3話 見えない快感
船内食堂。
「メノウ様、これ見て下さいよ」
船長室で発見したお宝をコハクはまずメノウに見せた。
食堂にはトパーズもいた。
コハクには見向きもせず、喫煙中だ。
「ん?何ソレ?」
香水瓶のような容器に紫色の液体が入っている。
「実はコレ・・・」
コハクは小声で、瓶の中身が“使用者を透明化する魔法薬”である事を告げた。
添付の説明書にそう書いてあったのだ。
「へ〜・・・面白いモン見つけてきたじゃん」
何に使うかは、聞かなくてもわかる。
「飲んでみれば?」
「ダメですよ、これはね・・・」
コハクは朗らかに微笑んで言った。
「ヒスイの目の前で飲む必要があるんです」と。
「姿が見えなくなってから“僕だよ”と言ったところで、“お兄ちゃんじゃないかもしれない”と不安になるでしょ?」
「猜疑心が生まれたら、それは愛あるプレイとは言えませんから」
笑い声を残し、コハクが去ってゆく。
結局何だったのか・・・
「万が一ヒスイに疑われた時、証人になれって事だろ」
或いはヒスイの機嫌を損ねた時の仲裁役か。
「ったく、ぬかりない奴だよなぁ」
「・・・・・・」
トパーズは無関心を装っていたが・・・
「根本的に、馬鹿だ」
そう吐き捨てた。
笑いながらメノウも頷く。
「馬鹿になったよな」
昔のコハクを知る者なら、誰もが一度は口にする言葉だった。
「昔はあんなんじゃなかったんだ。愛想は良かったけど、冷め切ってるっていうかさ」
世の中のあらゆる事がどうでもいい感じで・・・とメノウが話を続ける。
「めちゃくちゃ頭良くてさぁ」
天才メノウも認める機才。
近年、使いどころがおかしいが。
「あいつに限って、失敗とか、不手際とか、絶対なかったし」
「・・・・・・」
トパーズは黙って聞いていた。
コハクの過去は知っているつもりだが、現在のイメージが強すぎて、どうにも信じ難いのだ。
「今じゃすっかり頭のネジが飛んじゃって、暴走ばっかしてるだろ?」
楽しそうなメノウの笑い声が響く。
「んでも俺は、今のあいつのそういうとこ好きだけど」
・・・って事で。今日もガンバレ、娘。
102号室。
「ただいま。ヒスイ」
「おかえり!お兄ちゃん!」
ヒスイがすぐに飛んできて、目一杯の角度でコハクを見上げた。
「は〜い・・・ちゅ〜・・・」
コハクは屈んでヒスイと唇を重ねた。
「ん〜・・・ぁ」
性交を望むキスに応えるヒスイ。
コハクが舌を差し込むと、ヒスイはそれを喜んで吸った。
熱くなる息。混ざり合う唾液。
二人の口元から次第に淫らな音が洩れ出した。
「・・・いい?」
「ん、いいよ」
コハクは早速ヒスイを抱き上げ、ベッドへ運んだ。
端に座らせ、再びキス。
ワンピースの背中ファスナーを下ろし、肩からゆっくりと脱がせる・・・本日の下着は薄い水色だ。
コハクの趣味で、パンツは紐付き、ブラジャーは前開きが多い。
正面から、浅い谷間のホックを外すと、仄かな膨らみの乳房が現れた。
サクラ色の乳首がとても可愛らしい。
コハクはそれらを優しく撫でた。
「ん〜・・・おにぃ〜・・・ちゃぁ・・・」
ヒスイはうっとりと、甘えモード全開で。
場所を問わず、コハクに撫でられるのが大好きなのだ。
「あ・・・」
ぴく・・・
コハクの右手が乳房を包み込むと、ヒスイは敏感に反応した。
「よしよし・・・」
手触りは本日も良好。
「ぁ・・・おにぃちゃ」
ヒスイの紐パンの下では、結ばれるために必要な粘液が分泌され始めている。
コハクもそれを知っていたが、あえてそこには触れず、自分も服を脱いだ。
忘れずにピアスと指輪も外す。
そして・・・
「ヒスイ、コレな〜んだ?」
例の小瓶をヒスイに見せた。
「・・・・・・」
この場でお披露目という事は、媚薬の類だとヒスイはすぐに悟った。
(お兄ちゃん・・・またヘンな薬使う気だ・・・)
コハクの無茶にもだいぶ慣れ、嫌な予感がしつつも、ヒスイは覚悟を決めた。
「コレを飲む・・・と」
コハクは瓶の蓋を開け、言葉通り中の液体を一口飲んだ。すると。
「・・・・・・え?」
(お兄ちゃんが消えた!?)
ヒスイには、小瓶がフワフワ浮いているようにしか見えない。
それがテーブルに置かれた瞬間、コハクを完全に見失ってしまった。
「おにいちゃん?どこ?」
キョロキョロ。見回したところで、見える筈もなく。
「お兄ちゃんってば・・・返事して」
コハクの名を呼び、両手で虚空を探るヒスイ。
(可愛いぃぃ!!可愛すぎる!!)
その仕草のあまりの愛らしさに、大興奮のコハク。
・・・頭のネジがまたひとつ飛んだ。
この調子で意地悪をしたい気分だったが、愛液が乾くその前に。
今度は背後から抱きしめた。
「ひゃぁうっ!!」
驚いたヒスイが身を竦ませる。
「まずはここから、ね」
コハクの唇が背中に触れた。
「あっ・・・」
長い銀髪で隠れた背中は、実は性感帯で。
責められると、弱いのだ。
「お、おにいちゃ・・・あんっ!」
ヒスイの背が弓なりに反った。
軽く舌先で擽られただけで感じてしまう。
「うっ・・・っ・・・はぁ、はぁ」
いつしか体勢は四つん這いになっていた。
そこで、見えない手に腰を掴まれ、パンツの紐が解かれる。
パラリ・・・
中央部がグッショリ湿ったパンツがヒスイの肌から離れ、落ちた。
「あ・・・くっ!!」
性愛器官が顕になった途端、見えない硬直に貫かれ、ヒスイが呻く。
「まっ・・・て・・・や・・・あうっ!!んっ!!」
ヒスイの細い腰を強引に引き寄せ、透明ペニスで何度も割り込むコハク。
「あ・・・ぁ・・・あっ・・・は・・・はぁ」
ベッドの上、ヒスイの腰だけが前後に揺れている。
見えないペニスを飲み込んで、愛液と共に吐き出して。
丸く広がった穴から、滴る。
「あ、はぁ・・・なん・・・にも・・・みえない・・・よぅっ!!」
見えなくても、コハクのペニスである事は膣が認識している。
「あう゛っ・・・んっ・・・ぅ・・・」
容赦なく全身に広がってゆく快感。
「ヒスイ・・・いいよ。イッて」
「はっ・・・ぁ・・・おにい・・・ちゃん・・・」
精を受ける前に尽きてしまった、1回目。
「ヒスイ、こっち向いて」
「はぁはぁ・・・こっちってどっち・・・?」
不規則な息使いのまま、なんとなく声のする方へ体を向けるヒスイ。
「そう、こっち」
コハクはヒスイの両肩を掴み、仰向けに倒した。
そのままM字に脚を開かせると、中心部はもうグシャグシャに乱れていた。
「お、おにいちゃん?そこに・・・いるの?」
「うん、ここにいるよ」
ヒスイの窪みに男性器を押し当てることで存在を示すコハク。
「あ・・・おにいちゃん・・・」
ヒスイはそれで安心し、大人しく両脚を開いて二度目に臨んだ。
コハクは、しっとり濡れているヒスイの花びらに両手を伸ばした。
左右対称に整ったふくらみを親指と人差し指で摘み、大きく捲り返す。
プチャッ・・・
「や・・・っ、あ!!」
開かれた音と同時に受入口から溢れ出した蜜に誘われ、コハクが顔を近づける、が。
ヒスイには見えていない。
「あんっ!そんな・・・ひっぱらな・・・っ」
器用なコハクの指によって、そこは驚くほどオープンな状態になっていた。
晒される膣口。外気に触れる事に慣れていない場所なので、ヒスイは困惑。
皮肉にもそれが濃厚な蜜を作り出すのだ。
「痛かったら言って・・・」
濃いピンクの粘膜に見とれる。
ヒスイの真っ白な肌の内側はこんなにも朱く熟れて。
艶やかな裏側の肉にコハクは息を飲んだ。
「今日もご馳走になる・・・ね」
「んく・・・っ!!」
開いた口に、流れ込んでくる愛液。
舌触り良く、滑らかで、甘酸っぱい。
美しく、淫欲的な光景だった。
「あ・・・はっ・・・あ・・・ぁん」
ベッドの上でひとり。
見えないモノに感じているヒスイ。
弄られ、蠢く。
陰部が水っぽい音をたてている。
「お・・・にぃちゃん・・・はや・・・く」
突かれたい一心で、ヒスイが腰を浮かせた。
「・・・うん」
見えない自分に身を委ねるヒスイの姿が刺激的で。
コハクの興奮も相当なものだった。
ゴクッ・・・最後に一口味わって、コハクはオアシスから離れた。
(まずい・・・すぐイッちゃいそうだ・・・)
自分が、だ。
限界間近。挿入後、そう何回と突けないかもしれない。
もっと早く繋がっておけば良かった・・・淡い後悔を抱きつつ、コハクはヒスイの両脚を肩に担ぎ上げた。
「先、イッちゃったらごめんね」
ひとこと声をかけてから、透明ペニスをヒスイの奥底へ沈める。
「あ・・・っ・・・おにぃ」
「・・・っ」
はぁ!はぁ・・・っ!!
荒く息を吐き、激しく腰を振るコハク。
「あ・・・はっ!あぁんっ!あん!あんっ!」
押し寄せる射精感に堪えきれず、夢中でヒスイを擦り上げ、短時間で一気に絶頂へと駆け上る。
そして。
コハクの透明ペニスは昨晩と同じ場所へ到達し。
そこで、熱い飛沫をあげた。
「んっ・・・おにぃ・・・ちゃ・・・ん」
「ヒ・・・スイ・・・」
「んっ・・・」
ヒスイの最深部から引き戻した透明ペニスはたっぷり蜜を纏い、目に見えるものになっていた。
体外に排出された物質も見えるので、先端に付着した精液も勿論のこと。
ソコだけが・・・目に付く。
「お兄ちゃん、ヘンだよ、ソレ」
ベッドの上、ヒスイが笑い出した。
「うん。確かにコレはちょっと・・・」
滑稽な感じがする。
コハクも笑った。
「も〜・・・お兄ちゃんはぁ・・・」
濡れペニスに唇を寄せるヒスイ。
絡みついた愛液と精液を根元から丁寧に舐め取ってゆく。
きちんと先端まで吸って。
「はい、きれいになったよ」
「ヒスイ・・・ありがとう」
『もう、透明は嫌だよ?』
さりげなくヒスイに釘を刺された。
透明プレイは・・・どうやら失敗だったらしい。
「うん、ごめんね。もう・・・しない」
謝罪のキス。反省のキス。
ペニスに代わり、濡れてしまったヒスイの唇に、誓う。
昔は・・・失敗なんて、時間を無駄にするだけだと思ってた。
でも今は・・・
笑って許してくれるキミがいるから。
失敗も悪くないかな、って思うんだ。
「ヒスイ」
「ん?」
「好きだよ」
「お兄ちゃん、それ毎日言ってるよ?」
「うん、毎日言いたくなるんだ」
コハクが言うと、ヒスイはまた笑って。
「・・・うんっ!私もっ!」
翌朝。場所は変わり・・・105号室。
「女はイイぜェェ!!」
憑いた悪霊が息巻く。
「・・・・・・」
「サイコーの快感だぞォ?」
「・・・・・・」
「無視すんなよォォ!!」
何を言われても応じない。
オニキスの戦法だ。
「僧侶じゃねぇんだからさァァ!清く正しい生活なんか送ってどォすんだよォォ!!」
「・・・・・・」
(うるさい奴だ)
ひたすら無視し続けるが、肩が凝る。
少し気を抜いただけで悪霊の力が作用し、体が勝手に動いてしまうのだ。
この状態では、眠る事もできず、ましてやヒスイに会う事などできない。
「・・・何が目的だ」
しきりにセックスを勧める理由。
見ず知らずの悪霊にとやかく言われる筋合いはない。
(こいつに一体何の得が・・・)
改めて考えてみる、と。ひとつの答えに行きついた。
「・・・乗じて乗っ取る気か」
意識喪失に近い状態だとそれも可能なのだ。
それこそセックスの絶頂直後ならば。
「バレちゃしょうがねェ〜・・・」
開き直る、悪霊。
「・・・それでどうする気だ?」
「手に入れたいモンがあんだよォォ」
「手に入れたい物?」
繰り返しオニキスが尋ねたが、悪霊からの返答はなかった。
「・・・内容によっては協力してやってもいい」
ただし・・・とオニキスが続けた。
「ヒスイに手を出さないと約束するのなら」
「ホントかァァ!?」
悪霊はオニキスの申し出を受け、まず己の正体を明かした。
「九十九神って知ってるかァ?」
九十九神とは長い年月を経た道具に宿る魂の事だ。
本来は悪霊と呼ばれるものではない。
オニキスも当然それは知っている。
厳密に言えば違うが、九十九神に近いものだと思ってくれていい、と悪霊。
「何に宿っている?」
「タロットだよォ」
「タロット・・・だと?」
占いの道具。それぐらいしか知らない。
それぞれ違う意味を持つ22枚のカードで未来を占う。
占い界では古くから用いられている由緒あるものだ。
タロットカードを寄り代とする事で、理性と意志を持つ霊魂でいられる。
かつて悪霊が宿っていたというタロットカードは占い的中率100%のマジックアイテム・・・お宝としてこの船に積まれていたものだが、随分前に火事で燃えてしまった。
寄り代を失った者達は、次々と理性を失い、今船上で悪さをしている霊のほとんどはそのタロットの霊らしい。
「アンタ、運は強い方かァァ?」
「・・・わからん」
悪霊がその質問をしたのには訳があった。
これまで寄り代としていたタロットカードは失われてしまったが、もう一組、制作者が同じタロットカードが存在し、それならば再び寄り代とすることができるらしいのだ。
「カジノの景品なんだよォォ」
「つまり、それを手に入れろ、と?」
「頼むよォォ!!もうあの女のケツは触んねェからよォォ!!」
「どこのカジノだ・・・」
オニキスの口から溜息が洩れた。
そもそもこの船の行き先さえわからない。
「教えてやろうかァ!!この船はなァァ〜・・・」
トントン!!
悪霊の言葉を遮り、105号室の扉が叩かれた。
「オニキス!いる!?」
「ヒスイ・・・どうした・・・」
「お父さんとアクアがいなくなっちゃったの!!」