内の公園。
ベンチに腰掛け、思春期の兄弟が語り合う。
「男の心得?そんなの当たり前だろ」と、ジスト。
「荷物はみんな持ってあげるしっ!」
「ハァ?何で荷物持ってやんなきゃいけないんだよ」
サルファーにすれば、全く理解不能だ。
「男だからに決まってる!」
ジストは胸を張り、誇らしげに言った。
「いざって時はオレがヒスイの前に立ってさ!ヒスイが受ける傷は全部オレが受けるんだっ!!」
その為に男は丈夫にできているのだ・・・ジストはコハクと殆ど同じ事を言った。
「・・・・・・」
(女に尽くす為?馬鹿じゃね〜の)
男の心得とは、一言で言えば“愛する女性を大切にする”という事なのだが、考えれば考えるほど性に合わない。
そんなサルファーとは対照的にジストはこう熱弁した。
「体が大きくなって、力が強くなるだろ?そうするとさっ!守れるものが少しずつ増えてくんだ!」
それはとても喜ばしい事で。
「早く立派な男になって、みんなを守るんだ!オレっ!」
「男の心得って・・・メンドくせ〜」
ジストとアクアを残し、公園を去るサルファー。
文句を言いながら、ポケットを漁り、一枚のカードを取り出した。
会員カードだった。
(ワラ人形は失敗したけど、他にも色々売ってたもんな)
ヒスイへの嫌がらせをやめるつもりはないらしい。
「よしっ!行ってみよう!」
次なる呪いアイテムを求めて。
その頃。
ヒスイの手にも同じカードが握られていた。
「・・・・・・」
(ひょっとしたらサルファーも・・・)
「私がアレを買ったのと同じお店じゃ・・・」
『取引代償一覧』
この本に導かれるまま、悪魔と取引をし、代償として子宮を失うという事件を起こした。
取引はトパーズとオニキスにより破棄されたが。
一度失った子宮を取り戻す為、トパーズが負った代償をヒスイは知らない。
本もトパーズに取り上げられてしまった。
「私がアレを買ったのは・・・」
モルダバイトの古本市。だが、扱う商品は古本ばかりではなかった。
ヒスイが選んだ本と並び、ワラ人形をはじめ様々な品物が売られていたのを思い出す。
「・・・あの本を買った時にこのカードを貰ったのよね」
それは魔法の会員カードで、“アンデット商会”という社名と地図・・・
各国の市場を点々とする店にいつでも買い物に来られるよう自動的に地図が書き換えられるシステムとなっていた。
「・・・・・・」
(ワラ人形にあれだけの効果があるとしたら・・・)
道具に宿った魔法の力で、人が人を簡単に殺せる。
使い方次第では凶器となりかねない魔道具を量産する“アンデット商会”。
少々気になる。
「・・・行ってみようかな。ん〜と・・・」
ヒスイは会員カードに表示された地図を確認した。
「クリソプレーズ城下、青空市場・・・ね」
屋敷の裏手にはヒスイが開通させた移動用魔法陣がいくつもあった。
そのうちのひとつ。クリソプレーズ行きの魔法陣の前で。
偶然か必然か、ヒスイとサルファーが鉢合わせた。
「サルファー!?」
「!?何でお前が・・・」
お互い手元のカードに目がいく。
「やっぱりサルファーも・・・」
「やっぱりって何だよ。お前こそ何で・・・」
サルファーにとってはヒスイが同じカードを手にしている事が疑問だ。
「ねぇ、この“アンデット商会”ってどうも胡散臭いわ。お兄ちゃんに・・・」
自分だけならまだしも、サルファーまで会員とは。
不信感から、ヒスイは「お兄ちゃんに相談しよう」と言った。しかし。
「お前、父さんいないと何にもできないのな」
息子のサルファーに馬鹿にされ、ムッ。
自覚しているだけに、悔しい。
「いいわよ!私一人で行くから!!」
「何言ってんだよ!僕が行く!!」
移動用魔法陣を巡り、再び揉み合いになり・・・
「きゃ・・・」
突き飛ばされるヒスイ。
思いっきり尻もちをついた。
「・・・・・・」
(ちょっと触っただけだろ)
非力なヒスイにイラッとする。
「僕はっ!男の心得なんて知らないからなっ!!」
サルファーは大声でそう吐き捨て、先に魔法陣を踏んだ。
「え!?ちょっ・・・サルファー!?」
(何??男の心得??)
残されたヒスイは地面にお尻をついたまま、首を傾げた。
「・・・お兄ちゃんに言われた事、気にしてるの?」